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異世界闇落チート編

朕は王だからのう

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「……で、蜂起の方なのですが、」

「うむ」

「都度、軍が鎮圧に出向いておりますが、成果は芳しくありません」

「そうか……」

「領土が広いため、いざ兵を派遣しても間に合わない場合がどうしても多くなってしまいます」

 俺が制圧したので、帝国領土は各段に広くなった。それまでの比ではない。しかし、そのことが却って仇となっている。蜂起はゲリラ的に起こるので(というより文字通りゲリラだ)、予測するのも難しい。

「しかし……、それにしても取り逃がしすぎではないか?」

「確かに……。逆賊仮面は神出鬼没です。いつ、どこに現れるか、全く見当がつきません」

「旧帝国領の近くにも現れているではないか。さすがにそれを取り逃がすのはいかがかと思うぞ」

「仰る通りでございます。しかし、今申し上げました通り、何分、奴めは神出鬼没なもので。……私見ではありますが、」

「言ってみろ」

「複数人要る可能性もあります」

「逆賊仮面がか?」

「はい」

「今さっき、逆賊仮面は女であると申したではないか。貴様の発言は矛盾してはいまいか?」

「ハッ……、それはそうなのですが……。しかし、この広い領土のあちこちに数日と空けず現れるというのは、可能性としては捨てきれないかと……」

「お前、汗すごいな」

「め、面目ございません……」

 ショボクレは懐からハンカチを出し、額の汗を拭った。

「まぁ、確かに、あの飛龍があれば移動は早いだろうが、何せ人目に着く。確かに、複数人いるという考えは、的外れとは言い難い。あるいは、人並み外れた身体能力の持ち主ということも考えられる。旧獣人であれば尚更だ。それに、もう一つの可能性もある」

「それは……、どのようなもので……?」

 ショボクレの汗がひどくなる。

「なに。朕の取り越し苦労だろう。気にするな」

「は、はぁ……」

 ショボクレは自分のお茶に口をつける。俺はその様子を観察する。ちらと、自分のカップの中のお茶も見やる。

 ショボクレは一口飲んだ、かと思いきや、すぐさま一気に飲み干してしまった。

「失礼しました……。それで、その他にも厄介なことがあります」

「申せ」

「旧帝国人と旧獣人が連携を取り始めていることです」

「それのどこが厄介だ?」

「旧帝国人の戦術、そして兵器と、旧獣人の身体能力が合わさり、殊の外脅威となっております。いざ衛兵が現場に間に合い、相対しても、苦戦をすることが多くなりました」

「なるほど……。対抗する策はあるか?」

「ないわけではありません」

「何だ? 言ってみろ」

「ハッ……。私個人の考えとしては本意ではないのですが……」

「構わん」

「ハッ……。我が軍にも旧獣人を登用してみるのはいかがかと。さすれば我が軍にも獣人の身体能力という武器が加わり、賊軍に対抗できるのではないかと存じます」

「……なるほど。ということは、今まではいなかったのか?」

「はい」

「なぜだ?」

「やはり、現在の帝国は旧帝国が母体となっておりますので、」

「元『帝妃』が作った国だからな」

「ハァ……。それでその、忠誠心が旧帝国人以上に足りないと思われるからであります」

「旧帝国人ね……」

「あ、いや……、旧帝国人に比べて、各段に忠誠心がない、と申しますか……」

「良い策だと思うぞ。早速、募集をかけよう」

「ありがとうございます。承知致しました、それでは早速手配します」

 そう言って、ショボクレは立ち上がった。

「ん。良きに計らえ」


 ちなみに、その後、旧獣人の衛兵への入隊希望は、ただの一人も来なかった。



「お疲れ様でした」

 俺が部屋に戻ると、ロージがお茶を淹れて待ってくれていた。湯気の感じからすると、今淹れたばかりのようだ。

「あぁ、ありがとう。相変わらず気ィ利くなぁ」

 エスパー・ロージ、健在である。

「実は……、ここからご様子がよく見えたので」

「え?」

 そういえば、ここと聖堂は同じ高さにあって、やや距離はあるが、隣り合っていると言ってよい。見ると、聖堂の中は丸見えだ。まぁ、今日は曇天で、中の様子は薄暗く、あまりよくは見えないのだが。人の出入りくらいは確認できるだろう。

