ある日、人気俳優の弟になりました。2

雪 いつき

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 お茶菓子にと皿に並べたクッキーだが、二人は食べる事もなく。……二人して、せっせと優斗ゆうとの口へと運んでいた。

 ――餌付けかな……。

 もはや、完全に餌付けだ。
 二人に挟まれる形で座り、交互に唇へとクッキーが当てられる。口に付いたものは食べるしかない。まあ、甘い物は好きなので構わないが。
 それに二人は、飲み込んでひと息ついてから食べさせてくる。絶妙のタイミングだ。

 優斗が同じように食べさせれば二人も食べてくれるのだろうが、それは何だか危険な気がする。確実に指の一、二本は一緒に食べられる。

 どういうわけか、二人は優斗に対して“そういう事”をしたいと思えるらしい。優斗自身は不思議でならなかった。
 自分は男で、柔らかな肌も胸もなく、声もそれなりに低い。女の子のように華奢でもなく、可愛くもなく、色気もないのだ。と、優斗は思っている。
 だから不思議で仕方なかったし、二人に対して同じように思えるだろうかと悩んでいた。

 今日もウンウン悩んでいると、直柾なおまさがクッキーの代わりに紅茶の入ったカップを手渡した。
 ひと口飲んで、ほっと息を吐く。

「優くんが恋人として付き合えると思える基準は、体の関係が持てるかどうかだよね?」
「そう、ですね……」
「じゃあ、どこまでなら大丈夫か試してみない?」
「そ……ぅえっ?」
「可愛いね、優くん」

 変な声になったというのに、直柾は真顔で可愛いと言う。隆晴りゅうせいも“可愛い”と頷いた。あまりにも贔屓目が過ぎる。

 動揺しながら紅茶を飲み干すと、空になったカップを直柾が優斗の手からそっと取り、テーブルに置いた。

「例えば、首や腕に触れたり、そこにキスをしたり、少しずつ試してじっくり考えて貰うのはどうかなと思って」

 直柾の提案に、隆晴は“それだ”という顔をした。やはりこの二人、時々驚く程に気が合う。

「もし気持ちが悪いと思ったら、優しく教えて貰えたら嬉しいな」

 あからさまに嫌悪されれば、さすがの直柾も傷付いてしまう。
 それはないと思います、と言い掛けて、優斗は口を噤んだ。
 二人に対して嫌悪感を抱く事はないと思うが、断言は出来ない。恋愛対象として触れてくるのは二人が初めてで、未知の世界だからだ。

 結局、お手柔らかにお願いします、とだけ返した。


「じゃあ、今日は……手、かな」
「手、ですか」
「首か脚の方がいい?」
「手でお願いします」

 優斗はパッと両手を差し出した。他の選択肢のハードルが高い。
 手ならこの間と同じ。少しは耐性がある、……と思いたい。

 差し出された左手を直柾が、右手を隆晴が取る。

「っ……」

 指先で手の甲を撫でられ、そのまま肘までするりと肌を撫でられる。

「ふ、っ……は、くすぐったいです」

 両腕を撫でられるという初めての感覚に、優斗はクスクスと笑った。
 直柾と隆晴としては微妙な気分だが、優斗が可愛いからいいか、と撫でるのを止めた。

「気持ち悪くない?」
「はい」

 優斗はにっこりと笑う。
 全く警戒されていない。だが、拒絶されていないのは良い事だった。

 隆晴が手首に唇を付ける。直柾は腕の内側、皮膚の薄い場所へと何度もゆっくりとキスをした。
 思わず腕を引いた優斗を宥めるように、優しく肌を撫でる。

 気持ち悪くない? と問われているようで、優斗はコクリと小さく頷いた。そうだ。これは、試す為にしている事。
 どこまでなら大丈夫か、優斗もしっかりと考えたかった。

「んっ……」

 手首と、肘の下。薄い皮膚に赤い痕が残る。二つ、四つ……。

「あまり付けられると……、っ……」

 今度は指先を軽く食まれ、ちゅ、と小さな水音が立つ。
 指へとキスをされては口に含まれ、止めなければ、と思うのに頭がぼんやりとして上手く考えられない。

「っ……、……は、……ぁっ」

 そこで二人はパッと口を離した。

 突然止んだ感覚に、優斗は首を傾げる。
 優斗の手を握ったまま、直柾と隆晴は何やら目配せをした。

「そろそろ時間かな?」
「俺も」
「え……? あの、俺、何かしました……?」

 おず……と上目遣いに見つめてくる優斗を、直柾はよしよしと撫でた。あまりにも爽やかな笑顔で。

「時間が来ちゃっただけだよ? もっと一緒にいたかったけど、ごめんね」
「俺も、レポート残ってっから。悪い」
「……そうですか。頑張ってください」
「っ……ありがとう、優くん」

 直柾は何とか笑顔を向けた。隆晴は顔を向けられずに優斗から離れて荷物を取った。
 寂しそうに笑われてはあまりにも後ろ髪を引かれ過ぎたが、このまま留まるわけにもいかない。
 見送ろうとする優斗に玄関までで大丈夫だと言って、二人はエレベーターホールへと向かった。



「……拷問か」

 隆晴の呟きに、直柾も頷き深い溜め息をつく。
 拒絶されない事が嬉しくて、つい調子に乗ってしまった。触れたい気持ちが抑えられなかった。
 優斗は無意識だったとはいえ、あの顔と、声は……。

 二人は同時に深い溜め息をついた。
 これからは試しに触れる事はやめよう。二人して脚や首に触れて、もし同じように拒絶されなかったら……理性が生き残れる気がしない。
 チラリと互いを見遣り、もう一度溜め息をついた。

「……これから仕事って、大丈夫なんですか?」
「……駄目かもしれない」

 弱音を吐く直柾を見るのは初めてだが、隆晴も同じ気持ちだ。
 直柾は変装用のマスクをして、エレベーターに乗り一階と地下駐車場のボタンを押す。

「……降りて左奥にトイレあるから」
「……助かります」
「……」
「……」
「……地下には」
「あるよ」
「そうですか」
「……」
「……」

 その後は無言のまま。一階に着き、隆晴は一礼して出て行く。彼の、年上に対して礼儀がなっているところは嫌いではない。

 直柾は時計を見た。マネージャーが迎えに来るまで時間がある。それまでにこの顔を何とかしなくては、と深く息を吐いた。

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