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295 外の世界へ⑧

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「ゼフさん、釣りをしませんか?」

 いつものように戦闘待機していると、シルシュが釣竿を三本持ってきた。
 今日はワシとセルベリエ、シルシュのチームだ。
 釣竿を持ったシルシュは上機嫌で、尻尾をパタパタと振っている。

「嬉しそうだな」
「ふふふ、実は私、釣りが好きなんですよ」

 そういえばシルシュの奴、たまに釣竿を持って出かけていた気がするな。
 まぁワシは構わんのだが……セルベリエが鋭い目でシルシュを睨む。

「サボリは感心しないな。今は戦闘待機中だろう」
「これはそのぅ……し、食料の補充を頼まれましてですね! だからあの、大丈夫……なのではないでしょうか……?」

 猛禽のようなセルベリエの目に、シルシュは完全にビビっている。
 どうもシルシュはセルベリエの事が苦手な節がある。そろそろ慣れてほしいものだが。

「拙者が頼んだのでござりますよ」

 突如現れる気配に、思わず身構える。
 サルトビの変装した姿、さっちゃんだ。
 そういえばこの船に乗り込むとか言っていたな。

「長旅ですので出来るだけ食料は現地調達したいのでござります」
「な、なるほど……」
「了解しました、ししょ……むぐっ!」
「お願いするでござりますね、シルシュさん」

 シルシュの口を塞ぎ、にっこりと笑うサルトビ。
 おいおいそんな迫力を出していたら変装した意味がないぞ。

「釣りか……だが私はやった事がないぞ」
「大丈夫でござりますよ、シルシュさんは釣り上手です。教えてもらうと良いでござりましょう」
「しかし見張りが……」
「まぁいいのではないか? さっちゃんの言う事にも一理あるしな」
「……ゼフがそう言うなら」

 少々不満そうではあるが、セルベリエも承諾してくれた。
 シルシュと一緒に釣りでもさせれば、少しは苦手意識もなくなるかもしれない。

「ではお願いするでござります。釣ってきた魚は美味しく調理させていただきますので」

 ニコリと笑い、さっちゃんはくるくると器用に包丁を振るいながら去っていくのだった。
 ずっと変装しておくなど窮屈そうだと思っていたが、案外ノリノリである。

「しかし釣りか……懐かしいな」

 昔、船でクロードに教えて貰ったっけか。
 あの時は二人で大物を釣り上げたもんだ。
 どれ久しぶりにやってみるとするか。
 用意していると、セルベリエが何やら竿をもぞもぞと弄っている。

「……これ、どうすればいいんだ?」

 どうやらセルベリエは釣りをした事が無いらしい。
 ワシが教えてやるのは簡単だが……ふむ。

「シルシュ、教えてやれ」
「ふえっ!?」
「さっちゃんもそう言っていたではないか」
「うぅ……で、でもぅ……」
「私からも、頼む」

 セルベリエが怯えるシルシュをじっと見つめると、ぶるりと尻尾を震わせた。
 だからビビらせるのはやめろ、セルベリエ。

「わ、わかりました……えと、まずは竿に糸を通してですね……」
「む……こうか」
「そうそう、そんな感じです」

 シルシュに教えられ、セルベルエも不器用なりに釣り竿に糸を通していく。
 中々教えるのが上手いではないか。
 恐らく孤児の子たちに教えていたからだろう。

「ん、いい感じです。あとはエサをつけましょう」

 そう言ってシルシュが紙の箱を取り出した。
 あ、ちょっと待てシルシュ。
 止めようとするが時すでに遅し、箱の中のモノがセルベリエの視界に飛び込む。

「……ッ!?」

 うぞうぞと蠢く細長い蟲、蟲、蟲……
 蟲たちは、無数の脚を動かしながら、キィキィと顎を軋ませている。

「えいっ♪」

 グロテスクなそれをぶちりと半分に千切ったところで、シルシュは気づいた。
 セルベリエがワシの後ろに隠れ、ガタガタと震えている事に。

「――――あ、そういえばセルベリエさんは虫が……」
「だだだ……ダメなんだ……むむムシは……」

 ワシの肩を握りしめる力の強さが、セルベリエの恐怖を物語っている。
 前もダンジョンで動けなくなっていたし、そろそろ克服して欲しいものだが。

「……仕方ありません。これを使ってみますか?」

 シルシュが取り出したのは、木で出来た魚にいくつか針が付いたモノ。
 あれは確かルアーとかいうやつで、要は疑似餌である。
 生餌に比べてテクニックがいるらしいが、虫が苦手なセルベリエにはこれがいいのかもしれない。

「くるくるーっと糸に巻きつけて……出来ましたよ、セルベリエさん」
「……すまない」

 申し訳なさそうにシルシュから釣り竿を受けとり、無事仕掛けを海へ投げた。
 一息吐くセルベリエを見て、シルシュがくすくすと笑う。

「ふふっ、何だかセルベリエさん、可愛いです」
「……どういう意味だ」
「何でもありませんよ。……では私も―――っ!」

 慣れた仕草で仕掛けを投げ入れるシルシュ。
 セルベリエと二人、隣に座って色々と教えているようだ。
 なんだかんだで少しは仲良くなってくれたのかもしれないな。

 その日は殆ど魔物もあらわれる事なく、ワシらはのんびり釣りをして過ごした。
 シルシュの釣りの腕前は大したもので、帰る頃には十数匹もの魚を手に入れていた。

「大量です♪」
「うん、大したものだよシルシュ」
「セルベリエさんも、初めてだとは思えないですよ!」

 最初は乗り気ではなかったセルべリエだが、すぐに釣りに夢中になっていき、最後の方は結構アタリを引いていた。
 虫はやはり苦手なようだが、大分気に入ったようである。……ぼっち遊びだからだろうか。
 船員に釣ってきた魚を渡すべく船の中に入ろうとすると、扉が開く。

