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第1章 守護神石の導き

第3話 親友と進む旅路(2)

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三十分程歩いて広い麦畑を越えると、二人の前には見渡す限りの草原が広がっていた。

「ここから先は、俺も行ったことがない」
ライアンが、感慨深げに呟く。

「これで、いよいよお前も旅人だな」
ティムは微笑むと、ライアンの背中をぽんと叩いた。
「で、問題は、これからどこへ進むかだな」

ティムは地図を取り出した。
「当面の目的地のヘーゼルガルドは、ここから歩いて十日くらいはかかりそうだ。途中でどこか寄れる町があるかな」

「ちょっと見せてくれ」
ライアンは地図を取り上げると、地図の一点を指差した。
「ここに行こう」

ティムは地図を覗き込んだ。
「カルディーマかい?」

「ああ」
ライアンは、ティムに地図を返す。
「勿論、カルディーマ」

ティムが地図を受け取る。
「どんな所?」

「マジかよ!」
ライアンは声のトーンを上げた。
「カルディーマって言ったら、この辺じゃ一番の繁華街じゃねえか。ヘーゼルガルドとこの辺の村の中継地点として、ヒト、モノ、カネ、情報が集中してる、あのカルディーマ!」

「あ、ああ、そうなんだ。ごめん、全然知らなかったよ」
ティムは、ライアンの妙な気迫に圧倒され気味に答える。
「じゃ、じゃあそこに行こう」

「ルートはどうする?」

ティムは再度地図を開き、目を凝らして見つめた。
「ケヤックの森を西に抜ければ、カルディーマ街道に出るな。そのルートが良さそうか」

「そうか!楽しみだな」
ライアンがにやにやと笑みをこぼす。

「そんなに楽しい所なのかい?」

「そりゃ、楽しいに決まってるだろう」

「でも、行ったことないんだろ?」

「行ったことはないけど、楽しいに決まってる。だって繁華街だぜ。見たことがないような珍しい物がいっぱいあるはずだ」
ライアンが、両手を広げて熱弁する。
「でっかい酒場は勿論、聞いた話によると、セクシーな踊り子のダンスを見たり、可愛い子ちゃんと楽しく酒が飲める所もあるらしいぜ。カジノもあるだろうな」

「へえ、カジノねえ・・・」
ティムは、ほくそ笑んだ。


そんな話で盛り上がりながら歩き続けていたら、道がだんだん険しくなってきた。急な丘や足場の悪い茂みが、二人の行く手を阻もうとしてくる。

「おい、もっとちゃんとした道はないのかよ」
ライアンが歯を食いしばり、彼のへその下辺りまであろうかという高い茂みをかき分けながら声を張り上げた。

ティムは茂みをかき分ける手を休めて、地図を掴む。
「いや、あるにはあるんだけど、かなり遠回りになっちゃうんだよ」

「それ、遠回りした方が近いとかいうオチはやめてくれよ」

ようやく茂みを抜けると、今度は二人の前に長く連なる急な丘が待ち受けていた。二人は息を切らしながら丘の登り降りを繰り返す。

「はぁ!疲れたあ!ライアン、進むの速すぎだよ!」
黙々と丘を乗り越えていくライアンの後ろ姿を見上げながら、ティムが音を上げる

「ほら、早く来いよ。そんなこと言ってる暇があったら足を動かせ、足を」

最後の「足を」に力を込めて一番高い丘の頂上まで辿り着くと、ライアンは「おお・・・」と息を漏らした。
高くそびえる丘の頂上で待ち受けていたのは、吸い込まれるような青空、生命の息吹(いぶき)すら感じられる雄大な高原、永遠に広がっていく地平線に連なっているエルゼリアの美麗な山々だった。

「すごい・・・」
一足遅れて頂上に着いたティムも声を上げる。自分たちの村にいる時には、けして拝むことのできないこの風景。二人は早速、エルゼリアの大自然の美しさに圧倒されていた。

しかし、その後の下り坂に二人は苦労させられた。特に勾配が急な箇所で二人は足を滑らせて転んでしまい、二人の服は土で汚れてしまっていた。二人は、大自然の美しさと同時に厳しさも学んだのであった。

疲労のあまり二人が草むらに座り込んだ時、太陽は西の空を赤く染めながら、ケヤックの木々の梢(こずえ)に沈もうとしていた。
二人はそこで野営をすることにした。近くに落ちていた小枝や枯れ葉を集め合わせた後、火打ち石を打ち合わせて火を起こす。

その日の夕食として、二人はシチューを作った。しかし昼にカイリーが作ったような美味しいシチューではない。鍋に水と塩と鶏肉を入れて煮詰めただけの味気ないシチューだ。しかし空腹だった二人は、鍋の中身をあっという間に平らげた。

焚き火を囲んで横になると、二人はあらためて強い疲労感を覚えた。ただでさえ慣れない旅なのに、険しい道を歩き続けてきたから無理はない。二人はすぐに深い眠りに落ちていった。




翌朝二人は、ケヤックの森の内部へと進路を取っていった。
森の中は視線が行き届かず、足元も木の根やら落ち葉やらで歩きやすいとは言えなかったが、昨日の悪路と比べるとよっぽど楽だった。

しばらく森の中を進んでいると、木々の少ない広場のような場所に出くわした。
建てられてから長い年月が経過しているであろう、おんぼろの家屋がいくつか建ち並んでいる。壁が半分くらい崩壊しているのもあった。

