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第二章
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ドォン!
「何をしているのサスケ!早く脱出艇を出して!」
「待て!今出したら奴らの格好の的だ!」
クレハは脱出艇のコンソールの下で何がごそごそとしているサスケに怒鳴る。
床は不穏な振動が断続的に揺れている。それは、彼女の乗っている貨客宇宙船が攻撃を受けている証拠。
「よし!準備完了だ出るぞ!」
「ひゃやくしなさいよ!」
ガッチリとした安全バーを下ろして椅子に座っている。
一際大きな衝撃が脱出艇を襲う。クレハ達の乗っている脱出艇のすぐ近くにビーム砲が着弾したのだ。
「今だ!」
それに合わせてサスケは、脱出艇を射出スイッチを押した。脱出艇を覆っている外壁部と接続部にある爆発ボルトが爆発し、脱出艇が、宇宙へと放り出される。
「きゃああああああああ!」
クレハの乗った脱出艇は、くるくると不規則な回転をしながら飛んでいく。中はまるでシェイカーの中に居るような状況だった。
サスケは、コンソールに取り付けられている太い手すりに自身のマジックハンドをガッチリと食い込ませて体を固定する。
サスケの正面にある窓には、外の様子がくるくると回りながら、時折、脱出した貨客船の姿が映った。
この時代、他の惑星へ旅行や出張する事は、ごく普通の事だった。それこそ、季節ごとの長期休暇にちょっと別の星に行ってみようだとか、お父さんが一人寂しく他の惑星へ単身赴任するなんて事も良くある事。
サスケの目に貨客宇宙船の各所が爆発しているのが見えた。事故ではない。その証拠に貨客船の近くには薄汚れた宇宙船がもう一隻居たからだ。その宇宙船にはビーム砲が装備されており、貨客船に向けて容赦なくビーム砲を撃ち込んでいる。相手は、旧型の駆逐艦だった。
貨客船の船体に次々とビームが着弾し、穴を開けていく。旧型といえども軍用の宇宙船からの攻撃には、貨客船の装甲は殆ど役に立たなかった。
「ちょっと何やってるのよ!まっすぐ飛ばしなさいよ!」
必死に安全バーにしがみ付きながらクレハが叫ぶ。
「これでいいんだ!」
その瞬間、クレハ達の乗る脱出艇のすぐ近くで何かが爆発した。先ほどからとは比べ物にならないくらいの衝撃が脱出艇を襲う。
「うっ!」
衝撃でクレハは気絶してしまった。
その一週間前、クレハの父であるゼドは一人書斎にある重厚なデスクに座り、唸っていた。原因は、手元にある書類だ。
クレハが誘拐された事件から数週間が立っていた。
「むぅ」
電子情報で情報がやり取りさるのが普通であるこの世界で、書類と言う物は、懐古主義の変わり者が使うか、よほど外部には知られたくない情報をやり取りする為の道具となっていた。
ゼドが手にしている書類は、当然後者だ。
手元の書類には、クレハが誘拐された事件の捜査報告書だった。事件を事細かに分析し、現場に残された証拠品や、サスケが居たスクラップ待機場に配属された不良軍人の尋問による証言などから犯人について纏めたものだ。結果わかったのが、何も分からないという結果だった。
そして、ゼドの机の上には同様の内容が書かれた書類が後二つあった。
これは本来ありえない事態であった。
警察はもちろん、軍警察、NGという三つの国家機関が調べても何も分からなかったのだ。クレハが誘拐される前に出席していたパーティの主催者も当然調べたのだが、それでも犯人には繋がらなかった。パーティの主催者も上の者にメールで招待しろといわれてクレハを招待いわれ、そのメールで招待しろと言った人物は、そんなメールは出していないと否定し、それが事実だった。
それはつまりそれらの権力が及ばない場所から圧力がかかりもみ消されたという事。
ゼドに考えられる可能性は唯一つ。トルーデ星間王国の唯一の頂点。トルーデ王家だ。
(相手が悪すぎる)
軍閥貴族の大物であるゼドではあるが、さすがに王家には敵わない。なぜ王家にクレハが狙われているのかは分からないが、このままでは確実にクレハは殺されてしまうのは容易に想像がついた。
