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異世界闇落チート編

やりすぎたよ、お前

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「悪王に伝えろ! 逆賊仮面が来たと!」

 城前に出向くと、例によって飛龍に乗った逆賊仮面が吠えていた。

「騒ぐな逆賊! ……来てやったぞ。ありがたく思え」

「フン。待ちくたびれたぞ。私に恐れをなして逃げたのかと……」

「バカを言うな。貴様如きに恐れる王ではな……。なんだ?」

 逆賊仮面が俺の顔を不思議そうに(仮面で表情はわからないが、なんとなくそんな雰囲気で)見ている。

「お前……、嬉しそうだな」

 奴はそんなことを言いやがった。

「……嬉しいわけないだろ」

「陛下……。恐れながら、笑顔でございます」

 クイルクが小声で告げる。

「何ィ? ……そうか?」

「恐れながら……」

「……フン。武者震いならぬ、武者笑顔である。これも貴様に対する優位性の現れだ。つまり、余裕がそうさせるのだな」

「抜かせ。攻撃が一つも通じなかったくせに、王の名が聞いてあきれる」

「……何用だ? 人の朝食を邪魔するくらいなのだから、余程面白いことを聞かせてくれるのだろうな?」

「次の新月の日に、我々反乱軍は、この城に総攻撃をかける!」

「何ィ!」

 そう叫んだのはクイルクだった。

「機は熟した。兵の頭数も揃った。我々は貴様と違い、正々堂々勝負する! これはその宣戦布告だ! 力が使えぬお前など恐れるに足らず! 次の新月が貴様の命日だ!」

「正々堂々と言いつつ、朕が力の使えぬ日を選ぶとは……」

「正々堂々と策を弄するは別の話。絶対に負けられない戦いというものはある!」

「いや、別に責めてはいない。いいぞいいぞ、嫌いではない。我々は存外、気が合うかもしれんな」

「そう言われて喜ぶと思ったか?」

「いや、思わん。そうかそうか、なるほどな……。しかし、一足遅かったな」

「……どういうことだ?」

「今、捕えている囚人。その全員を三十日月みそかづきの日、つまり新月の一日前に処刑することになっておる」

「なっ……!」

 逆賊仮面も驚いたが、クイルクも驚いた顔で俺を見た。

「……そうなのでございますか?」

「今決めた」

「……! 御意……」

「囚人の中には貴様らの仲間も多くいよう」

「卑劣な……! どこまで腐れば気が済むのだ悪王!」

「そう思うのなら、攻め込めば良かろう。正々堂々が好きなのだろう?」

「く……ッ!」

 逆賊仮面は飛龍を刑務所の方へと向かせた。

「もう一つ! ……良いことを教えてやろう。刑務所にいた囚人は全て、城の牢屋に移送した。貴様らが脱獄させてくれたおかげで、城の牢屋に収まるくらいまで囚人が減ったからな。もう、刑務所は用なしだ」

