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第六章 獅子頭 四節
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事態は、深夜に急変する事になる。
獅子頭との闘いで疲れ果てて、寝息を発てていた私は、深夜に掛かってきた一本の着信で叩き起こされてしまう。
こんな時間に掛けてくる用があるのは一人しか居ない。着信元はやはり、藤園さんだった。
「・・・・・・もしもし?」
「白枝君、すぐに出て来れるかい?」
「いや、そんなわけないでしょ、普通! ・・・何かあったの?」
「手掛かりが、見つかったんだ! すぐに学校へ来て欲しい!」
「ん? 藤園さん、外に出てるの? しかも、学校だって?」
「説明は後で必ずするから! だから・・・早く!」
通話はそこで切れてしまった。既に動き出してから呼び出すのは、何とも狡いやり方である。
私はとりあえず、学校指定のジャージに着替え、家を飛び出した。学校までは、全力で走れば5分と掛からない。
言われた通り、学校までやって来ると校門のところで藤園さんが私の到着を待っていた。
「来たね・・・行こう」
呼び出した理由も話さず、先を急ごうとする藤園さん。門を乗り越えようと四苦八苦しているので、先ず私が正門を飛び越え、その横にある扉の鍵を開けてあげた。
「・・・ありがとう」
そう呟くと、藤園さんは脱兎の如く走り出す。私からすれば低速だが、藤園さんはひどく慌てているようだ。どの様な事実が、彼女をここまで急き立てているのだろうか。
そんな思考は、問答無用で昇降口の扉を開けようとする藤園さんを止めた際に吹き飛んでしまった。
「ちょっと、何してるの!? 警備会社がすっ飛んで来ちゃうよ!」
「くっ・・・・・・なら、ここでやるまで。白枝君、こっち!」
藤園さんが向かったのは、校庭を臨めるベンチだった。彼女はそこへ腰掛けると、大急ぎでPCを立ち上げ始めた。
「さて、説明してくれる?」
私は、藤園さんの正面で仁王立ちになり、答えを待った。
「・・・全アクセス権限を用いて調べた結果、あのゲームと以前に言った同じサーバー内で稼働中のゲームとを繋ぐバックドアを発見したんだ。公開されていないのは変わらないが・・・そこには多くのプレイヤーが存在していた。プレイヤー名は氏名になっていて・・・その中に、姉様の名前があった。しかも今、ログイン中になっている」
「それは・・・確かに一大事だね。でも、何で学校なわけ?」
「学校の光回線は掌握済みだから・・・それと、コンバートするのに最適なのは、人目が無く、安定したネット回線が確立されていて、君の隣に入れる場所・・・つまり学校というわけさ」
「・・・それ、俺の部屋でも良くない?」
「それは・・・盲点だった。でも、君の部屋というのは、その・・・そう、同居人もいるだろうからね」
「うちは、3世代同居の3階建てなんだけど、中は繋がって無いんだ。つまり俺は、3階で準一人暮らししてるんだよ。ちなみに準なのは、食事を共にする事を義務づけられているから」
「な、なるほど・・・でも駄目だ。もうここへ来てしまったわけだし、時間が惜しい」
「それもそうか・・・それで、コンバートの条件を並べ立てたって事は、俺をその別のゲームへ送り込むつもりなんだね?」
「ああ、頼みたい・・・いや、お願いします。どうにかして、姉様と話す機会を作り出して欲しいんだ」
「機会を作りだすって・・・具体的には?」
「全ては秘密裏に・・・先ずゲーム内へ侵入、それから姉様を特定し、然り気無くコンタクトを図る・・・という流れだよ」
「ふ~ん・・・なら、俺が触れたらメッセージが届く様に設定したら? そうすれば、向こうでタイミングを見計らえるし」
「そうだね、そうしよう・・・引き受けてくれるのかい、白枝君?」
「何を今さら・・・とっとと終わらせようよ?」
「ありがとう・・・それじゃあ、いつも通りに」
そう言って、藤園さんは吸盤付きコードを差し出してきた。今日は流石に、あのヘッドホンは持ってきていないらしい。
「了解・・・いつも通りに、ね?」
私は苦笑しながらコードを受け取り、藤園さんの隣に腰掛けてから吸盤をこめかみに押し当て、目を閉じた。
「さあ・・・いつでもどうぞ?」
「それでは・・・レッツ、コンバート!」
