11 / 34
第1章 守護神石の導き
第5話 カルディーマの門番(1)
しおりを挟む
翌朝、二人はカルディーマに向けて、ますます気合を入れて歩いた。
岩場を下りると一度ルートから外れたカルディーマ街道にぶつかり、そのまま二人は再度カルディーマ街道を進んだ。
すると昨夜ティムが予想した通り、昼前にカルディーマに到着することができた。高地から確認できた通り、カルディーマは本当に目と鼻の先だった。
「おっし。着いた、着いた。わくわくするぜ」
町の入口が見え始めると、ライアンは鼻息荒くしていた。
興奮していたのはティムも同じだった。生まれてからずっと故郷の村からほとんど離れたことのなかった二人にとって、都会であるカルディーマは二人の好奇心を広大な未知で魅惑した。
町の入口に近づいていくと、門の前に誰かがいるのが見えた。恐らく門番だろう。
歩きながらティムが言う。
「ライアン、門番がいるよ」
「まあ、大きな町だからな。門番の一人や二人いてもおかしくないさ」
「通してくれるかな」
ティムが不安そうに呟く。
「別に俺たちゴブリンじゃねえんだから、通してくれるだろう。ただ、門番によっては、金をせしめようと考える輩もいるかもしれない」
「ああ、なるほど」
ライアンは拳を顔の前で握ると、大胆に言った。
「もしそうだったら、ぶった斬ってやろうぜ」
ティムは慌てふためいて、両手を突き出した。
「ちょ、ちょっと。それはまずいでしょ。門番だよ。門番斬り殺して町に入るなんて、俺たち完全に悪者になっちゃうじゃん」
「ハッ。そうか。そうなったら俺のヘーゼルガルド兵になる夢も、夢のままで終わっちまう!」
ライアンは頭を抱えた。
二人は入り口の石門の前まで来た。門番と思われるその男は兵士の身なりをしていた。若干太っているその体型は、ユーモラスな印象さえ与える。
「よう、お前らどこのもんだ」
その小太り兵士は、二人が門の前に来るなり、下卑ただみ声で話しかけてきた。
二人は思わず顔を見合わせたが、すぐにライアンが先に質問に答えた。
「俺はカザーブ村の者だ。ヘーゼルガルドまで旅をしてるんだが、少しの間カルディーマで旅の疲れを取りたいと思っている」
「ほほお」
小太りはいかにも面白いというような顔付きで、顎を右手でさすりながら二三度頷き、また聞いた。「それで、ヘーゼルガルドに何の用があるってんだ」
「そんなことまでいちいち話す義理はねえな」
ライアンはきっぱりと小太りの質問を切り捨てた。
しかし小太りは鼻の穴を一瞬広げただけで、気分を害した様子は全く見せなかった。そのままライアンの発言を無視して、ティムへと向く。
「お前はどこのもんだ」
ティムはしばらく小太りの顔をまじまじと見つめた後、答えた。
「俺はグレンアイラ村出身の勇者さ」
その発言にライアンは眉をひそめると、ティムを見た。そして、ぱっと小太りの方へ視線を戻す。しかし、小太りは相変わらず表情を変えてはいなかった。
「そうかい」
小太りが口を開いた。
「だが、悪いな。最近カルディーマも秩序が悪くてな。よそ者を町の中に入れる訳にはいかねえんだな。今すぐここから立ち去ってくれや」
すぐにライアンは言い返そうとしたが、さっと口をつぐんだ。小太りの目元から尋常ではない殺気が放たれていたからだ。ティムも思わず唾を飲み込んだ。
しばらくその場に重い沈黙が流れた後、不意にティムが懐から銀貨を数枚取り出した。小太りの方へ歩み寄ると、銀貨の乗った手の平を突き出す。
小太りは、しばらく手の平の上に乗った銀貨と純粋無垢な視線を向け続けるティムの顔を見比べていたが、突然何かが破裂したかのように大声で笑い始めた。
その時門の横からもう一人、兵士の身なりをした男が現れた。
「何馬鹿笑いしているんだ、プーハット。真面目に職務に取り組まんか」
その男は小太りを軽く叱責した後、訳がわからずに硬直していたティムたちに目を向けた。その男の身長は小太りよりも一回り低かったが、発言内容からして恐らく小太りの上司であると思われた。
「フレデリック上官、このガキ二人本当に面白いんですよ」
小太りはひいひい言いながら、笑い続けている。
ティムとライアンはやっとのことで首を動かして、顔を見合わせた。
「すまなかったな、君たち」
男がようやく二人に話しかけた。