ティムが訝しげに周囲を見渡す。
「ここ何だろう。この辺りに誰か住んでいたみたいだど」

ライアンは、その中の一つのぼろ家の壁を軽く撫でると言った。
「ここは、恐らくエルフの住居跡地だ」

そのライアンの言葉で、ティムはハグルの話を思い出した。
「そうか。三十年前に戦争が終わるまで、エルフがここに住んでいたのか」

「当時はどの森にも必ずエルフは住んでいたらしいからな。今じゃまるで神隠しにでもあったみたいに誰もいなくなっちまってらあ」
ライアンは目を細める。

そこには人が生活していた形跡はしっかり残っているのに、人の姿は誰一人として見当たらない。その情景は、常にそこにあり続けた物がある日ふっと消えてしまったような、空虚で残酷な印象をティムに与えた。

「ヘ―ゼルガルド王はハビリスをまとめる権威者の一人として、三十年前の戦争を反省すると共に争いのない平和な世界を築こうとしておられる。俺も兵士として働くようになったら、エルゼリアの平和と安泰のために全力を尽くしたいんだ」
ライアンは少し間を開けて、更に言った。
「悲劇は二度と繰り返させない」

ティムも、こんなことは二度と起こしてはいけないと強く思った。
また一方でティムは、戦争について自分の意見を持ち、世界を改善しようという意志を持つライアンを少し尊敬した。

二人は、昔エルフが使っていたと思われる泉の水で喉を潤した。水を入れていた革の袋は、もう空っぽになっていた。険しい丘や鬱蒼(うっそう)とした茂みを立て続けに越えて、二人とも喉が渇いていたからだ。

革の袋に水を補給すると、二人は木陰で休憩を取った。太陽の光が真上の木々の梢(こずえ)から漏れ、森を照らしている。もうすぐ正午になるだろう。

乾いたパンをかじって空腹を満たしていた時、少し離れた所から茂みの擦れる音が聞こえてきた。

「何か聞こえるな。何だ?」
パンを持つ手を止め、ライアンが言う。

「さあね。ウサギか何かいるんだろ」
ティムは興味がなさそうに、もぐもぐと口を動かした。

だが、その音は一直線に二人の方へ近づいてきていた。

何かがおかしい。そう感じたライアンが、腰の剣に手をかけたその時だった。
斧を持ったゴブリン二匹が、鼻息荒く二人の前に飛び出してきた。

「ゴ、ゴブリンだあ!」
そう叫びティムが剣を抜いた時、ライアンはもう斬りかかっていた。

「おらあっ!」
雄叫びと共に、ライアンはゴブリン目がけて剣を振り下ろした。
しかしゴブリンは斧で防御する。鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が響いた。

反動でライアンはバランスを崩し、後ろによろりと下がった。すかさずティムがライアンの体を支える。

その様子を見ながらゴブリンはにやりと下卑た笑みを浮かべると、口を開いた。
「おまえたち、しゅごしんせき、もってる。おいら、しってる」

その言葉に、二人は度胆を抜かれて固まった。

ゴブリンがしゃべった!

たどたどしい共通語ではあったが、確かにしゃべった。二人はゴブリンようなモンスターに、共通語を話すことができるというイメージがなかったのだ。

二人が驚いたのはそれだけではない。むしろそれ以上に驚いたのは、二人が守護神石の持ち主であることをゴブリンが知っていたことだった。

一体何故?どうやって分かったんだ?

当惑して立ち尽くしている二人に対し、もう一体のゴブリンが言った。
「いしもってるにんげん、みんなころす。でも、いしわたすなら、ころさない」

二人は少しの間言葉を失っていたが、何とか状況を飲み込んだライアンは、きっと目を吊り上げて吐き捨てた。
「わ、渡すわけねえだろ!ふざけんな!」

するとゴブリンたちは、不気味な響きを持つ言語で何度かやり取りをした後、言った。
「なら、ころす、ころす。ころして、きょうのおひるごはん」

「殺せるもんなら、殺してみろッ!」

ライアンが叫ぶと、ゴブリンたちは獰猛な唸り声を上げながら襲いかかってきた。

ティムはゴブリンの斬撃を身を翻してかわすと、すぐさま斬りつけた。それは左肩をかすめただけの浅手だった。
しかしゴブリンが怯んだ隙を突いて、ティムは剣を横に薙ぎ払う。ヘドロのような血しぶきと共に、醜いゴブリンの首は宙を舞った。

ライアンと対峙していた別のゴブリンは、仲間の死を確認すると森の奥へ逃げて行った。

「てめえっ、逃げるんじゃねえ!」
ライアンが目を剥いて、ゴブリンを追いかける。

ライアンに続いてティムもその後を追ったが、結局二人はゴブリンを見失ってしまった。

「ゴブリンって、こんなにすばしっこいのかよ」
ティムがすぐ横の木の幹に手をつきながら、乱れた呼吸を整える。

「あの野郎、次は絶対逃がさねえからな」
ライアンは悔しそうに呟いた。

「守護神石を持っていたこと、何で知ってたんだろう?」
ティムは怪訝そうに顎を撫でた。
「知っているのは、俺の村の人たちとせいぜいカイリーおばさんくらいだよ」

「そんなこと考えたって仕方ねえぜ。とにかくゴブリンの野郎は、知っているってことだ」

「まあそうだね・・・」と、ティムは頷いた。
「それにしても逃げられたのは痛い。きっとあいつ、仲間を集めて、また俺たちの所にやってくるよ」

「クソッ。厄介なことになったぜ」
そう罵ると、ライアンは天を仰いだ。
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