今日の掛け声は心なしか、様になっていた気がする。その後は特に体勢の変化などは感じず、突然発生した雑踏の喧騒を合図に目を開いた。
「ここは・・・・・・町? 凄い人の数だ」
私は、多くの人が行き交う公園の、噴水の縁に腰掛けていた。人々の格好はRPGをしていた私と特筆する程の変化は無く、フードを被ってしまえば浮く事は無さそうだ。
ただ気になるのは、時たま見え隠れする武装した人間の装備が現代的、すなわち銃器を所持している様に見えたのが気になる。どうやら、以前の世界とは世界観が全く異なるらしい。
「無事に侵入出来たね、白枝君」
これまたいつも通り、フードの中から猫君が顔を覗かせた。
「警報が多くて、この世界の詳細には触れられなかったけれど、同じエンジンとサーバーを使っているから、手に入れた力はそのまま転用出来るみたいだよ」
「へぇ、それは面白い・・・それで、御姉さんの現在地とか判る?」
「おそらく、ユーザーIDを辿って行けば・・・・・・居た、少し先の十字路で立ち止まっているみたいだ」
「ほほう・・・なら、先導してもらおうかな?」
「ああ、付いておいで」
飛び出した猫君は、あっという間に雑踏の中へと消えていった。
「ちょっ・・・待って!」
私はフードを被りつつ、猫君の後を急いで追跡した。人の波に揉まれながら、なんとか猫君に追随していく。それでも、いかんせん距離は開いてしまう。
藤園さんの様子がおかしい、まるで作戦を守る気が無い。姉が近くに居ると判り気が逸ってしまったのか、私の現在地ではその強行を止める事が出来ないようだ。
「姉様!!」
藤園さんの、胸が張り裂けてしまいそうな慟哭が、十字路に響き渡った。気にも止めないNPC達の中に、数人だけ周囲を窺い始める人間が居る。
特に、ある女性は誰の声か判っているのか、他の人間よりも必死に辺りを見回していた。そしてその女性に、猫君が飛び付く。
一人と一匹は暫し見つめ合った後、女性は何者かを振り切ろうとする様に走り出す。この行ないに、周りの人間達は動揺を隠せなかった。
後を追おうとする者、どこかへ連絡しようとする者、そして名前を叫んでしまう者と一斉に動き出す。
「どちらへ、Dr.藤園!?」
どうやら藤園さんは、当たりを引いたようである。
「計画通りにやりなさいよ、全く・・・」
私は嘆息しつつ、先ずは連絡をしようとしていた人間の頚椎に当て身を食らわせた。次いで名前を叫んでいた者、追い掛けていた者の順に無力化していく。これでしばらくは、時間が稼げるだろう。
私もすぐに女性の追跡を開始、彼女は近くの路地裏へ入っていった。久々の再会だ、俺はしばらく、路地の角で様子見をしていた方が良いだろう。もちろん、聞き耳は立てておくが。
「お久しぶりです、姉様・・・無事で良かった」
「やっぱり、美智香なの? どうして貴女がここに・・・それより、どうやって?」
「姉様が残していったプログラムを調べ、辿り着いたRPGの世界を掌握し、ここまでやって来ました」
「まさか、プロトタイプを・・・クリアしたの?」
「そんなことより、教えてください! 何故、何も言わずに消えてしまったのですか・・・姉様!」
「美智香、これには事情があってね・・・」
藤園さんの御姉さんが、核心を語ろうとしたその時、複数人分の不規則な足音が近付いてくるのを私の耳が捉えた。どうやら、追手が来たようである。
「追手が来たみたいだけど、どうする藤園さん!」
唐突に現れた私に、御姉さんの方は面食らっていた様だが、藤園さんの方は予想していたのか平静を保っていた。
「足止めして欲しい・・・出来るかい?」
「自信は無いけど・・・やってみるよ。だから藤園さんは、ちゃんと目的を果たしてよ?」
「・・・分かってる」
私は小さく頷き、表の通りへ向かった。するとどうだろう、通りからは腐るほど居たNPCの姿が消え、代わりに迷彩服と銃器で武装した集団が屯しているではないか。
カビの生えた官製品とは違う、最新式の武装である。私は手を叩き、彼らの注意を引き付けた。
「申し訳ないのですが、ここはしばらく通行止めとさせて頂きますよ!」
彼らは内心驚いている様だが、それを表には出さず静かに銃口を向けてきた。よく訓練され統率の取れた兵士、佇まいからその様な印象を受ける。
「何者だ、フードを外して顔を見せろ」
指揮官らしき男が、そんなセオリーを通告してくる。仮想現実内での素顔に価値など無いというのに。
「OK、従うから撃たないでくれ」
