その感情は炎となりえるか

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序章 カシューンへの道

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 新約歴2068年、私、新兵ナディットはカシューンへ向かう開拓民団の護衛の任に就いている。
 カシューンは、我がイルハン王国の南部に広がる地域を指し、現在開拓が盛んに行われているホットスポットだ。とはいえ、開拓というのは聞こえの良いスローガンであって、実際は疎開を意味している。
 我々人間種は長らく、ユマンと事あるごとに矛を交えてきたが、今回は旗色が悪い。どこから侵入したのか、西の防衛線を越えて、後方の穀倉地帯を襲うようになったのだ。
 国力の低下を懸念した王は、カシューンに開拓団を送り、安全かつ潤沢な穀倉地帯を築かせることにした。それが、約一年前から開始されたカシューン開拓計画である。
 だが、この計画には誤算があった。カシューンは決して安全な場所ではなかったのだ。
 かつて神歴の時代にも開拓団を送ったという記録があるのだが、彼らが定着することはなかった。何故なら、強大な獣が跳梁跋扈していたからである。王はこの記録を知らなかったとでも言うのか。
 そして、現代においても、強大な獣の存在が確認されており、開拓の進捗はカシュンガルという開拓拠点とその周辺にいくつかの農園を定着させるだけに留まっている。
 さらに、最悪なことに・・・
「野盗の襲撃だ!! 軍兵はすぐに隊長の元へ集まれ! 新兵も降車し、幌馬車を守るのだ!」
 伝令兵が同じ文言を繰り返しながら、駆け抜けていく。 最悪なことに、大規模な開拓は様々な不穏分子をも集めてしまった。
 野盗や手配犯、危険な思想集団や狂人等々、カシューンの大自然は難なく内包してしまう。
 まあ、その多くは在来の獣が片付けてくれるのだが、中には逞しく生き残る輩もいる。
 ゆえに、ここは王国軍の新兵育成の地として活用され始めた。多種多様な敵と戦い、実地研修を終えた新兵の練度は高く、多少の犠牲はあるが、平和な訓練所よりも効率的であることが立証されてきたからだ。
 カシューン上がりは、豊富な経験と戦闘技術で本国のユマン狩りにおいて成果を挙げているらしい。三ヶ月程度で優秀な兵団が仕上がるなら、軍のお偉方もほくそ笑んでいることだろう。
 我々、第五次訓練兵団は、駐留期間と練度の関連性を調べるため、初の長期駐留を目的としている。期間は1~3年、どうにか生き残らなければなるまい。
 私は読んでいた報告書を閉じ、それでもって隣で眠りこけている相棒の頭を小突いた。
「っ・・・・・・あれ、着いたの?」
「いや、違う、敵襲だそうだ。新兵も馬車を守れだと」
「て、敵襲!? す、すぐに準備しないと・・・」
 新兵はまず、最少兵力単位として二人一組に割り振られる。これは、ユマン一体に対して人間は二人必要という想定から組まれており、まあ、一人より二人の方が戦略の幅が拡がるという理由もあるが。
 今回、相棒として組むことになったのは、アシャ訓練兵。彼女が官製品の防具を着るのに手こずっている間に、私は馬車の荷台から降りることにした。降りる間際、相乗りしていた開拓民の親子が不安そうな顔でこちらを見てきたので、私は親指を立て、笑ってみせた。余裕だとアピールする為だ。
 案の定、親子は安堵の表情を浮かべたが、彼らの正面で防具の装着にもたつくアシャ訓練兵の様に、また不安そうな表情へ戻ってしまった。台無しである。
 降車した後、辺りの様子を窺った。どうやら、キャラバンの先頭が襲撃されたらしく、剣撃と怒号が交錯している。
