異世界物怪録

止まり木

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第四話 良い妖怪 悪い妖怪

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 良い警官・悪い警官と言うのをご存知だろうか?
 良い警官・悪い警官とは、警察等で使われる尋問の手法の一つだ。
 尋問者は二人一組になり片方は対象者に対して威圧的、攻撃的に質問し、もう片方は威圧的、攻撃的に質問する片方を諫めながら同情的に対象者に質問する。これにより対象者は自分に同情的な尋問者の方に親近感を持ち協力的になり、色々な情報を話すようになる。
 座敷牢でやっていたのは、この下準備。
 山ン本が悪い警官役、マロ爺が良い警官役を演じていたのだ。

 部屋に移動する途中、サナリエンは見るものすべてが自分の知る世界の者とは一線を画しているのに気付いた。
 真っ白い紙が張られている引き戸に、曲がりくねった松を配した庭。どれもが初めて見る物であり奇異に思えながらも同時に美しいとも思った。
 空を見上げれば、何かが飛んでいるのが見えた。最初は鳥かと思ったが、それは即座に否定された。確かに黄色い嘴を持ち、黒い翼を持っていたが、その鳥は見慣れぬ白い服を着、そして何と手足があった。
「あっあれは!?」
「あれ?ああ、アレは烏天狗じゃよ。この里の住人じゃ。気にせんでええ」
 マロ爺が事も無げに答えた。
 サナリエンは改めて自分がまともでは無い場所に来てしまったとおもった。同時に、今逃げても逃げられないとも思った。
 ちなみにこの時、一反木綿も一緒に飛んでいたのだが、サナリエンには洗濯物が飛ばされているとしか認識されなかった。

