コンバート・ユア・マインド

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第一章 危険な遊戯 二節

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 体育の授業、我が校は昨今珍しいマンモス校の為、同じ学年が同時に3ヶ所で体育を行なっている。

 校庭、体育館、武道場、私は一時間でこれらを周り、柔木さんの親友達?を破らねばならないのだ。滅茶苦茶な話だが、教師の赦しまで獲てしまっているから笑えない。友達教師が増えているのも困るが、一番怖いのは柔木さんである。教師(女性)との噂も囁かれる柔木さん、いつか血を見る事になるだろう。少し楽しみにしているなんて、口が裂けても言えない(ゴシップ好きではない)。

 まずは我がクラス、校庭でのサッカー対決である。相手はサッカー部期待の星たる遠藤君、そんな彼とPK戦をしなくてはならない。

「3点先取した方が勝ちだ。それとも、ハンデが必要か?」

 高圧的な遠藤君、まあ毎日アレを目の届くところで行なわれていれば、不機嫌になるのも理解出来る。

「あぁ・・・それじゃあ、貰おうかな?」

「あっそ・・・・・・なら白枝、お前が1点でも俺から取れたら、勝ちで構わない」

 一部の女子から黄色い声援が起こる。いきなり物凄いハンデをくれた遠藤君、案外優しいのかもしれない。

「ありがとう遠藤君、じゃあそれで」

「っ・・・お前から蹴って良いぞ」

「はーい」

 私は頷き、既に定位置へ置かれているボールの元へ歩みより、ゴールキーパーをする遠藤君と相対した。

「いきまーす」

 そう宣告してから、私はボールを蹴り飛ばした。こういう場合の駆け引きとか解らないので、力の限り真っ直ぐに。蹴り出されたボールは、目的通り真っ直ぐ飛び、何に引っ掛かる事無く、ゴールに吸い込まれていった。

 遠藤君は、背後から転がり出てきたボールを見て、戦慄していた。それもそのはず、まったく反応出来なかったからだ。我ながら、ボールはとても高校生が出せる様なスピードではなかった。彼からすれば、蹴ったと認識した瞬間、背後からボールが転がってきたってなもんである。彼だけで無く、観戦していたクラスメイト達も凍り付いていた。

「えっと・・・それじゃあ、俺の勝ちって事で」

 勝負とは非情なもの、私が次の試合会場へ移動しようとしたその時、遠藤君が我に返った。

「お前、経験者だな! ハンデは無しだ、俺が蹴る!!」

 無茶苦茶カッコ悪い発言だが、クラスの世論もそちらに傾いていた。もっと白熱したバトルが見たかったのだろう。

「うん、分かった! ただ、時間が惜しいから3回一気に蹴ってきてくれ!!」

 私がそう応えると、遠藤君は怒っている様に見えた。位置を入れ換え、今度は私がキーパーを務める。

「ガチで行くからな!?」

 遠藤君はしこたまフェイントを掛けてから、ゴールの向かって右側へボールを送り込んできた。初心者ではとても追いきれないコース、言わば必殺技だ。ただ私には、勝利を確信する彼の表情も蹴り出すであろうコースも全て、見えていた。

 サッと左へスライド、少しジャンプしてボールをパンチ、それでボールは蹴り主の足元へ帰っていった。これなら一石二鳥、拾いに行く手間も無く、時間短縮にも繋がる。

「はい、次!」

 遠藤君は口をあんぐりと開けて硬直していたが、私の一喝で正気を取り戻し、次のシュートを実行した。だがこれも、私が殴り返していく。

「はい、最後!」

 もはや気力を失ったシュートは、容易くキャッチする事が出来た。その場に膝から崩れ落ちる遠藤君、これで私の勝利が確定したのである。

 急ぐ身ながら、私は遠藤君の元へ歩み寄った。見ちゃいられなかったからだ。

「遠藤君・・・大丈夫かい?」

「・・・何だよ、急ぐんだろ、早く次に行けよ」

 もはや脱け殻と化している遠藤君の肩を、私は力強く鷲掴んだ。

「遠藤君、気を落とさないでくれ・・・全ては君の、君たちの為にもなるんだよ!」

「・・・・・・は?」

「ここだけの話、俺は人前でああいう事されるのが嫌だったんだ。でも、ヒエラルキーいやカースト的に無下にも出来ないだろう? 今回が、止めてもらう絶好の機会なんだ。今のは、火事場の馬鹿力みたいなものなんだ」

「白枝、お前・・・」

「君だけを特別応援出来ないけれど、諦めないでくれ。俺は誤解を一つ解消しに行ってくる」

「・・・バスケ部の伊藤、柔道部の田宮、次がどちらにせよ強敵だ・・・勝てるのか?」

「遠藤君に勝ってしまったんだから、負けるわけにはいかないさ・・・全力を尽くすよ」

「・・・分かった、負けるなよ?」

「ああ、もちろん・・・だから一緒に行こう、最後まで見届けてくれないか?」

「・・・・・・分かった」

 私は、遠藤君が立ち上がるのに手を貸し、共に体育館へと歩き始めた。いつもの私なら、こんな勝負すら受けないはずなのに、今日はとことん可笑しなテンションである。

 この後、次のバスケ部も遠藤君と同じ目に遭い、柔道部も巴投げに沈んだ。柔木さんの放った刺客を全て倒し、私は彼女に言い放った。

「約束、守ってくれるよね?」

 それに対して、彼女はこう答えた。

「もちろん、もう無駄筋なんて呼ばないよ♪ でも、二の腕チェックを止めるなんて言ってないから、続行ね?」

「・・・・・・あっ」

 私は自身の失態に気付き、その場に膝から崩れ落ちた。この馬か騒ぎは何だったのか、柔木さんが体育をサボる為の口実に過ぎなかったのではないか、唖然とする私の肩に遠藤君が手を置いた。最良の結果は得られなかったものの、遠藤君とは少し仲良くなりました。

