量産型英雄伝

止まり木

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52話 いきなりの救援要請

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 僕は急いで仮面ヘッドセットを身に付け、ベットの隣にあるクローゼットから上着を出して着込むと、そのまま扉へと向かう。
「迎えに出ます。水上先輩なら、いきなり何かされるという事は無いでしょう。これがケンジさんだったらちょっと心配ですけどね」
 ケンジさんならいきなり押しかけてきて「歯ぁくいしばれぇ!」とか言って殴りかかってきても不思議じゃない。
「駄目です。メリナ。取り押さえなさい」
「かしこまりました」
 扉を開けた時、量産型ザムの仮面ヘッドセットが見えた。
「え?」
 その人物はメリナさんだ。メリナさんは僕付きのメイド兼護衛としてザムの仮面ヘッドセットが支給されているのでほぼ常時それを装着している。
 メリナさんはまさにヌルリと言う表現がぴったりな動作で開きかけた扉を通ると、僕の背後に回った。
「ご容赦を…」
 そして瞬きする間にあっさりと僕は彼女に腕をとられて、拘束された。ゆるすぎずきつ過ぎず、それでいて身動き出来ない。完璧な拘束だった。
「あのちょっと?水上先輩に会いに行くだけなんですけど?」
 首だけ動かしてフォニアさんに向かって言った。
「アマタ様はまだ御自分の立場が分かっておいでで無いようですね」
 ナイトガウンをしっかりと羽織なおしたフォニアさんが、僕の前まで来て頬をなでる。
「アマタ様は、既にこの国には無くてはならぬお人。無闇やたらと前に出られては困ります」
「水上先輩を迎えるだけですよ?」
「それでもです。まだ水上様の来訪の理由が分かっておりません。もし、目的がアマタ様を害する事だった場合どうするのですか?」
 フォニアさんはまるで聞き分けの無い子供に言い聞かせるように言う。
「…はぁ分かりました。でも司令室で様子を見させてください」
「いいでしょう。あそこならもしもの時でも脱出する事は出来るでしょう。メリナ放して差し上げなさい」
「了解。失礼しました。アマタ様」
「私は着替えてから行きます。メリナ分かっていますね」
「はい。私はアマタ様のそばに」
「よろしい」
 僕の返事に満足したのか、フォニアさんはメリナさんに僕の面倒を任せると早足で僕の部屋を出て行った。

 僕がメリナさんを引き連れて司令室に到着するとそこはもうてんやわんやの大騒ぎだった。
「全機緊急出撃!迎撃体制!アクアヴィーネがカルナートに向かって接近中!何?撃墜するのかって?所属不明機が現れたパターンで対応してください!」
「衛兵隊!お前達は、街で市民に状況を知らせて、無闇に家から出ない様に広報しろ!ただ、避難の準備はしておくようにと言うのを忘れるな!」
「何?隊長が寝てるだと!?この非常時に!叩き起こせ!全力でだ!俺が許可する!」
 司令室の人達の迷惑にならない様に静かに部屋にある僕の席に付く。メリナさんは当然の用に僕の斜め後ろに陣取る。
『こちらカルナート南東を哨戒中のカルナート防衛第2小隊!所属不明機を南の空に確認!』
 僕はすぐに第2小隊のザムにアクセスし、その視界の映像をヘッドセットに映す。映ったのは青く輝く光が彗星のように飛んでくる様子。それはぐんぐんと近づいてきて、水の神霊機アクアヴィーネの姿がハッキリと見えてきた。しかしそれは一瞬で、アクアヴィーネは瞬く間に第2小隊の上空を通り過ぎる。
 僕は城の直援機を指揮する隊長機の映像に切り替える。
 あのスピードならもう城からでも見えるはずだ。
 隊長機の視界には、空に向かって武器を構えているザムの姿が映っていた。
 城の周囲には、既にカルナートに直援の15機全機が出撃し、迎撃体制を整えていた。

