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1章 BIG3
四幕A 『ホップ』
しおりを挟む人間が空を舞う。こんなに簡単に人が飛んでもいいものか。
蹴り上げられて空を舞った人間は、空中でくるりと一回転して、ふわりふわりと紙のように地面に降りてくる。
多くの観光客や超人達の視線が、降りてきた人間達に向けられる。
ふわり、ふわりと落ちた人間は、地面で待ち受けていた白塗りのピエロの手のひらに収まった。
「~~♪ ~~♪」
歌いながら、ピエロは落ちてきた黒服達をジャグリングする。軽いお手玉を扱うような妙技に、観光客と超人達、ついでに彼らを蹴り上げた灰色の髪の男も拍手をして歓声を上げた。
大量の人間を一頻りお手玉し終えたピエロは、やはりふわりと黒服達を地面にゆっくりと降ろし、ぱっと手のひらを広げてポーズを取り、ぺこりとお辞儀をして見せた。
人が人を蹴り上げる。蹴り上げられた人が飛ぶ。それをピエロがふわりと受け止め、人間お手玉を披露する。
誰もがこの一連の流れを、超人達によるパフォーマンスだと思っただろう。
物騒な事件が起こっているとも、暴力的な大喧嘩が繰り広げられていたとも、誰も思うまい。
戯けながらぴょんぴょんとスキップして、ピエロが灰色の髪の男、服部満蔵に寄ってくる。ヤー、と甲高い声を上げて、ハイタッチを要求するピエロに、満蔵は満面の笑みで手のひらを合わせた。
そして、手のひらが接する瞬間、ピエロはぼそりと呟いた。
「あんまりはしゃいでんじゃねぇよ」
ドスのきいた呟きに、かちんと満蔵は固まる。
パン、とハイタッチを終えると、ピエロは戯けた挙動でぴょんぴょんスキップしながら、山積みになった黒服達の横をすり抜け、観光街の人混みの中に消えていった。
「……何あれ怖い」
「じ、『ジェスター・スーパーマン・サーカス』のピエロさん……へ、変な騒ぎを起こすから、ふぉ、フォローしてくれたんです……お、怒られても仕方が無いです」
ライブラリが満蔵の袖を引く。きゅっと引く小さな手にきゅんとしつつ、満蔵はにやけながら首を傾げた。
「なぁにラブちゃん?」
「に、逃げましょう。い、今は誤魔化しがきいてますけど、じ、直に騒ぎになります。そ、そしたら、少し厄介な事に……」
ライブラリがさっと視線を横に流すと、遠くから黒服グラサンマスク達が駆けてくる。満蔵はそれを見ると、呆れた様子で溜め息をついた。
「ふう、懲りない奴らだねぇ。もっと、おしおきしてやってもいいけども、ま、ラブちゃんがそう言うなら……」
どうやらこれ以上暴れる気はないらしい満蔵。ライブラリはほっと胸を撫で下ろす。しかし、膝の裏に加わった力に、静まった鼓動は再び跳ね上がる。
「ひゃっ!」
「よっと」
膝を裏から押す力に、ライブラリの身体が後ろに傾く。しかし、転ぶ事はなく、腰元に添えられた力に身体が支えられた。そしてそのまま身体はふっと地面から浮き上がり、気付けば包み込む様に腕が身体を持ち上げていた。
横向きに、ライブラリの身体は満蔵に持ち上げられている。
所謂『お姫様抱っこ』という奴である。
「ちょ、ちょちょちょちょ!」
「ラブちゃん俺っちの首に腕巻いて~。絶対に離さないでね。俺っちも勿論離さないけど」
「い、いやいや、は、放して!」
「んじゃ、行くぜ~!」
「ちょ!」
たたたん、と軽やかに満蔵が地面を蹴る。抱えられたライブラリは歩いた程の揺れも感じなかったせいで、満蔵が『走り出した』事に気付いたのは景色がふっと後ろに流れた瞬間だった。
心臓が下に持って行かれるような感触に、ぞっとライブラリが背筋を凍らせる。吹き付ける風が緩く波打つ髪を靡かせた。息の詰まるような人混みと、包み込むように立つ建造物達が一気に姿を消し、開けた曇り空と聳える上層の景色が姿を現した。
満蔵は跳ぶ。むしろ飛ぶ。
ホップ、ステップ、ジャンプで踏み切り、満蔵は遙か空高くまで跳躍した。
「ちょおおおおおおおおお!」
