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「皐月!」
フータが私のことを初めて名前で呼んだ。桐沢とかハエちゃんとしか呼んでなかったあのフータが。嬉しい、という感情が先行して、強く打ったはずのおしりが痛くなくなった。それから遅れてなんとなくこそばゆいような感覚が追い付いてきて。心臓がかゆい。顔がそっと熱くなる。それを悟られないように、そしてなぜか転んだだけでこんなにも焦っているフータを落ち着かせるために、少しおどけて笑ってみせた。
学校の近くの駅までの道のりで、フータは一言も発しなかった。いつもならゲームでランクが上がった話とか、ゲームのガチャで神引きした話とか、ゲームのイベントを全クリした話とか……たまに世間話とか。そういうことをしたりするんだけど、今日は顔を伏せがちに何か悶々と考えるような顔つきで黙って歩いている。
一瞬ガチャで爆死でもしてしまったんだろうか、と考えたが違うなと考え直す。もしそうなら、もっとがっかりしてますオーラがひしひしと伝わってくるはずだ。となるとなんだろうか。友達とあまりうまくいってないのだろうか。私と違ってフータはコミュニケーションおばけだし、昼休みはいつもキラキラしてる感じの人たちに囲まれて楽しそうにしてるし、こっちもあまり考えにくい。さて、彼は何をこんなに考え込んでいるのだろう。
そうこう考えているうちに会話のないまま駅に着き、プラットホームの線に沿って電車を待つ。フータは私の後ろに並ぶように立った。二つ前の駅に到着したことを知らせるアナウンスが流れる。
「ねえ、皐月。」
振り返ると、フータが電車のいない線路を見つめたまま話しかけている。また、名前だ。嬉しさを表に出しすぎないようにしながら「なに?」と返す。
「あのさ。」
「うん。」
「俺と、ずっと一緒にいてくれる?」
違う、線路じゃない。こんな近くじゃなくてもっと遠くを見据えてる。力強くなにかを見つめてる。この質問にこたえる権利が果たして私にあるのだろうか。そんな疑問が藪から棒に降ってわいて、そっと消えた。私に頷かないという選択肢はなかったからだ。
私が、首を縦に振った瞬間、一拍間をおいてフータの顔に光がさした。それからフータはうれしそうに顔をくしゃくしゃにして私に笑ってみせたんだ。この顔がすごく好きだと思った。こんな顔を見れるんだったら、何度でも「ずっと一緒にいる。」と言ってもいい、そう思った。
フータは大事なものをそっと手に取るように両手で私の右手を包み込んだ。
「だったらさ。」
すべてが輝いて見えた。少しずつ私の耳に近づく唇も、上がった口角も、頼もしい目も、全部。それらが次の瞬間、すべて無色になったように感じた。まず、耳を疑う。私の耳はいかれたんじゃないか。そうとしか考えられない、と。なんだったらそうであってほしいと、願ってしまっているかもしれない。それから目の前に立つフータの顔をじっと見つめた。邪気を含まない晴れやかな顔。そして、背後にプラットホーム。彼の私の手を握る力が、強くなった。私の体が後ろに傾く。フータがそれに覆いかぶさるようにして倒れ込んで。
「だったら今、一緒に死んでくれるよね。」
電車の到着するアナウンスが、フラッシュバックしたフータの言葉と重なって聞こえた。ひどく冷たく鋭い風が、不意に吹きつける。アスファルトの上で大人しく眠っていた茶色くくすんでいる桜の花びらが、ふわりと舞った。私の中の春が、これから死ぬらしいということを漠然と悟った。
それが喜ぶべきことなのか、嘆くべきことなのか自分の中で決着がつくより先に、すべてがはじけ散った。フータの笑った顔だけがやけに意識の内側に住み着いていたような、そんな感覚にとらわれたまま。
フータが私のことを初めて名前で呼んだ。桐沢とかハエちゃんとしか呼んでなかったあのフータが。嬉しい、という感情が先行して、強く打ったはずのおしりが痛くなくなった。それから遅れてなんとなくこそばゆいような感覚が追い付いてきて。心臓がかゆい。顔がそっと熱くなる。それを悟られないように、そしてなぜか転んだだけでこんなにも焦っているフータを落ち着かせるために、少しおどけて笑ってみせた。
学校の近くの駅までの道のりで、フータは一言も発しなかった。いつもならゲームでランクが上がった話とか、ゲームのガチャで神引きした話とか、ゲームのイベントを全クリした話とか……たまに世間話とか。そういうことをしたりするんだけど、今日は顔を伏せがちに何か悶々と考えるような顔つきで黙って歩いている。
一瞬ガチャで爆死でもしてしまったんだろうか、と考えたが違うなと考え直す。もしそうなら、もっとがっかりしてますオーラがひしひしと伝わってくるはずだ。となるとなんだろうか。友達とあまりうまくいってないのだろうか。私と違ってフータはコミュニケーションおばけだし、昼休みはいつもキラキラしてる感じの人たちに囲まれて楽しそうにしてるし、こっちもあまり考えにくい。さて、彼は何をこんなに考え込んでいるのだろう。
そうこう考えているうちに会話のないまま駅に着き、プラットホームの線に沿って電車を待つ。フータは私の後ろに並ぶように立った。二つ前の駅に到着したことを知らせるアナウンスが流れる。
「ねえ、皐月。」
振り返ると、フータが電車のいない線路を見つめたまま話しかけている。また、名前だ。嬉しさを表に出しすぎないようにしながら「なに?」と返す。
「あのさ。」
「うん。」
「俺と、ずっと一緒にいてくれる?」
違う、線路じゃない。こんな近くじゃなくてもっと遠くを見据えてる。力強くなにかを見つめてる。この質問にこたえる権利が果たして私にあるのだろうか。そんな疑問が藪から棒に降ってわいて、そっと消えた。私に頷かないという選択肢はなかったからだ。
私が、首を縦に振った瞬間、一拍間をおいてフータの顔に光がさした。それからフータはうれしそうに顔をくしゃくしゃにして私に笑ってみせたんだ。この顔がすごく好きだと思った。こんな顔を見れるんだったら、何度でも「ずっと一緒にいる。」と言ってもいい、そう思った。
フータは大事なものをそっと手に取るように両手で私の右手を包み込んだ。
「だったらさ。」
すべてが輝いて見えた。少しずつ私の耳に近づく唇も、上がった口角も、頼もしい目も、全部。それらが次の瞬間、すべて無色になったように感じた。まず、耳を疑う。私の耳はいかれたんじゃないか。そうとしか考えられない、と。なんだったらそうであってほしいと、願ってしまっているかもしれない。それから目の前に立つフータの顔をじっと見つめた。邪気を含まない晴れやかな顔。そして、背後にプラットホーム。彼の私の手を握る力が、強くなった。私の体が後ろに傾く。フータがそれに覆いかぶさるようにして倒れ込んで。
「だったら今、一緒に死んでくれるよね。」
電車の到着するアナウンスが、フラッシュバックしたフータの言葉と重なって聞こえた。ひどく冷たく鋭い風が、不意に吹きつける。アスファルトの上で大人しく眠っていた茶色くくすんでいる桜の花びらが、ふわりと舞った。私の中の春が、これから死ぬらしいということを漠然と悟った。
それが喜ぶべきことなのか、嘆くべきことなのか自分の中で決着がつくより先に、すべてがはじけ散った。フータの笑った顔だけがやけに意識の内側に住み着いていたような、そんな感覚にとらわれたまま。
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