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314 メア③

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 メアの村案内が終わる頃には、既に夕暮れであった。
 赤い太陽が、大地に溶けるように沈んでいく。

「もう日が暮れかけていますねぇ……皆さま、泊まるところはお決まりですかぁ?」
「いや、宿があるなら是非案内願いたいな」

 ワシの言葉に、いい事を思いついたとばかりにメアは唇に手を当てる。

「宿よりもぉ、私の家で一泊していけばいいじゃあないですかぁ~ねっ、ゼフさまぁ?」

 そしてワシの腕に抱きつきながら、猫なで声ですり寄ってくる。
 だからさっきからくっつきすぎだというのに。

「……しかしこんな大人数で押し掛けたら迷惑ではないのか?」
「大丈夫ですわぁ。ウチは広いですからぁ。毎日一人で寂しいんですのよぉ」
「家族とかはいないの?」

 おい、いらんことを聞くな。
 ミリィの問いに、メアは目を伏せて答える。

「……お母さまは死にましたわぁ。お父さまは私が幼い頃にいなくなって、それきりですぅ。兄弟もおりませんのよぉ」
「そ、そうなんだ……」

 やはり地雷だったようだ。
 ミリィもしまったという顔をしている。

「あの……ごめんね、メア……」
「いえいえ、気にしないでくださいなぁ。それよりどうでしょう? ウチに泊まっていただけますかぁ?」

 メアは寂しそうな目で訴えてくる。
 ミリィのおかげで断りにくくなってしまったな……まぁ当てがないのは本当だし、ここはお言葉に甘えさせて貰うとするか。

「そう……だな。では邪魔させて貰うとしよう」
「わぁ、やりましたわぁ! ささ、それでは参りましょう~」

 言うとメアは、ワシの腕を掴まえグイグイ引っ張っていく。
 あいかわらず少女とは思えないくらいの力だ。

「わかったわかった。だから離してくれ」
「ふふ、照れているのですかぁ? 遠慮なさらずに、さぁ」
「ちょ……こらメアっ! ゼフから離れなさいよっ!」

 ミリィが空いている方の腕を掴み、反対方向へと引っ張るがびくともしない。
 むしろ引きずられている。

「ぐぎぎ……」
「うふふ、ミリィさまは非力ですわぁ」
「あっはは~私も手伝うよ~」

 そう言ってミリィに加勢するレディア。
 二方向へと引っ張られ肩が外れそうだ。おいこら調子に乗り過ぎだぞお前ら。

「は~な~し~な~さ~い~っ!」
「そちらがお離しなさいなぁ~」
「あっははは~」
「……勘弁してくれ」

 痛すぎる両手に花を抱えながら、ワシらはメアの家を目指すのであった。

「ここが私の家ですわぁ」

 ……何とか腕が千切れる前にメアの家に辿り着くことができた。
 くそ、腕がジンジンするぞ。
 メアの家からは、歯車やらパイプやらが剥き出しになっており、時折怪しげな煙が煙突から噴き出している。何とも奇妙な家だ。
 一言で言えば前衛的……だろうか。当の本人はさして気にもしていなさそうだが。

「へぇ~何だか変わった家ねぇ」
「石の研究をしていますのよぉ。それを効率的に使う道具なんかも。……色々揃えておりますわぁ」

 扉を開けて中に入ると、中は更にカオスだ。
 所狭しと石や何かの薬品、何に使うのかよくわからん道具が置かれている。

「散らかっていて申し訳ないですぅ」
「ほほぅこれは……もしかしてメアちゃん、今何か造ってるね?」

 レディアが何かに気付いたのか、目をきらりと光らせる。
 それに応じるように、メアもにやりと笑った。

「……やっぱりレディアさまにはわかってしまわれますかぁ?」
「そりゃもう、私も新発明が完成間近だと家の中ひっどいもん! メアちゃんもそうだと見たね」
「うふふ、実は完成直後ですのよぉ~また後で是非、見ていただきたいですわぁ」
「ほほう、それは興味深いねぇ~」
「うっふふふ」
「あっははは」

 楽しげに笑うレディアとメア。
 互いに感じ入るところがあるようだ。
 確かに修羅場のレディアの部屋と似たような感じがする。
 仕方ないなと言った顔のミリィだが、お前の部屋はいつも酷いぞ。

「適当によけて座ってくださいな。それよりお腹が空いたでしょお? すぐに用意しますねぇ」
「あぁ、手伝うよメアちゃん」
「お気になさらずぅ。お客さまは座って座ってぇ」

