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異世界逃走編
地元民
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夜道を二人だけで歩く。ひとつも怖さはないが、突然巨大肉食竜か何かに出てこられたらびっくりして嫌だなぁ、という思いだけはあった。
「あのさ、」
突然、レティエヌが言った。
「ん?」
「私ら……、つーか、お前を追い出したかったの、あの隠者だぜ」
「知ってる」
驚いたように、意外なように、レティエヌは俺を見た。こいつのそんな表情を見るのは初めてだったかもしれない。
「じゃ、なんで礼なんて言いに行ったんだよ?」
「逃がしてくれたろ? だからだよ。一応、な」
「……なるほどね。寝首掻こうと思えばいくらでもできたもんな。さすがに私らが強いと言っても、寝てる時は何もできねぇ」
「そういうこと」
「ところでさ……。それ、食うの?」
「食うよ」
「毒が入ってるかもしんねぇぜ?」
「だとしたら、毒を入れられる俺が悪いんだ」
「ふーん……」
後で食ってみたら、毒は入っていなかった。レティエヌも、俺と同じタイミングでもらった食料を食っていた。
いつものように川沿いを上流へと歩いていた時だった。なんだか行き先の方が騒がしいような気がした。
「お前、ちょっとここで待ってろ」
と言って、レティエヌが俺にフードを目深に被らせ、先に行ってしまった。しばらく待っていると、レティエヌが戻ってきた。戻って来るなり俺に火の草の粉をふりかけた。唐辛子をぶっかけられたようなものだ。
「何すんだよ!」
と抗議したが、全く聞く耳を持たず、
「行くぞ」
と言って俺の手を取って速足で歩き出した。川沿いに歩いていくと、川は滝になっていて、その横の階段状の道を上って行った。
上りきった俺は目を見張った。そこは獣人の村だった。
一本の広く、穏やかな流れの川を中心に、村が形成されていた。ほとんど全ての家は樹上に作られている。
木の上の家から家へ、橋が渡してあり、その橋が網の目のような交通網になっている。見上げると森にかけられた屋根のようだ。橋の間から木漏れ日が洩れていて、まるでライトのようだ。
ここは小型の獣人たちが暮らす村のようで、大きなものでも猫の獣人くらいだ。リスやネズミの獣人が圧倒的に多い。樹上の家並みを行きかう小さな森の住人。それはまるでおとぎ話の中の世界のようだった。
俺が思わず見とれていると、「早くしろ」とレティエヌに急かされ、村の中を通って行った。ほとんどの人は樹上にいるが、地面の道にも人がいないわけではない。なるほど、火の草の粉をかけたのは俺の臭いを消すためだったのか。
レティエヌに連れていかれた先は船着き場だった。川を行くためのボートがある。
「待たせたな」
レティエヌがそう言うと、船頭らしき獣人は頷いた。
「さ、乗るぞ」
レティエヌに促されて、ボートに乗った。
「出していいよ」
レティエヌの一声で、船頭獣人(ちなみにウサギの獣人だ)はボートを舫いてあったロープを解いた。ボートがゆっくりと川へ進む。動力は棒で川底を突いて進むようだ。川の流れはゆるやかなので、流れに逆らって上流へ進むことができる。
「お前はそこでうずくまってろ」
と言って、レティエヌは棒を突いてボートを進めた。
「この川は寂れたところを流れてるけど、ここだけは村があるんだ」
レティエヌが説明する。
「でも幸い、川の匂いがお前の匂いを消してくれる」
「川にも匂いがあんのか?」
「匂いしないのか? 帝国人ってのはホント、色々劣ってるよな」
