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第1章 守護神石の導き

第9話 守護神石の秘める力(1)

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貸し出された寝巻を纏い、ティムはベッドの中に潜り込んだ。

カルディーマの酒場の二階は旅人が泊まる為の寝室となっている。寝室の中は薄暗く、青白い月明かりが窓から差し込んでいた。

突然大きな音を響かせてドアが開いた。ティムは飛び上がり忍ばせていた剣を握り締める。廊下の明かりにぼんやりと照らされたそこには、同じく寝巻を着たライアンがにやにやしながら立っていた。

ティムはほっと溜息を吐いて、ベッドの上に崩れ落ちた。
「お前かよ。驚かせるなよな。心臓に悪いよ」

「何をそんなにビクついてんだよ、お前は」
ライアンはさも可笑しそうに笑いながら、部屋の中へ入ってくる。

「お前があんだけ脅かすからだろ。しかも、あんなにバカ強い奴らがうじゃうじゃいたんだ。ビクつくよ」

「大丈夫だって。ちゃんとここに入る前に、誰かが尾けて来てないか確認したじゃねえか」

ライアンは、ティムの隣りのもう一つのベッドに座り、仰向けに寝転んだ。

「まあ、それもそうだけどな」

「ったく。頼むぜ?英雄の息子さんよー」

「はいはい、分かったよ」
ティムはまたベッドに潜り込んだ。

それを見たライアンは、悪戯っぽい笑みを浮かべると、ライアンのベッドの近くにあったイスを思いっきり蹴り上げた。

「ギャァァァァァァァァ!」
ティムは叫ぶと、一目散に部屋の隅まで這いずって行った。

「だっはっはっはっは!」
ライアンはベッドの上で笑い転げている。

突然ドアが勢いよく開き、叫び声を聞いたソニアが血相を変えて現れた。
「ティムさん、大丈夫ですか!?」

「ティムはすこぶる元気だけど、俺の腹筋が・・・」
ライアンは笑いが止まらず、途中から声にならない。

「ライアン・・・! お前ッ・・・!」
自分がからかわれたことに気付くと、ティムは腰に絡まっていたシーツをはぎ取り、ライアンに飛びかかった。

笑い続けるライアンとティムがベッドの上で取っ組み合う。

その光景を目の当たりにしたソニアはしばらく呆気に取られていたが、くすりと笑って自室へと戻って行った。




一晩中風が木の枝に擦れる音にさえビクビクしていたティムだったが、結局宿にはネズミ一匹現れることなく、三人のカルディーマ最後の夜は明けた。

身支度を済ませると、三人は宿の外に出た。
薄く朝日に照らされた街道にはまだ人は少なく、遠くから鳥の鳴く声が聞こえてくる。

「いやあ、今日は誰かさんを起こす手間がなくて助かったぜ」
剣を腰に括りつけながら、ライアンは口笛を吹くように言った。

「うるさいな。こっちは寝不足で大変なんだよ」
いつも通り晴れやかな表情のライアンとは打って変わって、ティムは目の下にくまを作り、いかにもだるそうな表情である。

「寝れなかったのですか?」
ソニアがティムの顔を心配そうに覗き込む。これまたティムとは打って変わって引き締まった表情だ。

「うん」

するとライアンがにたにたしながら、ティムを肘で小突いた。
「こいつったら襲われるのが怖いもんだから、一晩中ビクついて寝れなかったんだよ」

「ち、違うよ!」

「まあ、そうだったんですか」
ソニアはまるで子犬を見た時のように微笑むと、ふと思いついたように言った。
「なるほど。昨晩の大声はそういうことだったんですね」

「いや、だからそうじゃないって!」

必死で否定を続けるティムに、ライアンはさぞ愉快そうな顔で言った。
「そうそう。イスを蹴った音でさえ、あんなにびびっちまってなあ」

「だから、違うって・・・」

「でもこれまで何回も野営をしてきているのでしょう」

「ああ。でも今回剣術大会に来ていた連中の実力が半端なかったもんだから、怖かったんじゃねえか?それにしてもあそこまで怯えなくても・・・」

「違うって言ってるだろ!」




三人がカルディーマから出た時にはプーハットやフレデリックはもう門にはおらず、別の門番たちが立っていた。ライアンは再度父親がヘーゼルガルドの兵士長をやっていることを伝え、門番たちの興味を引いていた。