(ならばすべき事は唯一つ)
デスクの上のコンソールを叩くと、執事を呼び出した。
「ハイ旦那様何か御用でしょうか?」
「クレハを私の書斎まで呼んでくれ。無論サスケ君も一緒だ」
「かしこまりました」
コンソールから手を離すと、長時間座っても疲れず痔にならないといわれる椅子の背もたれに体を預ける。ギシリと軋みながらも背もたれはゼドの体を支える。
それから3分後、コンコンと書斎の扉がノックされた。
「入れ」
ガチャリと扉が開かれるとそこにはクレハとその後ろにサスケが居た。クレハは、あの事件以来学園に行っていない。誘拐犯達が今度は、通学中を狙い襲ってくることを警戒しているからだ。
休んでいる間は、学園の通信教育よって勉強していた。それ自体は不満は無かったが、学園の友人と直接話せない事がクレハには寂しかった。
「失礼します」
「失礼する」
部屋に入ってきたクレハは、机の前に立つ。サスケは、クレハの横に並んで浮かぶ。
「何か御用ですかお父様?」
「お前達には、これから他の惑星へ留学してもらう事にした」
「留学ですか?この時期に何で?」
きょとんとした様子でクレハは言うが、隣に浮いていたサスケは察した。
「クレハをこの星から避難させるんだな?つまり、クレハを狙っているのは、それほどの相手だという事か…」
寮に入れるという手段もあったが、クレハが王家に狙われていると思われる現在、トルーデで一番警備が厳重な学園とは言え、ゼドには安全には思えない。
いや、もう既にこの星で、クレハが安全に暮らせる場所など存在しないのでは無いかとすらゼドは考えている。
「そうだ。今、俺の伝手でクレハの事件の報告書が届いた。内容は、かいつまんで言えば、何も分からんという事が分かった」
「えっ?」
「はっきり言ってこの結果は異常だ。俺もいくつか似たような事件に関わった事があるが、ここまで何も分からないなんて事は今まで無かった…」
「そんな!」
青ざめたクレハが誘拐された時の恐怖を思い出してブルブルと震える。
「だからこそお前には、この星…いや、この国からしばらく避難してくれ。その間に俺が何とかする」
「何とかするって、警察やましてやNGでもわからなったんだよ。どうするのよ!」
「何とかするさ。だからお前は逃げるんだ」
「嫌よ!何で私が逃げないといけないのよ!私何にも悪い事してないわ!」
あまりにも理不尽な現実に、クレハは憤りを隠せない。
彼女は今まで貴族の娘として普通に暮らしていただけだ。なのに突然得体の知れない者たちに狙われるというのは理不尽でしかない。
「分かってくれ。俺はお前を立派に育て上げると、墓前で妻に誓ったのだ。私にその誓いを違えさせないでくれ…頼む」
クレハの母親は既に他界していた。元々クレハの母親は平民だったのだが、クレハの母親に一目ぼれしたゼドが周囲の反対を押し切り、最初はゼドが貴族という事で断っていた母親に猛アタックを繰り返した結果、何とか結婚に漕ぎ付けたのだ。そして、クレハを生んだのち、元々体があまり強くなかった母親は産後肥立ちが悪く、亡くなった。
ゼドの発した声は、クレハが今まで一度も聞いた事の無い、それは懇願するような声だった。その声は、クレハの心に真っ直ぐに突き刺さる。
「…くっ分かったわよ」
クレハは顔を伏せ、ゼドを見ないように言った。
「サスケ君。君にもクレハについていってもらいたい」
「…了承しよう。今の私は、クレハのボットだからな」
「ありがとう」
「で?何処に行けばいいの?」
決まってしまえばやるしかない。気持ちを何とか切り替えたクレハはゼドに聞いた。
「ミドロス星間連邦に所属する惑星メルビルに行け。あそこならそう簡単に手は出せないだろう」
「ああ、あそこなら…。サスケはミドロス星間連邦って知ってる」
「ああ、この屋敷でネットに接続出来るようになった時に情報収集の一環として調べた」
振り返って聞いたクレハに、サスケは事も無げに答えた。
