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第二章 初遠征、菌床処分
第26話 アイスブレイク
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「ふふ。モーズ先生と遠征だなんて嬉しいですねぇ」
「上機嫌だな、セレン。生物災害現場に向かっているというのに」
「私の毒素は『珊瑚』を処分するのにあまり向いていないですが、記録係として現場には何度も足を運んでいます。なので慣れているんですよ」
「そうか。それは頼もしいな」
隣の席に座ってにこにこ至福そうに微笑むセレンに、モーズもマスクの下でつられて笑ってしまう。
気を抜くつもりはないが、緊張し過ぎて動きが鈍るのも良くないだろう。セレンの存在は程よく力を抜く事ができて有り難かった。
そんな二人を、モーズのもう片側の隣に足を組んで座る水銀がじっと見詰める。
「セレンを懐柔するだなんて、ウミヘビたらしねぇ」
「えっ。いや、私はそんなつもりでは……」
「先生は愚直なほど誠実な方ですからね、私も惹かれますよ」
「そう。紳士だとは感じていたけれど、ボクの目に狂いはなかったみたいね」
「二人とも私を過大評価していないか?」
美人二人に挟まれると何だか肩身が狭い。
モーズがそんな事を思っていると、向かいに座っていたフリッツが携帯端末のカメラ機能を向けてきた。
「うーん、絵面が両手に花だねモーズくん。写真撮っとこ」
「フリッツ!? 何故!?」
「あら。後でボクの端末にも送りなさいな」
「私っ! 私も欲しいですっ!」
まるで学生のように騒いでいる二人を尻目に、リムジンの最後部座席で気怠そうに寝転がるニコチンは重苦しい溜め息を吐いている。
ちなみに寝タバコはしていない。
「何でこんなピクニックみてぇな雰囲気してんだよ……」
「アイスブレイクは大事だろう? モーズくんなんて研修初日の初仕事なんだし、ここで打ち解けておかないと」
「その研修中の新人が何で菌床に行く事になってんだ」
「それは水銀くんに言ってくれ」
フリッツとて内心は頭を抱えている。
水銀はクスシの命令に耳を貸さない、強いが扱いが難しいウミヘビなのだから。
「そもそも水銀さんを引っ張り出したのニコチン先輩って話じゃないスか。発端スよ、発端。というか、よくあの人を動かせませたね。俺は話しかけるのも恐れ多いというか、ハードル高いのに」
「ボクってそんなに近寄りがたいかしら? タリウムも遠慮なく話しかけなさいな」
「えええ」
水銀に手招きをされてもタリウムは寧ろ距離を置き、ニコチンの側で縮こまっている。
それだけはっきりと上下関係が決まっているのだろうか。
「水銀は所長を餌にすりゃ簡単に唆せるだろが。何も難しいこたぁねぇ」
「いやその後が怖いでしょ」
「ニコチンの度胸があるところ、ボクは好きよ? 絞め殺したくなるぐらいにね」
「車内で乱闘騒ぎは起こさないでね? フリーデンくんの言葉を借りるなら『平和的に行こう』」
一歩間違えれば一触即発な空気にモーズの気は休まらない。先ほどセレンのお陰でリラックスできたと思っていたのに。
しかしフリッツの慣れた対応から、これもさほど珍しい光景ではないらしい。
「まぁニコチンくんの意見も尊重して、そろそろ依頼の話をしようか」
そう言ってフリッツは携帯端末を操作し、車内にホログラム映像を投影する。
それによって一瞬でリムジンの中ではなく、洋風な屋敷のエントランスへ様変わりをした。
「今回の菌床は地下含めて三階建ての洋館全域。洋館自体広いし部屋数も多いし〈根〉を探すのも一苦労だと思って、大人数を編成させて貰ったよ」
「フリッツさん、間取り図ありますか? あったら見たいですっ!」
「あるよ。ちょっと待ってね」
セレンの要望に応えて、フリッツは洋館の間取り図もホログラムに投影する。部屋を全て見て回るだけでも時間がかかりそうな広さだ。
部屋の中には使用人室も用意されていて、大分裕福な家庭の館なのかもしれない。
「いつから菌床が出来たのか、ってのはわかってんのか?」
「館全体が菌床になっているところから、半年以上は前だろうね。館の主と最後に連絡を取ったのもその辺りだから、間違いないと思う」
「うげぇ。中規模って事じゃねぇか、面倒臭ぇ」
ニコチンはげんなりしながら椅子から上体を起こした。
「質問なんスけど、何で館の持ち主と連絡が取れなくなった時点で対処しなかったんスか? 連絡が付かなくなったら誰かしら異変に気付くでしょ」
「この館はそもそも別荘で住居ではないんだ。でも一年前かな? 娘の養生の為に暮らすようになった。館は人里離れた山奥にあるし、町の人との交流もなく、親戚には『暫く家を空ける』と伝えていて連絡を控えていた。だから発見が遅くなってしまったようだ」
その話を聞いて、モーズは残酷な真実に気付く。
「……つまりその館には、持ち主の家族が」
「うん。全員珊瑚症に感染してしまったと見ていいと思う」
モーズの頭に先日見た、鼠型の『珊瑚』となった五人家族が思い浮かんだ。
あのような悲劇が向かっている館でも起きていた。やるせなさに、モーズは拳を握りしめる。
「加えて菌床は人間だけではなく、辺りの生物も感染させてコロニーに取り込んでしまう。どれだけ処分対象が巣くっているのかは、実際に見てみなきゃわからない。未知数だ。だからモーズくん、セレンくんを付けるから彼から離れないでくれ」