私はそっとフードに手を掛け、ゆっくりと外していった。
「貴様・・・ふざけているのか!」
そう、私はフードの下に獅子頭の仮面を既に装着していたのだ。彼らからすれば、ふざけている様にしか見えないだろう。
「至って真面目なんだけどな・・・・・・火器の使用を禁ずる!」
私の命令は、獅子頭の仮面を通して咆哮となり、周囲に突風を巻き起こした。
「くっ・・・何をしたんだ!? 撃てっ!」
私の行動に反応し、兵士達は迷い無くトリガーを引く。しかし、待てど暮らせど何も起きなかった。思惑通り、銃器の使用を禁止出来たようである。
予想した獅子頭の特性が正解して良かった。獅子頭の仮面はどうやら、絶対服従のルールを周囲に施行出来るらしい。
「銃器は封印したから無駄というものですよ? ほらほら、数を活かしてインファイトで仕掛けたらどうです?」
「こいつ!」
兵士の一人が、ナイフを引き抜いて私に駆け寄ってきた。突き出されたナイフは激情に駆られて飛び出してわりに鋭く、正確に急所を狙ってきている。
まあ、手刀でナイフを叩き落とし、そのまま裏拳を顔面に叩き込んで沈黙させたのだが。正直、身体能力を向上させられていなかったら、殺されていたかもしれない。
「油断してたな・・・この数に下手な手加減は無謀か」
私は素早くボスウェポンを呼び出し、全てを打ち鳴らした。そして、現れた6体の化身達、目の前の兵士達の動揺が手に取る様に伝わってくる。
私は刀を抜き放ち、その切っ先を目の前の敵に指し向けた。
「命令だ、あらゆる敵対者を排除せよ。苦しませず、一撃でね」
『Ohoooo!!』
私と化身達は進軍を開始、謎の武装集団を蹂躙していった。敵も良く抵抗し、増援から果ては装甲車や武装ヘリまで登場したが、火器は禁止しているので、残念ながら戦力にはならない。獅子頭が装甲車を持ち上げ、ヘリを撃ち落としていた。
「藤園さん、聴いてる? こっちは終わったみたいだけど、そっちはどう?」
やがて阿鼻叫喚の地獄も終わり、抵抗する者が完全に居なくなった時点で、私は藤園さんとの交信を試みた。
「深追いし過ぎて道が判らないんだけど、そっちは・・・」
その時、急に視界が暗転、気付けば夜の校庭に引き戻されていた。
「・・・藤園さん?」
今の行動について問い質そうと、隣に座る藤園さんに顔を向けると、彼女は沈痛な面持ちで項垂れてしまっていた。
獅子頭との闘いで疲れ果てて、寝息を発てていた私は、深夜に掛かってきた一本の着信で叩き起こされてしまう。
こんな時間に掛けてくる用があるのは一人しか居ない。着信元はやはり、藤園さんだった。
「・・・・・・もしもし?」
「白枝君、すぐに出て来れるかい?」
「いや、そんなわけないでしょ、普通! ・・・何かあったの?」
「手掛かりが、見つかったんだ! すぐに学校へ来て欲しい!」
「ん? 藤園さん、外に出てるの? しかも、学校だって?」
「説明は後で必ずするから! だから・・・早く!」
通話はそこで切れてしまった。既に動き出してから呼び出すのは、何とも狡いやり方である。
私はとりあえず、学校指定のジャージに着替え、家を飛び出した。学校までは、全力で走れば5分と掛からない。
言われた通り、学校までやって来ると校門のところで藤園さんが私の到着を待っていた。
「来たね・・・行こう」
呼び出した理由も話さず、先を急ごうとする藤園さん。門を乗り越えようと四苦八苦しているので、先ず私が正門を飛び越え、その横にある扉の鍵を開けてあげた。
「・・・ありがとう」
そう呟くと、藤園さんは脱兎の如く走り出す。私からすれば低速だが、藤園さんはひどく慌てているようだ。どの様な事実が、彼女をここまで急き立てているのだろうか。
そんな思考は、問答無用で昇降口の扉を開けようとする藤園さんを止めた際に吹き飛んでしまった。
「ちょっと、何してるの!? 警備会社がすっ飛んで来ちゃうよ!」
「くっ・・・・・・なら、ここでやるまで。白枝君、こっち!」
藤園さんが向かったのは、校庭を臨めるベンチだった。彼女はそこへ腰掛けると、大急ぎでPCを立ち上げ始めた。
「さて、説明してくれる?」
私は、藤園さんの正面で仁王立ちになり、答えを待った。
「・・・全アクセス権限を用いて調べた結果、あのゲームと以前に言った同じサーバー内で稼働中のゲームとを繋ぐバックドアを発見したんだ。公開されていないのは変わらないが・・・そこには多くのプレイヤーが存在していた。プレイヤー名は氏名になっていて・・・その中に、姉様の名前があった。しかも今、ログイン中になっている」
