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第三章 分隊結成
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明くる朝、訓練の前に私は砦の医務室へと向かった。アシャ訓練兵の様子を見る為である。
医務室に近付いて来ると、談笑する声が漏れ聴こえてきた。既視感のある状況だが、構う必要は無いだろう。
「失礼する」
声を掛けて入室すると、ベッドに腰掛けるアシャ訓練兵と、私とは知己の無い女性兵士がこちらに目を向けてきた。察するに、アシャ訓練兵のルームメートではなかろうか。
「おやおや、この乙女の花園に男の人が入ってきたよ、ターヤちゃん? さては傷心のアシャちゃんを口説きにきた不貞野郎に違いない」
「違うわ、シャンテちゃん。きっと美人衛生兵さん目当てに通い詰める野郎さんよ」
「いや・・・二人とも、知ってるよね? あれ私の相棒だって知ってるよね? いったい何が始まったの?」
どうしよう、面倒な部類の人間だ。嫌な予感がするので、用件だけ伝えて出ていこう。
「アシャ訓練兵、今日の訓練には参加出来そうか?」
「え? ええ、私はもう大丈夫」
立ち上がろうとするアシャ訓練兵だったが、それをシャンテと呼ばれていた訓練兵が押し留めた。
「待ちな、そこのお兄さん。アシャちゃんに掛ける言葉はそれだけなのかな?」
「・・・私はナディットだ」
「そう、ナディット・・・聞くところによると、ボロボロのアシャちゃんを投げ捨てたんだってね? 前々から文句つけてやりたかったのだけど・・・アシャちゃんの扱いが酷すぎる! 私のアシャちゃんを苛めるな!! 」
「シャンテ・・・私、貴女のものじゃないのだけど?」
「もう、水臭いなぁ、アシャちゃんは。一糸纏わぬ姿で同衾した仲でしょう?」
「シャンテがいつの間にかベッドに潜り込んで来ていただけでしょう! 一糸纏わぬ姿で!!」
「そうだっけ?」
「そうよ、死ぬほど驚いたんだからね!?」
「嬉しくて?」
「怖くて!!」
よく分からないが、二人で言い争って退散しよう。私は踵を返そうとして、真横にルームメイトの片割れが立っていることに気付いた。
「アシャちゃんとシャンテちゃん、いつもあんな風に仲良しなんですよ」
「・・・とても仲良しには見えないのだが?」
「そんなことありませんよ、二人は水と油みたいな仲良しさんなんですから」
「それは・・・仲良しなのか?」
「乳化し(溶け合い)たいと、常々言っていますし」
「・・・」
今度から、アシャ訓練兵にはもう少し優しく接してみよう。
「私、ターヤと申します。どうぞ、よしなに・・・」
「あ、ああ・・・よろしく。君はあっちのみたいに、アシャ訓練兵のことで私を敵視しないのか?」
「ええ、もちろん。私はちゃんと、ナディットさんの意図を理解していますから」
「私の・・・意図?」
「はい・・・そういう嗜好の持ち主なんですよね?」
「・・・は?」
「女子供を虐げたいなんて大変ですよね。大丈夫、言い触らしたりしませんよ」
「いや、違うから」
「うふふ、もちろん、冗談ですよ? シャンテちゃん、私たちはもう御暇しましょう?
準備しないと」
「えぇ・・・もうそんな時間かぁ。アシャちゃん、またあとで~」
かなり名残惜しそうなシャンテ訓練兵であったが、振り返るなり表情を一変させ、冷徹な表情でもって私に歩み寄ってきた。
「というわけで、あたしはシャンテ。機会があれば潰しに行くからよろしく」
それだけ言い残し、シャンテは医務室の外へと出ていった。
「では、私も。アシャちゃん、ナディットさん、また後程」
一礼し、愉快そうな笑みを浮かべながら、ターヤ訓練兵も医務室から去っていった。
「その・・・ルームメートが迷惑掛けたわね」
アシャ訓練兵は、実にバツが悪そうであった。
「ああ、まったくだ」
「相変わらず、容赦無いわね・・・」
「意外と好意的に扱われているようだが、何故彼女たちのどちらかとタッグを組まなかったんだ?」
「それとこれとは別だから・・・」
なるほど、本音と建前は違うというわけだ。
「嫌がらせされないだけマシなのに・・・仲良くしようとしてくれる人達のお荷物に、迷惑掛けるのは嫌だったの」
「なるほど・・・私には迷惑掛けても構わないというわけか?」
「それは・・・だって、ナディットは私と仲良くしようなんて考えてないでしょう!」
その通りだが、迷惑を掛けて良い理由にはならない。いや、それを指摘するよりも仲良くしたいアピールをすれば、迷惑も減るのではなかろうか。
「ははっ、何を仰る。私は君とナカヨクしたいよ? すぐにでもハグしたいくらいさ」
「信用出来ない!!」
まあ、今さら手遅れですよね。
「冗談はここまでだ。アシャ訓練兵、先程も聞いたが本日の訓練には参加出来るのか?」
「冗談って・・・私は大丈夫、擦り傷と捻挫くらいだったし。回復魔法掛けてもらって全快よ」
「そうか、何よりだ。あまり時間は無いが、準備は必要か?」
「準備なんて・・・あっ、シュムを宿舎に置いてこないと」
「・・・シュム?」
「ええ、この子の名前よ」
アシャ訓練兵は、枕元で丸まっていた例のウサギを抱き上げた。
「照れ臭いけど、皆で考えたの。可愛いでしょ?」
「ああ、美味しそうだ」
「だから、何で食べようとするのよ!?」
「食べられたくなければ、さっさと宿舎に置いてこい。遅刻をしても同じだ」
「この、人でなしーー!!」
アシャ訓練兵は、病み上がりとは思えない軽快さで、医務室から駆け出していった。
本日の訓練の前に、監督官から昨日の件についての説明が為された。
「すでに聞き及んでいる者もいるとは思うが、昨日東の森にデーベラウが現れた」
デーベラウ、その言葉に訓練兵らは戦慄し、ざわめいた。(ギリギリ間に合い、息を切らしているアシャ訓練兵だけが、理解していなかったが)
「静まれ・・・一組がこれに襲撃されたが、奇跡的にも生還を果たしている。本当に、奇跡としか言えない・・・」
演説の最中、横にいるアシャ訓練兵が私の袖を引っ張ってきた。
「ねぇ・・・デーベラウって昨日の毛玉のことよね? そんなに危険な奴だったの?」
「はぁ・・・過去に、カシューン奥地への調査部隊を壊滅に追い込み、開拓村をいくつか潰したんだ。あれが、単独で」
「え、あの毛玉が?」
「そうだ・・・馬を追い抜く速力に、鉄を切り裂く爪、巨大な体躯、そしてあの毛には耐火性まで有るという究極の人間キラーだ。カシューンへ赴くことになった者で知らない奴は居ないだろうな」
「え? 私たち、そんな奴に追われていたの? あの時若干、可愛いとか思ってた・・・」
「剛胆な・・・もう黙れ、本題に入るみたいだぞ」
「さて・・・貴様らには近いうちに、重要な任務を与える。デーベラウの徘徊する東の森を抜け、東境界砦への伝令だ」
任務の内容に、ざわめきどころか悲鳴さえ上がった。まあ、当然の反応とも言えないこともない。死地へ赴けと言われているのだから。
「それに伴い、三つの組で一つの分隊を編成する。計六つの分隊が、別々のルートで東境界砦へ向かう段取りだ。本日は分隊内でのタッグ戦を行なった後、分隊同士での演習を行う。さあ、私のティーセットが届くまでに、分隊を編成しろ」
唐突に打ち出された、分隊の編成。互いの特性もよく理解出来ていないのに、隊を組めと言われても困惑するだけだ。だが、訓練兵程度で特性も糞も無いのも事実である。
アシャ訓練兵をはじめ、多くの訓練兵らが困惑する中、迷い無く、真っ直ぐに我々の元へ近付く組が居た。
『アシャちゃん』
シャンテ、ターヤ訓練兵の組である。
