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1章 BIG3
四幕B 『手始め』
しおりを挟む観光街が派手に賑わう。
普段も賑やかな観光街が今日は余計に騒がしい。
日頃、『ジェスター・スーパーマン・サーカス』の客引きピエロを始め、外部からの観光客狙いの超人達がその超能力を披露する場に、超人特区でも良く知れた顔が今日は集まっている。
派手にドラムを掻き鳴らすのは、最近デビューしたソロの女性ドラマー『6ビート』。傍らでこの世のものとは思えない美声で、しかしとても聞くに堪えない下品な歌詞を歌う女性シンガー『マーメイド』。無重力を漂うように軽やかなステップで踊る超人ダンサー『フリップフラップ』。
超人特区の芸能界を牛耳る『クレアプロデュース』の最近売り出し中の芸能超人達。彼らの他にもかなり有名になってきた芸能超人達が集う。
「それにしても凄いですねぇ、うららちゃん」
「凄いですねぇ」
「君、『写真撮って貰えますか?』って聞かれて、『はい』と和やかに答えたら、まさか撮る方を頼まれるだなんて……アイドルのボケ方じゃないですよ」
「そっちですか!? ってか、ほっといて下さい!」
超人特区ではそこそこ名の知れた『アイドル』である少女が、後ろに立つ赤と黒のストライプ柄スーツを着こなす初老の男を振り返った。
「流石は『そこそこ美少女』、『庶民派アイドル』都治うらら。下手な芸人より面白い」
「『庶民派アイドル』はいいけど『そこそこ美少女』はやめて下さい!」
「でも、美少女という程ではないし……」
「腹立つけどしっくりくるからやめて下さいって言ってるんですよ! って、そういう話じゃなく!」
ばばっと手を振り話を切る。集団の弄られ役であるアイドルは、遙か先、ビルとビルの間を飛び回る男を眺めて感嘆の息を漏らした。
「『ビッグフット』。凄いですねぇ。人間があんなにぴょんぴょん飛べるんですね」
「人間は人間でも超人ですけどね。確かに凄いですねぇ。そりゃ、プロデューサーさんも我々を一気に動員するわけだ」
「そっちもびっくりですよ。私のような中堅アイドルまでならまだしも、『フォーカス』さんやら『スーパースター』さんまで動かすなんて」
「噂じゃあの『バカップル』も動いているらしいですよ」
「マジですか!?」
「『ビッグ3』のスカウト役ですかね。まぁ、今日はデートの日だから出勤遅れるそうですが」
「相変わらずだなぁ……」
アイドルは一際人の視線を一際集める同僚を遠巻きに眺める。
知名度や容姿、目立つ要素は数有れど、どこかそんな要素とは別の何かで人々を引きつける異質の超人。彼らはまるで空を飛び回る超人や、それを追い交戦する怪しい集団など始めから居ないものと思わせる程に、人々の視線を集めていた。
彼らの目的は、超人特区に居る多数の『一般人』の目を引きつける事。今、超人特区で起こっている事件を覆い隠す事にある。
その輪から完全に外れているアイドルの元にも、人が寄ってくる。
「あのー……写真良いですか?」
「はいはい。じゃあ、カメラ貸して下さい」
「え? あ、いえ! そうじゃなく! あの……都治うららちゃんですよね? 一緒に写真撮って下さい!」
「え? 私と? マジですか!?」
「おいアイドル」
当人達もまるで何も事件など起きていないかのように、戯ける超人特区の華達。
ファンとの写真撮影を、不慣れな引き攣った笑顔で熟した『庶民派アイドル』都治うららは、シャッターを切った赤黒ストライプスーツの男『超人マジシャン』オバマ・スプーフの元に戻り、再び飛び回る超人を見上げた。
「しかし、我々に連絡はありませんでしたが、どうやらプロデューサーの『懐刀』も動いているようです。『ビッグ3入区』は不穏なニュースでしたが……何事もなく騒ぎは収まりそうですね。願わくば、彼らと仕事を共にしたいものです」
「それはないんじゃないですか」
スプーフの言葉にうららはさらりと答える。ネガティブというより、さも当然といったような口振りに、スプーフは意外そうにうららを見下ろした。
「何故?」
「ジュディ姐さんに聞きましたもん。結構な大騒ぎになる筈って」
「あの占い師の? プロデューサーに怒られません? 確か不仲だったと思うのですが」
「いや、私はプロデューサーの確執とか知りませんし。あの人、閑古鳥状態なのに占い的中率半端じゃないんで、度々相談に行ったりするんですよ」