「あぁ、了解した」
話をしている間にも車はいよいよ空中から地上へ走行場所を変え、山奥に聳え立つ洋館に向けてひた走った。
「上機嫌だな、セレン。生物災害現場に向かっているというのに」
「私の毒素は『珊瑚』を処分するのにあまり向いていないですが、記録係として現場には何度も足を運んでいます。なので慣れているんですよ」
「そうか。それは頼もしいな」
隣の席に座ってにこにこ至福そうに微笑むセレンに、モーズもマスクの下でつられて笑ってしまう。
気を抜くつもりはないが、緊張し過ぎて動きが鈍るのも良くないだろう。セレンの存在は程よく力を抜く事ができて有り難かった。
そんな二人を、モーズのもう片側の隣に足を組んで座る水銀がじっと見詰める。
「セレンを懐柔するだなんて、ウミヘビたらしねぇ」
「えっ。いや、私はそんなつもりでは……」
「先生は愚直なほど誠実な方ですからね、私も惹かれますよ」
「そう。紳士だとは感じていたけれど、ボクの目に狂いはなかったみたいね」
「二人とも私を過大評価していないか?」
美人二人に挟まれると何だか肩身が狭い。
モーズがそんな事を思っていると、向かいに座っていたフリッツが携帯端末のカメラ機能を向けてきた。
「うーん、絵面が両手に花だねモーズくん。写真撮っとこ」
「フリッツ!? 何故!?」
「あら。後でボクの端末にも送りなさいな」
「私っ! 私も欲しいですっ!」
まるで学生のように騒いでいる二人を尻目に、リムジンの最後部座席で気怠そうに寝転がるニコチンは重苦しい溜め息を吐いている。
ちなみに寝タバコはしていない。
「何でこんなピクニックみてぇな雰囲気してんだよ……」
「アイスブレイクは大事だろう? モーズくんなんて研修初日の初仕事なんだし、ここで打ち解けておかないと」
「その研修中の新人が何で菌床に行く事になってんだ」
「それは水銀くんに言ってくれ」
フリッツとて内心は頭を抱えている。
水銀はクスシの命令に耳を貸さない、強いが扱いが難しいウミヘビなのだから。
「そもそも水銀さんを引っ張り出したのニコチン先輩って話じゃないスか。発端スよ、発端。というか、よくあの人を動かせませたね。俺は話しかけるのも恐れ多いというか、ハードル高いのに」
「ボクってそんなに近寄りがたいかしら? タリウムも遠慮なく話しかけなさいな」
「えええ」
水銀に手招きをされてもタリウムは寧ろ距離を置き、ニコチンの側で縮こまっている。
それだけはっきりと上下関係が決まっているのだろうか。
「水銀は所長を餌にすりゃ簡単に唆せるだろが。何も難しいこたぁねぇ」
「いやその後が怖いでしょ」
「ニコチンの度胸があるところ、ボクは好きよ? 絞め殺したくなるぐらいにね」
「車内で乱闘騒ぎは起こさないでね? フリーデンくんの言葉を借りるなら『平和的に行こう』」
一歩間違えれば一触即発な空気にモーズの気は休まらない。先ほどセレンのお陰でリラックスできたと思っていたのに。
しかしフリッツの慣れた対応から、これもさほど珍しい光景ではないらしい。
「まぁニコチンくんの意見も尊重して、そろそろ依頼の話をしようか」
そう言ってフリッツは携帯端末を操作し、車内にホログラム映像を投影する。
それによって一瞬でリムジンの中ではなく、洋風な屋敷のエントランスへ様変わりをした。
「今回の菌床は地下含めて三階建ての洋館全域。洋館自体広いし部屋数も多いし〈根〉を探すのも一苦労だと思って、大人数を編成させて貰ったよ」
「フリッツさん、間取り図ありますか? あったら見たいですっ!」
「あるよ。ちょっと待ってね」
セレンの要望に応えて、フリッツは洋館の間取り図もホログラムに投影する。部屋を全て見て回るだけでも時間がかかりそうな広さだ。
部屋の中には使用人室も用意されていて、大分裕福な家庭の館なのかもしれない。
「いつから菌床が出来たのか、ってのはわかってんのか?」
「館全体が菌床になっているところから、半年以上は前だろうね。館の主と最後に連絡を取ったのもその辺りだから、間違いないと思う」
「うげぇ。中規模って事じゃねぇか、面倒臭ぇ」
ニコチンはげんなりしながら椅子から上体を起こした。
「質問なんスけど、何で館の持ち主と連絡が取れなくなった時点で対処しなかったんスか? 連絡が付かなくなったら誰かしら異変に気付くでしょ」
「この館はそもそも別荘で住居ではないんだ。でも一年前かな? 娘の養生の為に暮らすようになった。館は人里離れた山奥にあるし、町の人との交流もなく、親戚には『暫く家を空ける』と伝えていて連絡を控えていた。だから発見が遅くなってしまったようだ」
その話を聞いて、モーズは残酷な真実に気付く。
「……つまりその館には、持ち主の家族が」
「うん。全員珊瑚症に感染してしまったと見ていいと思う」
モーズの頭に先日見た、鼠型の『珊瑚』となった五人家族が思い浮かんだ。
あのような悲劇が向かっている館でも起きていた。やるせなさに、モーズは拳を握りしめる。
「加えて菌床は人間だけではなく、辺りの生物も感染させてコロニーに取り込んでしまう。どれだけ処分対象が巣くっているのかは、実際に見てみなきゃわからない。未知数だ。だからモーズくん、セレンくんを付けるから彼から離れないでくれ」
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