 隊長機の視界に、ちょうどカルナート上空に飛んできたアクアヴィーネが現れた。
 上空に現れたアクアヴィーネはスピードを落とし、カルナートの城の上空で静止する。
 その姿は、かつて僕が教会の施設で見たアクアヴィーネの姿から様変わりしていた。前は素体じみたすっきりとした印象の青い機体だったのに対し、今は、その機体各所に金色のラインがエングレービング走っており、いかにも強そうになっていた。
 ザムとは比べ物にならない存在感オーラを放ち、その場に居るだけで気おされる。
 ごくりと息を飲む音が、映像を繋いでいる隊長機から聞こえた。
 隊長機は、意を決してアクアヴィーネを見上げながら一歩前に出て、声を張り上げる。

『水の勇者殿とお見受けする!深夜の訪問光栄なれど、カルナートに何の御用か!』
『そのとおりです!水の勇者をしている水上紗枝です!突然の訪問申し訳ありません!スベン公国の皆様に緊急でお願いしたい事があり伺いました!どうか、フォニア女王陛下にお目通りをお願いします!』
 よかった。フォニアさん達が心配した、こちらへの襲撃ではないようだ。
 神霊機による襲撃では無いと分かり司令部に、張り詰めていた空気緩む。ほっとため息のも聞こえた。よほど皆緊張していたようだ。

 そこへ黒軍服姿へ着替えを済ませたフォニアさんが護衛と一緒に司令室へと入ってきた。フォニアさんも、専用の仮面ヘッドセットが付けられている。状況はちゃんと分かっているだろう。
「…分かりました。話を聞きましょう。緊急との事、大会議室の用意を。それに主だった者達も集めなさい」
「は!かしこまりました!」
 侍従たちが司令室から走り去る。
「第一種警戒態勢解除!第二種警戒態勢に移行!各連絡員は、現在の状況を連絡!一先ず安全だと伝えろ!」
 ほっとしたのもつかの間、一気に司令室は慌しくなった。


『…水上様、陛下もお会いするそうです。どうぞこちらに着陸なさってください』
 武器を構えていた直援機のザム達が武器を下ろす。
 隊長機の声にも安堵が混じっている。現状の戦力で、アクアヴィーネと戦っても一方的に負けると肌で感じていたのだろう。
『分かりました』
 アクアヴィーネは、ザム達が移動して空けた場所に、ふわりと着地する。
 胸部にあったクリスタル状のパーツが光る。そこから水上先輩が現れ地上へと降り立った。
 水上先輩が完全に地面に降り立つと、アクアヴィーネは沢山の青い光の粒となって消えた。



 僕らは大会議室に集まった。現在この大会議室に居るのは、僕とフォニアさんのほか、ガルロックさんや、セリアさんなどいつものメンバーが集まっている。ほかの街へ出張に行っている人達は居るものの彼らは、ザムの仮面ヘッドセットを持っていっているので、通信を介しての参加だ。
 大会議室にあるテーブルは楕円形で真ん中に穴が開いている物だ。上座の楕円の端にフォニアさんが座り、その周りに僕やガルロックさん達が座っている。水上先輩は、フォニアさんの正面の席に座っている。