ミドロス星間連邦は、かつて存在した地球に一番近い位置にあった殖民惑星郡だった。惑星郡独立戦争終結後、地球を破壊したトルーデ軍に対し、やりすぎだと猛抗議し、惑星郡独立戦争が終わったばかりにも関わらず戦争になりかけた事すらあった。その際、トルーデ王国は、国内でもやりすぎだと批判が噴出し、当時の軍の最高司令官であった女王を罷免し、玉座から引き摺り下ろし、戦争犯罪者として処刑する事によって何とか戦争を回避する事ができた。
だが、それで戦争は避けられたものの、それ以来国交がほぼ断絶状態となっていた。
なので、このトルーデ王国から逃げ出す先としては、最高の場所だった。もちろん惑星トルーデからミドロス星間連邦までの直通航路は存在していない為、何回か乗り換えを行う必要があるが、一度入国できればトルーデ王国からは、おいそれと手を出す事は出来ない場所だ。
「準備があるから今すぐとは行かないが、二~三日中には、出発すると思ってくれ。それと、行くのはクレハとサスケだけだ。護衛はつけない」
護衛は着けない。その一言に、クレハの表情が絶望に染まる。
「そんな!」
「不安だろうが、きっと犯人達は俺がクレハをどこかに逃がす事も想定している。だが、護衛も無しに一人脱出させるとは思わないだろう。その隙を突く。サスケ君には、大型の旅行カバンに入ってもらえば、一見すると女の一人旅に見える。命を狙われている娘を一人で旅に出すなど普通は考えない。もちろん出来る限りの物は持たせる」
「分かったわ」
「すまん。出来るだけ早く犯人を捕まえて、お前を迎えに行くそれまで待っていてくれ」
「お待ちしていますわ。お父様」
クレハは、綺麗に一礼した。
三日後、クレハは、サスケと共に旅立った。
クレハが避難した事を知られないように、屋敷から出る時は学校へと復帰すると見せかける為に制服を着てリムジンに乗り、学園でクレハを下ろしたと見せかけ、そのままリムジンに乗ったまま、ゼドが懇意にしている整備工場にリムジンを移動し、そこで制服から私服へと着替えたクレハとサスケの入った旅行カバンを下ろした。
旅行カバンには、反重力装置が組み込まれており、持ち主が手に持って運ぶ必要は無く、後ろを浮遊しながら着いていく。今回は中にサスケが入れられているため旅行カバンの制御はサスケが中から行っている
「申し訳ありませんお嬢様。我々にもっと力があれば…」
クレハのSPと運転手は、自分達にはクレハを守りきれ無い事に目に涙を浮かべながら謝罪した。
リムジンが入ったガレージには今誰もいない。誰にも見られることは無いが、ガタイの良い男達が、涙を滝の様に流しながら頭を下げている姿は、迫力のあるものだった。
彼らは、クレハが幼少の頃からクロードロン家に仕える男達だ。尚且つクロードロンに仕える前は、軍に所属しゼドの部下だったこともあった。彼らの殆どは軍で問題を起こして除隊した者達ではあったが、その殆どが貴族の無法をとがめた結果止めさせられたのだ。それをゼドが家で働かないかと勧誘したのだ。
「御武運を!」
最後にSPのリーダーがそう言うとクレハも微笑んで答えた。
「ええ、貴方達も元気でね。父を頼むわ」
「はっ」
SPたちは改めて頭を下げると、ガレージから出て去っていった。彼らは、表向きリムジンを整備に出しに来たので、そのままリムジンに乗って帰るわけにはいかない。
SPたちが居なくなり、がらんとしたガレージに一人で居るクレハが気合を入れるように言った。
「さぁ行くわよ!覚悟はいい?」
「覚悟は当に出来ている」
その返事は、クレハの耳につけている小型の通信機から聞こえてきた。さすがにカバンと会話するのは、奇行が過ぎるという事で、カバンの中に居るサスケとクレハは、通信機を介して放している。
長い髪をお団子にまとめ、その上からニュースボーイキャップ被り、さらにはお嬢様らしくないパンツルックになる事により、貴族のお嬢様然としていた彼女が、活発な少女へと見事に変装していた。
「よしっ!」
そこからは、公共交通機関を乗り継ぎ、空港まで行くと、そこからRLV(Reusable launch vehicle、再使用型宇宙往還機。いわゆる地上と宇宙を行き来する飛行機)に乗り、宇宙ステーションに向かう。前日ゼドが何処からか、入手してきた偽造の身分証明書は、その効果を遺憾なく発揮し悠々と惑星トルーデからの脱出に成功した。
