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直柾と優斗
しおりを挟む二人が仕事へ出た後、リビングを覗くと優斗の姿はなく、直柾は優斗の部屋のドアをノックした。
「あっ、直柾さん……」
直柾の姿を見るなり視線を伏せる。だがすぐに、そっと窺うように直柾を見上げた。
余所余所しい態度を取られた理由が分からず、戸惑いながら傷付いた顔だった。
「っ……、ごめんね、優くん。優くんの顔を見たら困らせることを言いそうで、あんな態度を取ってしまったんだ」
ごめん、と眉を下げ、深々と頭を下げた。
「えっ、そんな、顔を上げてくださいっ。そんなに困ること、ですか……?」
「うん……。俺は、ゲームもしたことがなくて、あの人みたいに長く一緒にもいられない。……だから、嫉妬したんだ」
「嫉妬? 直柾さんが?」
優斗は心底驚いた顔をする。直柾は困ったように笑った。
「俺は、そんなに出来た人間じゃないよ? 嫉妬もするし、良くないことも考える。ただの人間だからね」
ますます優斗は目を瞬かせた。これ程“ただの人間”という言葉が似合わない人もいない。
まじまじと見つめる優斗に、幻滅されるかもしれないけど、と前置きをした。
「本当はね、弟が出来ても、年に何度か家族で会うくらいかなって思ってたんだ」
弟が出来る事自体は楽しみだった。兄弟とはどんなものだろうと思っていたから。
母になる人は優しい人だから、その息子なら良い子だろう。兄として接してくれたなら嬉しい。そんな軽い気持ちだった。
「俺には仕事があって、弟も大学生ならそんなにべったりされても嫌だろうな、とか勝手に思い込んで。だからあの日まで会う時間を作らなかったし、写真すら見なかった」
忙しい事を言い訳にして、結婚後に会えば良いかと思っていた。
「……後悔してるんだ。写真だけでも見ていれば、もっと早くに君だと気付けた。もっと早く君に会えたのに……」
父から結婚したい人がいると聞かされたのは二年以上前だった。その頃にもっと興味を持っていれば、先輩だというあの人よりも先に優斗の悩みを聞いて、それ以外にも助けになれたかもしれないのに。
「それなのに、俺とだけ仲良くして欲しい、なんて、都合のいいことを考えているんだ」
その全てが直柾の言う“困らせること”だった。
直柾の想いを聞き、優斗は困るどころかまず嬉しい、という想いが込み上げた。
穏やかで優しくて顔もスタイルも良くて、いつでも笑顔で訪れて、全身で好きな気持ちを伝えてくる……そんな人に、こんな脆い部分があったなんて。
ありのまま、人間らしい部分に触れられた気がして、嬉しかった。
「そんなの、全然困りませんよ? 直柾さんとだけ仲良くすることは、出来ませんけど……でも、直柾さんとはとても仲良しな兄弟だと思ってますし、仲良くしたいと思って貰えるのは嬉しいです」
「優くん……」
「それに、もっと早くに会っていたら直柾さん留学中でしたから、こんなに頻繁に会えなかったです」
今だから良かったです。そう言い切られ、直柾は目を瞬かせた。そして、それもそうだね、と笑った。
ずっと後悔して、ずっと自分を責めていた心の奥の痛みが、こんなにも簡単に消えてしてしまった。たまらずに腕を伸ばし、優斗を抱き締める。
「あの頃に会えていたら、すぐに帰国して、駄目な役者のままだったかもしれないな……」
「直柾さん、遠距離苦手そうですもんね」
「優くんに出逢えた今はもう考えられないよ」
クスッと笑う優斗にそう言って頬擦りをした。
今なら、訊けるかもしれない。優斗はふと思う。
もしもあの時、最初に声を掛けたのが自分ではなかったら。弟になったのが別の人だったら。その人にも、同じ事をしていましたか……?
……。
……なんて、訊けるわけがない。
「優くん?」
「なんでもないです」
直柾の腕をぎゅっと掴んでしまい、慌てて笑顔を浮かべた。だが無理に浮かべた笑顔はすぐにバレてしまい、直柾は心配そうな顔をする。
「好きだよ、優くん。優くんのことが、大好き」
宥めるように背を撫でる、優しい手のひら。
まるで、全てを見透かされたようで……“兄”相手にこんな子供じみた独占欲を抱いている事が、急に恥ずかしくなった。
それを口にしても、彼は離れずにいてくれるだろうか。……だがそんな不安は、大好きだと何度も何度も告げる声に、優しく溶かされていくようで。
「あの、直柾さん……」
言葉は、零れ落ちた。不安だった気持ちを全て吐き出しても、直柾は変わらずに優しいまま。
「優くんだから、だよ。弟になるのも優くんだったから、俺はこんなに会いたいと思うんだよ。可愛いと思うんだよ。こんなにも誰かのそばにいたいと思うのは、初めてなんだ」
「直柾さん……」
泣きそう。優斗がじわりと瞳を揺らせば、胸元に抱き込まれてひときわ優しく背を撫でられる。
「俺の命は優くんのものなのに、優くんのために、俺は何も出来ていないけど……優くんが寂しい時や困った時は、いつでも駆け付けるから。だからもっと、俺を頼って?」
お願い、と優しく落ちる声に、コクリと頷く。
今でも充分なのに、と思いながらも、ちらりと見上げた直柾があまりに嬉しそうな顔をしていたものだから……。頼ります、と言葉でも返した。
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