「どうやら部下が君たちに失礼な態度をとったようだけども、どうか気を悪くしないでくれたまえ。こう見えて、実は気のいい男なんだ」
二人は未だに呆気にとられていて状況が把握できていなかった。
かろうじてティムがもごもごと口を開く。
「あなたは一体・・・」
「おお、これは失礼。私はヘーゼルガルド帝国の兵士長を務めているフレデリックという者だ。そしてこいつは部下のプーハットだ」
紹介をされたところで、プーハットはようやく笑いが落ち着いたようだった。片手を軽く上げて、ティムたちに話しかけた。
「びっくりさせて悪かったな。門番なんて仕事は結構暇なもんでね。お前らみたいな面白そうな奴が来ると、つい遊び心が湧いちまうのさ。中に入れないっていうのも冗談だよ」
「何だ、冗談だったのか。ヘーゼルガルドの兵士さんもお人が悪い」
ようやく状況を理解したティムは、ほっとすると同時におかしくなってきて、けらけらと笑った。
「お、お二人はヘーゼルガルドの兵士さん、なんですか」
急に大声でしゃべり出したのは、ライアンだ。
「僕、ライアン・ヘルムクロスっていいます。志願兵としてヘーゼルガルドに向かっているところなんです。あの、父がヘーゼルガルドの兵隊長をしていて」
「そりゃ本当かい」
プーハットが驚きの声を上げる。
「ヘルムクロス。ジョナスの息子か」
フレデリックは目を二三度ぱちくりさせる。
「はい、そうです。ジョナスは僕の父です」
ライアンは二人の反応を見てから、はにかみながらそう言った。
「そうだったか。ジョナスの息子が我らヘーゼルガルド軍に入隊するか」
フレデリックはライアンをしみじみ見つめながら、うっすらと微笑んだ。その優しげな目からは、ライアンに対する歓迎の念を感じ取れた。
「ヒュゥ。こいつはいいや」
プーハットが軽やかに口笛を吹いた。
「これは面白くなりそうですね、フレデリック上官。こいつなかなか威勢もいいんですよ。俺が質問したら『そんなこと話す義理はねえ』って言い返してきたんですよ。もう笑いをこらえるのが大変だったよ」
言い終わらない内に、プーハットはさっきの件で思い出し笑いを始めていた。ライアンが思わず顔を赤らめる。
フレデリックが窘める。
「おい、プーハット。いい加減にしておけ」
「いやあ、でもお前いいキャラしてるねえ。一緒に働く日が待ち遠しいぜ。よろしく頼むな、ライアン」
プーハットは上機嫌でそう言うと、ライアンの肩を両手でバンバン叩いた。
ライアンはプーハットの勢いに唖然としているだけだった。
「ところで、お友達の君は?名前は何ていうんだい?」
フレデリックが、ティムに尋ねる。
「僕は、ティムです。ティム・アンギルモアっていいます」
ティムははきはきと答える。
「君も入隊希望者かい」
「いえ、僕は」とティムが答えかけた時、プーハットが口を挟んだ。
「そうそう。こいつが最高に面白かったんですよ。自分のことを勇者とか言ったり、俺を銀貨で買収しようとしたり」
またげらげら笑い始めたプーハットを横目で見ると、フレデリックは呆れたように溜息を吐いた。
ティムはまんざら悪い気もしないのか照れ臭そうに笑うと、答えかけの質問に答えた。
「えっと、僕は入隊希望者ではないです。ヘーゼルガルドには行く予定ですけど」
「なんだ。残念だ」
笑い終えたプーハットは、今度はつまらなそうに呟いた。
一方フレデリックは、右手を顎に添えながら何か思い巡らせているようだった。
「どうかしましたか?」
「あ、いや」
ティムの問いかけにフレデリックは一瞬言葉を濁し、言うか言わないか迷っているようだったが、すぐにもごもごとこう続けた。
「違っていたら聞き流してほしいんだが、もしや君のお父さんの名前は、ボヘミアン・アンギルモアでは?」
予想だにしない質問に、ティムは度肝を抜かれながらも答えた。
「は、はい。そうですけど、一体なぜそれを」
するとフレデリックは、はっと息を飲んだ。プーハットも、ここにきて初めて表情が引き締まったのがわかる。
「なんとそうだったか。姓が同じだからまさかと思ったが」
「おいおい、マジかよ。あの人の息子さんか」
妙に狼狽する二人を目前にして、ティムはもう一度聞いた。
「一体どうして父のことを知っているんですか」