「おっと……これはこれは、お疲れ様です」

 中からあらわれたのは装飾鎧を着た男、セシルである。
 同じような鎧を着た部下を数人従え、ワシらを一瞥しフッと笑った。

「ふふ、あぁ失礼。悪気はなかったのですがね。いえいえ、戦闘が出来ずとも食料補給で役に立ってくれるのならそれはそれで、結構な事です」
「は、はぁ……」

 困惑し生返事するシルシュ。
 やれやれ、ワシらにまで絡んでくるとはな。こいつら暇なのだろうか。
 相手にする時間が惜しいし、無視だ。

「行くぞ、シルシュ」
「あう」

 シルシュの頭にぽんと手を乗せ、セシルたちを無視して通り過ぎようとする。

「小さな子供の次は汚らしい獣人ですか……」

 セシルがそうボソリと呟く。
 ぴくんとシルシュの身体が震えた。

「貴様……!」

 反射的に、義手をセシルの顔面へと叩き込む。
 ――――叩き込もうとした瞬間、義手が幾つもの刃に阻まれてしまった。
 セシルの部下の仕業である。ギシギシと金属の軋む音が響き、刃の向こうでセシルがニヤリと笑った。

「おやおや、野蛮な事だ。この程度で熱くなっているようでは、ギルドマスターとしての器量も知れようというモノですね」
「そうやって人を煽り、敵を作るのもマスターとして器量がいいとは思えないがな?」
「ふふ、それもそうだ。ここまで怒らせてしまうとは思わなかったのでね。……申し訳ない事をした。非礼を詫びよう」

 そう言って頭を下げるセシルだが、口元には笑みを浮かべている。
 このクソガキ……いい加減ブチ切れたぞ。
 怒りに任せ、義手に魔力を集中させていく。
 みしり、と刃が軋み音を上げた次の瞬間、辺りの風が爆発した。
 ―――ブラッククラッシュ。
 発動したのはセルベリエか。ちらりと視線を送ると、セルベリエはわざとらしく目を逸らした。 

「うわああああ!?」
「な、何事だっ!」

 セシルの部下たちの剣が爆風で巻き上げられ、奴へのガードが消滅する。
 しかも丁度いい具合に身体がよろけ、ワシは勢いそのままにセシルの顔面に思いきり拳を叩きこんだ。

「ごぶっ!?」

 醜い悲鳴を上げ、セシルは船体に頭を打ちつけそのまま動かなくなった。
 打ち所が悪かったのか、白目を剥いて泡を吹いている。気絶してしまったのだろう。

「き、きさま……! セシル様になんてことを!」
「――――あぁすまんすまん。今の風で手が滑ってしまってな。わざとではないのだよ」
「そ、そんな言い訳が――――」

 言い終わる前に、威圧の魔導を薄く展開させる。
 連中とワシのレベル差は20以上。これだけのレベル差でも相当の息苦しさを感じているだろう。
 動けなくなった彼らをおいて、ワシは彼らに背を向けるのだった。

「あ、あの……っ! ありがとうございましたっ!」

 部屋に帰る途中、シルシュが小走りでワシらの前に来てぺこりと頭を下げる。
 思わずセルベリエを顔を見合わせ、くっくっと笑ってしまう。

「……あれは風のせいだな。ワシらは何もしてないよ」
「そうそう、いたずらな風のせいだ……ふふっ」

 笑いながらセルベリエと二人、シルシュの頭を撫でてやる。
 俯いたままのシルシュの目がじわりと潤むのが見えた。

「……それでも、うれしかったです」
「こ、こら! ……くっつくな」
「うふふ、いいじゃないですか」

 セルベリエに抱きつき、嬉しそうに笑うシルシュを見送るのだった。 
 しばらくして、ワシの背後に生まれる気配。
 暗い船内から影のように現れたのは、さっちゃんだ。

「ふむ、一件落着といったところでござりますかね」
「……あぁ、そうだな」
 
 音もなくワシの隣に立つと、さっちゃんは少し声を低くする。

「ほう、拙者の気配に気づいていたか。やるものでゴザル」
「殺気が漏れていたからな……いつ飛び出すのではないかとヒヤヒヤしたぞ」
「ふん、丁度通りかかってな……全く下衆な輩はどこにでもいるものだ」

 さっちゃんの手には小刀が握られていた。
 怖いぞさっちゃん。

「拙者も同じ獣人だからな。あぁいう目には何度かあった事がある……だがシルシュはいい仲間に恵まれたでゴザル」
「そうだな。皆もよくしてくれている」
「うむ、これからもシルシュの事を頼むぞ」

 そう言うとサルトビはまた暗闇に消えるのであった。
 何とも神出鬼没な事である。
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