「いやはや、流石は庶民派アイドル。顔が広い」
「褒めても変な声しか出ませんよ。ぐへぇ」
「そういうのいいから。そうやってすぐボケ挟むからそういう仕事ばっかり来るんですよ」
「え。そうだったんですか。それよりこの前のドッキリ酷くないですか!? 私、普通に死にかけたんですけど! あ、いや。そうじゃない。ジュディ姐さんの占いの話でした」
うららがスプーフの耳元に口を寄せる。
彼女が語る『ジュディ姉さん』は、プロデューサークレアの配下ならば殆どが知っているクレアと不仲な超人である。故にうららも流石に大っぴらに語る事は避ける。
その辺りの話に寛容なスプーフは、好奇心に負けて耳を傾けた。
「ジュディ姐さんの話だと、ぶつかるみたい」
「ぶつかる?」
ちらりとビッグフットの方をうららが伺い、ひそりと囁く。
「『ビッグフット』と『ビッグハンド』」
スプーフが大きく二回瞬きをした。
うららが横目でもう一度ビッグフットを窺った。
ビルからビルへと飛び移り、踊るビッグフットが再びビルへと着地する。
その時、空にぽつりと浮かぶ黒い影をうららは見た。
今、唐突に現れたのか。それとも前からそこに居たのか。
よくよく見れば黒い影は黒い学ランのようだった。
黒い影が白い手を伸ばす。うららの人間よりは少し優秀だが、超人としては並程度の視力にも、かろうじて分かる影の笑み。
「あ」
うららが声を発した瞬間、ビッグフットが着地したビルが『凹んだ』。
まるで段ボール箱をべこりと潰したかのように、あっさりと凹んだ。
そのギャグのような光景を見たうららは、三度瞬きしてから、ん? と首を傾げた。
自然と口の端がつり上がる。たらりと冷たい汗が頬を伝う。
見てはいけないものを見てしまった事に彼女が気付くのに、十秒かかった。
「……ビルって凹みましたっけ」
「え? うららちゃん急に何言って……」
スプーフも釘付けのうららの視線の方を自然に向く。そして、うららと同じように数秒黙りこくった後に、うららの方をむき直した。うららも見返す。
「おい、そこ。何してる。ぼけっとしてないで仕事に……」
「ちょっとちょっとうららちゃんにおじいちゃん。サボってないで……」
二人の異常に気付いた同僚達がぞろぞろと集まる。集まると更に周囲の同僚が気付き集まってくる。そして、ぽかんと向ける視線に気付いて、視線の先を追う。そうやって、ぞろぞろと集まった派手な集団が、次々と固まっていく。
視線を奪っていたメインパフォーマー達も、少しずつその様子に気付いて手を、足を、口を止めていき、多くの視線が向く先に意識を奪われていく。
プロデューサークレアの忠実な配下であるパフォーマー達。
彼らを起用し、大きな問題を騒いで誤魔化す。
クレアの目論見は成功一歩手前だった。
しかし、彼はひとつの読み違いをしていた。
彼らは良くも悪くも生粋のパフォーマーであった。
「ビ、ビ、ビ……」
三回「ビ」とうららが呟く。
そして、最後にすぅっと息を吸う。
その息づかいを察したパフォーマー達からすれば、それは最早条件反射であった。
「ビッグハンドだーっ!」
クレアプロデュースのパフォーマー達同時の、綺麗に声を揃えてのリアクション。
それも、テレビ向けのオーバーリアクション。
念入りに訓練を重ねたのリアクション芸には当然、意識を逸らされていた観客達もびくりと弾む様に視線を動かされた。
宙に浮かぶ小柄な少年が、嬉々として腕を振り回す。
それと同時にビルがまるで爪でひっかいたかのような五本線が刻まれていく。
遠くに浮かぶ少年は、笑い声こそ届かないが、高らかに笑う様が見えた。
ノリで叫んでしまった事に気付き、うららが口をばっと塞ぐ。
・・・(てんてんてん)と沈黙が続く。
ビッグハンドが狂喜し叫び、ビッグフットの立つビルに急降下する。
ビッグフットとビッグハンドが交錯する瞬間、視力に優れた超人は、確かに彼の口元が何かを叫んでいるのを見た。
今度は完全にビルが『潰れる』。
騒々しさに掻き消されていた超人の暴動による爆音が届いたのを皮切りに、更なる大騒動が幕を開く。
「う、うわああああああああああああ!」
一人の男が上げた悲鳴と共に、色とりどりの声が咲き乱れた。
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