 これが、裏で柔木さんの筆頭彼氏決定戦と揶揄されていた騒動の顛末である。

「・・・やってしまった」

 昼休み、教室では視線が痛いので、私は屋上入り口前へと逃げてきていた。今日はあれから雨が降りだしたので、誰も寄り付かないと踏んだのである。

 独り冷静になって考えてみると、とんでもない珍事を巻き起こしていたのだと理解出来た。あれは一時的なもので今や見る影も無い、これからはそんなキャラを貫く事を曇天の空に誓う。そして、こんな事態の引き金になったと思われる人物を見つけ出すと。

 そんな事をしていると、階段を昇ってくる足音が響いてきた。身長165センチ、体重58キロ程度、男子の足音だ。何故か、そんな気がする。

 程無くして、屋上入り口に予想した通りの男子生徒が姿を見せた。何故かホッケーマスクで顔を隠している。ここへ来たという事は、彼が遠藤君の紹介してくれた生徒なのだろう。何でも、かなり顔が広いのだとか、人探しにはピッタリの人材である。

「名前は確か・・・・・・レイブン?」

「ん? ・・・お前が白枝か?」

「ああ、そうだよ。悪いね、こんな所まで・・・」

「構わないさ・・・柔木の筆頭彼氏に登り詰めた奴と、教室で会うのは色々と危険だからな」

「柔木さんの・・・何?」

「こっちの話だ・・・それより、人捜しと聞いたが?」

「えっと、名前もクラスも知らないんだけど・・・特徴とかで判ったりするかな?」

「ん? まあ・・・特徴によるが、何とかしてみよう」

「おお! 待ってそれじゃあ、端から列挙していくから・・・」

 私は、昨日の女生徒の姿を鮮明に思い出そうと取り組んだ。

「・・・女性、リボンの色からして同学年、身長は160センチに届きそうな程度、体重は・・・失礼か。髪、瞳共に黒、髪は肩甲骨へ余裕で届きそうなくらいの長さ、それを、あれだ・・・ツインテール?風に括っていたのが印象的だったね。それから主観が入るけど、いつもPCを持ち歩いているみたいだったから、あまり校則を気にしない、でも成績は優秀なタイプかもしれない。そして、世を蔑むような目をしていて、取っ付きにくい雰囲気を常に纏わせる、人付き合いが壊滅的に下手そうな人物・・・・・・これだけだけど、大丈夫?」

「それは、Fクラスの藤園(ふしその)だな」

「即答!? 凄いね・・・これだけで判るなんて」

「いや、そこまで情報があれば、知ってる奴ならすぐに気が付くさ・・・それにしても藤園か、お前は伝説でも作りたいのか?」

「・・・どういう事?」

「流石に柔木には負けるが、藤園も男子から中々の注目を集めている結構な美人だ。歯に衣着せぬ物言いと次元の違う頭の造りのせいで誰も彼もビビって告白しようとしないがな・・・だから、お前が第一号なんだろう?」

「告白? いや、ただ質問したい事があったんだ」

「質問ねぇ・・・まあ、そういう事にしておこう。とりあえず、お前の捜し人は藤園だ。逢いたければ、放課後に校舎裏へ行くと良い」

「ありがとう、何から何まで・・・」

「気にするな、こういうのはギブアンドテイク、つまり一つ貸しというわけだ」

「なるほど、理に叶ってる!」

「それでは、失礼する」

「あっ、最後にもう一つ聞いても良いかな?」

「何だ?」

「何でレイブン? 中二病?」

「ふっ・・・否定はしないが、この名前にも意味はある。まずは、宝石の様な女子をいち早くピックアップ出来ている烏である事の証明。そして・・・」

「そして?」

「身バレが怖い」

 レイブンは肩を竦めながら、階下へと消えていった。身バレが怖いのに、何故そんな活動をしているのか気になるところではある。

「ふぅ・・・」

 また独り冷静になってみたが、この高校はどうもヤバイ奴らが多く潜んでいるのではないだろうか。そんな事を今さら気付く私は、今まで半分寝ながら学校に通い続けていたのかもしれない。個性的な面子がたまたま揃ったというよりは、学校という空間がそのまま社会の縮図となっているせいだろう。広い世に出てみれば案外、平均的な感性の持ち主の方が少ないのかもしれない。

 私は階段に腰掛け、鳩尾の辺りを摩りながら嘆息した。きっと、これから会いに行く女生徒も、ちょっとヤバイ系に違いない。
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