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サークル

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 あの旅行で、分かった事がある。
 どうあっても、どう考えても、隆晴りゅうせいの事が好きだという事。

 そして、やはり隆晴だけを好きにはなれないという事。

 そして、その“好き”が自分の中でしっかりと名前を得た事。

 それなのに、まだ悩んでいる事。


 食後のほうじ茶を飲みながら、深く息を吐いた。

「なに? 悩み事?」
「うん……。でも笹山ささやまの顔見たら元気になったかも」
「マジー? 橘って俺タラシだよなー」
「なんだよそれ」

 クスクスと笑うと、耀ひかりもニッと笑った。太陽みたいな耀の笑顔を見ると元気が出る。

「橘って、サークル入ってなかったっけ?」

 耀が突然そんな話を振ってきた。

「うん。特に気になるところがなくて」
「じゃあ、うちのサークル入んない?」
「うーん、やめとく。笹山のサークルって、なんか派手そうだし」
「そう言うと思った」

 耀は楽しそうに笑う。

「うちのサークル、映研です! 映画研究会! 週に二回くらい、視聴覚室から映画借りてきて観るだけのゆるっとしたサークルなんだけどさー」

 映研? 優斗ゆうとは目を瞬かせた。

「あ、俺にしては地味って思った? それがなー、読モとか女優目指してる子もいるんだよなー」
「あ、なるほど」
「俺っぽいだろ? 毎週集まるのは十人いないくらいだから、けっこー居心地いいんだよなー」

 自由参加で、少ない時には三、四人集まる程度のゆるっとしたサークルらしい。
 ふむ、と優斗は考える。好きな時に参加出来るのはありがたい。

 直柾なおまさが兄になってから、少しずつ映画を観るようになった。だが世界には膨大な数の映画があり、どれから観ようかといつも迷ってしまうのだ。
 だから、色々な人のお薦めを聞けたら嬉しい。

「体験入部って出来る?」
「もちろん! でさ、来月キャンプ行くんだけど、橘も行かない?」
「キャンプ?」

 話が飛んだ。
 テントやバーベキューセットもレンタル出来るそうで、手ぶらで参加出来るらしい。費用も部費から出るとのこと。
 体験入部でそれは申し訳ない、と言えば、最近数人退部した為費用は余っているという。

 着替えなど自分の物だけ持参すれば良いとなると、ありがたい事この上ない。
 友達とのキャンプ。響きがもう楽しそうだ。だが、突然参加して皆は嫌な気分にならないだろうか。

 優斗は考えに考えて、先に体験入部をしてから、と保留にした。







「ということで、四日ほど留守にします」

 マンションに来た直柾と隆晴をダイニングの椅子に座らせ、優斗はキッチンに立ってそう伝える。

 サークルに一度参加したところ、見た目は派手な人が多かったが、話してみると落ち着いて暖かな人ばかりですぐに打ち解けたのだ。もっと話してみたい。そう思える人たちだった。

 キャンプは一泊だが、流れで本格的に入部した優斗の歓迎会を兼ねてテーマパークにも行こうと耀が言い出して、結局三泊四日に決まった。

「テーマパーク……」
「兄さん?」
「俺も優くんとデートしたかったよ……」
「今回のはデートじゃありませんよ?」
「ってか、有名人がテーマパークとか無理だろ」

 隆晴が小さく呟くと、聞こえた直柾は眉間に皺を寄せる。

「……着ぐるみを着たらいいかな」
「兄さんそれ、もっと目立ちます」

 ちょっと見てみたいですけど、とは口に出さなかった。言えばきっと、直柾は明日にでも着ぐるみを着る仕事をしそうだから。

「それで、大変申し訳ないのですが……その間、連絡を取らないようにしたくて」

 と言うと、二人は顔色を変える。
 優斗は慌てて、ちゃんと理由があるんです、と続けた。

「今までずっとそばにいて、ずっと好きだと言って貰えていたので……一度離れてみて、最後にしっかり考えてみたいんです」
「最後?」
「はい。……帰ってきたら、ちゃんと答えを出します、ので」

 あまりに自分勝手な言い分で気分を悪くさせただろうか。おそるおそる二人を窺うと、直柾が突然立ち上がり、キッチンの中へと入ってきた。
 怒らせたかと思い身を固くする、が。

「優くん、焦らないでいいよ。俺はいつまででも待てるから。だから、ちゃんと楽しんできてね」

 直柾はそう言って、優斗を優しく抱き締めた。
 せっかくのお友達との旅行なんだから、と背を撫でられ、ホッと息を吐く。

「……はい。ありがとうございます」

 優斗からもギュッと抱きついて、いつも優しさに甘えてばかりでごめんなさい、と心の中で呟いた。
 だが、今回はきちんと答えを出すと決めたのだ。

「優斗。俺も待てるけど?」
「先輩……。ありがとうございます」

 背後から隆晴の声がして、振り向こうとしたのだが。

「っ……あの、直柾さんっ」

 ますますきつく抱き締められ、頭を抱き込まれて慌てた声を出す。唇が直柾の肌に当たり、暖かな感触にゾクリとした。

 ――うっ、わーーーっ!!

 心の中で悲鳴を上げる。
 暖かで滑らかな肌が……筋肉が……鎖骨が……いい香りがして駄目だ……!

「っ……!!」
「優くん?」

 腕を伸ばして直柾を突っ撥ねてしまう。驚いた声を聞いても顔を上げられず、直柾を押し返していた手をそっと下ろした。

「……あ、の……ごめんなさい……、その……」

 小さく震える優斗に不安になる。
 ……が、優斗の耳が、首筋までが、赤く染まっている事に気付いた。
 そこに触れたい気持ちを抑え、直柾は優斗の頭をそっと撫でた。

「驚かせてごめんね」

 穏やかな声を掛け、お茶は俺が淹れるから座ってて、と言って優斗を隆晴に託す。
 にっこりとした笑みを浮かべる直柾に、まだ負けたわけじゃありませんから、とばかりに隆晴は顔を顰めた。


 何があったか知らないが、まずは俯いたままの優斗を落ち着かせようとソファに座らせる。

「優斗、落ち着け。ほら」
「すみません……」

 優斗の口元にクッキーを近付けると、あーんと素直に口を開ける。
 サクサクと小気味良い音が響き、あー、とまた口を開けた。これは完全に、親鳥からの餌を待つ雛鳥。

 この前まで良い雰囲気じゃなかったか? と首を傾げながら、三枚目のクッキーを優斗の口に運んだ。

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