フレデリックは口を半開きにしてしばらくティムを見つめていたが、やがて答えた。
「君のお父さんがヘーゼルガルドに来た時に、一度お会いしたことがあってね。それは強く勇敢な戦士だった。私は彼と剣を交えたことがあるのだが、私などでは歯が立たなかった。最近は元気にしているのかな」
「それが、もう父はこの世にいないんです」
「何と」
フレデリックが声を落とした。プーハットも険しい顔で聞いている。
「旅立ってから一年後ぐらいに、瀕死の状態で帰ってきたらしいです。僕はその頃赤ん坊だったので、聞いた話になるんですが」
「そうか。そうだったか」
フレデリックは神妙な面持ちで地面に視線を落としたが、すぐに顔を上げた。
「もしかして、君もあの石を、守護神石を集めているのか」
守護神石。そうだ、これのことだ。
ティムはこくりと頷いた。
「なるほど。やはりボヘミアン殿の息子だ。血は争えんということか」
本当は自発的に始めた訳ではなく、かなり頼まれて、しかも一回面倒臭くて断ったという事実は墓場まで持っていこうとティムは心に決めた。
「もう石は見つけたのかい?」
フレデリックが聞く。
「はい、今のところ二つ持っています」
その言葉に、フレデリックとプーハットは目を丸くした。
「何と。まだ旅に出て数週間しか経ってていないとお見受けするが、もう二つも見つけているのか」
「そいつはすげえな。一体どうやったんだ」
ティムは歯を見せて得意げに笑った。
「最初の一つは、父が死に間際に僕の村の村長に託していたんです。僕が大人になったら、渡すようにと。そしてもう一つは、何とライアンが持っていたんですよ」
「いやあ、小さい頃に近所の森で見つけまして」
ライアンが横でもじもじしながら言う。
「そいつはなかなかすげえ偶然だな」
感心している様子のプーハットに、フレデリックが言った。
「いや、どうだろうか。守護神石を持つものは守護神石を持つものと引かれ合うという噂を聞いたことがある。それが本当だとしたら、これは偶然ではないのかもしれないな」
「何だ、それだったらすぐに十二個見つかるんじゃねえのか。良かったな、ティム」
言ってライアンは、ティムの背中を嬉しそうにばんばん叩いた。
「痛っ。痛いな」
それを見てフレデリックもプーハットも笑った。
フレデリックが表情を引き締める。
「とにかく、君はボヘミアン殿の血を受け継いでいる。きっと君になら、彼が成し遂げられなかった守護神を復活させることができるはずだ。大いに頑張ってくれたまえ」
ティムは頷くと言った。
「それで、結局俺たちは入ってもいいってことなんだよね?」
「ああ、勿論だよ」
「ありがとう」
ティムはお礼を言うと、ふと疑問に思ったことを聞いた。
「入れない人っていうのはどういう人なの?」
するとフレデリックは一瞬沈黙した後、淡々と言った。
「中に入れないのは、魔族さ。最近はこの辺りもゴブリンやトロルが増えたから、人々に危険が及ばないように、我々ヘーゼルガルドの兵隊が、入口を守っているんだ。カルディーマは我々ヘーゼルガルドにとって重要な都市だからね」
「いやあ、やっぱりヘーゼルガルド軍は素晴らしいですね。魔族と戦い、人々の為に尽くしているなんて」
ライアンの目は感動の為か、ごまをする為なのか、やけに輝いていた。
フレデリックはこくりと頷いた。「ふふふ。では、君も入隊したら、頑張りたまえ」
「はい。頑張ります!」
ライアンが元気よく返事をする。
フレデリックは、ふうと一息吐くと、言った。「よし、じゃあそろそろ私も仕事に戻ろう。ライアン君、これからよろしく頼むよ。帰ったら、ジョナスに君が向かっていることを伝えておこう。ティム君も、また縁があればヘーゼルガルドで会おう」
「はい。ありがとうございます。では、また」
ライアンが軽くお辞儀をする。
「フレデリック、またね」
ティムは、手を振った。
「それでは失礼」
フレデリックは踵を返し、町の中へと戻っていった。
「あーあ。じゃあ俺も門番の仕事に戻るか」
プーハットは気だるそうに一つ伸びをした。
「まあ、二人とも達者でな。ヘーゼルガルドで待ってるぜ」
「了解です。よろしくお願いします」
「門番の仕事頑張ってね」
岩場を下りると一度ルートから外れたカルディーマ街道にぶつかり、そのまま二人は再度カルディーマ街道を進んだ。
