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第六章 恋⬛︎⬛︎乙女荵ウ縺ョ謌螟ァ――改め、アメリカ遠征編

第115話 離陸

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 超高層ビル最上階。
 そこから発射されたシアンの超長距離射撃を望遠鏡で眺めていたフリッツの元に、再びアメリカ軍からの通信が入る。

『目標消失! 警戒対象感染者の姿が消えました! 直ぐに周囲を捜索します!』

 そして状況報告をした後、フリッツの返事を待たず通信は切れた。

「あちゃー逃してしもたか。殺る気やったんやけどなぁ」
「うん。色々言いたい事はあるけれど、よくスコープもなしに当てられるね? 硝煙で視界も悪かったのに」
「あぁ、それかいな。自分も流石に見えへん物には当てられへんよ? ただ標的はマイクっちゅうお兄さんの側に居るって話やったやん? 自分、その人にも飴ちゃんあげたからなぁ」

 その時シアンは舌で転がしていた飴を舐め切ってしまった事に気付き、白い棒を口から出すと側に設置されていたゴミ箱に向けてポイと投げ捨てる。

「マーキング付けた所なら探知出来るんですわ、自分」

 マーキング。ウミヘビが自身の宿す毒素を、狙った対象に付着させる行為。
 それによる精度も効果もウミヘビによって異なるが、シアンの場合は飴玉の包装紙にほんの僅か、《アミクダリン(C20H27NO11)》の中に含まれる青酸並みにとても弱い毒素を付着させると、渡した対象の位置を正確に把握出来る。
 一度でも包装紙に触れたのならば半日は探知可能。更には包装紙に触れた指先で持った飴玉を食せば、丸一日は彼の探知から逃れられない。と、シアンはフリッツに教えてくれた。

「せやからマーキングの側に当たりを付けて狙ったんやけど、外してしもて恥ずかしいわぁ」
「……僕は今、シアンくんが味方で良かったなと、すごーくホッとしているよ」
「何言うてんの? シアンちゃんはいつでもどこでも人間様の味方やで~?」

 へらへらと笑いながら嘘なのか真なのかわからない事を言うシアンを尻目に、フリッツは腕時計型電子機器を使ってモーズへ通信を入れる。
 無事に〈根〉の切除が終わり、戦闘がひと段落していれば返事が来るはず。来なければシアンと共に直ぐに向かおうとフリッツが考えていると、電子機器の呼び出しコールが切れモーズが出てくれた。

「モーズくん! そちらは落ち着いたかい? 怪我人はいないかい? 僕らも直ぐに向かうから、少し待っていて欲しいな」
『……怪我人は、いない。43階層の鎮圧も、大方終わった』

 モーズ達の方も怪我人なくひと段落していた事に、フリッツはほっと胸を撫で下ろす。
 だがモーズの声は、酷く暗い。そしてフリッツはその理由を、予測できてしまう。

「モーズくん、辛いのならば口にしなくとも」
『クリスさんが、亡くなった。……人と、して』

 皆まで言わなくていい。フリッツにそう伝えられても、モーズは真面目に機械的に、最悪の結果を、フリッツに伝えたのだった。

 ◇

 アメリカの西部、カルフォニア州から程近い海岸近くのビル街。そこで突発的に発生した超規模菌床による生物災害バイオハザード
 後に《暁の悲劇》としてアメリカ史に名を刻む事になるこの災害は、前例のない速さで菌床が広がった事により初動が遅れ、3000人もの感染者及び死者を生み出す惨事となってしまった。だがウミヘビの協力によって僅か2日で鎮圧できた事により、それ以上の被害は出なかった。
 街並みも炎と鉛玉で焦土になるという事はなく、元の姿ほとんどそのまま残す事ができ、復興にもさほど時間はかからないとされた。
 ただし菌糸を操るステージ6と目される、人前から姿を消してしまった警戒対象感染者が見付かる事はなく。
 モーズ達は事件の解決を見届けられないまま帰国する事となってしまった。

「災害鎮圧の協力、誠に感謝する」

 夕暮れ時。滑走路で飛行機に搭乗の準備をするモーズ達の元に、マイクがアメリカ軍を代表して別れの挨拶を告げる。

「……あの援護射撃がなければ恐らく私は死んでいた。世話に、なってしまったな」
「僕らはクスシだからね。お役目を果たしただけさ」
「そうだな。それに私に出来た事は、少ない。……貴方の部下を、助けられなかった」

 モーズ達はアメリカへ出発する前からマイクの部下が、クリスが菌床の〈根〉となってしまったという情報を得ていた。
 それにより同意なくにしてしまった贖罪も込めて、彼女1人だけでも助けられないかと、思い付くあらゆる手を尽くした。
 だが結局、救う事が出来ずに終わってしまった。

「そうでもない。何故だかネフェリンの遺体は消えてしまったものの、クリスの遺体は、両親の元へ返せそうだ」

 マイクは淡々とそう言った。
 亡くなった後にアメリカ軍に回収されたクリスの遺体の『珊瑚』はほとんど死滅してしまっていて、感染源になり得ないと断言できる程の状態になっていた。
 法律の規定で最終的には焼却処分はしなくてはならないが、それは彼女の故郷、親の元で火葬という形で済ませられる。マイクはそう判断したのだ。

「私は引き続き警戒対象感染者の痕跡を探る。進展があったらまぁ、報告してやらない事もない」
「バイオテロの分野は警察の役目だから無理に報告しなくてもいいけれど、見付けられたらその場所ぐらいは知りたいかな。そしたらこちらも突発的な菌床に備えられるし」
「そうか。了解した」

 話が纏まった所でフリッツを始め一人一人飛行機へ搭乗してゆき、最後にモーズが残る。
 しかしまだこの街に心残りがあるらしい彼の動きは酷く怠慢で、搭乗を躊躇っているのが見て取れた。

「どうしたんだ。パラスの英雄が、随分と浮かない様子だな」
「……私は英雄などではない。その不釣り合いな称号で呼ばないでくれ」
「3000人もの犠牲者を出してしまったアメリカ軍と違い、4人に留めたのにか?」
だ」

 マイクの発言を、モーズは直ぐに訂正した。
 パラスで殉職した警察官は4人。彼は律儀にもそこに鼠型感染者を加えた。自分を殺しかけた〈根〉の感染者を。

「私がパラスで出してしまった犠牲者は、5人だ。尤も犠牲者を出してしまった時点で、数の大小など関係ないが」
「……。成る程、生真面目な人柄という報告に偽りなしか」

 フッと、マイクはガスマスクの下で力の抜けた笑みを浮かべる。次いでモーズの背中へ手を回し、さっさと階段を登るようぐいと押し上げた。

「クスシは研究が本業だろう。早く帰って寝てしまえ」
「うおっ。お、押さなくていい」

 そうやって急かしてようやくモーズが搭乗し、ラボの関係者全員を乗せた飛行機は滑走路を走行。危なげなく離陸しアメリカから去っていった。
 マイクはその間ずっと敬礼をし続けて、飛行機の姿が雲の中に消えてしまった所で敬礼を解く。

「ふん。……も本業に、勤めなくてはな」
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