 サナリエンが案内されたのは庭に面した八畳の座敷。ここは前に会議をしていた部屋を襖で仕切った部屋だ。その部屋には艶やかに光る黒い座卓が運び込まれていた。
「さぁ。どうぞ、お座りください」
 山ン本に促されたが、サナリエンは椅子がない事に何処に座れば良いのかと戸惑った。サナリエンにとって座敷は異様に低いテーブルに、その前にクッションが置いてある変な部屋でしかない。
「ああ、文化が違うんでしたね」
 その様子を見た山ン本は率先して、座布団に正座した。マロ爺とアオキもソレに追随するように座布団に腰を下す。アオキは胡坐をかき、マロ爺は里長と同じ様に正座をした。
「ワシらは、床に座るんじゃよ。あんたも早よ座りんさい」
「あっ。ああ」
 サナリエンは戸惑いながらも見様見真似で開いている座布団の上に正座した。
「失礼いたします」
 サナリエンが座布団に座ると、待っていたかのように音も無く奥の襖が開き、人数分のお茶が乗ったお盆を持った女中が現れた。
 女中は、サナリエンには目もくれず、それぞれの前にお茶とお菓子の乗った皿を置くと「失礼しました」と言って、音も無く去って行った。
「ほう。今日は羊羹か」
 マロ爺がズズッとお茶を一口啜った時、山ン本が口を開いた。
「さて、まずは自己紹介といきましょうか。まぁ私は済ませているので、他の二人を紹介しましょう」
「まずはワシからじゃな。ぬらりひょんじゃ。親しい連中からはマロ爺と呼ばれておる。この里では、相談役をやっておる。お嬢ちゃんはマロ爺と呼んでくれるとうれしいのう。ほれ、アオキも自己紹介せんか」
 マロ爺に促されたアオキは、組んでいた腕を解いてサナリエンの方を向くと言った。
「鬼のアオキだ」
「そんな、無愛想な自己紹介があるか。もうちょっと愛想よく出来んのか?」
「出来ない」
「まったく。でお嬢さんの名前はなんと言うのかの。ワシに教えてくれんか?」
「私は、ハーフィム村村長であるガナリエンが一の娘、サナリエン」
 名乗った瞬間サナリエンは'しまった!'と言う表情をしたが、山ン本達は特に気にした様子も無い事を確認するとほっとしたような表情になった。しかし、山ン本とぬらりひょんは心の中で'いい事聞いた'と思っていた。村長の娘を確保する事が出来たというのは、その村に対しての外交カードになるからだ。
「ほうほう。サナリエンちゃんと言うのか。良い名前じゃのう」
 マロ爺が目を瞑り腕を組んでうんうんと頷いた。その様子を疑い深げに見ているサナリエン。
 ソレに気付いたマロ爺が片目だけを開けて言った。
「ワシらが何者か気になってるじゃろ?」
「…はい」
「マロ爺。教える必要がありますか?」
「判断する情報が多ければ余計な誤解を招く事も無いじゃろ」
 山ン本はチラリとサナリエンを見ると言った。
「アオキを見て問答無用で襲ってくる者達に出来ますかね?」
「貴様!エルフを馬鹿にしているのっ!」
 それを聞いたサナリエンはダン!と座卓に拳を叩きつけて抗議する。
「貴方の今まで行動を客観的に判断したまでですが?」
 サナリエンが突っかかるが、山ン本は冷たい視線を返すだけだ。
「よさんか。サナリエンちゃん、山ン本が失礼をしたのう。申し訳ない」
「…いえ」
 自らの味方をしてくれたマロ爺には、さすがに強く出ることが出来ないのか、サナリエンはそこで引き下がった。
「さてサナリエンちゃんわしら達を見てどう思う?」
「どう、とは?」
「そのままの意味じゃよ。どう思った?」
「正直に言って良いですか?」
「ええよ。ええよ」
「全て変だと思いました」
「ほう」
「最初は、ヒューマンがオークを従えているのかと思ったけどそうじゃない。家とか服とか見ても私が知っている物とは根本的に何か違うし。見たことも無い亜人が空を飛んでるし。私には、変だとしか表現できない」
「ひょひょ。サナリエンちゃんには、我々が人間に見えるのか」
「えっ?」
 サナリエンは目を丸くして山ン本やぬらりひょんを見るが、服は奇異だが、普通の人間にしか見えなかった。
「我々は妖怪じゃよ」
「妖怪?」
「妖怪とは、人在らざる者達じゃよ。物の怪、あやかし、魔物何て呼ばれ方もしたのう」
「魔物っ!」
 魔物と聴いた瞬間、サナリエンは立ち上がり飛び退った。目には剣呑な光が宿り、ちらちらと逃げ道になるであろう、開きっぱなしになっている庭に面した廊下の方をちらりと見た。
「おやおや、この世界の魔物はよっぽど嫌われているようじゃのう」
 しかし、マロ爺達はその様子を特に気にした様子も無くお茶を啜っていた。
「この世界?」
「そうじゃ、ワシらは本来この世界には居ない存在じゃ。ほれ、そう警戒せんでも何もせんよ。ほれ、座ってお茶でも一口飲んで落ち着くとええ」
 マロ爺に促され、しぶしぶ座りなおしたサナリエンは、出された見慣れない材質のコップ、湯飲みに入ったお茶を一口啜った。