「アシャちゃん、あたしたちと一緒にやろうよ。三人で組める絶好のチャンスだよ!」
「そうですよ、アシャちゃん。ここは同居人として仲良く、結束していきましょう?」
「っ・・・でも、私は・・・」
二人の申し出に、アシャ訓練兵は困惑の極みであった。状況に耐えかねて、一歩下がろうとする彼女の肩を、私は後ろから押し留めた。
「アシャ訓練兵、君の考えを聴いたばかりだが・・・ここは申し出を受けるべきだろう。君は軍隊にいるのだ、避けたとこれで、いつかはこの部隊全員と隊伍を組む定めなのだから」
「・・・分かったわよ」
アシャ訓練兵は、顔をしかめて思案した後、二人の元へ歩み寄っていった。
「シャンテ、ターヤ・・・一緒に頑張りましょう」
「やったね! アシャちゃんと一緒なら奮戦しちゃうよ~」
「私も、回復魔法くらいしか取り柄はありませんが、頑張りますね」
「二人とも、ありが・・・」
「いや、良かったよ。これで・・・ナディットをしばくことが出来る」
「私、この組み合わせが一番可笑しい事になると予想していたので、楽しみです」
「二人とも・・・台無し」
不可思議な友情らしきものを見守っていた私だったが、何となくアタオとクリメルホの方に目をやった。
これで彼らと組めたら最上なのだが、我々が組むわけにはいかない。
その時、背後から何者かが私に接近し、肩を叩いてきた。
振り返ると、知己の無い、二人の男性訓練兵が立っていた。見るからに大人しそうな奴と見るからにやんちゃそうな奴である。
「あの、ちょっと良いかな?」
「・・・組みたいのか?」
「え、う、うん。僕はユリエノ、こっちがサルコ。君達と手を組みたいんだ」
「分かった、待っていてくれ」
「え、その・・・」
困惑する彼らを残し、私はアシャ訓練兵らの元へ向かった。
「アシャ訓練兵、共闘志願者が来た」
「え? そうなの?」
「ああ、これで決めて問題ないだろう?」
「問題ないけど・・・知り合い?」
「いや、言葉を交わしたのは初めてだ」
「あれ? じゃあ何で声掛けてきたの?」
「簡単だ、我々がデーベラウから逃げ延びたからだよ。デーベラウに襲われる危険があるなら、経験者と分隊を組んだ方が生存率も上がるだろう?」
彼女の同居人らに目を向けると、バツの悪い顔で目を逸らされた。つまり、そういうことである。
「へぇ・・・でも、ずいぶん急ぐのね?」
「まあ、この枠が埋まらないと、他の組が気になって動けないだろうからな。早くしないとティーセットが来る」
「そっか・・・二人とも、意見はある?」
アシャ訓練兵が問い掛けると、シャンテ、ターヤ訓練兵は首を立てに振った。
「異論な~し」
「問題ありませ~ん」
それはそうだ、揉めて拗らせるより、認めて確定させたほうが賢いやり方だ。
それからユリエノ、サルコ訓練兵と引き合わせて、分隊の編成は完了である。それに続いて、他の分隊編成も動き出し、どうにかティーセットが届くまでに六つの分隊が結成された。
「うむ、完了したようだな。では次の行程へ移れ」
監督官の命に従い、各分隊内での模擬戦へと移行していった。まずは、我が組とシャンテ、ターヤ組が剣を交えることになった。勝利条件は言わずもがな、二人とも無力化することである。
「用意!」
ユリエノが審判として、号令する。
「はじめ!」
開始と共に、シャンテ訓練兵が駆け出した。
「ナディット、覚悟ーー!!」
私怨に満ちたシャンテが、私目掛けて突貫してきたのである。
「はぁ・・・アシャ訓練兵、というわけで、ターヤ訓練兵は任せた」
「え、ええ・・・」
アシャ訓練兵が呆れながら、シャンテ訓練兵を避けて、ターヤ訓練兵の元へと向かおうしたその時である。
「無視しちゃ嫌だよ~!」
シャンテ訓練兵が急に方向を変え、アシャ訓練兵の脇腹への体当たりを敢行した。
「がはっ!? っ・・・何で、シャンテはナディットを狙ってたはずじゃ?」
「だって、アシャちゃんが私を無視するんだもの!」
「そりゃ、するでしょ!」
「えい、そんな悪い子には寝技を掛けちゃうぞ!」
「木剣を使いなさいよ!!」
よく分からないが、私はターヤ訓練兵の相手をすることになったようだ。向こうが近寄って来ないので、私から歩み寄っていくと、手を振りながら出迎えてくれた。
「良い天気ですね~」
「はぁ・・・剣を構えないのか?」
「私、衛生兵志望なので、戦闘力とか皆無なんです」
「衛生兵でも戦闘力は必要なんだが・・・はぁ、降伏ということで良いのか?」
「いえ、そうもいきません。あの二人の泥仕合を一秒でも長く楽しむ為、私は退けないのです」
「・・・では戦うのか?」
「いえ、戦ったところで、歯が立たないのは明白。なので、奇策に走らせて頂きます」
「・・・奇策?」
ターヤ訓練兵は、服の襟元を弛め、前に屈んでみせた。
「えい、誘惑☆」
「・・・」
私は歩み寄り、木剣で頭頂部を軽く叩いた。
「ふぐっ!?」
妙な悲鳴を上げ、ターヤ訓練兵は膝から崩れ落ちていった。
「・・・そこまでのダメージは与えていないはずだが?」
「・・・眉一つ、顔一つ動かせなかったなんて・・・」
ああ、心がへし折れただけか。
「まあ・・・私が異例なだけなんじゃないか?」
「やはり・・・美人衛生兵さん狙い・・・」
「いや、違うから」
失礼ながら、顔も思い出せない。
「ターヤちゃん!!」
振り向くと、アシャ訓練兵を轟沈させたシャンテ訓練兵がターヤ訓練兵の元へと駆け寄ってきた。
「シャンテちゃん・・・私、ズタボロよ」
「ターヤちゃ~ん!!」
ターヤ訓練兵を抱き上げ、泣き付くシャンテ訓練兵。抱擁が異様に長い。
「ナディット・・・貴様、ターヤちゃんまでも毒牙に掛けるかッ!!」
「・・・・・・ちっ」
「今舌打ちしたぁ~ッ!」
傷心のターヤ訓練兵を放り投げ、シャンテ訓練兵が木剣を振りかざし、突貫してきた。そして、常人を超える跳躍力で跳ね上がり、上段から落下のエネルギーを加え、木剣を降り下ろして来る。
私は真っ正面からその一撃を、受け止めなかった。横に数歩動けば避けられる上、相手に与えるはずだった衝撃が自分に帰ってくるのだから、相手にするのも馬鹿らしい。
「っ!? 避けるな!!」
無茶な事を叫びながら、やたらめったら切りつけてくる。なのに、大体が前後左右に一歩動くだけで回避出来る。まるで退屈なダンスにでも付き合わされているようだ。
「・・・はぁ」
重心が浮いている、打点が高い、動きが粗雑、何はともあれ美しくない。叱責したい点は多いが、今はこの一撃で応えよう。
剣撃とは力に非ず。切り付けるまでは軽やかに、私は木剣を振り上げる。
意識を乗せるのは指先にのみ。小指を握って振り下ろし、中指の辺りで対象を捉える。残り二本の指、ここでやっと力を込める。対象を切り伏せるからだ。
今回の場合は、私の一撃を受けたシャンテ訓練兵の木剣が粉砕し、利き腕らしい右腕の鎖骨をへし折るに止まった。
「痛ッ!?」
動きが止まったので鳩尾を蹴り上げ、反射的に丸まったことで露になった後頭部を剣の峰で打ち、シャンテ訓練兵の意識を飛ばした。
「そ、そこまで・・・」
ユリエノ訓練兵の号令が掛かり、これでこちらの勝利だ。
「ターヤ訓練兵、自慢の回復魔法で直してやれ!」
そう声掛けした後、私は地面に転がる相棒の元へと歩み寄った。
「おい、生きてるか?」
返事が無い。うつ伏せに寝ている彼女を足でひっくり返してみると、見事に絞め落とされていた。
「・・・はぁ」
これなら回復魔法を掛けるまでも無い。強く頬を打つと、アシャ訓練兵はもの凄い勢いで飛び起きた。
「ヤブーは嫌ぁー!?」
おっと、トラウマを刺激してしまったか。
「落ち着け、アシャ訓練兵。訓練中だ、ヤブーは居ない」