「それは・・・確かに一大事だね。でも、何で学校なわけ?」
「学校の光回線は掌握済みだから・・・それと、コンバートするのに最適なのは、人目が無く、安定したネット回線が確立されていて、君の隣に入れる場所・・・つまり学校というわけさ」
「・・・それ、俺の部屋でも良くない?」
「それは・・・盲点だった。でも、君の部屋というのは、その・・・そう、同居人もいるだろうからね」
「うちは、3世代同居の3階建てなんだけど、中は繋がって無いんだ。つまり俺は、3階で準一人暮らししてるんだよ。ちなみに準なのは、食事を共にする事を義務づけられているから」
「な、なるほど・・・でも駄目だ。もうここへ来てしまったわけだし、時間が惜しい」
「それもそうか・・・それで、コンバートの条件を並べ立てたって事は、俺をその別のゲームへ送り込むつもりなんだね?」
「ああ、頼みたい・・・いや、お願いします。どうにかして、姉様と話す機会を作り出して欲しいんだ」
「機会を作りだすって・・・具体的には?」
「全ては秘密裏に・・・先ずゲーム内へ侵入、それから姉様を特定し、然り気無くコンタクトを図る・・・という流れだよ」
「ふ~ん・・・なら、俺が触れたらメッセージが届く様に設定したら? そうすれば、向こうでタイミングを見計らえるし」
「そうだね、そうしよう・・・引き受けてくれるのかい、白枝君?」
「何を今さら・・・とっとと終わらせようよ?」
「ありがとう・・・それじゃあ、いつも通りに」
そう言って、藤園さんは吸盤付きコードを差し出してきた。今日は流石に、あのヘッドホンは持ってきていないらしい。
「了解・・・いつも通りに、ね?」
私は苦笑しながらコードを受け取り、藤園さんの隣に腰掛けてから吸盤をこめかみに押し当て、目を閉じた。
「さあ・・・いつでもどうぞ?」
「それでは・・・レッツ、コンバート!」
今日の掛け声は心なしか、様になっていた気がする。その後は特に体勢の変化などは感じず、突然発生した雑踏の喧騒を合図に目を開いた。
「ここは・・・・・・町? 凄い人の数だ」
私は、多くの人が行き交う公園の、噴水の縁に腰掛けていた。人々の格好はRPGをしていた私と特筆する程の変化は無く、フードを被ってしまえば浮く事は無さそうだ。
ただ気になるのは、時たま見え隠れする武装した人間の装備が現代的、すなわち銃器を所持している様に見えたのが気になる。どうやら、以前の世界とは世界観が全く異なるらしい。
「無事に侵入出来たね、白枝君」
これまたいつも通り、フードの中から猫君が顔を覗かせた。
「警報が多くて、この世界の詳細には触れられなかったけれど、同じエンジンとサーバーを使っているから、手に入れた力はそのまま転用出来るみたいだよ」
「へぇ、それは面白い・・・それで、御姉さんの現在地とか判る?」
「おそらく、ユーザーIDを辿って行けば・・・・・・居た、少し先の十字路で立ち止まっているみたいだ」
「ほほう・・・なら、先導してもらおうかな?」
「ああ、付いておいで」
飛び出した猫君は、あっという間に雑踏の中へと消えていった。
「ちょっ・・・待って!」
私はフードを被りつつ、猫君の後を急いで追跡した。人の波に揉まれながら、なんとか猫君に追随していく。それでも、いかんせん距離は開いてしまう。
藤園さんの様子がおかしい、まるで作戦を守る気が無い。姉が近くに居ると判り気が逸ってしまったのか、私の現在地ではその強行を止める事が出来ないようだ。
「姉様!!」
藤園さんの、胸が張り裂けてしまいそうな慟哭が、十字路に響き渡った。気にも止めないNPC達の中に、数人だけ周囲を窺い始める人間が居る。
特に、ある女性は誰の声か判っているのか、他の人間よりも必死に辺りを見回していた。そしてその女性に、猫君が飛び付く。
一人と一匹は暫し見つめ合った後、女性は何者かを振り切ろうとする様に走り出す。この行ないに、周りの人間達は動揺を隠せなかった。
後を追おうとする者、どこかへ連絡しようとする者、そして名前を叫んでしまう者と一斉に動き出す。
「どちらへ、Dr.藤園!?」
どうやら藤園さんは、当たりを引いたようである。
「計画通りにやりなさいよ、全く・・・」
