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社長

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 撮影後、櫻井さくらいに案内され直柾なおまさの控え室を訪れた。
 直柾はまだドアの前で誰かと話し込んでいるようだったが、優斗ゆうとの姿を見るなり柔らかな笑みを浮かべる。

 それに気付き振り返った男性は、白のスラックスとベスト、ピンクのシャツに芸術的なネクタイをしていた。そして優斗たちへと快活な笑顔を見せる。

「橘君のお友達かな?」
「はい」
「そっかー。初めまして。橘君の事務所の社長でーす。よろしくねー」
「社長さんっ……、初めましてっ」

 優斗はペコリと頭を下げる。隆晴りゅうせいも頭を下げて挨拶をした。
 随分ノリが軽いが、本当に社長だろうか。訝しがる隆晴を、社長もジッと見つめる。

「いやー、さすが橘君のお友達! かっこいいねー!」
「いえ、友達では」
「先輩……」

 咄嗟に返す隆晴の服を優斗がグイッと引く。他に何と答えるつもりなのか。

「まだ事務所には所属してないよね? こんなかっこいい子、知らないはずないからねー。どう? うちの事務所でモデルやってみない?」
「すみません。芸能界興味ないんで」
「ハキハキしてる子は好きだよ。じゃあ俳優はどう? 橘君とダブル主演とか、絶対ブレイクするよ!」

 絶対嫌です。……と言いたい気持ちをグッと堪えた。さすがにここで俳優、橘直柾の株を下げるわけにはいかない。ライバルとはいえ、仕事は無関係なのだから。

「すみません、社長。彼はもう就職先が決まっているので」
「えー? そうなのー? 残念~」

 助け船を出した直柾に、隆晴は目を瞬かせた。
 まさか彼が、と思うが、直柾の口が“ひとつ貸しね”と動いた。いや、元々そっちの社長の所為だし。

「この子もお友達かな? 可愛いね。アイドルとか興味ない? うちの事務所はそっちにも力を入れててね」

 優斗はキョロキョロと左右を見て、背後を見て、社長の方へと向き直る。視線は真っ直ぐに優斗に向けられていた。

「……えっ? 俺ですかっ?」
「そう、君だよ! 君ならすぐ人気が出ると思うな。うちの事務所、入ってみない?」
「え、えっと……すみません。俺、人前に出るのは苦手なので……」
「そんなの、やってるうちに慣れるよ。試しにレッスンだけでも受けてみない? ね?」
「えっ、あのっ……」

 優斗へと一歩近付く社長の前に、スッと直柾がさりげなく体を入れた。

「社長? 無理強いは良くないですよ?」
「あー、そうだねー。ごめんごめん。でも二人共本当に逸材だから、勿体ないなー」
「お気持ちは分かりますけどね」
「気が変わったらいつでも言ってね? 待ってるよ~」

 しっかり隆晴と優斗に名刺を手渡し、社長は秘書らしき人物に連れられて去って行った。

「陽気なオッサンですね」
「あれでも仕事になると厳しいんだよ?」
「だとしたら振り幅えげつないですね」
「まあ、否定は出来ないかな」

 ふう、と溜め息をつく。あのテンションには未だについていけない時がある。

「優くん、困らせてごめんね?」
「え? いえ、困るというか……あんな風に言って貰えて、驚いたというか、嬉しかったというか……」
「優斗、芸能界はやめとけ。取って喰われるぞ」
「先輩、さすがにそれは偏見ですよ」

 苦笑する優斗の手を直柾が取り、控え室へと引っ張り込む。バタンとドアを閉めると、ガシッと優斗の両肩を掴んだ。

「優くん。俺もおすすめはしないな。優くんみたいに可愛くて純粋で美味しそうな子、本当にすぐに食べられちゃうんだからね?」
「直柾さんはどこの世界で俳優やってるんです?」
「そんな純粋で強気なところがますます危ないんだよ? 芸能界なんて、兄さんは許しません!」
「っ……、はい」

 今の、兄弟っぽかった。優斗は咄嗟にコクリと頷く。兄に怒られる体験が出来て、つい嬉しくなってしまった。
 お兄さんらしい直柾さん、なんか、いいな。

「意外ですね。アンタなら、優斗と共演出来るって大喜びするかと思いましたけど」

 優斗が喜んでいる様子に気付き、隆晴が割って入った。

「共演はしたいけどね? でも、優くんをこんな猛獣の群れに放り込むなんて出来ないし、アイドルになった優くんの可愛さを世界に見せつけたい気持ちと、大事にしまって独り占めしたい気持ちがせめぎ合っているんだよ。でも、やっぱり俺だけの優くんでいて欲しいから」

 滔々と語る直柾に、優斗は顔を引きつらせた。

「直柾さん、役が抜けてないです……?」
「そんなことないよ?」
「そんなことあるでしょ。アンタ、いつも以上に気持ち悪いことになってますよ」

 直柾本来の緩くて素直なところと、役の強引さが混ざっている。普段の直柾はさすがにここまで主張が激しくはないし、早口でもない。
 二人に言われ、直柾は目を瞬かせた。そして。

「……優くん」
「はい、兄さん」
「優くん……」
「はい。大丈夫ですよ、兄さん」

 優斗の方から直柾を抱き締め、ポンポンと背を叩く。なんだこれ。隆晴は眉を寄せた。

「こうすると役が抜けやすくなるみたいで」
「…………へぇ」

 なんだそれ。と思うが、確かに抜けてはいるようだ。優斗を抱き締める直柾の顔が、ふにゃふにゃの笑顔になっている。
 ありがとう、と離れた直柾は普段通りの穏やかな顔と声に戻っていた。

 これで普段トラブルなくやっていけているのだろうか。隆晴は怪訝な顔をするが、今のところ大丈夫なのだろうと、ひとまずは納得する事にした。

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