 レディアを制して、メアは台所らしき場所に入っていくのだった。
 やれやれと椅子に腰を下ろすと、不意に感じる何かの視線。

「……?」
「どしたのゼフ?」
「あぁいや……何か妙な気配を感じてな……」
「そ? 私は何も感じなかったけど」
「ふむ……」

 気配は一瞬だった。
 そんなに嫌な感じではなかったが……警戒した方がいいかもしれんな。

「おおっ! これは美味しいねぇ!」
「んむっ♪ んむんむっ♪」
「こらミリィ、よく噛んで食べろよ……喉を詰まらせるぞ」
「……むぐっ! けほけほっ!」

 注意した直後、口元を押さえてむせるミリィ。
 だから言っただろうに、腹が減っているからと急いで食べ過ぎだ。

「ふふ、お口に合ったようでよかったですわぁ」
「うむ、とても美味いぞ」

 メアの出してきた食事は、鳥に香草を詰め込んで丸ごと焼いたものである。
 肉を口に入れると爽やかな香りが食欲を刺激する。付け合わせのスープも独特の風味があって非常に美味だ。
 この地方の味付けは香りが強いものが多いようで、少し癖はあるが慣れればこれはこれで味わい深い。

「さぁさ、どうぞこちらも召し上がってくださいなぁ」
「ありがとー♪」

 ミリィは並々と液体の注がれたグラスを受け取ると、一気に飲み干す。
 ……その直後、ミリィの目はとろんと淀み口元をだらしなく開いた。
 顔も真っ赤だ。一撃で酔ったようである。弱い。

「おいひー……いい……ぃ……」
「あらあら、そんなに強いお酒ではないですのにぃ。お子さまですのねぇ」
「られが……おこはまよぉ……」
「あっはは! ミリィちゃん呂律が回ってないよぉ」

 ケタケタと笑うレディアも、少し顔が赤くなっているようだ。
 あの超ザルのレディアをほろ酔いにさせるとは……どうやらこの地方の酒は規格外なのか?

「ゼフさまもぉ、いかがですかぁ?」
「ワシは遠慮しておくよ」
「あら残念。……でも酔ってしまわれたら面白くないですわよねぇ」

 ぼそりと最後にそう呟くと、メアは妖艶な笑みを浮かべる。

「……何か言ったか?」
「いえいえ、何も言っておりませんわぁ」

 ……やはり何か、企んでいるのではないか。
 だが悪意のようなものは感じない……むしろどこか、熱っぽい目でワシをじっと見つめてくる。
 ワシが警戒しているのも分かっているようだが、それをも楽しむようにくすくす笑っている。
 逆に不気味だな。

「メアちゃ~ん、お酌してよぉ~」
「はいはいただいまぁ」

 レディアに呼ばれ、メアはまたグラスに並々と酒を注いでいく。
 ぐいと一飲みして熱い息を吐くレディア。

「ふはぁ~美味しいねぇ~」
「気に入って頂けて幸いですわぁ。どんどん飲んで、食べてくださいなぁ」
「お~っ」

 弱々しく手を挙げるミリィにもたれかかられながら、ワシは食事に手を付けるのであった。
 ――――夜も更け、宴も終わりワシはあてがわれた部屋で横になっていた。
 昼は騒がしかった村だったが、今は静かなものだ。

(外世界の村、か。思った以上に変わらんものだな)

 つまるところ人が住み、生を営む場所であれば住む人は異なれど、出来上がるものは同じなのかもしれないな。
 そうだ、クロードたちにまだ連絡を入れてなかったな。
 念話をかけようとるする……が、繋がらない。

(寝ている……? いや、マナが薄すぎるのか)

 念話は人が自然に垂れ流す魔力を伝うようにして、言葉を伝えるもの。
 人と人を繋ぐ距離が遠い程、マナが薄ければ薄い程、繋がりにくいのだ。
 マナの薄いこの辺りでは、近くのミリィたちならばともかく遠くのクロードたちへは念話が届かないのだろう。
 明日にでも戻って、この村の事を報告しておくか。

 ――――不意に聞こえるぎしりという軋み音。
 徐々に近づいてくるそれは部屋の前で止まり、ゆっくりと扉が開かれた。
 身構えるワシの前にあらわれたのは、メアだ。
 白い布を一枚、包まるようにして纏うメア。白い布の下には裸体が透けて見える。

「おじゃましまぁす……」

 メアは小さく、甘ったるい声でそう呟くと、暗闇の中で薄く笑うのであった。


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