「あっおいしい」
 若々しい草の匂いとさわやかな苦味持つ緑茶は、サナリエンにとって初めての体験だった。似たようなものはエルフの村にもあるが、それらは香りが強く味にも独特の癖があった。
「ひょひょ。お口にあって何よりじゃ」
 ぬらりひょんも羊羹が載っている皿から爪楊枝をとり、羊羹を一口サイズに切って口に運ぶ。
「うむ、小豆洗いの小豆は今年も旨いのう」
 サナリエンが落ち着くのを待って羊羹を飲み込むと、ぬらりひょんは再び話し出した。
「この世界では、魔物はどう言うものを言うのか教えてくれんか?」
「魔物とは、普通の動物とは違い魔力を持ち、知能を持たず強暴で、人を見れば必ず襲い掛かる化物の事よ」
「ほう、ではオーガとか言うのも魔物なのかのう」
「オーガとは頭部に二本の角がある背の高い人型の魔物よ。力は強く、大の大人を軽々と持ち上げて投げる事が出来るわ。大抵は腰布一枚に素手で偶に木の棍棒や、ボロボロの剣を持ってるわ」
「ふむ、ワシらに伝わっている西洋鬼と大体同じじゃのう。一応説明しておくが、サナリエンちゃんが襲ったアオキはオーガではない。鬼じゃ。まぁ外見とか色々似てるがの。じゃが、鬼は人と変わらぬ知能を持っておるぞ。服もちゃんと着ておるしな。コイツは無口じゃが、人好きなおしゃべりな奴もおる。里には大体300人位おるかのう山ン本?」
「大体それ位ですね」
 それを聞いてサナリエンは顔が青くなった。知能を持ったオーガが300体。それは、剣や槍で武装した人間で言うと戦力的に一個大隊約1000人とほぼ同等の戦力が居ると言うのに等しい。サナリエンは頭の中で自分の里に居る戦力で300のオーガモドキとどう戦うかを考え始めていた。
「おっと、話がずれてしもうたの。それでじゃ。ワシらは、簡単に言うと別の世界に住んでいたんじゃ。空に浮かぶ月が一つの世界じゃ。じゃが、今朝方大きな地震があってのう。気がついたら里ごとこの世界に来ていたんじゃ。おかしな話じゃろう」
 そう言うとぬらりひょんは、部屋の中から見える重なった二つの月を見た。
「そんな…」
「なぁサナリエンちゃんや。ちょっとワシらに教えてくれんかの。ワシらは何処に来てしまったんじゃ?」
 ぬらりひょんは少し遠い目をしながら聞いた。もちろん演技だが……。内心は異世界ヒャッホー!だ。
「ここは、トード大陸にある我らエルフが守護するフィフォリアの森よ」
「ほう。そういえば、さっきサナリエンちゃんワシらをヒューマンと勘違いしたが、この世界にも人間はおるのかの?」
「森の外にうじゃうじゃ居るって聞いたわ。あいつらいつも勝手に森に入って森を荒らす害虫よ。だから我々エルフが森を守る為に入ってきた人間を駆除しているの。忌々しい事に他にもこの森には裏切り者のダークエルフによそ者の獣人共も居るわ」
 顔を顰め、いかにも嫌っていますという表情をするサナリエン。一方マロ爺はそれについては何も言わずただうなずくだけだ。
「傍若無人で高慢なエルフも居ますしね」
 山ン本が嫌みったらしく呟いた。
「何よ!」
「いえいえ、ただの独り言ですよ。独り言」
 その時、庭に一体の妖怪がズドドド!とものすごい音を立てながら駆け込んできた。
「里長!」
「きゃあああああああああ!」
 サナリエンはその姿を見た瞬間叫び声を上げた。
 それもそうだろう。現れたのは燃えた巨大な木製車輪にこれまた巨大な顔が付いた妖怪があらわれたのだから。
 サナリエンは立ち上がって逃げ出そうとするも、なれない正座をしたせいで足が痺れ、倒れこんでしまった。
「あっ足がっ!何で!、くっ!」

「これ、輪入道、突然現れるんじゃない。サナリエンちゃんが驚いて悲鳴を上げているではないか。サナリエンちゃんも心配ないわい。こやつも里の住人じゃ」
 突然現れた彼は、輪入道。燃えた牛車の車輪の中央に男の顔が付いた顔で描かれ、その姿を見たものは魂を抜かれるといわれている妖怪だ。この里ではその車輪の体を生かして伝令の仕事をしている。
「あっこりゃ失敬。伝える事伝えたら直ぐに去りますんで勘弁してください。里長!神主さんが霧惑いの結界を発動させるそうです。今里には、全員居るので丁度良いからって。それをお伝えに来ました」
「何ですって!?ちょっと待ってください」
 山ン本が腰を上げて驚いた瞬間、不可視の力がその場に居た全員の体を通り抜けた。
「えっ?何?何なのよ?」
 その突然の事にサナリエンは倒れたキョロキョロと周囲を見回すが特に何も変化が無い。
「あちゃー」
 だが、マロ爺は天を仰ぎ手で目を覆った。
「悪いがお嬢さん。君はしばらく帰れないよ」
 振り返った山ン本はサナリエンを見ながらそう言った。
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