すると昨夜ティムが予想した通り、昼前にカルディーマに到着することができた。高地から確認できた通り、カルディーマは本当に目と鼻の先だった。
「おっし。着いた、着いた。わくわくするぜ」
町の入口が見え始めると、ライアンは鼻息荒くしていた。
興奮していたのはティムも同じだった。生まれてからずっと故郷の村からほとんど離れたことのなかった二人にとって、都会であるカルディーマは二人の好奇心を広大な未知で魅惑した。
町の入口に近づいていくと、門の前に誰かがいるのが見えた。恐らく門番だろう。
歩きながらティムが言う。
「ライアン、門番がいるよ」
「まあ、大きな町だからな。門番の一人や二人いてもおかしくないさ」
「通してくれるかな」
ティムが不安そうに呟く。
「別に俺たちゴブリンじゃねえんだから、通してくれるだろう。ただ、門番によっては、金をせしめようと考える輩もいるかもしれない」
「ああ、なるほど」
ライアンは拳を顔の前で握ると、大胆に言った。
「もしそうだったら、ぶった斬ってやろうぜ」
ティムは慌てふためいて、両手を突き出した。
「ちょ、ちょっと。それはまずいでしょ。門番だよ。門番斬り殺して町に入るなんて、俺たち完全に悪者になっちゃうじゃん」
「ハッ。そうか。そうなったら俺のヘーゼルガルド兵になる夢も、夢のままで終わっちまう!」
ライアンは頭を抱えた。
二人は入り口の石門の前まで来た。門番と思われるその男は兵士の身なりをしていた。若干太っているその体型は、ユーモラスな印象さえ与える。
「よう、お前らどこのもんだ」
その小太り兵士は、二人が門の前に来るなり、下卑ただみ声で話しかけてきた。
二人は思わず顔を見合わせたが、すぐにライアンが先に質問に答えた。
「俺はカザーブ村の者だ。ヘーゼルガルドまで旅をしてるんだが、少しの間カルディーマで旅の疲れを取りたいと思っている」
「ほほお」
小太りはいかにも面白いというような顔付きで、顎を右手でさすりながら二三度頷き、また聞いた。「それで、ヘーゼルガルドに何の用があるってんだ」
「そんなことまでいちいち話す義理はねえな」
ライアンはきっぱりと小太りの質問を切り捨てた。
しかし小太りは鼻の穴を一瞬広げただけで、気分を害した様子は全く見せなかった。そのままライアンの発言を無視して、ティムへと向く。
「お前はどこのもんだ」
ティムはしばらく小太りの顔をまじまじと見つめた後、答えた。
「俺はグレンアイラ村出身の勇者さ」
その発言にライアンは眉をひそめると、ティムを見た。そして、ぱっと小太りの方へ視線を戻す。しかし、小太りは相変わらず表情を変えてはいなかった。
「そうかい」
小太りが口を開いた。
「だが、悪いな。最近カルディーマも秩序が悪くてな。よそ者を町の中に入れる訳にはいかねえんだな。今すぐここから立ち去ってくれや」
すぐにライアンは言い返そうとしたが、さっと口をつぐんだ。小太りの目元から尋常ではない殺気が放たれていたからだ。ティムも思わず唾を飲み込んだ。
しばらくその場に重い沈黙が流れた後、不意にティムが懐から銀貨を数枚取り出した。小太りの方へ歩み寄ると、銀貨の乗った手の平を突き出す。
小太りは、しばらく手の平の上に乗った銀貨と純粋無垢な視線を向け続けるティムの顔を見比べていたが、突然何かが破裂したかのように大声で笑い始めた。
その時門の横からもう一人、兵士の身なりをした男が現れた。
「何馬鹿笑いしているんだ、プーハット。真面目に職務に取り組まんか」
その男は小太りを軽く叱責した後、訳がわからずに硬直していたティムたちに目を向けた。その男の身長は小太りよりも一回り低かったが、発言内容からして恐らく小太りの上司であると思われた。
「フレデリック上官、このガキ二人本当に面白いんですよ」
小太りはひいひい言いながら、笑い続けている。
ティムとライアンはやっとのことで首を動かして、顔を見合わせた。
「すまなかったな、君たち」
男がようやく二人に話しかけた。
「どうやら部下が君たちに失礼な態度をとったようだけども、どうか気を悪くしないでくれたまえ。こう見えて、実は気のいい男なんだ」
二人は未だに呆気にとられていて状況が把握できていなかった。
かろうじてティムがもごもごと口を開く。
「あなたは一体・・・」
