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ジンジャー・クレイ

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「おお、ばっさりいったな。一瞬誰か分かんなかったわ」

 翌日の朝、シグルズはすっかり印象の変わった姿で現れた。
 前髪も短くなり、銀髪から覗く涼しげな瞳がより一層印象的に見える。襟足は短く男らしさがありつつ、美しい顔立ちと相俟って不思議な魅力が漂っていた。

「助かった。礼を言う」

 清々しい顔でシグルズは笑みを浮かべる。シグルズとしてはもっと短髪にしたかったらしいけど、「これ以上は切れません!」と使用人に泣きながら止められてしまったそうだ。
 頭が軽くて最高の気分だと言い、上機嫌のシグルズに、俺も嬉しくなる。誰かが喜んでると自分まで嬉しくなる。昔からそうだった。


「失礼します!」

 そこで、元気な声が響いた。

「王宮騎士団、第一部隊所属、ジンジャー・クレイです。よろしくお願いします!」

 シグルズの後ろからやたらと元気な青年が現れ、ビシッと敬礼をした。
 彼の雰囲気にぴったりのオレンジ色の髪と、琥珀色の瞳。群青色の軍服に白のマントを羽織り、腰には大振りの剣を下げていた。
 見た目の印象より身長がある。近くまで来たジンジャーは、一七〇センチの俺より目線が少しだけ高かった。

「王国一の名誉騎士様と聖者様の同行者に選ばれるなんて光栄っすよ~。聖者様、想像より何倍もかっこいいじゃないですか。お仕え出来てほんっと嬉しいっす!」

 すごいヨイショしてくる……。顔立ちはわりといいのに、喋ると残念感がある。うっかり親近感を覚えてしまった。

「王の犬だが、剣の腕は確かだ」
「いや、犬って失礼……」
「今日からはお二人の犬ですっ。何なりとご命令を!」
「あ、いいんだ……」

 人懐っこい笑顔で言われると、不思議と嫌味がない。
 これは会社で上司に気に入られて、残業も叱責もパスする世渡り上手だ。ここまで露骨じゃないけど、昨日までの自分を見てるようで涙を誘った。やっぱりどの世界でも会社員は大変だな……。


森川 碧葉もりかわ あおばです。その聖者様って慣れないんで、出来れば名前で……碧と呼んでください」

「じゃあお言葉に甘えて。アオ様、俺なんかに敬語はなしでどうぞっ。俺のことはジンと呼び捨てでお願いしますっ」
「え、あ、じゃあ……ジン、これからよろしく」
「はい! よろしくお願いいたします!」

 手を差し出すと、ガシッと掴まれる。

「君は押されると引くタイプか」
「いや、まぁ……若さに押されて」
「君も同じくらいか年下だろう? 彼は十九だが」
「十代と二十代は違うんだよ……。俺、二十一だけど」
「嘘をつくな」
「いきなり辛辣。そういうあんたは?」
「二十四だ」
「は? 同じくらいだと思ってた」
「ああ、それでその口調だったのか。初対面の時から、ずっと」
「ごめんって」

 わざわざ強調するシグルズに苦笑した。

「ひぇ~、名誉騎士様とタメ語とかさすが聖者様っす」
「えっと……俺には別に普通に接してくれていいんで」
「分かりましたっ」

 ニパッと笑うけど、分かっているのかどうか。
 ……なんか、猫と犬みたいだな。
 マイペースなシグルズと、ブンブンと尻尾を振るジンジャー。目もシグルズは吊り気味で涼しげで、ジンジャーは丸くて愛嬌がある。
 そんな二人に連れられて、俺は部屋を出た。


 出発前に神官に昨日のお礼をしてから、シグルズの馬の後ろに乗る。馬車だと十日以上かかるけど、馬なら数日の距離らしい。
 二人は軍服。俺は茶色のスラックスと、胸元を編み上げた異世界っぽいシャツに、群青色のマントを羽織っている。騎士と騎士見習いに見えるようにだそうだ。

 春のような陽気の中、風を切って走る馬。風は心地よく、振動も思ったよりも耐えられる。
 ……聞きたいことがあるのに、喋ったら舌噛みそう。話すのは無理だと諦めて、流れていく風景を横目で眺めた。



◇◇◇



 陽が傾き、小さな森に入ったところで馬は止まった。
 シグルズが俺を馬から下ろしてくれて、馬を木に繋ぐ。そして竹筒に似た容器に川の水を取って、俺にくれた。

「川の水も汲めなさそうだからな」
「いや、ツンデレかよ」
「ツンデレ?」
「あー、何でもない。ありがとな」

 へらりと笑って水に口を付ける。冷たい水が染み込む感覚に、喉が乾いていたのだと自覚した。一気に飲み干すと、また水を汲んで渡される。

「俺、食べられるもの取って来ます!」

 負けるかとばかりにジンジャーは意気込んで森の奥へと入って行った。
 本当に犬みたいだ。それも、可愛い猟犬。騎士も大変だな……。
 次は食料くらい自分で採って来よう。日持ちする食料は持参してるけど、現地調達が出来る場所ではしておきたいとシグルズが言ってたし。