ライブラリは間の抜けた悲鳴を上げる。気付けば掴むつもりのなかった満蔵の首に腕を回していた。上昇する間、身体を強い風が打つ。心臓が置いてかれる感覚にただでさえ引き攣りがちな顔が更に引き攣る。
満蔵の跳躍が頂点に達すると、ふっと風は緩やかになった。
「ひゅう、やっぱ高いとこから見た方が街の様子がよく見えるなぁ」
ライブラリはぐるぐる回る視界を、満蔵の向く方向へと向ける。
なかなか見れない上から見下ろす超人特区。ごちゃごちゃしていて目に騒がしい。しかし、どこか楽しげにも見える。
頬を撫でる風の心地よさに気付いたライブラリは、一気に視界に焼き付いた景色に、思わず感嘆の声を漏らした。
「わぁ……」
「ん? ラブちゃんこの高さから景色見た事ない? 見たけりゃ俺っちがいつでも連れてったげるぜ?」
「け、けけ結構です」
ライブラリはこの時この景色を初めて見た。
それが意味する事を満蔵はまだ知らない。
「あ、もっかい首持ち直して」
「え?」
満蔵の跳躍が頂点に達した。
ライブラリの心臓が、今度は上へと持って行かれた。
「落ちるぜい」
「にゃあああああああああ!」
暴力的な風が頬を打つ。髪がばたばたと暴れる。
そして、風は唐突に止む。
「よっと」
瞬きもせずにライブラリが見た景色は、次第に地面に落ちていき、高い位置でぴたりと昇ってくるのをやめた。
満蔵が降り立ったのはビルの上。音もなく、衝撃もなく、満蔵はビルに着地したのだ。 ライブラリを抱いたまま、満蔵はふむと首を傾げた。
「ここまで来れば、まぁ、一安心かな?」
ライブラリはこの景色には見覚えがあった。
観光街の七番地にある『ステラシーサイドビル』という建物の屋上である。以前、街中を見下ろすために登った事のある七階建てのビルだ。
「そ、そうですね。ひ、ひとまずあの場から離れられれば問題ないかと」
ライブラリは何もあの追っ手達を警戒していた訳ではない。厄介なのは、騒ぎを起こすことで駆け付けるであろう『騒ぎを収める者達』。
超人特区では悪さができない。何故なら、如何に大きな力を持つ悪党であろうとも、好きにさせない力があるからだ。超人特区で悪目立ちする事は自殺行為に等しい。
「ぷ、『プロデューサー』のお使いが、で、出てくるだけならまだマシですけど、い、今の時期です。さ、最悪、藪をつついて『超人(スーパーマン)』が出てくる可能性もありますので」
「『すーぱーまん』? それって、あれ? 『あだむ』ってぇやつ?」
満蔵は、観光局のカンちゃんから聞いた話を思い出す。
偉大なる超人特区のトップにして原初の超人。『超人(スーパーマン)』アダム。
「何で出てくるとマズイの?」
「……い、色々と、です」
「色々と、か。成る程ね」
ライブラリが言葉を濁した理由は複数有った。
ひとつ、話して満蔵がアダムに興味を持つことを避ける為。
ふたつ、余計な情報を『この男』に吹き込み、アダムに、正確には彼の取り巻きに目を付けられる事を避ける為。
みっつ、これは彼女の中での個人的な事情。
あまり深くは話したくないが、アダムに関わるべきではない事を伝えたいライブラリにとって、何でも鵜呑みにする満蔵の単純さは救いである。
「と、とにかく逃げてくれて、あ、ありがとうございます。あ、あのグラサン達も流石にもう追ってこないでしょう」
ライブラリは考える。
グラサンマスクの集団は、恐らくまた追ってくるだろう。
追われる対象がライブラリ一人であれば問題はなかった。しかし、先程の『おしおき』のせいで、満蔵まで邪魔者として追跡のターゲットに含まれてしまった可能性もある。そうなると大問題である。
ライブラリは自身が彼らに連れて行かれる事を問題とは思っていない。しかし、恐らくはしばらくは付きまとってくるであろうこの服部満蔵という男に、その辺りの事情を説明する事は不可能である。
絶対に邪魔をする。そうなればまた騒ぎが起こる。
ならばどうするべきか。
ライブラリは諦める。
「……可哀想な人を虐める趣味はないんですが」
「え? 何?」
ぽつりと呟き、ライブラリは満蔵の手を叩く。