「何をしているのサスケ!早く脱出艇を出して!」
「待て!今出したら奴らの格好の的だ!」
クレハは脱出艇のコンソールの下で何がごそごそとしているサスケに怒鳴る。
床は不穏な振動が断続的に揺れている。それは、彼女の乗っている貨客宇宙船が攻撃を受けている証拠。
「よし!準備完了だ出るぞ!」
「ひゃやくしなさいよ!」
ガッチリとした安全バーを下ろして椅子に座っている。
一際大きな衝撃が脱出艇を襲う。クレハ達の乗っている脱出艇のすぐ近くにビーム砲が着弾したのだ。
「今だ!」
それに合わせてサスケは、脱出艇を射出スイッチを押した。脱出艇を覆っている外壁部と接続部にある爆発ボルトが爆発し、脱出艇が、宇宙へと放り出される。
「きゃああああああああ!」
クレハの乗った脱出艇は、くるくると不規則な回転をしながら飛んでいく。中はまるでシェイカーの中に居るような状況だった。
サスケは、コンソールに取り付けられている太い手すりに自身のマジックハンドをガッチリと食い込ませて体を固定する。
サスケの正面にある窓には、外の様子がくるくると回りながら、時折、脱出した貨客船の姿が映った。
この時代、他の惑星へ旅行や出張する事は、ごく普通の事だった。それこそ、季節ごとの長期休暇にちょっと別の星に行ってみようだとか、お父さんが一人寂しく他の惑星へ単身赴任するなんて事も良くある事。
サスケの目に貨客宇宙船の各所が爆発しているのが見えた。事故ではない。その証拠に貨客船の近くには薄汚れた宇宙船がもう一隻居たからだ。その宇宙船にはビーム砲が装備されており、貨客船に向けて容赦なくビーム砲を撃ち込んでいる。相手は、旧型の駆逐艦だった。
貨客船の船体に次々とビームが着弾し、穴を開けていく。旧型といえども軍用の宇宙船からの攻撃には、貨客船の装甲は殆ど役に立たなかった。
「ちょっと何やってるのよ!まっすぐ飛ばしなさいよ!」
必死に安全バーにしがみ付きながらクレハが叫ぶ。
「これでいいんだ!」
その瞬間、クレハ達の乗る脱出艇のすぐ近くで何かが爆発した。先ほどからとは比べ物にならないくらいの衝撃が脱出艇を襲う。
「うっ!」
衝撃でクレハは気絶してしまった。
その一週間前、クレハの父であるゼドは一人書斎にある重厚なデスクに座り、唸っていた。原因は、手元にある書類だ。
クレハが誘拐された事件から数週間が立っていた。
「むぅ」
電子情報で情報がやり取りさるのが普通であるこの世界で、書類と言う物は、懐古主義の変わり者が使うか、よほど外部には知られたくない情報をやり取りする為の道具となっていた。
ゼドが手にしている書類は、当然後者だ。
手元の書類には、クレハが誘拐された事件の捜査報告書だった。事件を事細かに分析し、現場に残された証拠品や、サスケが居たスクラップ待機場に配属された不良軍人の尋問による証言などから犯人について纏めたものだ。結果わかったのが、何も分からないという結果だった。
そして、ゼドの机の上には同様の内容が書かれた書類が後二つあった。
これは本来ありえない事態であった。
警察はもちろん、軍警察、NGという三つの国家機関が調べても何も分からなかったのだ。クレハが誘拐される前に出席していたパーティの主催者も当然調べたのだが、それでも犯人には繋がらなかった。パーティの主催者も上の者にメールで招待しろといわれてクレハを招待いわれ、そのメールで招待しろと言った人物は、そんなメールは出していないと否定し、それが事実だった。
それはつまりそれらの権力が及ばない場所から圧力がかかりもみ消されたという事。
ゼドに考えられる可能性は唯一つ。トルーデ星間王国の唯一の頂点。トルーデ王家だ。
(相手が悪すぎる)
軍閥貴族の大物であるゼドではあるが、さすがに王家には敵わない。なぜ王家にクレハが狙われているのかは分からないが、このままでは確実にクレハは殺されてしまうのは容易に想像がついた。
(ならばすべき事は唯一つ)
デスクの上のコンソールを叩くと、執事を呼び出した。
「ハイ旦那様何か御用でしょうか?」