 各馬車から、訓練兵が姿を現して来るが、どうも疎らである。しかも即応出来た新兵も、どうしたら良いのか判らず、立ち尽くすばかりだ。本来、我々を指揮するべき監督官の姿が無いせいだが、乗車していたのが先頭付近の馬車なのだから仕方がない。各自防衛の命令を出すのでやっとだったのかもしれない。
 私はひとまず、装備の確認をすることにした。
 王国軍の標準装備は、長剣と短弓、鎖帷子と円形盾である。
 まず、赤系統のフード付き貫頭衣とズボン、ブーツといった制服の上から、胸、肩、肘、膝、局部などに装甲が付与された鎖帷子を着込み、指貫式の籠手を嵌める。これで見てくれは完成。
 さらにそこから、左腰に長剣を、右腰に矢筒を提げ、腰部に盾を、その内側に短弓を装着すれば、立派な王国軍一般歩兵の完成である。
 そうこうしていると、やっと馬車からアシャ訓練兵が降りてきた。どうにかこうにか、装備を整えられたらしい。
「遅いぞ、アシャ訓練兵。戦闘体勢は 15秒で調えろと習っただろう?」
「それは、確かに習ったけど、帷子に髪の毛が絡まったの・・・というか、置いて行かないでよ! 相棒でしょう!」
「はぁ・・・これは遠足じゃないんだぞ、訓練兵。装備は解くな、死ぬぞと忠言しておいたはずだが?」
「それは・・・言われました。でも、着てたら重くて休めないの!」
「常在戦場、カシューンは甘く無いぞ・・・それよりも、敵が来る、死にたくないなら備えておけ」
「え? でも、襲撃は先頭の方何でしょう?」
「はぁ・・・周りの地形を確認して、考えてみろ」
「周りの地形? ここは南北に走る道で、東が絶壁で、西が森だから・・・」
「・・・遅い。先頭への襲撃は足留めが目的だろう。もうすぐ後方からも襲撃が来るはずだ」
 私が言い終えた途端、後方から伝令が引き返してきた。
「後方からも襲撃だ! 訓練兵は後方の援護に迎え!!」
 伝令兵が通り過ぎてから、私は振り返った。
「ほらな?」
「嘘、何で判ったの!? もしかして、内通者なの!?」
「はぁ・・・戦闘中に誤解を招く発言をするな。地学だよ、地形的に襲撃のパターンが見える」
「地学? そんなの習ってないんだけど?」
「地の利を学ぶのは戦の基本だ。教えてくれるのを待っていたら死ぬぞ?」
「うぅ・・・事あるごとに死ぬは余計よ! それより、私たちも後方へ向かわないと」
「必要無い」
「えぇ!? 命令に逆らうつもりなの?」
「何を言う、監督官の命令は馬車の守備だ。さっきのは後方の独断に過ぎない。それに、敵の狙いはこの辺りの馬車のはずだ」
「え、どういうこと??」
「・・・はぁ、この開拓団の馬車は13台、道に沿って一列に並んでおり、物資や開拓民は列の真ん中辺りの馬車に集め、先頭と殿は王国軍が固めている。そして、先頭が襲撃され、足留めを食らい、後方からも襲撃されて、戦力が分断された。つまり?」
「・・・あ、真ん中がガラ空きだ」
「そう、敵の狙いは、足留めをした後、戦力を分断し、がら空きになったキャラバンのどてっ腹を襲撃することにある。正面の森から来るぞ、何せ背後は絶壁だからな」
「ちょっと、ピンチじゃない!? 皆、後方に向かってる、止めないと!!」
「それは・・・悲しいかな、私や貴様に指示を出す権限は無いからな。騒いだところで無視されるだろう」
「じゃあ・・・どうするつもり?」
「二人で迎え撃つぞ」
「ふ、二人だけで?」
「そう、怯えた顔で見るな。もしかしたら、私の思い過ごしという可能性もある。まあ、正しかったら、大軍が押し寄せて来るのだが・・・」
 またも、言い終えた途端、森の中から、様々な獣の毛皮を身に付けたような格好の、絵に描いたような山賊の大軍が駆け出してきた。二十人は居るだろう。皮脂なのか、物凄くテカテカしている。
「ほらな?」
「ああ、ホントだ・・・はっ、ど、どうするの!?」