「お、降ろして下さい」
「あ、ごめん」
満蔵は素直にライブラリをゆっくり降ろす。服を手を叩き、皺を伸ばし、ライブラリは深く息を吐き出した。視線を満蔵に向ける。困ったように垂れた目の奥、鈍い眼光が満蔵の全身を捉えた。睨んでいるとも取れる視線に、満蔵は首を傾げた。
「あれ? ラブちゃん怒ってる?」
「い、いいえ。ひ、ひとつ、気になった事があるだけです」
一歩後ろに下がるライブラリ。距離が近いと満蔵の全身が視界に入らない。これは調整。満蔵を『観察』し、『分析』する為の準備だ。
既にある程度終えている『分析』を確定させるための最後の観察。ライブラリは改めて、恥ずかしげも無く問いただす。
「は、服部さん。あ、あなた、わ、私に、『惚れた』って……い、言いましたよね?」
「うん! ラブちゃん超可愛いもん!」
先程は少し動揺したライブラリも、身構えて聞けば何という事はない。
思わず口の端がつり上がる。『分析』に狂いはなかった。
困ったように垂れた目尻が少しだけ持ち上がる。口元だけで浮かべるような困った笑みが、少しだけ嘲りの色合いを見せた。
「嘘です」
ライブラリは言葉を詰まらせる事なくはっきりと言い放った。
満蔵は思わず目を丸くする。え、と短く漏らした声を、くすりと笑いに掻き消して、ライブラリは口元に手を添えた。
「あなたは私に惚れてなんかいません」
「急にどうしたのラブちゃん」
「あなたは最初に私を見た時、きちんと私の容姿を見る事などできていなかった」
満蔵の言葉など意に介すことなくライブラリは続けた。
「遠目に私のシルエットしか見えていなかった。その後、あのチンピラ二人を追い払った後にあなたは私を値踏みした。口にした好意を確かめるように、私の容姿をひとつひとつ確認した。あなたは私に『惚れた』と言った後に、『どこに惚れた』かを整理した」
「ちょ、ちょっと待って」
「『一目惚れ』を口にする人間は、後から好意を整理したりしないんです。少なくともあなたのようなタイプは。あなたは自身で口にした『惚れた』という言葉を自分に言い聞かせる為に、私の何に惚れたのかを考えた。考えなければ、自分で口にした『惚れた』という嘘を守りきる自身がなかった」
最初は苦笑いしていた満蔵の口角が僅かに下がった。
お構いなし。言葉は構わず続けられる。
「どうしてあなたはそんな嘘を吐いたのか。私を選んだのは恐らく偶然ではありませんね。遠目から見た私のシルエット、きっとあなたが今まで見た事のないタイプのシルエットだったのではないですか。だから、あなたは興味本位で私に近付いた。どうして見た事のないタイプの人間を探していたのか。それはあなたが今まで見てきた人間を、好きになれなかったからです。過去に失敗がある。『派手な女にゃもうコリゴリだし』。確かに言いましたよね。覚えてます。新しいタイプの人間でないと、好きになれる自信がなかった。違いますか? そうですよね」
ライブラリは満蔵の表情から情報を読み取る。満蔵の僅かに動く身体から心情を読み取る。今まで数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどに観察し、完璧に記録してきた人間の挙動と、その時に抱く感情のパターンを紐づけ、目の前にいる人間の『本当の顔』を形作っていく。最初は分析による推測、それを並べ立て、痛いところを突くことから返る相手の反応を更に分析しての情報の確定。
ただでさえ単純な満蔵が、その分析から逃れられる筈もない。
「さて、では『どうしてあなたは私を無理に好きになろうとしているのか』。いや、こう言うべきでしょうか。『どうしてあなたは人を好きになろうとしているのか』。私、今まで何パターンかそういう『焦り』を持つ人を見た事があります。あなたは焦っている。ほら、やっぱり。『どうして分かる?』と思ったでしょう。誤魔化せませんよ。私の目は。おっと、話が逸れましたね。あなたがどういう人間か、当ててあげましょうか?」
ごくり、と満蔵が息を呑む音が聞こえた。
「あなたは『人間が嫌いな人間』です。そして、『人間が好きになりたい人間』です。ん? 少し違いましたか。『人間が好きになりたい人間』ではないみたいですね。あなたにも好きな人間がいましたか? そうですか。あなたは『好きだった誰かの代わりを探している人間』。たった一人? 二人? 一人ですか。可哀想な人。好きだった人を失いましたか? そのせいで、全ての人間が嫌いになりましたか? でも、そんなのは苦しいから、その誰かの代わりに好きになれる人を捜しているのですか? でも、残念です」
ライブラリは一歩戻した足を再び前へと進める。それは彼女の『分析』が、完了した事を意味していた。語りながらも続けていた分析は今終わり、ライブラリは満蔵の中に眠る秘密を全て見通した。
止めの一言を、ライブラリは耳元で囁くように、満蔵に贈る。
「私はあなたの想う大切な誰かにはなれませんよ。何故なら、私は誰かに愛される要素など持ち合わせていないのだから。そして、あなたが誰かを好きになれる事も一生ありません。何故なら、誰かを好きになるという事は、努力して得られるものではないから。努力して得ようとするものではないから」
『ライブラリには近付くな』。超人特区に住まう『訳知り』ならば誰でも知っている事。無数に連なる理由のひとつ。
彼女は人の内面を覗く。何故なら、彼女は人のあらゆる『心の動き』を知っているから。人は誰しも己の底を隠したがる。彼女は虚飾を乗り越えそこに土足で踏み込む。
そして抉るように一番欲しくない言葉を告げる。
「それに気付けない時点で、あなたは誰も愛せないんです」
ライブラリが見た満蔵の内側。
それは満蔵本人が誰よりも知っている事実。しかし、決して満蔵が認めたくない事実。
それを掘り起こし理解させる。ライブラリが今まで何度も繰り返してきた『人の壊し方』。始めは無意識に行っていた、今では意識的に行うようになったライブラリの攻撃のひとつ。
これで満足ですか。これであなたも嫌いになりましたか。
次第に震えだし、今では口をぐっと閉ざし、拳をぐっと握ったまま立ち尽くす満蔵。話ながらライブラリも窺っていたことだが、どうやらかなり堪えているらしい。
ライブラリは満蔵の顔色を窺う。
ぽろり、と一滴の涙が零れた。
続いてぼろぼろと、雫が零れた。
ライブラリはぎょっとする。
流石の彼女も、まさか大の大人が此処までぼろぼろと号泣するとは思わなかったから。
「う……うぐっ……」
「え? あ? え? う、嘘。な、泣いてるんですか? い、いや、泣いてるんですよね。あ、う、え? え、えーっと……」
そうだった。目の前にいる男は『大きな子供』である。
怒らせるか、もしくは失望させるか、そうして自分から離れさせるのが目的であった。泣かせるつもりはなかった。いくら彼女でも、流石に子供に攻撃した事はない。だから、こんな事になるとは彼女の経験則でも予測できなかったのだ。
流石に心が痛む。ライブラリはセーターの胸元をぎゅっと掴み、どうしたものかと考える。しかし、慰めるにももう遅い。何より嫌われる為に行った行為、今更後ろめたさを感じてどうするのか。
突き放そう。ライブラリがそう決心し、満蔵から顔を放そうとした時、彼女の手はぐっと掴まれた。
ライブラリはまたぎょっとする。
完全に予想外だ。
満蔵という男の内面を読み、彼は感情に任せて暴れるタイプではないと予測していた。だからこそあそこまで挑発したのだ。手を出される筈などないという予測がまさか外れるとは。
ぐいと腕が引かれる。まずい。ライブラリは身構える。
そして、また彼女は意表を突かれた。
ぼろぼろと泣きながら、ライブラリの手を取った満蔵は、口を開く。
「……ラブちゃんは本当に何でも分かるんだなぁ……俺っちのこと、分かってくれるやつなんて、今まで誰もいなかったのに……」
痛いところを疲れた、悲嘆の涙かと思っていた。
まさか、それが感涙であろうとは、ライブラリに予測できる筈もない。
