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第七章 死に損ないのフリードリヒ

第123話 集中治療

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 感染病棟の東棟3階に向けて、ユストゥスは階段を駆け上がる。
 彼に続き、ルイも階段を登り上がる。

「ユストゥス教授! 向かったとして災害現場は既にシャッターが降りて隔離状態の筈である! 我らに出来る事はないぞ!?」
「シャッターなどこじ開ければいい!!」

 3階へ辿り着いたユストゥスは廊下を塞ぐシャッターまで駆け寄る。そのシャッターの真ん中に穴が空いている事に嫌な気配を感じながらも、シャッター脇の壁に設置されていたパネルの蓋を開くと、数字が書かれたボタンを叩き付けるように決まった順番で押す。
 するとシャッターの一部、人一人が通る分のスペースが開錠され、横にスライドして自動的に開いた。

(そう言えばこやつ、ついこの間まで軍属していたのだった……)

 本来、その扉は軍人や警察が中に突入する為に使う非常口で、パスワードを知らなければ入れないのだが、軍属していたユストゥスは緊急用パスワードの一部を見る機会があった。そして配属先と関係のない病棟のパスワードをも暗記していたのだ。
 そこでユストゥスは不織布マスクからフェイスマスクへ付け替えると、その開いた非常口から中へ足を踏み入れる。

「ルイはここに居ろ。この先は私だけで行く」
「っ、吾輩はここまで来ておいて逃げる臆病者ではないわ!」

 ルイもまた意を決してフェイスマスクを顔に付け、感染対策を万全にした後に非常口の中へ飛び込んだ。
 中の廊下は所々胞子が付着し、引っ掻き傷や重い物を引き摺ったような跡が残っていた。またシャルルが入院していた病室の前には沢山のガラス片が飛び散り、その中心には2人の男性が倒れ込んでいる。

「ジョセフ! アレキサンダー!」

 その2人の男性、自分の教え子の姿を見たユストゥスはすかさず駆け寄り、膝を付いて手を伸ばし彼らの身体を揺する。
 そして病室のベッドにはシャルルの姿はなく、代わりにミイラのように干からびたダニエルが床に横たわっている事も知った。

「起きろ! 何を寝ているんだ! ここは病棟の廊下だぞ!? 病室で寝転ぶダニエルもだ! そもそも貴様らは患者ではないだろう! 起きんか! 起きろ! ……起きてくれ!!」
「……よせ。彼らは、もう」

 必死に声をかけるユストゥスの肩に手を置いて、ルイはゆっくりと顔を横に振る。
 ジョセフもアレキサンダーもダニエルも、既に絶命している。脈を測らずとも、体温を測らずとも、呼吸を確認せずとも、血を失い真っ青になった顔を見ればわかる。

「何だ、これは。何なんだ。Scheißeクソッ。ふざけるな。こんな、こんなふざけた事があってたまるか!!」

 ユストゥスは肩を震わせて戦慄く。喉が痛むのも厭わずあらん限りの声で叫ぶ。
 彼は直ぐに立ち上がると、姿の見えないフリードリヒとシャルルを探しに再び駆け出した。

「フリードリヒ! シャルル! 何処にいる!? 返事をしろ! 私だ、ユストゥスだ! 頼む、頼むから返事をしてくれ!」

 幾ら叫んでも彼らから返事は来ない。しかし廊下の曲がり角を曲がった先、受付のカウンターの前に人影を発見した。

「シャルル……!?」

 その人影は見慣れた金髪を持つシャルルだったが、顔の一部は赤黒く変色し、菌糸の生えた手足や腹部はグズグズに溶けていて、まるで石灰のような粒子になっている。
 赤黒く染まった石灰に似た粒子。それが異形と化していた身体の組織が破壊された、と思われる箇所にダマとなっている。特に変異が激しかったと思われる腹部は凹み皮膚は裂け、腹の中身がなくなっているのが肉眼で確認できた。

「うわ……っ!? こ、これは、シャルルは、亡くなっているのか? 警官や軍が来る前に亡くなるなどと……」

 シャルルの無惨な、それでいて見た事のない姿に動揺するルイ。
 しかしユストゥスは無言のまま、群青色の瞳があらぬ方向を向いているシャルルの瞼を閉じさせた後に、カウンターの中で固く目を閉じて倒れているフリードリヒへ視線を向ける。
 ぐったりと脱力し、腹部から出血しているフリードリヒ。彼の元へ、ユストゥスは迷わず歩み寄る。

「ユストゥス教授!? 迂闊に近付いては……!」

 シャルルの側にいる以上、フリードリヒも感染している可能性があった。まずは離れた場所から感染状態を測定するのが定石。
 にも関わらずユストゥスはフリードリヒの前で膝を付き、脈を測り、弱々しくも胸が上下しているのを確認する。

「……息が、ある。生きて、いる」

 ユストゥスは震える声でそう呟く。
 次いでフリードリヒの近くに転がる、開けられたインスリンケースを見付けて、全てを察した。

「ルイ、手を貸してくれ……!」

 ◇

「急患だ! 集中治療室の使用許可をくれ!!」

 フリードリヒを横に抱きかかえたユストゥスは、ルイを連れて病棟1階の治療室に繋がる廊下を進む。
 そしてそこで職員の避難誘導をしていた副院長に詰め寄った。院長は学会で出張中の為、今は彼が感染病棟の最高責任者だったからだ。
 当然、突然の事に副院長は戸惑う。

「ユストゥス教授、何をするでありますか! 災害の最中でありますよ!?」
「シャルルは、感染者は、亡くなった……! これ以上の被害は出ない!」
「しかしまだ沈静化が確認できておりませぬ! 胞子の処理もしなくてはいけませんし、ここは避難を!」
「いいから早く使わせろ! 責任は私ユストゥスが負う! 時間がない!!」

 鬼気迫るユストゥスに副院長はたじたじになる。しかし医大で名を馳せる、他でもないユストゥス教授の頼み。副院長は困惑しながらも、彼に集中治療室の使用を許可した。
 ユストゥスは直ぐに許可を得た集中治療室の扉の奥へフリードリヒを運び込むと、ルイと共に手術着に着替え、治療に取り掛かる。
 ルイはまずバイタルセンサーのコードをフリードリヒに取り付け容態を確認し、表記された数値を見てギョッとした。

「体温、呼吸、血圧、脈拍どれも最低である! いつ心停止してもおかしくないぞ!?」
「そんな事わかっている! まずは腹部の傷の縫合手術だ! 人工呼吸器と輸血の準備をしろ! 縫合が完了次第、そのまま腎排泄を確保し、血液透析をする! そしてフリードリヒの全身に巡っている毒を体外に出す!」
「毒ぅ!? 何の毒なのだ! 成分がわからない事には……!」
「《モルヒネ》を主成分とした毒だ!!」

 そう言いながらユストゥスは集中治療室に持ち込んだインスリンケースから、自身が調合した解毒剤を取り出す。

「解毒剤ならばある! ここから更に拮抗薬を投与し、昇圧剤も使用する! 持ち堪えてくれ、フリードリヒ……!」
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