「クレハを私の書斎まで呼んでくれ。無論サスケ君も一緒だ」
「かしこまりました」
コンソールから手を離すと、長時間座っても疲れず痔にならないといわれる椅子の背もたれに体を預ける。ギシリと軋みながらも背もたれはゼドの体を支える。
それから3分後、コンコンと書斎の扉がノックされた。
「入れ」
ガチャリと扉が開かれるとそこにはクレハとその後ろにサスケが居た。クレハは、あの事件以来学園に行っていない。誘拐犯達が今度は、通学中を狙い襲ってくることを警戒しているからだ。
休んでいる間は、学園の通信教育よって勉強していた。それ自体は不満は無かったが、学園の友人と直接話せない事がクレハには寂しかった。
「失礼します」
「失礼する」
部屋に入ってきたクレハは、机の前に立つ。サスケは、クレハの横に並んで浮かぶ。
「何か御用ですかお父様?」
「お前達には、これから他の惑星へ留学してもらう事にした」
「留学ですか?この時期に何で?」
きょとんとした様子でクレハは言うが、隣に浮いていたサスケは察した。
「クレハをこの星から避難させるんだな?つまり、クレハを狙っているのは、それほどの相手だという事か…」
寮に入れるという手段もあったが、クレハが王家に狙われていると思われる現在、トルーデで一番警備が厳重な学園とは言え、ゼドには安全には思えない。
いや、もう既にこの星で、クレハが安全に暮らせる場所など存在しないのでは無いかとすらゼドは考えている。
「そうだ。今、俺の伝手でクレハの事件の報告書が届いた。内容は、かいつまんで言えば、何も分からんという事が分かった」
「えっ?」
「はっきり言ってこの結果は異常だ。俺もいくつか似たような事件に関わった事があるが、ここまで何も分からないなんて事は今まで無かった…」
「そんな!」
青ざめたクレハが誘拐された時の恐怖を思い出してブルブルと震える。
「だからこそお前には、この星…いや、この国からしばらく避難してくれ。その間に俺が何とかする」
「何とかするって、警察やましてやNGでもわからなったんだよ。どうするのよ!」
「何とかするさ。だからお前は逃げるんだ」
「嫌よ!何で私が逃げないといけないのよ!私何にも悪い事してないわ!」
あまりにも理不尽な現実に、クレハは憤りを隠せない。
彼女は今まで貴族の娘として普通に暮らしていただけだ。なのに突然得体の知れない者たちに狙われるというのは理不尽でしかない。
「分かってくれ。俺はお前を立派に育て上げると、墓前で妻に誓ったのだ。私にその誓いを違えさせないでくれ…頼む」
クレハの母親は既に他界していた。元々クレハの母親は平民だったのだが、クレハの母親に一目ぼれしたゼドが周囲の反対を押し切り、最初はゼドが貴族という事で断っていた母親に猛アタックを繰り返した結果、何とか結婚に漕ぎ付けたのだ。そして、クレハを生んだのち、元々体があまり強くなかった母親は産後肥立ちが悪く、亡くなった。
ゼドの発した声は、クレハが今まで一度も聞いた事の無い、それは懇願するような声だった。その声は、クレハの心に真っ直ぐに突き刺さる。
「…くっ分かったわよ」
クレハは顔を伏せ、ゼドを見ないように言った。
「サスケ君。君にもクレハについていってもらいたい」
「…了承しよう。今の私は、クレハのボットだからな」
「ありがとう」
「で?何処に行けばいいの?」
決まってしまえばやるしかない。気持ちを何とか切り替えたクレハはゼドに聞いた。
「ミドロス星間連邦に所属する惑星メルビルに行け。あそこならそう簡単に手は出せないだろう」
「ああ、あそこなら…。サスケはミドロス星間連邦って知ってる」
「ああ、この屋敷でネットに接続出来るようになった時に情報収集の一環として調べた」
振り返って聞いたクレハに、サスケは事も無げに答えた。
ミドロス星間連邦は、かつて存在した地球に一番近い位置にあった殖民惑星郡だった。惑星郡独立戦争終結後、地球を破壊したトルーデ軍に対し、やりすぎだと猛抗議し、惑星郡独立戦争が終わったばかりにも関わらず戦争になりかけた事すらあった。その際、トルーデ王国は、国内でもやりすぎだと批判が噴出し、当時の軍の最高司令官であった女王を罷免し、玉座から引き摺り下ろし、戦争犯罪者として処刑する事によって何とか戦争を回避する事ができた。