「私が斬り込む、突破されたら対処してくれ。くれぐれも、援護はするなよ?」
 私はそれだけ言い残すと、迫り来る山賊に向かって駆け出した。
 大軍に一人で挑むは、蛮勇というよりも、自殺行為である。まさに愚の骨頂。だが、王国軍にはそれを最適解とする方法がある。
 一先ず、突撃してくる敵の勢いを削がねばならない。そこで使うのは、火の魔法。神歴では神秘術と呼ばれた、古き神々が人間の戦いに彩りを添えるべく与えた力である。
 まずは掌に種火を発生させる。どういう原理で発生するのかは判らないが、適性のある者は、コツを掴めば簡単に出すことが出来る。出した本人は熱くないという不思議クオリティだ。
 このまま投げれば火の玉になるのだが、ここで一工夫。種火に向かって、蝋燭を消すように息を吹き掛けてやると、火炎が放射されるのである。さあ、消毒の時間だ。
 私は、肉薄する山賊共に対し、火炎を見舞ってやった。私の潜在能力では、火炎を十数秒放射するのがやっとの為、こけおどしくらいにしかならない。それでも鼻先を炙られた山賊共は、二の足を踏み、その勢いは失われた。ここからが、本番である。
 山賊共に突貫し、適当な奴の胸ぐらを掴み、投げ飛ばした。奴らが呆気に取られているうちに、二、三人殴り倒して離脱する。それから、正気に戻った山賊共が追い掛けて来たら、火炎を見舞って、投げ飛ばすところから繰り返す。多勢に無勢なのだから、姑息とか言わないでほしい。援軍が来る時間を稼げれば良いのだ。
 ただ、誤算があったとすれば、その意図を彼女に伝えておくべきだった。
「イーーヤーー!?」
 そんな悲鳴が聴こえた次の瞬間、私の前方、アシャ訓練兵から強大な熱量が放たれた。
 私は即座に、フードを被りながら、地面に倒れ伏した。その直後、私の上を熱が通過していく。これがアシャ訓練兵の放った火炎、桁違いの威力である。どこからともなく、アシャ訓練兵の甲高い悲鳴と山賊共の野太い悲鳴が聴こえてくる。まさに地獄絵図といったところだろう。王国軍制服が耐火製で良かった。
 だが、これは実にマズイ状態だ。アシャ訓練兵は、魔法に関してずば抜けた才能の持ち主なのだが、当の本人はそれを御し切れずにいるのだ。とどのつまり、暴走状態なのである。
 このままでは、キャラバンまでも全焼させてしまう。何とかして、彼女を止めねばならない。そうしなければ、我々は生き残っても縛り首である。
 私は火炎の下を転がり出て、アシャ訓練兵の元へ向かおうとした。だが、状況は思った以上に悪かった。彼女は、両手から火炎を発し、それを鞭のようにしならせているのである。私はその火炎の間に位置しており、とても近寄れる状況ではない。加えて、息も出来ない熱さが私の意識を朦朧とさせていく。
「ええい・・・恨むなよっ」
 私は腰の短弓に手を回した。こうなれば、手遅れになる前に彼女を射殺すしか道は無い。苦悩しつつ、伸ばした手が触れたのは短弓ではなく、盾の方であった。
「あれ、盾・・・そうか、これだ」
 私は盾を手にし、前方のアシャ訓練兵を見据えた。
「アシャ訓練兵ーーー!!」
 円盤投げの要領で、盾をアシャ訓練兵に向かって投げ付けた。盾は火炎の間を巧くすり抜け、彼女の鳩尾を捉えた。
「ぐっ・・・はぁ」
 そんな呻き声を発し、アシャ訓練兵は仰向けに倒れた。すると、二本の火炎も消え、私は煮えたぎるような熱量から解放された。
 振り返ると、背後にあった森はごっそりと焼失し、ところどころ、山賊が湯気を発しながら転がっていた。まだ息があるのがむしろ哀れですらある。
「はぁ・・・限界」
 私も意識を失い、湯気を発しながら、その場に倒れ伏した。
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