「おお、これは失礼。私はヘーゼルガルド帝国の兵士長を務めているフレデリックという者だ。そしてこいつは部下のプーハットだ」
紹介をされたところで、プーハットはようやく笑いが落ち着いたようだった。片手を軽く上げて、ティムたちに話しかけた。
「びっくりさせて悪かったな。門番なんて仕事は結構暇なもんでね。お前らみたいな面白そうな奴が来ると、つい遊び心が湧いちまうのさ。中に入れないっていうのも冗談だよ」
「何だ、冗談だったのか。ヘーゼルガルドの兵士さんもお人が悪い」
ようやく状況を理解したティムは、ほっとすると同時におかしくなってきて、けらけらと笑った。
「お、お二人はヘーゼルガルドの兵士さん、なんですか」
急に大声でしゃべり出したのは、ライアンだ。
「僕、ライアン・ヘルムクロスっていいます。志願兵としてヘーゼルガルドに向かっているところなんです。あの、父がヘーゼルガルドの兵隊長をしていて」
「そりゃ本当かい」
プーハットが驚きの声を上げる。
「ヘルムクロス。ジョナスの息子か」
フレデリックは目を二三度ぱちくりさせる。
「はい、そうです。ジョナスは僕の父です」
ライアンは二人の反応を見てから、はにかみながらそう言った。
「そうだったか。ジョナスの息子が我らヘーゼルガルド軍に入隊するか」
フレデリックはライアンをしみじみ見つめながら、うっすらと微笑んだ。その優しげな目からは、ライアンに対する歓迎の念を感じ取れた。
「ヒュゥ。こいつはいいや」
プーハットが軽やかに口笛を吹いた。
「これは面白くなりそうですね、フレデリック上官。こいつなかなか威勢もいいんですよ。俺が質問したら『そんなこと話す義理はねえ』って言い返してきたんですよ。もう笑いをこらえるのが大変だったよ」
言い終わらない内に、プーハットはさっきの件で思い出し笑いを始めていた。ライアンが思わず顔を赤らめる。
フレデリックが窘める。
「おい、プーハット。いい加減にしておけ」
「いやあ、でもお前いいキャラしてるねえ。一緒に働く日が待ち遠しいぜ。よろしく頼むな、ライアン」
プーハットは上機嫌でそう言うと、ライアンの肩を両手でバンバン叩いた。
ライアンはプーハットの勢いに唖然としているだけだった。
「ところで、お友達の君は?名前は何ていうんだい?」
フレデリックが、ティムに尋ねる。
「僕は、ティムです。ティム・アンギルモアっていいます」
ティムははきはきと答える。
「君も入隊希望者かい」
「いえ、僕は」とティムが答えかけた時、プーハットが口を挟んだ。
「そうそう。こいつが最高に面白かったんですよ。自分のことを勇者とか言ったり、俺を銀貨で買収しようとしたり」
またげらげら笑い始めたプーハットを横目で見ると、フレデリックは呆れたように溜息を吐いた。
ティムはまんざら悪い気もしないのか照れ臭そうに笑うと、答えかけの質問に答えた。
「えっと、僕は入隊希望者ではないです。ヘーゼルガルドには行く予定ですけど」
「なんだ。残念だ」
笑い終えたプーハットは、今度はつまらなそうに呟いた。
一方フレデリックは、右手を顎に添えながら何か思い巡らせているようだった。
「どうかしましたか?」
「あ、いや」
ティムの問いかけにフレデリックは一瞬言葉を濁し、言うか言わないか迷っているようだったが、すぐにもごもごとこう続けた。
「違っていたら聞き流してほしいんだが、もしや君のお父さんの名前は、ボヘミアン・アンギルモアでは?」
予想だにしない質問に、ティムは度肝を抜かれながらも答えた。
「は、はい。そうですけど、一体なぜそれを」
するとフレデリックは、はっと息を飲んだ。プーハットも、ここにきて初めて表情が引き締まったのがわかる。
「なんとそうだったか。姓が同じだからまさかと思ったが」
「おいおい、マジかよ。あの人の息子さんか」
妙に狼狽する二人を目前にして、ティムはもう一度聞いた。
「一体どうして父のことを知っているんですか」
フレデリックは口を半開きにしてしばらくティムを見つめていたが、やがて答えた。
「君のお父さんがヘーゼルガルドに来た時に、一度お会いしたことがあってね。それは強く勇敢な戦士だった。私は彼と剣を交えたことがあるのだが、私などでは歯が立たなかった。最近は元気にしているのかな」