「あまり、行儀が良いとは言えないな」

 一応、苦言は呈してみる。エスパー・ロージ伝説、ここに終了。

「あ! 申し訳ございません……」

「いいよ。おかげで一番良い状態でお茶が飲める」

「会議で疲れた陛下の疲れを癒して差し上げたかったので……」

 俺はカップを手にし、早速一口すすった。

「許す! そしてうまい!」

「ありがとうございます!」

 実際うまい。ショボクレとの会議は二時間ほど。その間、飲まず食わずだったので喉が渇いていた。そこへロージの普段からうまいお茶をすするのだから、それはもう極上である。極茶と言ってよいであろう。

 そんな極茶をすすりながら、ぼんやりと外を眺める。空のどんよりさ加減はさっきよりも、よりどんよりとしてきた。「暗い」とすら言えるくらいだ。

 ロージも俺の隣までやってきた。俺よりちょっと背の高いロージと並んで、しばらく空……というよりは雲を眺めた。

「降りそうですね」

「そのようだね」

 二人眺めていると、更にどんよりとしてきた。

「工事が心配だなぁ」

堰堤えんていの、ですか?」

「うん。工事の邪魔になるから、晴れさせるかな……」

「お優しいのですね」

「そりゃ、王様ですからね」

 ロージがおかしそうに笑った。今から「朕は王だからのう」と言い直そうと一瞬思ったが、今更なのでやめた。

「それに、ちょっと遅れてるんだよね」

「そうなんですね」

「うん。でも、完成すれば、川が今まで通り二本になる。ロージの実家の農家も楽になるだろう」

「あら、そんなに苦しくはなかったですよ」

「え? そうなの? だって、川の水が引けなくて、大変なんじゃないの?」

「ここ最近、季節外れの嵐が起こること、多かったですよね」

 ロージは突然、話を変えた。俺が返答に窮していると、尚もロージは話し続ける。

「嵐は、雷も鳴るし、風も強くて大変ですけど、雨も降らせてくれます。その雨が、川が半分になってしまった水不足を埋め合わせてくれていたんです」

「……」

「だから、あんまり大変じゃなかったんです。それに力仕事は……、あ! お茶、新しくします」

「え? あ、あぁ……」

 見ると、カップは空になっていた。ロージはカップを受け取り、新しいお茶を注ぐ。その時、ロージの手首が目に付いた。

「はい。どうぞ」

 新しいお茶からは、やわらかく湯気が立っている。

「ありがとう」

 一口すする。やはり、淹れたてはうまい。

「ロージ、ブレスレット着けるようになったんだ」

 左の手首に、光沢のある、カラフルな布を巻いている。ちょうど、着物の帯の手首版、といったところか。

「え? ブレ……?」

 俺は自分の、カップを持っている左手首を右の人差し指で示した。

「ああ、腕帯うでおびのことですか? これは最近、ウチの区画に引っ越して来たオラフブ族の方から頂いたんです。お鍋をおすそ分けに持って行ったら、そのお礼ですって。可愛いと思うんですけど、どうでしょう?」

「とても似合ってるよ」

「ありがとうございます」

 ロージはその腕帯を嬉しそうにさすった。オラフブ族とは、牛の獣人の一つである。非常にパワーに長けた種族で、最近は旧帝国領内の農作業で活躍している、と報告があった。

 ロージの手首に見とれていると、絹が擦れるような音が聞こえてきた。はじめはロージが腕帯をさする音かと思っていたが、外から聞こえてくる。見ると、窓のガラスに細く、短い線が幾筋か入り、それがだんだんと増えてきた。

「あら。降ってきましたね」

 雨脚はだんだんと強くなってくる。

「私じゃないよ」

「わかっております」

「晴れさせるかな」

 両手を空に掲げる。

「お優しいのですね」

「朕は王だからのう」

 ロージは笑った。俺も笑った。雨がやみ、晴れ間が見えてきた。
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