だが、それで戦争は避けられたものの、それ以来国交がほぼ断絶状態となっていた。
なので、このトルーデ王国から逃げ出す先としては、最高の場所だった。もちろん惑星トルーデからミドロス星間連邦までの直通航路は存在していない為、何回か乗り換えを行う必要があるが、一度入国できればトルーデ王国からは、おいそれと手を出す事は出来ない場所だ。
「準備があるから今すぐとは行かないが、二~三日中には、出発すると思ってくれ。それと、行くのはクレハとサスケだけだ。護衛はつけない」
護衛は着けない。その一言に、クレハの表情が絶望に染まる。
「そんな!」
「不安だろうが、きっと犯人達は俺がクレハをどこかに逃がす事も想定している。だが、護衛も無しに一人脱出させるとは思わないだろう。その隙を突く。サスケ君には、大型の旅行カバンに入ってもらえば、一見すると女の一人旅に見える。命を狙われている娘を一人で旅に出すなど普通は考えない。もちろん出来る限りの物は持たせる」
「分かったわ」
「すまん。出来るだけ早く犯人を捕まえて、お前を迎えに行くそれまで待っていてくれ」
「お待ちしていますわ。お父様」
クレハは、綺麗に一礼した。
三日後、クレハは、サスケと共に旅立った。
クレハが避難した事を知られないように、屋敷から出る時は学校へと復帰すると見せかける為に制服を着てリムジンに乗り、学園でクレハを下ろしたと見せかけ、そのままリムジンに乗ったまま、ゼドが懇意にしている整備工場にリムジンを移動し、そこで制服から私服へと着替えたクレハとサスケの入った旅行カバンを下ろした。
旅行カバンには、反重力装置が組み込まれており、持ち主が手に持って運ぶ必要は無く、後ろを浮遊しながら着いていく。今回は中にサスケが入れられているため旅行カバンの制御はサスケが中から行っている
「申し訳ありませんお嬢様。我々にもっと力があれば…」
クレハのSPと運転手は、自分達にはクレハを守りきれ無い事に目に涙を浮かべながら謝罪した。
リムジンが入ったガレージには今誰もいない。誰にも見られることは無いが、ガタイの良い男達が、涙を滝の様に流しながら頭を下げている姿は、迫力のあるものだった。
彼らは、クレハが幼少の頃からクロードロン家に仕える男達だ。尚且つクロードロンに仕える前は、軍に所属しゼドの部下だったこともあった。彼らの殆どは軍で問題を起こして除隊した者達ではあったが、その殆どが貴族の無法をとがめた結果止めさせられたのだ。それをゼドが家で働かないかと勧誘したのだ。
「御武運を!」
最後にSPのリーダーがそう言うとクレハも微笑んで答えた。
「ええ、貴方達も元気でね。父を頼むわ」
「はっ」
SPたちは改めて頭を下げると、ガレージから出て去っていった。彼らは、表向きリムジンを整備に出しに来たので、そのままリムジンに乗って帰るわけにはいかない。
SPたちが居なくなり、がらんとしたガレージに一人で居るクレハが気合を入れるように言った。
「さぁ行くわよ!覚悟はいい?」
「覚悟は当に出来ている」
その返事は、クレハの耳につけている小型の通信機から聞こえてきた。さすがにカバンと会話するのは、奇行が過ぎるという事で、カバンの中に居るサスケとクレハは、通信機を介して放している。
長い髪をお団子にまとめ、その上からニュースボーイキャップ被り、さらにはお嬢様らしくないパンツルックになる事により、貴族のお嬢様然としていた彼女が、活発な少女へと見事に変装していた。
「よしっ!」
そこからは、公共交通機関を乗り継ぎ、空港まで行くと、そこからRLV(Reusable launch vehicle、再使用型宇宙往還機。いわゆる地上と宇宙を行き来する飛行機)に乗り、宇宙ステーションに向かう。前日ゼドが何処からか、入手してきた偽造の身分証明書は、その効果を遺憾なく発揮し悠々と惑星トルーデからの脱出に成功した。
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