「それが、もう父はこの世にいないんです」
「何と」
フレデリックが声を落とした。プーハットも険しい顔で聞いている。
「旅立ってから一年後ぐらいに、瀕死の状態で帰ってきたらしいです。僕はその頃赤ん坊だったので、聞いた話になるんですが」
「そうか。そうだったか」
フレデリックは神妙な面持ちで地面に視線を落としたが、すぐに顔を上げた。
「もしかして、君もあの石を、守護神石を集めているのか」
守護神石。そうだ、これのことだ。
ティムはこくりと頷いた。
「なるほど。やはりボヘミアン殿の息子だ。血は争えんということか」
本当は自発的に始めた訳ではなく、かなり頼まれて、しかも一回面倒臭くて断ったという事実は墓場まで持っていこうとティムは心に決めた。
「もう石は見つけたのかい?」
フレデリックが聞く。
「はい、今のところ二つ持っています」
その言葉に、フレデリックとプーハットは目を丸くした。
「何と。まだ旅に出て数週間しか経ってていないとお見受けするが、もう二つも見つけているのか」
「そいつはすげえな。一体どうやったんだ」
ティムは歯を見せて得意げに笑った。
「最初の一つは、父が死に間際に僕の村の村長に託していたんです。僕が大人になったら、渡すようにと。そしてもう一つは、何とライアンが持っていたんですよ」
「いやあ、小さい頃に近所の森で見つけまして」
ライアンが横でもじもじしながら言う。
「そいつはなかなかすげえ偶然だな」
感心している様子のプーハットに、フレデリックが言った。
「いや、どうだろうか。守護神石を持つものは守護神石を持つものと引かれ合うという噂を聞いたことがある。それが本当だとしたら、これは偶然ではないのかもしれないな」
「何だ、それだったらすぐに十二個見つかるんじゃねえのか。良かったな、ティム」
言ってライアンは、ティムの背中を嬉しそうにばんばん叩いた。
「痛っ。痛いな」
それを見てフレデリックもプーハットも笑った。
フレデリックが表情を引き締める。
「とにかく、君はボヘミアン殿の血を受け継いでいる。きっと君になら、彼が成し遂げられなかった守護神を復活させることができるはずだ。大いに頑張ってくれたまえ」
ティムは頷くと言った。
「それで、結局俺たちは入ってもいいってことなんだよね?」
「ああ、勿論だよ」
「ありがとう」
ティムはお礼を言うと、ふと疑問に思ったことを聞いた。
「入れない人っていうのはどういう人なの?」
するとフレデリックは一瞬沈黙した後、淡々と言った。
「中に入れないのは、魔族さ。最近はこの辺りもゴブリンやトロルが増えたから、人々に危険が及ばないように、我々ヘーゼルガルドの兵隊が、入口を守っているんだ。カルディーマは我々ヘーゼルガルドにとって重要な都市だからね」
「いやあ、やっぱりヘーゼルガルド軍は素晴らしいですね。魔族と戦い、人々の為に尽くしているなんて」
ライアンの目は感動の為か、ごまをする為なのか、やけに輝いていた。
フレデリックはこくりと頷いた。「ふふふ。では、君も入隊したら、頑張りたまえ」
「はい。頑張ります!」
ライアンが元気よく返事をする。
フレデリックは、ふうと一息吐くと、言った。「よし、じゃあそろそろ私も仕事に戻ろう。ライアン君、これからよろしく頼むよ。帰ったら、ジョナスに君が向かっていることを伝えておこう。ティム君も、また縁があればヘーゼルガルドで会おう」
「はい。ありがとうございます。では、また」
ライアンが軽くお辞儀をする。
「フレデリック、またね」
ティムは、手を振った。
「それでは失礼」
フレデリックは踵を返し、町の中へと戻っていった。
「あーあ。じゃあ俺も門番の仕事に戻るか」
プーハットは気だるそうに一つ伸びをした。
「まあ、二人とも達者でな。ヘーゼルガルドで待ってるぜ」
「了解です。よろしくお願いします」
「門番の仕事頑張ってね」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜
mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!?
※スカトロ表現多数あり
※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる