上 下
56 / 69

そして始まる断罪劇01

しおりを挟む
 ディアトン国立魔法研究所前所長ヴィクトルは、表情と態度は固く、しかし内心は浮き立つような気持ちで会議室の扉を開けた。
 部屋の中央では己の息子クロードとその婚約者ヴェロニカが相対しており、周りを取り囲む職員たちには戸惑いが広がっている。

 仁王立ちをするクロードの背後にはぶるぶると震えるリリアンがいる。
 その様子が少し気がかりだったが、びりりとした一触即発の空気を怪訝に思うふりをして、ヴィクトルは息子へ問いかけた。

「クロード、ヴェロニカくん。これはどういうことだ?」

 父親に固い声で問いかけられ、クロードはヴェロニカに向けていた目をこちらに転じる。
 憎悪の表情は一瞬でためらいにかき消されたが、すぐに気を取り直したようで、こちらに食い掛るような態度で答えた。

「父さん、邪魔しないでください!これは正当なる断罪です!ヴェロニカは魔法学会から追放すべきです!」
「落ち着かんか!状況を説明しろ!いったい何があったんだ!?」

 怒鳴りつけるが、ヴィクトルはこの事態が何によって引き起こされ、どういう意味を持っているのかはよく理解していた。
 昨晩既に、薬品部門の職員たちが研究室内で倒れたという一報を受けている。受けてはいたが全ては己の思惑通りだったので、知らないふりを続けていたのだ。

 クロードが温室に植えた植物を最初に職員に見つけられたときは焦ったものだが、リリアンをけしかけて全てを回収させている。
 同時に調査に乗り出していた職員たちもリリアンの魔法にかけることには成功しており、彼らが疑問を持つことはもう無いだろう。

 ただ病院で寝込む者たちの中にアロマ研究室のヒオリがいないことが気にかかっていたが……、愚かな我が息子のおかげで手を汚さずに排除出来そうだ。
 昨日の件を話し合うための緊急会議の場で、彼女と婚約者ヴェロニカに対してクロードは断罪を決行したのだから。

 温室の件が片付くだけでなく、リリアンのことを探っていた小癪な小娘、ヴェロニカにも鉄槌が下る。
 今日ばかりは出来の悪いクロードに感謝するしかない。

「ここにいるヴェロニカはアロマ研究室のヒオリ氏と共謀し、リリアンの研究を台無しにしたのです!父さん、彼らに罰を!」

 考えなしの息子はリリアンをかばうように前に出て、必死な表情で訴える。
 笑いだしそうなのを堪え、ヴィクトルは息子の顔を睨みつけた。

「……なんてことを、たったそんなことで。それでこんな場でずいぶん先走ったものだな」
「それだけではありません!彼女らこそが薬品部門の職員に危害を加えた張本人!これを見てください!」

 ちらりと肩越しに振り返った息子の視線の先にいたのは、先日香水研究室に配属されてきた魔法博士だった。
 確か名前はニールとか言ったか……は、目礼してヴィクトルの前に出てくると、手に持っていたタブレットを操作してこちらに差し出す。

「ヴィクトル前所長、昨晩の監視カメラの映像です。この映像こそが、ヴェロニカ殿とヒオリ殿の罪を決定づける証拠になります」
「これは……、ふうむ」

 深刻ぶって唸りながら、少々画質の荒い映像を凝視する。
 曰く監視カメラの映像らしいが、流れたのは昨晩アロマ研究室で起こったことの一部始終だった。

 動き回る研究員たちが戸惑い、倒れ、眠りだす。何が起こったのかは知ってはいたが、なるほどこんな状況だったのか。
 慌てた様子のヒオリが倒れ伏す同僚を起こそうと肩を揺らしているところを最後に、その映像はぷつりと切れた。
 監視カメラが故障したらしい。リリアンがやったのだろう。

「これは……どういうことなのだね、ヒオリくん。君が何か知っているのか?」
「いいえ、誓って私は関与していません。私にも何が何だかわからないんです」
「しかし……」

 苛立たし気に眉根を寄せて弁解するヒオリに、ヴィクトルは怪しむような視線を寄せる。
 それだけで部屋の中にいる博士たちの敵意が彼女に向くのがわかり、愉快だった。

 断罪に傾くその空気を焦らしながら悩むふりをするヴィクトルに、ニールは追い打ちをかけるように続ける。

「ほぼ同時刻、ヴェロニカ殿は玩具研究室でリリアン女史のデスクを漁っています。彼女に何かしようとしていたのは明白かと」
「……事実無根ですわ」

 ヴェロニカが苦笑して肩を竦めるが、疑いの眼差しは弱まらない。
 彼女たちに弁解するチャンスは無かった。

 笑い出しそうなのを何とかこらえながら、ヴィクトルは難しい顔で腕を組んでヴェロニカ、ヒオリを見て、クロードを見る。
 三者三様の感情が映る瞳を眺め見、大仰な態度で吐息を漏らしながら口を開いた。

「ヴェロニカくん、ヒオリくん。今回の件、君たちが無関係とは思えない。話を聞きたい。別室へ移動してくれるかね」
「……そんな」

 ヒオリはがっくりと肩を落とし、ヴェロニカは「仕方ありませんわね」と呟きながら不機嫌そうに視線を逸らす。
 クロードは希望に満ちた瞳でこちらを見て、リリアンの手を握った。
 しかし彼女は自らの言い分が通ったというのに、何故か震えが止まらない様子だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...