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お風呂2

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 優斗ゆうとが悶々と考え込んでいるうちに、洗い終えた直柾なおまさも湯船に浸かる。優斗を背後から抱き締めて、髪に何度もキスを落とした。

 今も理性と本能が激しく喧嘩をしている。だが、今後は優斗と一緒に入る事は出来ないかもしれない。そう思うと、しっかりと記憶に刻んでおきたかった。

 ……あの瞳を直接見ていたら、危なかったかもしれない。
 男の体でもそんな気持ちに……なるに決まっている。性別ではなく、優斗という一人の人間が好きなのだから。
 だから、危うく理性が吹き飛びかけた。直柾はそっと息を吐いた。

「優くん、一緒に入ってくれてありがとう」
「いえ……」
「恥ずかしい?」
「はい……。でも、兄弟として、なので……」
「そうだね」

 もう一度髪にキスをする。
 きちんと“兄弟”だと牽制してくれて良かった。まだちゃんと、兄弟の境界線の中にいられる。兄を演じていられる。

 こうして肌を触れ合わせて、抱き締めて、キスをして……恋人と何ら変わらない甘い時間を過ごしながらも、これ以上は触れられない。

 優くん、早く恋人になって。
 そう願いつつも、もう少し、この答えの出ない関係を続けていたくもあった。



 逆上せる前に先に優斗が上がり、髪は乾かさないで、と言われた通りにタオルで軽く拭いただけでゲストルームへと向かった。

 ゲストルームのドレッサーにはドライヤーもコンセントもある。鏡の前に座ると、すぐに直柾がドアを開けた。

 ――やっぱり、早い……。

 直柾が完璧だからか、仕事柄時間を確保する為に行動が早くなるのか。普段ふわふわしている直柾の新たな一面を見た。

「熱かったら言ってね?」
「はい」

 背後からドライヤーを当てられ、鏡越しに見る直柾はまるで美容師のようで。
 そういえばそんな役もしていたなと思い出す。あのドラマの直柾も格好良かった。

 ただ、女性との絡みが多くて、未だに優斗は不思議に思うのだ。

 穏やかで真面目で完璧な王子様なのに、直柾は女性との絡みが多く自信家な役が多い。
 ギャップを狙っているのだろうか。それとも、そんな役が上手いから?

 ――……駄目だ。眠い……。

 眠くて上手く思考が纏まらなくなってきた。
 髪を触られるのは何故こんなに気持ちが良いのだろう。ついウトウトしてしまう。
 ドライヤーが止まった後も、ブラシで丁寧に髪を整えられる。きっと直柾の優しい手つきが眠気を誘うのだ。

「優くん、終わったよ?」
「ん……」

 優しく髪を撫でられ、閉じていた目をそっと開ける。
 まだ頭がぼんやりとしている。そんな優斗を可愛いと言い、髪にキスをした。

 優斗は立ち上がり、くるりと後ろを振り向く。そしてペタペタと直柾の腹に手を当て、手を伸ばして髪に触れた。

「優くん?」

 驚いた顔の直柾の、今度は頬に触れる。肌荒れもなく、しっとりとした手触り。

「直柾さんの体型もお肌も髪も、頑張って手入れをした結果なんですね」

 持って生まれたものでも、きっと努力をしなければここまで完璧にはならない。

 モデル時代にも、今の俳優としても、ここまで完璧に仕上げてキラキラとしたオーラを持つにはたくさん努力をした筈で、忙しい中で維持するのも大変な筈だ。

「すごいです」

 ナデナデと髪を撫でる。
 子供を褒めるような手に、直柾は驚きに動きを止めて……すぐに蕩けそうな笑顔を浮かべた。

「ありがとう、優くん」
「はい。……、…………あっ」

 その後もしばし頭を撫でてから、ハッと我に返る。眠気も吹き飛んだ。

「すみません……なんか、えらそうに馴れ馴れしくしちゃいました……」

 今更だが、五つも年上なのに。人気俳優なのに。
 やってしまった、という顔をする優斗に、直柾は優しく笑った。

「嬉しいよ。優くんは、ちゃんと俺を見てくれるんだね」

 “完璧な王子様”は、ただ天から与えられたものではない。その努力を好きな人に気付いて貰えた事が、認めて貰えた事がこんなにも嬉しい。

「ありがとう。大好きだよ、優くん」

 抱き締めて、額にキスを落とす。
 また顔にしてしまった……とそっと優斗の顔色を窺うが、慣れてしまったのか気にした様子もなくおとなしく抱き締められていた。

 ……食べちゃいたい。
 駄目かな……。
 駄目だよ……。

 直柾はそっと息を吐く。あまりにも無防備で、彼といる時もそうなのかな? と思うと……。

「っ! ちょっ……直柾さんっ」

 慌てる優斗の首筋にキスをして、軽く吸い付いた。
 首の、少し後ろ側。髪で見えないギリギリの位置に小さな痕を残す。

「うん。やっぱり名前で呼ばれるのも好きだな」
「っ……、そうじゃなくてっ……」
「可愛いよ、優くん」
「そうじゃなくて!」
「いつか優くんからも付けて欲しいな。優くんのもの、って印」
「~~っ、付けません!」

 直柾を押し返し、ゲストルームを出る。
 ドアを閉める間際、髪乾かしてから行くね、とのんびりとした声がした。


 最近ますます直柾のペースに巻き込まれている気がする。前以上に押しも強くて、意地悪で、息をするようにキスをしてくる。

 首の後ろを押さえた。多分、虫刺されのような痕が付いているであろう場所。

 ――……つまりこれは、直柾さんのもの、って印……。

 気付いてしまい、一気に顔が熱くなる。
 いつも自分の命は優斗のものだと言う直柾が、優斗を自分のものだと……。

 ――嫌、……じゃないと思ってしまうなんて……。

 それどころか、直柾に自我が生まれたようで嬉しいというか、自分の命を粗末にされるより全然良いというか。

 “俺の命は君のものだよ”、よりは、“優くんは俺のもの”と言われた方が困らない。
 いつも、世界にひとつの稀少な宝石を“君のものだよ”と渡されたような、そんな気分。

 ……と冷静に考える自分は実は恋愛に向いていないのでは、と優斗は複雑な気持ちになった。


 リビングでのんびりとお茶を飲んでいると、直柾が戻ってきた。

「お風呂に置いてるの、良かったら使ってね」
「え、でも、まだ開けたばかりですよね?」
「優くんに使って貰いたくて持ってきたんだ」

 直柾はそう言って優斗の隣に座る。

「えっと、じゃあ、いただきます。ありがとうございます」

 素直に受け取る優斗に、気に入ってくれたのかな、と直柾は嬉しそうに笑った。


 買い置きの方ではなくわざわざ開けた物を持って来たのは、自分の所有物を優斗に使って貰いたかったからだ。自分の物を共有したかった。

 優斗からふわりと漂う甘い香り。さらりとした髪に触れ、ギュッと抱き締める。

 同じ香り、同じ質感、同じ温度。
 自分の手で綺麗にして、優斗は自分のものだと思い込みたかった。
 ……なんて、知られたら引かれてしまうかな。直柾は苦く笑った。

「また一緒に入ろうね」
「えっと……、しばらくは遠慮します」
「うん。また誘うね」

 相変わらずな直柾に、もしかして自分は押しに弱いのかな? と優斗は唸る。
 もう少し直柾に対しても強く主張しないと……と思いながら、風呂上がりの暖かな体温に包まれ、またウトウトしてしまうのだった。

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