私は嘆息しつつ、先ずは連絡をしようとしていた人間の頚椎に当て身を食らわせた。次いで名前を叫んでいた者、追い掛けていた者の順に無力化していく。これでしばらくは、時間が稼げるだろう。
私もすぐに女性の追跡を開始、彼女は近くの路地裏へ入っていった。久々の再会だ、俺はしばらく、路地の角で様子見をしていた方が良いだろう。もちろん、聞き耳は立てておくが。
「お久しぶりです、姉様・・・無事で良かった」
「やっぱり、美智香なの? どうして貴女がここに・・・それより、どうやって?」
「姉様が残していったプログラムを調べ、辿り着いたRPGの世界を掌握し、ここまでやって来ました」
「まさか、プロトタイプを・・・クリアしたの?」
「そんなことより、教えてください! 何故、何も言わずに消えてしまったのですか・・・姉様!」
「美智香、これには事情があってね・・・」
藤園さんの御姉さんが、核心を語ろうとしたその時、複数人分の不規則な足音が近付いてくるのを私の耳が捉えた。どうやら、追手が来たようである。
「追手が来たみたいだけど、どうする藤園さん!」
唐突に現れた私に、御姉さんの方は面食らっていた様だが、藤園さんの方は予想していたのか平静を保っていた。
「足止めして欲しい・・・出来るかい?」
「自信は無いけど・・・やってみるよ。だから藤園さんは、ちゃんと目的を果たしてよ?」
「・・・分かってる」
私は小さく頷き、表の通りへ向かった。するとどうだろう、通りからは腐るほど居たNPCの姿が消え、代わりに迷彩服と銃器で武装した集団が屯しているではないか。
カビの生えた官製品とは違う、最新式の武装である。私は手を叩き、彼らの注意を引き付けた。
「申し訳ないのですが、ここはしばらく通行止めとさせて頂きますよ!」
彼らは内心驚いている様だが、それを表には出さず静かに銃口を向けてきた。よく訓練され統率の取れた兵士、佇まいからその様な印象を受ける。
「何者だ、フードを外して顔を見せろ」
指揮官らしき男が、そんなセオリーを通告してくる。仮想現実内での素顔に価値など無いというのに。
「OK、従うから撃たないでくれ」
私はそっとフードに手を掛け、ゆっくりと外していった。
「貴様・・・ふざけているのか!」
そう、私はフードの下に獅子頭の仮面を既に装着していたのだ。彼らからすれば、ふざけている様にしか見えないだろう。
「至って真面目なんだけどな・・・・・・火器の使用を禁ずる!」
私の命令は、獅子頭の仮面を通して咆哮となり、周囲に突風を巻き起こした。
「くっ・・・何をしたんだ!? 撃てっ!」
私の行動に反応し、兵士達は迷い無くトリガーを引く。しかし、待てど暮らせど何も起きなかった。思惑通り、銃器の使用を禁止出来たようである。
予想した獅子頭の特性が正解して良かった。獅子頭の仮面はどうやら、絶対服従のルールを周囲に施行出来るらしい。
「銃器は封印したから無駄というものですよ? ほらほら、数を活かしてインファイトで仕掛けたらどうです?」
「こいつ!」
兵士の一人が、ナイフを引き抜いて私に駆け寄ってきた。突き出されたナイフは激情に駆られて飛び出してわりに鋭く、正確に急所を狙ってきている。
まあ、手刀でナイフを叩き落とし、そのまま裏拳を顔面に叩き込んで沈黙させたのだが。正直、身体能力を向上させられていなかったら、殺されていたかもしれない。
「油断してたな・・・この数に下手な手加減は無謀か」
私は素早くボスウェポンを呼び出し、全てを打ち鳴らした。そして、現れた6体の化身達、目の前の兵士達の動揺が手に取る様に伝わってくる。
私は刀を抜き放ち、その切っ先を目の前の敵に指し向けた。
「命令だ、あらゆる敵対者を排除せよ。苦しませず、一撃でね」
『Ohoooo!!』
私と化身達は進軍を開始、謎の武装集団を蹂躙していった。敵も良く抵抗し、増援から果ては装甲車や武装ヘリまで登場したが、火器は禁止しているので、残念ながら戦力にはならない。獅子頭が装甲車を持ち上げ、ヘリを撃ち落としていた。
「藤園さん、聴いてる? こっちは終わったみたいだけど、そっちはどう?」
やがて阿鼻叫喚の地獄も終わり、抵抗する者が完全に居なくなった時点で、私は藤園さんとの交信を試みた。
「深追いし過ぎて道が判らないんだけど、そっちは・・・」
その時、急に視界が暗転、気付けば夜の校庭に引き戻されていた。
「・・・藤園さん?」
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