「ごめん……俺っち、嘘ついた……ラブちゃんの事、好きって言ったの、あれ、嘘だ……嘘のつもりじゃなかったけど、言われてみれば、さほど好きじゃなかった……」
「おい」
素直過ぎるのも考え物である。自分が好かれる事など期待していなかったライブラリも流石にムカッとした。困ったように垂れた目の間、眉間にしわが寄る。
しかし、それも一瞬のこと。
ゴウ、と強い風がビルの底から噴き上がり、ライブラリの風が上へと靡いた。
それに合わせて、ライブラリの身体がぎゅっと抱き寄せられた。
思わずライブラリは目を見開く。涙しながら満蔵は急にライブラリを腕に抱え込んだのだ。大胆、なんてレベルではない。
「んなっ!? なっ、なっ、なななっ!」
既にライブラリの処理能力は限界を迎えていた。
ライブラリの経験則を当て嵌めるには、その超人はあまりにも予想外すぎたのだ。
「でも、今は好きだ。本当に好きだ。俺っちのこと、俺っちが気付きもしない俺っちの気持ちも分かってくれるラブちゃんが大好きだ。姉ちゃんの代わりなんかじゃない。ラブちゃんっていう一人の女の子が好きだ」
満蔵の分析を終えた今のライブラリにはその言葉の真偽がはっきりと分かる。
だからこそ、彼女は困惑した。
「あ、あなたはおかしいです。ふ、普通は誰だって、自分の内側を見られたくないんです。そ、それが、う、嬉しい? ぜ、絶対におかしい。く、狂ってます」
「そうかな? 自分の事を分かってくれる人が居るって事は、すっげぇ嬉しい事だと俺っち思うけど」
言葉に嘘はない。
ライブラリは自身の能力に絶対の自信を持っている。
しかし、今度ばかりは自身の能力により導かれた答えが信じられなかった。
おかしい。有り得ない。狂っている。こんな人間が居る訳がない。
そんなライブラリの動揺を掬い取るように、満蔵は再びライブラリを横向きに抱えた。
「ようやく分かった。俺っちは今日、この日の為に、ラブちゃんを護る為に生きてきた。ラブちゃんを幸せにする為に強くなった」
バキンと何かが割れる音と同時に、ライブラリは再び身体が浮き上がる感覚を感じ取る。迫る空には一人の黒服が浮いていた。ライブラリと満蔵を追っていた集団の一人だとすぐに分かった。
「ひ、飛行能力」
追ってこられないという判断は誤りで、思いの外、敵の人材、もとい超人材は充実していたらしい。世界的にも珍しい、『飛行能力』を持つ超人が居るとは彼女も予想していなかった。
そして、まさか空飛ぶ超人を、踏み付ける超人が居るとは思いもしなかった。
音もなく飛んだ満蔵が、空飛ぶ黒服の肩を踏み付ける。そこからもう一段、満蔵は跳躍し、空飛ぶ黒服は地上へと落ちていく。
更に高く飛び上がり、見下ろした地上には、無数の黒服達が散らばり、満蔵とライブラリを見上げていた。
いつ舞い上がったのか、無数のコンクリ片が周囲に漂っているのをライブラリは見た。
「もう二度と、離さない」
宙を舞うコンクリ片。そのひとつひとつに満蔵の足が触れたのを見た。空中で、足のみを操り、満蔵はライブラリを抱えたままくるくると回る。満蔵の足が触れたコンクリ片が、次々と地上へと降り注いでいく。
ほぼ同時に、まるで示し合わせたかのように、地上で無数の黒服達が、頭をがくんと後ろに投げ出し、後方に倒れる。
ライブラリの目にははっきりと映った。
飛ぶ瞬間にコンクリを蹴り砕き、飛び上がったコンクリ片をボールのように蹴り飛ばし、コンクリ片の弾丸で地上の敵を全て撃ち抜いた、満蔵の冗談じみた曲芸が。
「……し、死ぬでしょ、あれ」
幸い追跡者は皆々超身体能力の超人らしく、地面に転がり痙攣している。死んではいない……と切に願うライブラリ。
そんな彼女の心の内を知ってか知らずか、満蔵は顔を見上げるライブラリを見て、涙を頬に伝わせながら無邪気に笑った。
超人特区の空に、女を抱えた一人の超人が舞い、遠く離れた何処からかシャッターが切られたその時から、超人特区の混乱は最高潮へと向かいだした。
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