嗅いでみたが、全然しない。お前らの嗅覚が異常なんだ。
ボートに揺られながら、フードに隠れながらではあるが、改めて村の様子を見てみる。
村の獣人も、隠者と同様、ほとんど喋らない。喋ってるのを見かけても、声は聞こえてこない。小さな声で話してるのだろう。また、足音も聞こえない。
しかし、ひっそりとはしているものの、活気は感じられる。買い物をしている人がいれば、釣りをしている人もいる。川で洗濯をしている母親もいれば、その子供たちは木の上を駆けずり回っている。
フードを取って、もっとハッキリ見たいという衝動に駆られた。ボートを降りて、街を散策したい。俺も、あの木と木を結ぶ橋を渡りたい。
でも、それはできない。俺は帝国人で、ここにいる人らの敵だ。これだけ人が居て、俺だけが違う。レティエヌと二人で旅をしてはいるが、レティエヌはフードで身なんか隠さない。
そして、俺はもう帝国人ですらない。楽しい気分はすぐどこかへ行った。
俺はフードを目深に被り、膝を抱え、俯いた。
獣人の村を抜けると、その後は隠者の家に五つほどお世話になった。
五つ目の家は断崖絶壁にぽっかりと空いた穴で、かつては翼竜の巣だったという。どうしてそんなところに住む気になったのかは全くわからないが、例の「自然との合一」というやつなのだろう。
城を脱出した時と同じようにレティエヌが俺を肩に担ぎ、崖の、あるかなしかの突起をぴょんぴょんと飛んで、その家に着いた。生きた心地がしなかったのは言うまでもない。
そんな面倒なことをしてまで、わざわざそんなところに泊めてもらう必要はないんじゃないかと主張したが、そこら一帯は大型の肉食竜が多数生息しており、野宿をするのは危険だからだという。こちらにも腕に覚えはありとは言えど、確かに寝首を掻かれたんじゃ、ひとたまりもない。
というわけで、ありがたく一泊させていただいたが、ここの食事がすごかった。そんな秘境にある洞窟なため、食糧調達もままならないからだろう、乾燥させた肉を夜と朝、それぞれ一欠片ずつだけだった。
非常に変わった味で(美味いとは言ってない)、酸味が非常に強かった。思うに、多分あれはカビだったのではないか。ああいう状況なので、カビた肉一欠片でも文句を言ってはいけないのだが……、いや、文句は言うまい。
最後の隠者の家を後にして、更に一泊野宿した。大丈夫なのか、と問うたところ、ここらへんは幼い頃から見知ったところなので大丈夫だ、と言われた。その夜、寝てる時に二回、巨大肉食竜の襲撃を受けた。
「そろそろウチだな」
長かった。随分遠くまで来たもんだな、としみじみ思った。
「お前の家って、どんな家なの?」
「うーん、まぁ、隠者の家みたいなもんだな」
「お、おう……」
また洞窟かよ……。いや、何回も泊めてもらったし、いい加減慣れもしたんだけど、やはり床が恋しい。ベッドなんて贅沢は言わない。板の上でいい。風呂にも全然入ってない。
途中で通った村ではちゃんとした家があったので、かなり期待はしていたのだが、穴だと言う。まぁ、お世話になれるだけありがたいのだ。文句は言わん。
「こっちだ」
そう言って、レティエヌは川岸を離れ、茂みに入った。延々と同じような森が川岸に続いているので、傍から見ると突然茂みに飛び込んだように見える。
しかし、そこは「地元民」、何か目印があるのだろう。茂みの中は坂になっていて、それを上っていく。だんだんレティエヌの歩みが速くなっていく。
「ちょ、待ってよ!」
「先行くぞ」
「俺、ここらへん知らないんだぞ!」
「ここ、真っ直ぐ行けば着くから問題ない」
そう言うが早いか、レティエヌはスピードを上げ、見えなくなってしまった。
ふっざけんな!