 水上先輩は相変わらず綺麗だ。イレギュラーの僕だっていろいろあったんだ。勇者である水上先輩もいろいろ会ったのだろうが、凛とした雰囲気は変わっていない。

「さて、水上様。緊急との事ですが、こんな夜更けに一体どんな御用でしょうか?」
「突然の訪問申し訳ありません。時間が無いので単刀直入に申し上げます。私は勇者としてスベン公国に対し、ハヌマ王国への救援を要請いたします」
 ハヌマ王国は、水上先輩のお陰で、アポリオンの襲撃を悉く退けていると聞いている。それなのに何故?
 あまりにも突拍子も無い要請に、フォニアさんが聞き返す。
「救援?何があったのですか?アポリオンの大襲撃でもあったのですか?」
「違います。アポリオンでしたら、私が対処できました。救援を要請した理由は、ハヌマ王国が津波に襲われ、首都ハマヌムが壊滅状態だからです」
 津波?つまり自然災害?
「壊滅ですって!?一体何が!カナミリア陛下はご無事ですか?」
 壊滅と聞いてフォニアさんが思わず腰を上げる。
「陛下は無事です。城だけは何とかアクアヴィーネの力で守れたんです。予兆があったのでハマヌムに住む民達も多くは城に避難する事が出来ました」
「それは…不幸中の幸いでした」
 フォニアさんがそれを聞いて腰を下ろす。
「ですが、多くの水上生活者が船に乗ったまま沖に流され、街にも港にも甚大な被害が出ました」
「水上生活者?」
 あまり聞き覚えの無い単語に僕は思わず聞き返した。
「文字通り、船の上を家として生活している人達のことよ。ハマヌムには、そんな人達が多いの。その人達の多くが船に乗ったまま、波に攫われたり、沈んだりしてしまったわ」
 水上先輩は悲しげに言った。
「その人達は逃げなかったんですか?」
「船に住んでいる分、船に乗ったまま逃げれるって思ってしまったんでしょうね。沖に向かっている間に合わなくて津波に流されてしまったの。…それでスベン公国には、水上生活者の船の捜索と、物資の輸送をお願いしたいのです。港に会った王国所有の倉庫はすべて流され、城にある物資も心許ありません」
「…それはハヌマ王国からの救援要請では無いのですか?」
「いいえ。これは私の独断です。それに、海に流された人々を救うのに、最も適しているのは、飛行機を持つあなた方だと確信して言います」
 それは正しい。それにうちにはザムイーワックがある。イーワックを使えば水上で浮かんでいる要救助者を見つける事はそう難しいことじゃない。
「我が国も他国を軽々しく支援できるほど余力があるわけでは…」
 フォニアさんが困ったように言葉を濁す。

 次の作戦もあるからなぁ。既に綿密なスケジュールが組まれ、イレギュラーが起きた場合も加味されているとは言え、さすがに他国への災害派遣は想定外だ。

「もちろん。無償でやってもらおうとは思っておりません」
 それは水上先輩も心得てるのか、顔色を変えることは無い。
「では対価をいただけると?」
「ええ、わたくし水の勇者を欲すれば一度だけ最優先で駆けつけると言うのはどうでしょうか?もちろん。人類同士の戦争に協力するわけには参りませんが…。アポリオン相手であれば喜んで力を貸しましょう」
 その一言に会議室に居た一同がどよめく。
 水上先輩から提示された対価は正直魅力的だ。僕らのザムは、所詮は量産機。敵の主力であるアバドンやバグリザド、ギメランタイマイ相手にはちょうどいいが、融合アポリオンや、今後現れると予測される新種のアポリオンの事を考えれば、神霊機の力はスベン公国が持つ切り札として喉から手が出るほどほしい物だ。それがたった一回だけの物だとしてもだ。
「皆と考える時間をください」
「かまいませんですが、お早めに。我々の故郷では、被災者が何の支援も受けずに生きていられる可能性が高いのは災害発生から72時間とも言われています。既に津波から8時間ほどたっています。決断は早めにお願いします。ハマヌムの現状を映した動画も渡しておきましょう」
 水上先輩は、懐から見覚えのある物を取り出した。それは教会に居た時に渡しておいた量産型ザムの仮面ヘッドセットだ。彼女はおもむろにそれを被ると、操作した。
 ピコンと僕の仮面ヘッドセットの端に小さなアイコンが現れた。それは、他のヘッドセットからデータを受信した事を示すアイコンだ。
 使いこなしているなぁ。
「詳しい現状はそれを見てください。では急いで戻らねばならないので、私は、これで失礼します」
「ここまで、休まずにスベン公国までいらっしゃったのでしょう?戻るにしても少し城にてお休みになられては?」
「いえ、ハヌマ王国にアポリオンが来るかもしれませんので、私はすぐに戻らねばなりません。ご好意感謝します。皆様の到着を心よりお待ちしています。では…」
 そう言うと、水上先輩は席から立つと足早に会議室から出て行った。

 あっ僕。水上先輩と殆ど話してない…。
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