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悪夢は落ちる03

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 ヒオリがナビをしてニールが移動していくが、蔦に邪魔をされてなかなか香りの中心地にたどり着けなかった。
 こちらを見上げていた研究員たちの悲鳴が聞こえる。異変に気付いた者たちが慌てた様子で外に逃げ出していた。

 このままでは大きな混乱が起きて事故に繋がりかねない。いや、それより前に研究所ごとリリアンに取り込まれてしまうだろう。
 あたりの騒がしさに焦りが加速していく中、ヒオリの嗅覚は匂いの濃い場所が移動していることを伝えた。

 彼女は自分たちから逃げおおせる気だ。
 破壊された天井の穴へと匂いの源が入っていくのを察し、ヒオリはニールに告げる。

「……っ、ニール、リリアン女史が穴に入ったわ!」
「まずいですね……、研究員たちを逃がす方が先か……」

 リリアンの蔦は非常に殺傷能力が高く、生身で受けるのは危険だ。
 研究所内にも植物を張り巡らされ、そこを隠れ家にされてしまえば場所がわかっても確保するのは困難になる。

 ならばいったん他研究員とともに避難し、応援を呼んだ方が得策かもしれない。そうヒオリとニールがともに同じ考えに行きついた時であった。
 ふと風の流れが変わり、ヒオリの鼻孔の中にふわりと甘い匂いが届く。

 先ほどから感じている植物の香りと同じものであることは間違いない。
 だが出所が違う。リリアン本体から香るそれよりも、僅かに薄いような気もする。

「……、なんだか、あっちからも同じ匂いがするわ」
「え?」
「リリアンさんのものより、ちょっと弱いけど。もしかしたら」

 鼻をひくつかせるヒオリが視線を向けた先には、先ほどまでリリアンがいた所長室を象徴する六角形の屋根があった。
 他と同様にうごめく植物に覆われている、が、一部が不自然に盛り上がっているようにも見える。

 リリアンが去り、それを護る蔦たちも同時に移動したため、下に隠されていた何かの形が浮き出て見えているらしかった。

「あそこに行ってみて、ニール!何かあるわ!」
「了解しました」

 青年が頷くと同時に体がふわりと舞い上がり、六角形の屋根の上へと着地する。
 流石のリリアンも自分から離れた位置にいるものを攻撃できないのか、蔦がこちらに敵意を向けることは無かった。

 匂いの場所までゆっくり歩いていくが、斜めになっている屋根と張り巡らされた蔦のせいで、足場が悪くよろけそうになる。
 ニールに支えられながら、ヒオリは何かが隠されている場所を掘り返すように植物をかきわけていった。



 リリアンは悲しくて悲しくて吐息をもらす。
 どうしてこんなに努力をし、悪い奴らと戦っている自分が指示されないのだろう。
 酷い酷いと心の中で悪態をつきながら、自分が開けた天井の穴の中へとゆっくり降りて行った。

(酷いわ、ニールさん。私はヴェロニカさんの悪事を暴きたかっただけなのに……)

 くすん、と鼻をすする。あの人は美しいから絶対に自分の味方になってくれると思っていたのに、酷い裏切りだ。
 
 悲しかったけれど精いっぱい逃げ回ったおかげか、己の周りをぷんぷんハエのように飛んでいた邪魔者たちはもう追跡してこない。
 ほっと胸を撫でおろしながら、リリアンは自分を護っていた蔦から体を出し、研究所内に降り立った。

(もっと私の言うことを聞いて、協力してくれる人たちはいないかなあ……)

 クロードは魔法をかけたら素直になってリリアンの信条を理解してくれたけれど、結局最後は諸悪の根源をかばっていた。
 だから彼はもう駄目だ。もっと頼りになって、心から己に賛同してくれる人物を見つけなければならない。

 この研究所には己の協力者となってくれる人はたくさんいたけれど、クロードほど後ろ盾のある人はもういないだろう。
 ならば、ここはもう用済みだ。

「……別の街に行こうかなあ。そうしたらもっとわたしに賛同してくれる人がいるかもしれない」

 深くため息をついて天井を振り仰ぎながら、リリアンは崩れた研究室を出るべく蔦となった足を動かす。
 夢の植物は研究所を包み、飲み込み続けている。ここにいる研究者たちを魔法で『説得』したあとは、自分のために動いてもらおう。

 彼らに次の移動の地を探してもらうのもいいかもしれない。
 だがそうなると、自分は何処に行けばいいのか。

「一旦、家に帰ろうかな。あそこにはわたしの味方をしてくれた人がいたし」
「いいえ、貴女をもう二度と何処へも行かせないわ」

 にわかに声が聞こえ、花の香りが鼻孔に届いた───と思った瞬間、背後から何者かに腕を回され、首を拘束される。
 細い腕が器官を圧迫し、「ぐえ」と潰れたような声を出してしまった。
 あまりの苦しさに魔法の蔦でもって反撃をしようとしたが、それより前に首筋にじくりとした痛みが走る。

「い、いたっ!!!な、なにを……!」
「貴女はもう終わりですわ、リリアンさん」

 冷ややかな声に視線だけで振り返ると、そこには金色の目を冷徹に光らせるヴェロニカがいた。
 しかもその手には何かの薬品が入った遮光瓶が握られている。

 それだけでも恐ろしいのに、首から感じる痛みがどんどん大きくなってきていて、顔から血の気がさあと引いていったことを自覚した。

 ああ!やっぱりヴェロニカは、己を害する悪魔だったのだ!!!
 焼けつくような首筋から全身に広がりを見せる痛みにもだえながら、リリアンは絶望の叫び声をあげた。
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