自分が真っ直ぐ歩いているかどうかもわからない森の中だぞ。ヤバいヤバい。こんな、スマホもない森の中で迷子になったらどうしようもないぞ。
俺は慌てて追いかけたが、そこは猫獣人、所持属性の数では圧勝していても、身体能力では圧敗している。全然姿が見えない。これはいよいよヤバいぞ、と思った時、視界が開けた。
思わず目を奪われた。
「あのさ、」
突然、レティエヌが言った。
「ん?」
「私ら……、つーか、お前を追い出したかったの、あの隠者だぜ」
「知ってる」
驚いたように、意外なように、レティエヌは俺を見た。こいつのそんな表情を見るのは初めてだったかもしれない。
「じゃ、なんで礼なんて言いに行ったんだよ?」
「逃がしてくれたろ? だからだよ。一応、な」
「……なるほどね。寝首掻こうと思えばいくらでもできたもんな。さすがに私らが強いと言っても、寝てる時は何もできねぇ」
「そういうこと」
「ところでさ……。それ、食うの?」
「食うよ」
「毒が入ってるかもしんねぇぜ?」
「だとしたら、毒を入れられる俺が悪いんだ」
「ふーん……」
後で食ってみたら、毒は入っていなかった。レティエヌも、俺と同じタイミングでもらった食料を食っていた。
いつものように川沿いを上流へと歩いていた時だった。なんだか行き先の方が騒がしいような気がした。
「お前、ちょっとここで待ってろ」
と言って、レティエヌが俺にフードを目深に被らせ、先に行ってしまった。しばらく待っていると、レティエヌが戻ってきた。戻って来るなり俺に火の草の粉をふりかけた。唐辛子をぶっかけられたようなものだ。
「何すんだよ!」
と抗議したが、全く聞く耳を持たず、
「行くぞ」
と言って俺の手を取って速足で歩き出した。川沿いに歩いていくと、川は滝になっていて、その横の階段状の道を上って行った。
上りきった俺は目を見張った。そこは獣人の村だった。
一本の広く、穏やかな流れの川を中心に、村が形成されていた。ほとんど全ての家は樹上に作られている。
木の上の家から家へ、橋が渡してあり、その橋が網の目のような交通網になっている。見上げると森にかけられた屋根のようだ。橋の間から木漏れ日が洩れていて、まるでライトのようだ。
ここは小型の獣人たちが暮らす村のようで、大きなものでも猫の獣人くらいだ。リスやネズミの獣人が圧倒的に多い。樹上の家並みを行きかう小さな森の住人。それはまるでおとぎ話の中の世界のようだった。
俺が思わず見とれていると、「早くしろ」とレティエヌに急かされ、村の中を通って行った。ほとんどの人は樹上にいるが、地面の道にも人がいないわけではない。なるほど、火の草の粉をかけたのは俺の臭いを消すためだったのか。
レティエヌに連れていかれた先は船着き場だった。川を行くためのボートがある。
「待たせたな」
レティエヌがそう言うと、船頭らしき獣人は頷いた。
「さ、乗るぞ」
レティエヌに促されて、ボートに乗った。
「出していいよ」
レティエヌの一声で、船頭獣人(ちなみにウサギの獣人だ)はボートを舫いてあったロープを解いた。ボートがゆっくりと川へ進む。動力は棒で川底を突いて進むようだ。川の流れはゆるやかなので、流れに逆らって上流へ進むことができる。
「お前はそこでうずくまってろ」
と言って、レティエヌは棒を突いてボートを進めた。
「この川は寂れたところを流れてるけど、ここだけは村があるんだ」
レティエヌが説明する。
「でも幸い、川の匂いがお前の匂いを消してくれる」
「川にも匂いがあんのか?」
「匂いしないのか? 帝国人ってのはホント、色々劣ってるよな」
嗅いでみたが、全然しない。お前らの嗅覚が異常なんだ。
ボートに揺られながら、フードに隠れながらではあるが、改めて村の様子を見てみる。
村の獣人も、隠者と同様、ほとんど喋らない。喋ってるのを見かけても、声は聞こえてこない。小さな声で話してるのだろう。また、足音も聞こえない。