「え? あ、そうだった・・・私、倒されてたのね」
「ああ、見事にな」
「私は確か首を・・・あれ、このほっぺが痛いのは何?」
「ああ、それは私だ」
「・・・おい」
「貴様がいつまでも阿呆みたいに寝ているからだ」
「・・・何か、怒ってる?」
「いや、特には」
「でも、一人称が・・・」
「気のせいだろう。負けた罰だ。次の審判をやれ」
「え、ええ・・・」
我々は、ユリエノ、サルコ組と入れ替わり、第二試合の配置となる。
シャンテ訓練兵も回復したようで、立ち上がって早々、私を怒鳴り付けてきた。
「今回は木剣が腐っていただけだからな! イイ気になるなよ!!」
まったく、愚か者である。
その後始まった第二試合であるが、結論から言えば、カオスであった。
突貫癖のありそうな、シャンテ、サルコ訓練兵が剣を交え、ユリエノ訓練兵とターヤ訓練兵が相対する状況となった。問題は、ターヤ訓練兵がまたも繰り出した誘惑作戦が、ユリエノ訓練兵に通じたことである。頬を赤らめ、目を逸らしてしまった。色々と駄目だろう、それは。
サルコ訓練兵は、シャンテ訓練兵に押し切られてしまい、敗北。そのまま恥じらうユリエノ訓練兵を強襲し、ノーサイドである。
「・・・何だこれ」
アシャ訓練兵に言われてしまう始末である。
掃けてきたシャンテ訓練兵は、ほら見ろ私は強いだろうと強調し、ユリエノ訓練兵らの回復を終えて戻ってきたターヤ訓練兵は、誘惑が効いたと胸を張って報告してきた。
もう、勝手にしてくれ。
「行くぞ、アシャ訓練兵」
さあ、最後の第三試合、彼らの力量を計っていこう。
ユリエノ訓練兵はアシャ訓練兵に任せて、私はサルコ訓練兵と相対する。これで、分かるはずだ。
「あんたが倒した奴に負けたが、俺を簡単に倒せると思うなよ!」
何故か、勝ち気でいられるサルコ訓練兵。彼の気性、動き、立ち位置というのは、初陣で死ぬ新兵そのものである。
剣を無駄に下段に構え、突貫してくるサルコ訓練兵。これはあれだ、シャンテ訓練兵から俊敏性を引いたような感じである。
私の間近まで来て、何故か上段に切り替えようとする彼の木剣を、私は柄頭を踏むことで押し留めた。
そして、キョトンとする彼の顔を、木剣を握る右拳で殴り飛ばした。
「がはっ!?」
これでノックダウン、耐久力にも難があるな。
アシャ訓練兵はどうなっているだろうか。目を向けてみると、両者は睨み合っていた。アシャ訓練兵が健在であることに驚いたが、その理由はすぐに判った。
アシャ訓練兵の攻撃を、ユリエノ訓練兵は盾で防ぎ、反撃することなく、盾で押し返すに止めているからだ。
彼はおそらく、女性に攻撃出来ないのだろう。そういえば、シャンテ訓練兵をたおした時の号令、声が引きつっていたような気がする。
「アシャ訓練兵、代われ」
私はアシャ訓練兵と入れ替わり、ユリエノ訓練兵と相対した。
「これで思い切りやれるか?」
「くっ・・・君は、何故そこまで容赦が無いんだ! 試合相手とはいえ、僕らは仲間だろう!!」
「はぁ・・・仲間だからさ」
盾を前面に構え、ユリエノ訓練兵は突撃してきた。盾がある分、今までの相手よりは隙が少ない。だが、無い訳でもない。
私は、木剣を投げ付けた。
「何ッ!?」
ユリエノ訓練兵は、突撃を中断し、投げ付けられた木剣を盾で受けた。すると、視界は遮られる。
彼の左方向から、盾による死角を利用して、背後に回る。こうすれば、ユリエノ訓練兵には私が消えたように思えるだろう。
「え、居ない!?」
案の定、狼狽えたユリエノ訓練兵の背中に、私は跳び蹴りをかました。
警戒していない方向からの衝撃に、ユリエノ訓練兵は顔面から地面に倒れ伏した。そして、私が彼の背中、肩甲骨の間辺りを踏みつければ、これで彼はもう起き上がれない。
「アシャ訓練兵、トドメを」
「あの・・・ごめんね」
アシャ訓練兵が木剣で頭を小突き、試合終了。こうして、我が組は全勝した。
何故だろう、まったく嬉しくない。
昼休憩は、大食堂分にて隊ごとで過ごすことになったのだが、言わずもがな空気は悪い。
まあ、寸止めや小突く程度で死亡判定が入る試合で、何名か昏倒させたのだから、無理もない。だからといって、納得しているわけではないが。
「はぁ・・・文句があるなら聴くぞ?」
面倒なので、ぶつかることにした。
「・・・なら、言わせて欲しい」
まず釣れたのは、ユリエノ訓練兵である。
「ナディット、君は強い。だけど、君の戦い方はそれを顕示しようとしているだけにしか見えない」
「ほう・・・それで、それの何が問題なんだ?」
「分からないのかい? 僕らは仲間なんだ。協力し合わないでどうする? この訓練は共に強くなる為のもののはずだ」
「ほう・・・随分と持論を展開するじゃないか。なら、君が指揮を取ると良い」
「くっ・・・ああ、もちろん。君のような狂犬を、頂点に置くべきではないからね。皆も、それで構わないかな?」
「ああ!」
二つ返事のサルコ訓練兵。
「良いんじゃない、別に」
どこか釈然としないシャンテ訓練兵。
「私には、難しいことは分かりません」
肯定も否定もしないターヤ訓練兵。
「・・・」
意外にも、黙りを決め込むアシャ訓練兵。
「一応、賛成多数とさせてもらうよ。それじゃあ、僕が分隊長、サルコを副官に申請してくるね」
そう言って、ユリエノ、サルコ訓練兵は去っていった。
「ああ、もう! イライラするな!!」
外の空気を吸ってくると言い残し、シャンテ訓練兵もどこぞへと消えた。
「ふぅ・・・良いのですね、ナディットさん?」
ターヤ訓練兵は何かの承諾を求めてきた。
「ああ、順調だ」
そう答えると、困ったような笑みを返された。
「私は、シャンテちゃんを追い掛けますね」
その言葉通り、ターヤ訓練兵はシャンテ訓練兵の後を追っていった。
残ったのは、ずっと黙りのアシャ訓練兵。寝ているわけでは、無いようだ。
「・・・何故、黙っているんだ?」
「・・・少し、怒ってる」
「・・・私にか?」
「それも無くはないけど・・・主にあの男二人に」
「・・・何故?」
「・・・何か、一回コテンパンにされただけで、偉そうだなって思ったの。私なんて、50倍はコテンパンにされてるのに」
「そうか、悪いな」
「確かに最初は、納得いかなかったけど・・・今は、否定も出来ないの。ナディットは、人の為にしか動いてないもの」
情けは人の為ならず、自分への危険を未然に排除しておくのは当然だろう。
「・・・どうかな、私は狂犬らしいぞ?」
「私から見たら、ナディットを言い表すには、狂犬くらいじゃ物足りないけどね」
「・・・そうですか」
「ナディット・・・解らない事があるの」
「・・・何だ?」
「貴方なら、もっと上手く出来るはずなのに、何故そうしないの?」
「・・・」
問題児のくせに、監督官と同じ事を言うのか。
「・・・色々と不器用なんだよ、私は」
「何だか、はぐらかされたような・・・」
「気のせいだ・・・それより、シャンテ訓練兵を追わなくて良いのか?」
「ええ、大丈夫。ターヤが行ったもの・・・それに、私は貴方の相棒だから、残念ながら離れられないのよ。残念ながらね」
「そんな規定は無いが?」
「少しは察しなさいよ!!」
私のジョークは伝わらなかったらしい。
昼休憩の後、中庭では分隊単位での模擬戦が開始された。総当たり戦で、その成績によって識別番号が決まるそうだ。
この模擬では、相手を殲滅するのに加え、後方の旗を奪取すると勝利になる。旗の前には、キーパーを置くのだが、キーパーは敵の旗を取りに行くことは出来ない。私がそのキーパーである。
ユリエノ訓練兵改め分隊長は、私にキーパーを任せ、陣頭指揮を取ることにしたそうだ。通常は逆なのだが、お手並み拝見と行こうじゃあないか。
「互いをカバーし合って、攻勢に出る機会を待つんだ!」
との分隊長のご指示、さてどうなることやら。いや、訂正しよう。どうなるかは目に見えている。攻勢に出る機会など、やって来ない。
審判を務める他分隊の号令をもって、模擬戦は開始された。
この模擬戦、実は戦略もへったくれもない攻略法がある。それはまさに正攻法、正面からのごり押しだ。
真っ正面からぶつかり合った瞬間、勝敗が見えてくる。。今回の場合、最初の接触でターヤ訓練兵が敗退した。ターヤ訓練兵が負けたということは、一人手持ち無沙汰になるわけで、他の仲間の援護に回る。すると、サルコ副官が二人相手に押し切られ敗退、ユリエノ分隊長は三人相手で敗退し、シャンテ訓練は四人の敵に屈した。アシャ訓練兵は意外と奮戦していたが、五人に囲まれ、儚く散った。
キーパーたる私は敵陣に攻め込めないので、事実上我が分隊の勝利は無くなった。戦略的敗北である。だが、まだ負けてもいない。
相手は五人だが、大体がシャンテ訓練兵に毛が生えた程度の実力なので、適当に急所を小突いて敗退させるのは用意であった。だが、どこの分隊にも、腕の立つ御仁はいる。
この時相対した女性訓練兵は、剣と盾を構えるターヤ訓練兵をデコピンで瞬時に敗退せしめた人物だ。
彼女の動きは、剣術を修めた者のそれであり、突け入る隙がまるで無い。それに手数も多く、盾と剣で防ぐのがやっとである。しかし、好機はあった。どうやら彼女は木剣に慣れていないようなのだ。相手の一撃に合わせて、盾でもって思い切り弾いてやると、木剣が宙に待った。間髪入れず、こちらの木剣を首筋に当て、敗退させることが出来た。
これで、両者攻め手を失い、判定は引き分けということになった。賢い勝ち方ではないが、敗北よりはマシである。
この後の戦いの大半は、これとまったく同じ結果となった。最後の一試合を残して。手練れを抑えての引き分けは、手練れが一人だから出来るのだ。今回はそれが二人いる。
アタオとクリメルホ、盾を得意とするアタオがキーパーには最適なのだが、守りはいらないとバレているので、両者が前に出てきている。クリメルホだけでも勝てるか判らないというのに。
開戦と同時に、アタオが盾を構え、突撃を敢行してきた。相対した我らが分隊長は真っ向から迎え撃ち、撥ね飛ばされた。そう、撥ね飛ばされたのだ。事実、後方にいる私の横を転がっていった。
「おお、これは失礼」
実に礼儀正しく、アタオはこちらの防衛の要を即座に粉砕したのである。
それに続き、うちの副官を飛び膝蹴りで沈めたクリメルホが前線を越えてきた。正直、もう詰んでいる。
アタオは先程と同じ突撃の、クリメルホは右翼から回り込むように仕掛けてくる。こちらの前線を崩すまでも無く、勝利しに来たらしい。
「行くぞ・・・ナディット!」
まず仕掛けてきたのは、クリメルホであった。身軽動きと共に、二本の木剣を駆使し、斬り掛かってくる。
反応が追い付かない程の乱打が雨あられと私の盾を、腕を痺れさせる。守りを極限まで捨てた攻めに、私もちょっと押し負けそうだ。
そして、これが本命で無いことを私は知っている。知っているのに、避けられないのだ、アタオの突進は。
クリメルホは突進に巻き込まれる寸前まで激しい剣撃を加え、彼が突然退いた時には、アタオが肉薄しているという寸法である。
事実、アタオは今、目と鼻の先に迫っている。避ければ旗を獲られ、迎え撃てば撥ね飛ばされるか、そうでなくとも釘付けになっているうちにクリメルホに奪取されるだろう。
見事な連携、完全なる敗北である。撥ね飛ばされるのは嫌だから、回避しようと判断したその時であった。
「そこまで!!」
審判の号令が掛かった。最初は負けが見えたので止めたのかと思ったが、鼻先まで迫っていたアタオの盾を退けて確認すると、相手側の旗を手にするアシャ訓練兵の姿があった。
「え・・・何事?」
私とアタオ、そしてクリメルホは顔を見合わせ、首を傾げるしか無かった。
よく判らないが、我が分隊が勝利したらしい。
シャンテ、ターヤ訓練兵を引き連れて、旗を手にしたアシャ訓練兵が、腹が立つほどのしたり顔でやって来た。
「どう、ナディット? やってやったわ!」
「ああ・・・これは夢か?」
「はいっ!? 夢なわけないでしょ!!」
「痛っ・・・分かったから旗で突っつくな」
「ふん、どうやったか知りたい? 知りたいわよね?」
「ああ・・・後学の為にお願いします」
「えっとね、そこの二人が抜けた後、旗までキーパー以外に障害が無いことに気付いたの。だから、前衛をシャンテとターヤに任せて、突っ込んだの」
「相手が女の子だから、頑張れた。見たかナディット、あたしの真の実力を!!」
シャンテは、二人相手に大太刀回りだったそうだ。
「私は、捨てられそうな女のように、相手に纏わり付いていたんですよ」
ターヤ訓練兵に組み憑かれた訓練兵は、顔が真っ青だったらしい。
「それでアシャ訓練兵、どうやってキーパーを抜けたんだ?」
「ああ、盾とか剣とか投げつけて、股抜けしたの」
「実も蓋も無いな・・・だが、これには脱帽だな。感服したよ、アシャ訓練兵」
「え、ええ・・・何か、素直に褒められると調子狂うわね」
「私も感服致しましたぞ、アシャ殿」
アタオは驚嘆の面持ちで、アシャ訓練兵の手を握った。
「ど、どうも、ありがとう・・・えっと、どなた?」
「おお、これは失礼。私はアタオと申します。ナディット殿とはルームメートの仲です」
「な、なるほど・・・」
「まったく興奮が収まりませんぞ! クリメルホ殿はいかがか?」
「ん・・・目の前の戦いに浮かれ、戦力外に足元を掬われるとは、我ながら不覚だな」
「・・・何か、初対面のくせに失礼な人ね」
「クリメルホ殿は不躾ですが、悪気は無いのでご容赦ください」
「はぁ・・・」
アタオの絶賛にただただ困惑するアシャ訓練兵。助け船を出すべきかと思案していると、横からシャンテ訓練兵に足を軽く蹴られた。
「何だ?」
「・・・赦してやっても、良いぞ?」
「・・・はあ?」
「アシャちゃんが、一人ならどうにかできる、ナディットに比べたらチョロい、なんて言うからさ。あの実技が壊滅的だったアシャちゃんが素敵になっちゃって・・・それも、あんたのおかげ、なのかなって」
「はぁ・・・」
成長ととるべきか、調子に乗っているととるべきか。
「全ては愛ゆえだったのね」
「・・・よく分からないが、それは違うと思う」
「それでも、あたしは負けるつもりは無いから。これからは正々堂々・・・」
「とりあえず、貴様とは話が通じないことは理解した・・・そういえば、ターヤ訓練兵は?」
「ん? ターヤちゃんなら、役立たずの分隊長や噛ませ犬の副官に回復魔法を掛けてきてあげるって言ってた」
うわあ、辛辣だこと。
本日の結果、見事第一分隊の栄光を手にしたのはアタオとクリメルホの分隊であった。予定外の敗北もあったが、他は全勝だったらしい。そして、我が分隊は第四位、中の下という結果であったが、何とも不吉なナンバリングである。
今日の訓練はここまで、アタオ達と宿舎へと帰還する。
「そういえば・・・ナディット、お前が分隊長じゃないんだな?」
不意に、クリメルホが呟いた。
「まあ、私が指揮するべきでは無いと思ってな。適当に焚き付けて、上手く回避しといたが・・・そちらはアタオが分隊長なのだな」
「ははっ、年の功というものなのでしょうか。頼られてしまいまして」
「年の功・・・一回りも離れていないのにな。それよりも、積極的に動くのはどうかと思うのだが?」
「ふっ、訓練兵ほぼ全員を返り討ちにした奴の言葉とは思えないな」
「むぅ・・・難しいな、立ち位置というのは」
これからどうなることだろうか。早く使命を終えたいものである。
医務室に近付いて来ると、談笑する声が漏れ聴こえてきた。既視感のある状況だが、構う必要は無いだろう。
「失礼する」
声を掛けて入室すると、ベッドに腰掛けるアシャ訓練兵と、私とは知己の無い女性兵士がこちらに目を向けてきた。察するに、アシャ訓練兵のルームメートではなかろうか。
「おやおや、この乙女の花園に男の人が入ってきたよ、ターヤちゃん? さては傷心のアシャちゃんを口説きにきた不貞野郎に違いない」
「違うわ、シャンテちゃん。きっと美人衛生兵さん目当てに通い詰める野郎さんよ」
「いや・・・二人とも、知ってるよね? あれ私の相棒だって知ってるよね? いったい何が始まったの?」
どうしよう、面倒な部類の人間だ。嫌な予感がするので、用件だけ伝えて出ていこう。
「アシャ訓練兵、今日の訓練には参加出来そうか?」
「え? ええ、私はもう大丈夫」
立ち上がろうとするアシャ訓練兵だったが、それをシャンテと呼ばれていた訓練兵が押し留めた。
「待ちな、そこのお兄さん。アシャちゃんに掛ける言葉はそれだけなのかな?」
「・・・私はナディットだ」
「そう、ナディット・・・聞くところによると、ボロボロのアシャちゃんを投げ捨てたんだってね? 前々から文句つけてやりたかったのだけど・・・アシャちゃんの扱いが酷すぎる! 私のアシャちゃんを苛めるな!! 」
「シャンテ・・・私、貴女のものじゃないのだけど?」
「もう、水臭いなぁ、アシャちゃんは。一糸纏わぬ姿で同衾した仲でしょう?」
「シャンテがいつの間にかベッドに潜り込んで来ていただけでしょう! 一糸纏わぬ姿で!!」
「そうだっけ?」
「そうよ、死ぬほど驚いたんだからね!?」
「嬉しくて?」
「怖くて!!」
よく分からないが、二人で言い争って退散しよう。私は踵を返そうとして、真横にルームメイトの片割れが立っていることに気付いた。
「アシャちゃんとシャンテちゃん、いつもあんな風に仲良しなんですよ」
「・・・とても仲良しには見えないのだが?」
「そんなことありませんよ、二人は水と油みたいな仲良しさんなんですから」
「それは・・・仲良しなのか?」
「乳化し(溶け合い)たいと、常々言っていますし」
「・・・」
今度から、アシャ訓練兵にはもう少し優しく接してみよう。
「私、ターヤと申します。どうぞ、よしなに・・・」
「あ、ああ・・・よろしく。君はあっちのみたいに、アシャ訓練兵のことで私を敵視しないのか?」
「ええ、もちろん。私はちゃんと、ナディットさんの意図を理解していますから」
「私の・・・意図?」
「はい・・・そういう嗜好の持ち主なんですよね?」
「・・・は?」
「女子供を虐げたいなんて大変ですよね。大丈夫、言い触らしたりしませんよ」
「いや、違うから」
「うふふ、もちろん、冗談ですよ? シャンテちゃん、私たちはもう御暇しましょう?
準備しないと」
「えぇ・・・もうそんな時間かぁ。アシャちゃん、またあとで~」
かなり名残惜しそうなシャンテ訓練兵であったが、振り返るなり表情を一変させ、冷徹な表情でもって私に歩み寄ってきた。
「というわけで、あたしはシャンテ。機会があれば潰しに行くからよろしく」
それだけ言い残し、シャンテは医務室の外へと出ていった。
「では、私も。アシャちゃん、ナディットさん、また後程」
一礼し、愉快そうな笑みを浮かべながら、ターヤ訓練兵も医務室から去っていった。
「その・・・ルームメートが迷惑掛けたわね」
アシャ訓練兵は、実にバツが悪そうであった。
「ああ、まったくだ」
「相変わらず、容赦無いわね・・・」
「意外と好意的に扱われているようだが、何故彼女たちのどちらかとタッグを組まなかったんだ?」
「それとこれとは別だから・・・」
なるほど、本音と建前は違うというわけだ。
「嫌がらせされないだけマシなのに・・・仲良くしようとしてくれる人達のお荷物に、迷惑掛けるのは嫌だったの」
「なるほど・・・私には迷惑掛けても構わないというわけか?」
「それは・・・だって、ナディットは私と仲良くしようなんて考えてないでしょう!」
その通りだが、迷惑を掛けて良い理由にはならない。いや、それを指摘するよりも仲良くしたいアピールをすれば、迷惑も減るのではなかろうか。
「ははっ、何を仰る。私は君とナカヨクしたいよ? すぐにでもハグしたいくらいさ」
「信用出来ない!!」
まあ、今さら手遅れですよね。
「冗談はここまでだ。アシャ訓練兵、先程も聞いたが本日の訓練には参加出来るのか?」
「冗談って・・・私は大丈夫、擦り傷と捻挫くらいだったし。回復魔法掛けてもらって全快よ」
「そうか、何よりだ。あまり時間は無いが、準備は必要か?」
「準備なんて・・・あっ、シュムを宿舎に置いてこないと」
「・・・シュム?」
「ええ、この子の名前よ」
アシャ訓練兵は、枕元で丸まっていた例のウサギを抱き上げた。
「照れ臭いけど、皆で考えたの。可愛いでしょ?」
「ああ、美味しそうだ」
「だから、何で食べようとするのよ!?」
「食べられたくなければ、さっさと宿舎に置いてこい。遅刻をしても同じだ」
「この、人でなしーー!!」
アシャ訓練兵は、病み上がりとは思えない軽快さで、医務室から駆け出していった。
本日の訓練の前に、監督官から昨日の件についての説明が為された。
「すでに聞き及んでいる者もいるとは思うが、昨日東の森にデーベラウが現れた」
デーベラウ、その言葉に訓練兵らは戦慄し、ざわめいた。(ギリギリ間に合い、息を切らしているアシャ訓練兵だけが、理解していなかったが)
「静まれ・・・一組がこれに襲撃されたが、奇跡的にも生還を果たしている。本当に、奇跡としか言えない・・・」
演説の最中、横にいるアシャ訓練兵が私の袖を引っ張ってきた。
「ねぇ・・・デーベラウって昨日の毛玉のことよね? そんなに危険な奴だったの?」
「はぁ・・・過去に、カシューン奥地への調査部隊を壊滅に追い込み、開拓村をいくつか潰したんだ。あれが、単独で」
「え、あの毛玉が?」
「そうだ・・・馬を追い抜く速力に、鉄を切り裂く爪、巨大な体躯、そしてあの毛には耐火性まで有るという究極の人間キラーだ。カシューンへ赴くことになった者で知らない奴は居ないだろうな」
「え? 私たち、そんな奴に追われていたの? あの時若干、可愛いとか思ってた・・・」
「剛胆な・・・もう黙れ、本題に入るみたいだぞ」
「さて・・・貴様らには近いうちに、重要な任務を与える。デーベラウの徘徊する東の森を抜け、東境界砦への伝令だ」
任務の内容に、ざわめきどころか悲鳴さえ上がった。まあ、当然の反応とも言えないこともない。死地へ赴けと言われているのだから。
「それに伴い、三つの組で一つの分隊を編成する。計六つの分隊が、別々のルートで東境界砦へ向かう段取りだ。本日は分隊内でのタッグ戦を行なった後、分隊同士での演習を行う。さあ、私のティーセットが届くまでに、分隊を編成しろ」
唐突に打ち出された、分隊の編成。互いの特性もよく理解出来ていないのに、隊を組めと言われても困惑するだけだ。だが、訓練兵程度で特性も糞も無いのも事実である。
アシャ訓練兵をはじめ、多くの訓練兵らが困惑する中、迷い無く、真っ直ぐに我々の元へ近付く組が居た。
『アシャちゃん』
シャンテ、ターヤ訓練兵の組である。
「アシャちゃん、あたしたちと一緒にやろうよ。三人で組める絶好のチャンスだよ!」
「そうですよ、アシャちゃん。ここは同居人として仲良く、結束していきましょう?」
「っ・・・でも、私は・・・」
二人の申し出に、アシャ訓練兵は困惑の極みであった。状況に耐えかねて、一歩下がろうとする彼女の肩を、私は後ろから押し留めた。
「アシャ訓練兵、君の考えを聴いたばかりだが・・・ここは申し出を受けるべきだろう。君は軍隊にいるのだ、避けたとこれで、いつかはこの部隊全員と隊伍を組む定めなのだから」
「・・・分かったわよ」
アシャ訓練兵は、顔をしかめて思案した後、二人の元へ歩み寄っていった。
「シャンテ、ターヤ・・・一緒に頑張りましょう」
「やったね! アシャちゃんと一緒なら奮戦しちゃうよ~」
「私も、回復魔法くらいしか取り柄はありませんが、頑張りますね」
「二人とも、ありが・・・」
「いや、良かったよ。これで・・・ナディットをしばくことが出来る」
「私、この組み合わせが一番可笑しい事になると予想していたので、楽しみです」
「二人とも・・・台無し」
不可思議な友情らしきものを見守っていた私だったが、何となくアタオとクリメルホの方に目をやった。
これで彼らと組めたら最上なのだが、我々が組むわけにはいかない。
その時、背後から何者かが私に接近し、肩を叩いてきた。
振り返ると、知己の無い、二人の男性訓練兵が立っていた。見るからに大人しそうな奴と見るからにやんちゃそうな奴である。
「あの、ちょっと良いかな?」
「・・・組みたいのか?」
「え、う、うん。僕はユリエノ、こっちがサルコ。君達と手を組みたいんだ」
「分かった、待っていてくれ」
「え、その・・・」
困惑する彼らを残し、私はアシャ訓練兵らの元へ向かった。
「アシャ訓練兵、共闘志願者が来た」
「え? そうなの?」
「ああ、これで決めて問題ないだろう?」
「問題ないけど・・・知り合い?」
「いや、言葉を交わしたのは初めてだ」
「あれ? じゃあ何で声掛けてきたの?」
「簡単だ、我々がデーベラウから逃げ延びたからだよ。デーベラウに襲われる危険があるなら、経験者と分隊を組んだ方が生存率も上がるだろう?」
彼女の同居人らに目を向けると、バツの悪い顔で目を逸らされた。つまり、そういうことである。
「へぇ・・・でも、ずいぶん急ぐのね?」
「まあ、この枠が埋まらないと、他の組が気になって動けないだろうからな。早くしないとティーセットが来る」
「そっか・・・二人とも、意見はある?」
アシャ訓練兵が問い掛けると、シャンテ、ターヤ訓練兵は首を立てに振った。
「異論な~し」
「問題ありませ~ん」
それはそうだ、揉めて拗らせるより、認めて確定させたほうが賢いやり方だ。
それからユリエノ、サルコ訓練兵と引き合わせて、分隊の編成は完了である。それに続いて、他の分隊編成も動き出し、どうにかティーセットが届くまでに六つの分隊が結成された。
「うむ、完了したようだな。では次の行程へ移れ」
監督官の命に従い、各分隊内での模擬戦へと移行していった。まずは、我が組とシャンテ、ターヤ組が剣を交えることになった。勝利条件は言わずもがな、二人とも無力化することである。
「用意!」
ユリエノが審判として、号令する。
「はじめ!」
開始と共に、シャンテ訓練兵が駆け出した。
「ナディット、覚悟ーー!!」
私怨に満ちたシャンテが、私目掛けて突貫してきたのである。
「はぁ・・・アシャ訓練兵、というわけで、ターヤ訓練兵は任せた」
「え、ええ・・・」
アシャ訓練兵が呆れながら、シャンテ訓練兵を避けて、ターヤ訓練兵の元へと向かおうしたその時である。
「無視しちゃ嫌だよ~!」
シャンテ訓練兵が急に方向を変え、アシャ訓練兵の脇腹への体当たりを敢行した。
「がはっ!? っ・・・何で、シャンテはナディットを狙ってたはずじゃ?」
「だって、アシャちゃんが私を無視するんだもの!」
「そりゃ、するでしょ!」
「えい、そんな悪い子には寝技を掛けちゃうぞ!」
「木剣を使いなさいよ!!」
よく分からないが、私はターヤ訓練兵の相手をすることになったようだ。向こうが近寄って来ないので、私から歩み寄っていくと、手を振りながら出迎えてくれた。
「良い天気ですね~」
「はぁ・・・剣を構えないのか?」
「私、衛生兵志望なので、戦闘力とか皆無なんです」
「衛生兵でも戦闘力は必要なんだが・・・はぁ、降伏ということで良いのか?」
「いえ、そうもいきません。あの二人の泥仕合を一秒でも長く楽しむ為、私は退けないのです」
「・・・では戦うのか?」
「いえ、戦ったところで、歯が立たないのは明白。なので、奇策に走らせて頂きます」
「・・・奇策?」
ターヤ訓練兵は、服の襟元を弛め、前に屈んでみせた。
「えい、誘惑☆」
「・・・」
私は歩み寄り、木剣で頭頂部を軽く叩いた。
「ふぐっ!?」
妙な悲鳴を上げ、ターヤ訓練兵は膝から崩れ落ちていった。
「・・・そこまでのダメージは与えていないはずだが?」
「・・・眉一つ、顔一つ動かせなかったなんて・・・」
ああ、心がへし折れただけか。
「まあ・・・私が異例なだけなんじゃないか?」
「やはり・・・美人衛生兵さん狙い・・・」
「いや、違うから」
失礼ながら、顔も思い出せない。
「ターヤちゃん!!」
振り向くと、アシャ訓練兵を轟沈させたシャンテ訓練兵がターヤ訓練兵の元へと駆け寄ってきた。
「シャンテちゃん・・・私、ズタボロよ」
「ターヤちゃ~ん!!」
ターヤ訓練兵を抱き上げ、泣き付くシャンテ訓練兵。抱擁が異様に長い。
「ナディット・・・貴様、ターヤちゃんまでも毒牙に掛けるかッ!!」
「・・・・・・ちっ」
「今舌打ちしたぁ~ッ!」
傷心のターヤ訓練兵を放り投げ、シャンテ訓練兵が木剣を振りかざし、突貫してきた。そして、常人を超える跳躍力で跳ね上がり、上段から落下のエネルギーを加え、木剣を降り下ろして来る。
私は真っ正面からその一撃を、受け止めなかった。横に数歩動けば避けられる上、相手に与えるはずだった衝撃が自分に帰ってくるのだから、相手にするのも馬鹿らしい。
「っ!? 避けるな!!」
無茶な事を叫びながら、やたらめったら切りつけてくる。なのに、大体が前後左右に一歩動くだけで回避出来る。まるで退屈なダンスにでも付き合わされているようだ。
「・・・はぁ」
重心が浮いている、打点が高い、動きが粗雑、何はともあれ美しくない。叱責したい点は多いが、今はこの一撃で応えよう。
剣撃とは力に非ず。切り付けるまでは軽やかに、私は木剣を振り上げる。
意識を乗せるのは指先にのみ。小指を握って振り下ろし、中指の辺りで対象を捉える。残り二本の指、ここでやっと力を込める。対象を切り伏せるからだ。
今回の場合は、私の一撃を受けたシャンテ訓練兵の木剣が粉砕し、利き腕らしい右腕の鎖骨をへし折るに止まった。
「痛ッ!?」
動きが止まったので鳩尾を蹴り上げ、反射的に丸まったことで露になった後頭部を剣の峰で打ち、シャンテ訓練兵の意識を飛ばした。
「そ、そこまで・・・」
ユリエノ訓練兵の号令が掛かり、これでこちらの勝利だ。
「ターヤ訓練兵、自慢の回復魔法で直してやれ!」
そう声掛けした後、私は地面に転がる相棒の元へと歩み寄った。
「おい、生きてるか?」
返事が無い。うつ伏せに寝ている彼女を足でひっくり返してみると、見事に絞め落とされていた。
「・・・はぁ」
これなら回復魔法を掛けるまでも無い。強く頬を打つと、アシャ訓練兵はもの凄い勢いで飛び起きた。
「ヤブーは嫌ぁー!?」
おっと、トラウマを刺激してしまったか。
「落ち着け、アシャ訓練兵。訓練中だ、ヤブーは居ない」
「え? あ、そうだった・・・私、倒されてたのね」
「ああ、見事にな」
「私は確か首を・・・あれ、このほっぺが痛いのは何?」
「ああ、それは私だ」
「・・・おい」
「貴様がいつまでも阿呆みたいに寝ているからだ」
「・・・何か、怒ってる?」
「いや、特には」
「でも、一人称が・・・」
「気のせいだろう。負けた罰だ。次の審判をやれ」
「え、ええ・・・」
我々は、ユリエノ、サルコ組と入れ替わり、第二試合の配置となる。
シャンテ訓練兵も回復したようで、立ち上がって早々、私を怒鳴り付けてきた。
「今回は木剣が腐っていただけだからな! イイ気になるなよ!!」
まったく、愚か者である。
その後始まった第二試合であるが、結論から言えば、カオスであった。
突貫癖のありそうな、シャンテ、サルコ訓練兵が剣を交え、ユリエノ訓練兵とターヤ訓練兵が相対する状況となった。問題は、ターヤ訓練兵がまたも繰り出した誘惑作戦が、ユリエノ訓練兵に通じたことである。頬を赤らめ、目を逸らしてしまった。色々と駄目だろう、それは。
サルコ訓練兵は、シャンテ訓練兵に押し切られてしまい、敗北。そのまま恥じらうユリエノ訓練兵を強襲し、ノーサイドである。
「・・・何だこれ」
アシャ訓練兵に言われてしまう始末である。
掃けてきたシャンテ訓練兵は、ほら見ろ私は強いだろうと強調し、ユリエノ訓練兵らの回復を終えて戻ってきたターヤ訓練兵は、誘惑が効いたと胸を張って報告してきた。
もう、勝手にしてくれ。
「行くぞ、アシャ訓練兵」
さあ、最後の第三試合、彼らの力量を計っていこう。
ユリエノ訓練兵はアシャ訓練兵に任せて、私はサルコ訓練兵と相対する。これで、分かるはずだ。
「あんたが倒した奴に負けたが、俺を簡単に倒せると思うなよ!」
何故か、勝ち気でいられるサルコ訓練兵。彼の気性、動き、立ち位置というのは、初陣で死ぬ新兵そのものである。
剣を無駄に下段に構え、突貫してくるサルコ訓練兵。これはあれだ、シャンテ訓練兵から俊敏性を引いたような感じである。
私の間近まで来て、何故か上段に切り替えようとする彼の木剣を、私は柄頭を踏むことで押し留めた。
そして、キョトンとする彼の顔を、木剣を握る右拳で殴り飛ばした。
「がはっ!?」
これでノックダウン、耐久力にも難があるな。
アシャ訓練兵はどうなっているだろうか。目を向けてみると、両者は睨み合っていた。アシャ訓練兵が健在であることに驚いたが、その理由はすぐに判った。
アシャ訓練兵の攻撃を、ユリエノ訓練兵は盾で防ぎ、反撃することなく、盾で押し返すに止めているからだ。
彼はおそらく、女性に攻撃出来ないのだろう。そういえば、シャンテ訓練兵をたおした時の号令、声が引きつっていたような気がする。
「アシャ訓練兵、代われ」
私はアシャ訓練兵と入れ替わり、ユリエノ訓練兵と相対した。
「これで思い切りやれるか?」
「くっ・・・君は、何故そこまで容赦が無いんだ! 試合相手とはいえ、僕らは仲間だろう!!」
「はぁ・・・仲間だからさ」
盾を前面に構え、ユリエノ訓練兵は突撃してきた。盾がある分、今までの相手よりは隙が少ない。だが、無い訳でもない。
私は、木剣を投げ付けた。
「何ッ!?」
ユリエノ訓練兵は、突撃を中断し、投げ付けられた木剣を盾で受けた。すると、視界は遮られる。
彼の左方向から、盾による死角を利用して、背後に回る。こうすれば、ユリエノ訓練兵には私が消えたように思えるだろう。
「え、居ない!?」
案の定、狼狽えたユリエノ訓練兵の背中に、私は跳び蹴りをかました。
警戒していない方向からの衝撃に、ユリエノ訓練兵は顔面から地面に倒れ伏した。そして、私が彼の背中、肩甲骨の間辺りを踏みつければ、これで彼はもう起き上がれない。
「アシャ訓練兵、トドメを」
「あの・・・ごめんね」
アシャ訓練兵が木剣で頭を小突き、試合終了。こうして、我が組は全勝した。
何故だろう、まったく嬉しくない。
昼休憩は、大食堂分にて隊ごとで過ごすことになったのだが、言わずもがな空気は悪い。
まあ、寸止めや小突く程度で死亡判定が入る試合で、何名か昏倒させたのだから、無理もない。だからといって、納得しているわけではないが。
「はぁ・・・文句があるなら聴くぞ?」
面倒なので、ぶつかることにした。
「・・・なら、言わせて欲しい」
まず釣れたのは、ユリエノ訓練兵である。
「ナディット、君は強い。だけど、君の戦い方はそれを顕示しようとしているだけにしか見えない」
「ほう・・・それで、それの何が問題なんだ?」
「分からないのかい? 僕らは仲間なんだ。協力し合わないでどうする? この訓練は共に強くなる為のもののはずだ」
「ほう・・・随分と持論を展開するじゃないか。なら、君が指揮を取ると良い」
「くっ・・・ああ、もちろん。君のような狂犬を、頂点に置くべきではないからね。皆も、それで構わないかな?」
「ああ!」
二つ返事のサルコ訓練兵。
「良いんじゃない、別に」
どこか釈然としないシャンテ訓練兵。
「私には、難しいことは分かりません」
肯定も否定もしないターヤ訓練兵。
「・・・」
意外にも、黙りを決め込むアシャ訓練兵。
「一応、賛成多数とさせてもらうよ。それじゃあ、僕が分隊長、サルコを副官に申請してくるね」
そう言って、ユリエノ、サルコ訓練兵は去っていった。
「ああ、もう! イライラするな!!」
外の空気を吸ってくると言い残し、シャンテ訓練兵もどこぞへと消えた。
「ふぅ・・・良いのですね、ナディットさん?」
ターヤ訓練兵は何かの承諾を求めてきた。
「ああ、順調だ」
そう答えると、困ったような笑みを返された。
「私は、シャンテちゃんを追い掛けますね」
その言葉通り、ターヤ訓練兵はシャンテ訓練兵の後を追っていった。
残ったのは、ずっと黙りのアシャ訓練兵。寝ているわけでは、無いようだ。
「・・・何故、黙っているんだ?」
「・・・少し、怒ってる」
「・・・私にか?」
「それも無くはないけど・・・主にあの男二人に」
「・・・何故?」
「・・・何か、一回コテンパンにされただけで、偉そうだなって思ったの。私なんて、50倍はコテンパンにされてるのに」
「そうか、悪いな」
「確かに最初は、納得いかなかったけど・・・今は、否定も出来ないの。ナディットは、人の為にしか動いてないもの」
情けは人の為ならず、自分への危険を未然に排除しておくのは当然だろう。
「・・・どうかな、私は狂犬らしいぞ?」
「私から見たら、ナディットを言い表すには、狂犬くらいじゃ物足りないけどね」
「・・・そうですか」
「ナディット・・・解らない事があるの」
「・・・何だ?」
「貴方なら、もっと上手く出来るはずなのに、何故そうしないの?」
「・・・」
問題児のくせに、監督官と同じ事を言うのか。
「・・・色々と不器用なんだよ、私は」
「何だか、はぐらかされたような・・・」
「気のせいだ・・・それより、シャンテ訓練兵を追わなくて良いのか?」
「ええ、大丈夫。ターヤが行ったもの・・・それに、私は貴方の相棒だから、残念ながら離れられないのよ。残念ながらね」
「そんな規定は無いが?」
「少しは察しなさいよ!!」
私のジョークは伝わらなかったらしい。
昼休憩の後、中庭では分隊単位での模擬戦が開始された。総当たり戦で、その成績によって識別番号が決まるそうだ。
この模擬では、相手を殲滅するのに加え、後方の旗を奪取すると勝利になる。旗の前には、キーパーを置くのだが、キーパーは敵の旗を取りに行くことは出来ない。私がそのキーパーである。
ユリエノ訓練兵改め分隊長は、私にキーパーを任せ、陣頭指揮を取ることにしたそうだ。通常は逆なのだが、お手並み拝見と行こうじゃあないか。
「互いをカバーし合って、攻勢に出る機会を待つんだ!」
との分隊長のご指示、さてどうなることやら。いや、訂正しよう。どうなるかは目に見えている。攻勢に出る機会など、やって来ない。
審判を務める他分隊の号令をもって、模擬戦は開始された。
この模擬戦、実は戦略もへったくれもない攻略法がある。それはまさに正攻法、正面からのごり押しだ。
真っ正面からぶつかり合った瞬間、勝敗が見えてくる。。今回の場合、最初の接触でターヤ訓練兵が敗退した。ターヤ訓練兵が負けたということは、一人手持ち無沙汰になるわけで、他の仲間の援護に回る。すると、サルコ副官が二人相手に押し切られ敗退、ユリエノ分隊長は三人相手で敗退し、シャンテ訓練は四人の敵に屈した。アシャ訓練兵は意外と奮戦していたが、五人に囲まれ、儚く散った。
キーパーたる私は敵陣に攻め込めないので、事実上我が分隊の勝利は無くなった。戦略的敗北である。だが、まだ負けてもいない。
相手は五人だが、大体がシャンテ訓練兵に毛が生えた程度の実力なので、適当に急所を小突いて敗退させるのは用意であった。だが、どこの分隊にも、腕の立つ御仁はいる。
この時相対した女性訓練兵は、剣と盾を構えるターヤ訓練兵をデコピンで瞬時に敗退せしめた人物だ。
彼女の動きは、剣術を修めた者のそれであり、突け入る隙がまるで無い。それに手数も多く、盾と剣で防ぐのがやっとである。しかし、好機はあった。どうやら彼女は木剣に慣れていないようなのだ。相手の一撃に合わせて、盾でもって思い切り弾いてやると、木剣が宙に待った。間髪入れず、こちらの木剣を首筋に当て、敗退させることが出来た。
これで、両者攻め手を失い、判定は引き分けということになった。賢い勝ち方ではないが、敗北よりはマシである。
この後の戦いの大半は、これとまったく同じ結果となった。最後の一試合を残して。手練れを抑えての引き分けは、手練れが一人だから出来るのだ。今回はそれが二人いる。
アタオとクリメルホ、盾を得意とするアタオがキーパーには最適なのだが、守りはいらないとバレているので、両者が前に出てきている。クリメルホだけでも勝てるか判らないというのに。
開戦と同時に、アタオが盾を構え、突撃を敢行してきた。相対した我らが分隊長は真っ向から迎え撃ち、撥ね飛ばされた。そう、撥ね飛ばされたのだ。事実、後方にいる私の横を転がっていった。
「おお、これは失礼」
実に礼儀正しく、アタオはこちらの防衛の要を即座に粉砕したのである。
それに続き、うちの副官を飛び膝蹴りで沈めたクリメルホが前線を越えてきた。正直、もう詰んでいる。
アタオは先程と同じ突撃の、クリメルホは右翼から回り込むように仕掛けてくる。こちらの前線を崩すまでも無く、勝利しに来たらしい。
「行くぞ・・・ナディット!」
まず仕掛けてきたのは、クリメルホであった。身軽動きと共に、二本の木剣を駆使し、斬り掛かってくる。
反応が追い付かない程の乱打が雨あられと私の盾を、腕を痺れさせる。守りを極限まで捨てた攻めに、私もちょっと押し負けそうだ。
そして、これが本命で無いことを私は知っている。知っているのに、避けられないのだ、アタオの突進は。
クリメルホは突進に巻き込まれる寸前まで激しい剣撃を加え、彼が突然退いた時には、アタオが肉薄しているという寸法である。
事実、アタオは今、目と鼻の先に迫っている。避ければ旗を獲られ、迎え撃てば撥ね飛ばされるか、そうでなくとも釘付けになっているうちにクリメルホに奪取されるだろう。
見事な連携、完全なる敗北である。撥ね飛ばされるのは嫌だから、回避しようと判断したその時であった。
「そこまで!!」
審判の号令が掛かった。最初は負けが見えたので止めたのかと思ったが、鼻先まで迫っていたアタオの盾を退けて確認すると、相手側の旗を手にするアシャ訓練兵の姿があった。
「え・・・何事?」
私とアタオ、そしてクリメルホは顔を見合わせ、首を傾げるしか無かった。
よく判らないが、我が分隊が勝利したらしい。
シャンテ、ターヤ訓練兵を引き連れて、旗を手にしたアシャ訓練兵が、腹が立つほどのしたり顔でやって来た。
「どう、ナディット? やってやったわ!」
「ああ・・・これは夢か?」
「はいっ!? 夢なわけないでしょ!!」
「痛っ・・・分かったから旗で突っつくな」
「ふん、どうやったか知りたい? 知りたいわよね?」
「ああ・・・後学の為にお願いします」
「えっとね、そこの二人が抜けた後、旗までキーパー以外に障害が無いことに気付いたの。だから、前衛をシャンテとターヤに任せて、突っ込んだの」
「相手が女の子だから、頑張れた。見たかナディット、あたしの真の実力を!!」
シャンテは、二人相手に大太刀回りだったそうだ。
「私は、捨てられそうな女のように、相手に纏わり付いていたんですよ」
ターヤ訓練兵に組み憑かれた訓練兵は、顔が真っ青だったらしい。
「それでアシャ訓練兵、どうやってキーパーを抜けたんだ?」
「ああ、盾とか剣とか投げつけて、股抜けしたの」
「実も蓋も無いな・・・だが、これには脱帽だな。感服したよ、アシャ訓練兵」
「え、ええ・・・何か、素直に褒められると調子狂うわね」
「私も感服致しましたぞ、アシャ殿」
アタオは驚嘆の面持ちで、アシャ訓練兵の手を握った。
「ど、どうも、ありがとう・・・えっと、どなた?」
「おお、これは失礼。私はアタオと申します。ナディット殿とはルームメートの仲です」
「な、なるほど・・・」
「まったく興奮が収まりませんぞ! クリメルホ殿はいかがか?」
「ん・・・目の前の戦いに浮かれ、戦力外に足元を掬われるとは、我ながら不覚だな」
「・・・何か、初対面のくせに失礼な人ね」
「クリメルホ殿は不躾ですが、悪気は無いのでご容赦ください」
「はぁ・・・」
アタオの絶賛にただただ困惑するアシャ訓練兵。助け船を出すべきかと思案していると、横からシャンテ訓練兵に足を軽く蹴られた。
「何だ?」
「・・・赦してやっても、良いぞ?」
「・・・はあ?」
「アシャちゃんが、一人ならどうにかできる、ナディットに比べたらチョロい、なんて言うからさ。あの実技が壊滅的だったアシャちゃんが素敵になっちゃって・・・それも、あんたのおかげ、なのかなって」
「はぁ・・・」
成長ととるべきか、調子に乗っているととるべきか。
「全ては愛ゆえだったのね」
「・・・よく分からないが、それは違うと思う」
「それでも、あたしは負けるつもりは無いから。これからは正々堂々・・・」
「とりあえず、貴様とは話が通じないことは理解した・・・そういえば、ターヤ訓練兵は?」
「ん? ターヤちゃんなら、役立たずの分隊長や噛ませ犬の副官に回復魔法を掛けてきてあげるって言ってた」
うわあ、辛辣だこと。
本日の結果、見事第一分隊の栄光を手にしたのはアタオとクリメルホの分隊であった。予定外の敗北もあったが、他は全勝だったらしい。そして、我が分隊は第四位、中の下という結果であったが、何とも不吉なナンバリングである。
今日の訓練はここまで、アタオ達と宿舎へと帰還する。
「そういえば・・・ナディット、お前が分隊長じゃないんだな?」
不意に、クリメルホが呟いた。
「まあ、私が指揮するべきでは無いと思ってな。適当に焚き付けて、上手く回避しといたが・・・そちらはアタオが分隊長なのだな」
「ははっ、年の功というものなのでしょうか。頼られてしまいまして」
「年の功・・・一回りも離れていないのにな。それよりも、積極的に動くのはどうかと思うのだが?」
「ふっ、訓練兵ほぼ全員を返り討ちにした奴の言葉とは思えないな」
「むぅ・・・難しいな、立ち位置というのは」
これからどうなることだろうか。早く使命を終えたいものである。
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