その門番たちと別れると、カルディーマの前の高原を三人は歩き始めたのだった。果てしなく広がる地平線の彼方には、朝焼けが橙(だいだい)色に輝いている。
エルゼリアの雄大な大地には街の賑やかさには無い、大自然の美しさがあった。

「色々あったけど、カルディーマに行って正解だったね」
ティムが空を見上げて歩きながら言った。

「そうだな。でっかい街に行けば何か見つかるかと踏んでたが、予想以上の成果だぜ」

ソニアは地面を見つめながら言った。
「私はまさかティムさんたちに出会えるとは思っていませんでした。もう大人しく故郷に帰ろうとしていたところだったので・・・」

「そういえばさ」
ティムが言った。
「ソニア、俺たちと話す時の言葉遣い、堅くない?」

「え、そうですか?」

ライアンが頷く。
「ああ、固いなあ。仲間なんだから、せめてさん付けはよしてほしいぜ」

「そうですね・・・。分かりました、ライアンさん」

「ほら、言ってる側から!」
ライアンは苦笑した。

ソニアは慌てて口を両手で押さえて、言い直した。
「分かりました、ライアン!」

ライアンは、ソニアにウインクしてみせた。

「うんうん、大分堅苦しさはなくなったかな!」
ティムは満足げに微笑み、続けた。
「まあソニアが偶然カルディーマにいたとしたら、俺たちがカルディーマに来たのはいいタイミングだったんだな」

その時ティムは、ハグルの言葉を思い出した。
「そういえばソニア知ってるかい?守護神石は意思を持ってて、自分の運命を操る力があるっていう話」

ソニアはこくりと頷いた。
「その話なら聞いたことがあります」

「へえ、そうなのかい」
ライアンが驚いた顔をする。

ティムが言う。
「この話が本当だとしたら、俺たちが昨日ソニアと会ったのも単なる偶然じゃないかもしれないよ」

「確かにそうですね。石が私たちを引き合わせたのかもしれませんね」
ソニアが嬉しそうに微笑んだ。

ティムは両手を頭の後にあてがうと口笛を吹くように言った。
「ま、もしそれが事実だとすれば、次の目的地ヘーゼルガルドでも何かが起きるってことかあ」

ライアンが答える。
「そりゃあお前、王国だからな。何が起こってもおかしくないぜ」

「ライアンが入隊試験に落ちるとかね」

「バーカ。そんなことある訳無えだろ?」
ライアンは眉を下げて、両手を左右に広げて見せた。

「何で?」

「いや何でって・・・お前な。だって見てみろよ。このキレのある動き、この重い斬撃」
ライアンが左右に素早く身を翻(ひるがえ)しながら、剣を振る真似をする。
「しかも正義感があり、志は高くて義理固い。こんな男を落とす理由がどこにある?」

「そういうちょっと勘違いしてるところじゃない?」

そうティムが切り返すと、ソニアは思わず口を押さえて笑いを堪えた。

「黙って聞いてりゃ調子にのりやがってテメエ!」
遂にライアンの堪忍袋の緒が切れた。

「そっちこそ昨日から人をバカにしやがって!これでおあいこだね!ちなみに全く黙って聞いてなかった!」

「ま、まあまあ・・・。二人とも落ち着いてください」
ソニアが場を収めようと二人を宥める。

「ふんっ!」
「ふーんっ!」

「やれやれですね・・・」
深い溜息を一つ吐いたソニアだったが、その表情には笑みがこぼれていた。
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