しかし、ひっそりとはしているものの、活気は感じられる。買い物をしている人がいれば、釣りをしている人もいる。川で洗濯をしている母親もいれば、その子供たちは木の上を駆けずり回っている。
フードを取って、もっとハッキリ見たいという衝動に駆られた。ボートを降りて、街を散策したい。俺も、あの木と木を結ぶ橋を渡りたい。
でも、それはできない。俺は帝国人で、ここにいる人らの敵だ。これだけ人が居て、俺だけが違う。レティエヌと二人で旅をしてはいるが、レティエヌはフードで身なんか隠さない。
そして、俺はもう帝国人ですらない。楽しい気分はすぐどこかへ行った。
俺はフードを目深に被り、膝を抱え、俯いた。
獣人の村を抜けると、その後は隠者の家に五つほどお世話になった。
五つ目の家は断崖絶壁にぽっかりと空いた穴で、かつては翼竜の巣だったという。どうしてそんなところに住む気になったのかは全くわからないが、例の「自然との合一」というやつなのだろう。
城を脱出した時と同じようにレティエヌが俺を肩に担ぎ、崖の、あるかなしかの突起をぴょんぴょんと飛んで、その家に着いた。生きた心地がしなかったのは言うまでもない。
そんな面倒なことをしてまで、わざわざそんなところに泊めてもらう必要はないんじゃないかと主張したが、そこら一帯は大型の肉食竜が多数生息しており、野宿をするのは危険だからだという。こちらにも腕に覚えはありとは言えど、確かに寝首を掻かれたんじゃ、ひとたまりもない。
というわけで、ありがたく一泊させていただいたが、ここの食事がすごかった。そんな秘境にある洞窟なため、食糧調達もままならないからだろう、乾燥させた肉を夜と朝、それぞれ一欠片ずつだけだった。
非常に変わった味で(美味いとは言ってない)、酸味が非常に強かった。思うに、多分あれはカビだったのではないか。ああいう状況なので、カビた肉一欠片でも文句を言ってはいけないのだが……、いや、文句は言うまい。
最後の隠者の家を後にして、更に一泊野宿した。大丈夫なのか、と問うたところ、ここらへんは幼い頃から見知ったところなので大丈夫だ、と言われた。その夜、寝てる時に二回、巨大肉食竜の襲撃を受けた。
「そろそろウチだな」
長かった。随分遠くまで来たもんだな、としみじみ思った。
「お前の家って、どんな家なの?」
「うーん、まぁ、隠者の家みたいなもんだな」
「お、おう……」
また洞窟かよ……。いや、何回も泊めてもらったし、いい加減慣れもしたんだけど、やはり床が恋しい。ベッドなんて贅沢は言わない。板の上でいい。風呂にも全然入ってない。
途中で通った村ではちゃんとした家があったので、かなり期待はしていたのだが、穴だと言う。まぁ、お世話になれるだけありがたいのだ。文句は言わん。
「こっちだ」
そう言って、レティエヌは川岸を離れ、茂みに入った。延々と同じような森が川岸に続いているので、傍から見ると突然茂みに飛び込んだように見える。
しかし、そこは「地元民」、何か目印があるのだろう。茂みの中は坂になっていて、それを上っていく。だんだんレティエヌの歩みが速くなっていく。
「ちょ、待ってよ!」
「先行くぞ」
「俺、ここらへん知らないんだぞ!」
「ここ、真っ直ぐ行けば着くから問題ない」
そう言うが早いか、レティエヌはスピードを上げ、見えなくなってしまった。
ふっざけんな!
自分が真っ直ぐ歩いているかどうかもわからない森の中だぞ。ヤバいヤバい。こんな、スマホもない森の中で迷子になったらどうしようもないぞ。
俺は慌てて追いかけたが、そこは猫獣人、所持属性の数では圧勝していても、身体能力では圧敗している。全然姿が見えない。これはいよいよヤバいぞ、と思った時、視界が開けた。
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