「そういや、あの黒い聖水って普通は色が付くの?」
「ああ。聖者の力は色によって変わるからな。赤は炎、青は水、緑は風、橙は大地、白は光。属性に合う自然の力を借り、神聖力として奇跡を起こす」
「奇跡?」
「敵を薙ぎ払ったり、傷を治したり出来る」
「えっ、すごっ」

 いいな、と思っても、残念ながら今のところ自分にはそんな力はないようだ。

「聖者が現れれば、属性に合わせて神殿が整備される。前の聖者は橙で、神殿には森が移築された」
「規模がすげぇわ……」

 記述では、赤の聖者の時には常に火が焚かれ、青の聖者の時には一室が湖になった。緑の時には神殿は常に風の吹く高台に遷され、白の時には一部の天井が取り払われた。

「最初からそれぞれの神殿を作っとけばいいんじゃない?」
「聖者は頻繁に現れるものじゃない」
「そうなの?」
「前の聖者が現れたのは、二百年前だ」
「に……二百年に一度の逸材……」

 そんな貴重な存在になってしまったとは。


「共通の神聖力に加え、赤は聖者自身が軍神の力を持ち、青は触れた相手の心を読み、緑は他者の体力と戦力を向上させ、白は魔物を通さぬ結界を張り、橙は穀物や木の実を瞬く間に実らせ」
「待って、情報量が多いっ」
「覚えなくても問題はない」

 シグルズはきっぱりと言い切った。どうせ覚えられないだろうという顔で。
 一昨日や昨日といい、どうやら本当に馬鹿だと思われているようだ。ムッとすると、シグルズは何故かクスリと笑った。

「だが君は透明だ。何を置けば良いか見当も付かない」
「だよなぁ。透明って何? 氷? ガラス?」
「氷も水だ。硝子は大地に属する」
「そっかぁ。……あ、幽霊とか?」
「それは黒だな。霊魂を操る者が穢した水が、あの聖水だ」
「聖水が穢れちゃ駄目じゃんって……」

 ホラー映画で悪魔が普通に教会に入れるシーンを観た時の気持ちだ。

「当時の聖者が偶然触れた時に青く変化し、水の声で各属性の色を聞いたそうだ。それ以来、黒い聖水は聖者の属性を測る物として厳重に保管されている」
「へぇ……。でも保管しなくても、何から力貰ってるかで分かるんじゃないの?」
「色で視覚的に分かれば、聖者である証明にもなるだろう?」
「それもそっか。証拠、大事だよな」

 その後も神聖力のことを色々と教えて貰った。昨日の本で、この世界の地理や文化も一通り学んだ。あとは。


「ドラゴンって強い?」
「ああ」
「火を噴く?」
「噴かないが、翼で突風を起こすな」
「普通、二人とかで倒せる?」
「一般の騎士にはまず無理だろう」
「シグルズとジンなら?」
「数匹は容易い」
「すっご。最強騎士タッグじゃん」

 パチパチと拍手をすると、シグルズは目を見開く。でもすぐに背を向けて、全ての容器に水を汲み始めた。
 あ……耳が赤い。照れてたのか。肌が白くて髪も銀で、分かりやすいな。可愛いとこもあるじゃん。小さく笑ってしまい、シグルズがこっちを見る前にごろりと横になった。

「……こんなにのんびりするの、何年ぶりだろ」

 もしかしたら、両親を亡くしてからは初めてかもしれない。
 さわさわと揺れる枝葉を見つめる。空は茜色に染まり、鳥たちが歌う長閑な雰囲気。キャンプ好きの人はこういう癒しと開放感にはまるのだろうと、この世界に来て初めて理解出来た。


「そういや、昨日聞き忘れたんだけどさ。風呂上がりに着せられた服、夜伽用って言われたんだけど」

 シグルズを見ると、ぴくりと肩が震えた。

「夜伽って、何?」
「…………君は、本当に二十一か?」
「え、知ってなきゃまずい?」

 体を起こすと、シグルズは眉間に皺を寄せて地面を睨み付けていた。そのまましばし。

「……今教えなければ、どこかで騙されるか」
「え?」
「……この無知と脳天気な性格なら、確実に起こる」
「シグルズ……?」

 あまりに深刻な顔。失礼なことを言われてるのに、怒れない緊迫感。シグルズは顔を上げて、俺を真っ直ぐに見据えた。

「あの場合の夜伽は、性行為だ」
「……は?」
「洗えと言っただけで、磨き上げろという意味に勘違いしたんだ」
「いやいやいや、俺、男だし?」
「私が黒を白と言えば白になる」
「あっ、そういう」

 確かに使用人からは絶対服従という雰囲気を感じた。

「だからって、男相手じゃ擦り合いくらいしか出来ないし、全身磨かれてもなぁ」
「……そうだな」

 また黙々と水を汲み始める背中を見つめ、安堵する。深刻な顔をするから何かと思えば、ただ言いづらいだけだったのか。


「夜伽か。覚えとこ。……ん? なんか冷たい?」

 突然腕にひやりとした物が触れ、視線を向ける。

「うわっ! っ……!」

 触れていたのは、透けた緑色でつるりとした触手だ。叫んだ口にも数本突っ込まれ、声を塞がれた。



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