 逆賊仮面が不服そうに飛龍を俺の方へと向ける。

「更にもう一つ! これは貴様も知っているだろうが、城にはこの王がいる。何よりも鉄壁な守りだ。この守りを貴様は破れるかな?」

 逆賊仮面がいきなり雷撃を、次いで飛龍が火球を城に向かって放ってきた。

「吹雪吹雪氷の世界! 不思議の海ブルーウォーター!」

 俺はその二つの攻撃をそれぞれ迎撃してやった。

「チッ……!」

 逆賊仮面は舌打ちすることしかできない。飛龍もどことなく悔しそうな咆哮を上げた。

「貴様らが朕の攻撃を防ぐことができるということは、逆もまた然りだ。朕も貴様らの攻撃を防ぐことができる。どうするね? こんなことは文字通り朝飯前だが?」

「……覚えてやがれ!」

 逆賊仮面は飛龍を促し、空の彼方へと消えていった。そのザコっぽい捨て台詞は何とかして欲しかった。


「宰相! 宰相!」

 食堂に戻るなり、俺はショボクレを呼びつけた。

「ハッ!」

「次の三十日月みそかづきの日に、囚人全てを処刑する。そのように取り計らえ」

「え! それはまた……、急ですが、如何なされましたか……?」

「二度は言わん」

「ハッ……!」

「それから、堰堤えんていの工事を急がせろ。三十日月みそかづきの日までに何としても完成させるのだ」

「ハッ……。しかし、そうするには人員が足りませんが……」

「旧獣人の地区からいくらでも連れてこい。そのための資金に糸目をつけるな。金がなければ税を上げろ」

「なぜ……、そのようにお急ぎになるのでしょうか……?」

「朕の威光をあまねく世に知らしめるためだ。堰堤の完成式は盛大に行う。囚人の処刑はそのための余興だ」

「余興で……、囚人とはいえ、人の命を奪うので……?」

「なんだ? 意見するか?」

 俺は掌の上で、バチバチと音を立てて、氷が弾ける。ショボクレは頭を下げ、一歩下がった。

「全領土から人を集めろ! この国の王は誰なのか? お前らの主は誰なのか? しかとその目に焼き付けさせるのだ! 当日は盛大にやるぞ。祝祭の開演だ!」

「祝祭ですか……。仰せの通りに」

 その後、俺は朝食を盛大に食い、自室に戻った後、盛大に吐いた。

 毒ではない。精神的なものだろう。人の精神が肉体に如何に影響を及ぼすか、初めて知った。

 しかし、じきに終わる。全ての完成までは、あと少しだ。


 夜。

 俺は逃げている。幾つ目かの角を曲がり、廊下を突っ切る。相変わらずこのネグリジェは走りにくい。まるで夢の中で走っているようだ。むしろ、これが夢であったら、と思う。パンツが見えそうなくらい裾を上げて走っても尚、走りにくい。

 案の定、反乱軍が俺の寝首を掻こうと襲ってきた。やはり、夜襲くらいしか俺には勝てないってことなんだろう。

 角を左へ飛び込む。すると前から、反乱軍が大挙して押し寄せてきた。

「いたぞぉ!」

「悪王だ!」

 元帝国人、元獣人、揃いも揃って俺に憎悪を剥き出しにしてきやがる。

「吹けよ風! 呼べよ嵐!」


 ……何も出ない。


 小型の台風を起こしてやろうと思ったのだが、どうしたことだ?

 窓の外を見ると、薄っすい針のような月が、かろうじて、という感じで空に浮かんでいた。おかしい。今日は新月の前日。三十日月のはずだ。かろうじて力を使える日のはずだ。それがなぜ……。

 踵を返して逃げると、大柄な男が向かってきた。

「クイルク!」

 帝国最強とも謳われる戦士。

「悪王! 天誅!」

 壁を蹴って刀を振り上げる。お前もかクイルク……。やられる! そう覚悟した瞬間だった。

「ぐわあぁッ!」

 クイルクは白い光に包まれ、空中で一瞬停止したかと思うと、力無く落下した。

 見ると、逆賊仮面が立っていた。その後ろにはショボクレが控えている。俺を見るその目に表情はない。

「ぐえッ」

 わざわざクイルクを踏んづけて、逆賊仮面が俺に歩み寄る。

「お前……」

 思わず声が出る。しかし、奴は刀を剥き身で握っている。

「やりすぎたよ、お前」

 そう言って、逆賊仮面は上段に刀を構えた。

「え?」

 俺は、一刀の元に斬り捨てられた。


「痛ってェええええ!」

 激痛に目を覚ましたら、床の上に転がっていた。椅子から転げ落ちた。打ちつけた右肩が痛む。

「マジかよ……」

 今夜は寝ずにいようと決めていたが、溜まった寝不足と疲れのせいで、寝落ちしてしまったようだ。どうせなら寝落ちで逆異世界転移して、元の世界に帰りたかった。とも少し思ったが、そんなことはできない。

 いやー、でも夢で良かった。窓が少し明るい。そろそろ白み始めてきたか。

 いよいよだ。

 俺は、少し早いが、冷たい水で顔を洗った。
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