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153. エピローグ

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 ジーク様と結婚してから2年が過ぎた日のお昼過ぎ、アトランタ邸は大事件が起きたかのように大騒ぎになっていた。

「医者はまだか⁉︎」

「旦那様、そんなに焦らなくても大丈夫でございますよ」

「フィーナがこんなに辛そうなのにか⁉︎」

「ジーク、私は大丈夫だから……」

「そんなに辛そうな表情で言われても安心できないぞ……」


 ……と、主にジーク様が大騒ぎしている。
 それを除いても、使用人さん達が慌ただしく動いているのだけど……。



 こうなった原因は今から10分ほど前に遡る。
 ジーク様といつも通りテラスでお茶をしていた時のことだった。


「どうした?」

「なんだかお腹が痛むのよね……。でも大したことないから大丈夫よ」


 お腹が張るような、初めて経験する痛みを覚えてお腹をさすっていたら、ジーク様に心配されてそんな会話を交わしていた。


「今はフィーナだけの身体じゃないんだから、無理しないでくれよ。フィーナだけの身体でも同じだけど」

「もしかしたら陣痛が始まったのかもしれませんね。念のため寝室に行かれた方が良いと思いますわ」


 側に控えていた侍女さんにそう言われて、私は腰を上げながらこう口にした。


「そうね……。お菓子、勿体無いけど少し休むわ」

「部屋まで付き添うよ」

「ありがとう」


 そうしてジーク様に付き添われて寝室に向かっている時だった。


「フィーナ⁉︎」


 突然の激痛に、思わず床に倒れ込んでしまう私。
 お腹はかばっているけど、そのお腹がものすごく痛いわ……。
 これって、侍女さんの言う通り陣痛なのかしら……?


「奥様⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎」

「ちょっと急にお腹がものすごく痛くなっただけだから、大丈夫よ……」

「どう見ても大丈夫じゃないだろ……」

「陣痛が始まったのだと思いますわ。私はお医者様を呼んできますので、旦那様は奥様を寝室までお願いします」

「ああ、分かった。頼んだぞ」


 そう言って私を抱き上げるジーク様。
 焦っている様子なのに、優しく抱き上げて慎重に寝室まで連れて行ってくれた。


「痛みはどう?」

「引いてきたわ。だからもう大丈夫よ」

「いやいや、倒れ込むほどの痛みだったんだ。念のため医者に診てもらおう」

「うん……」


 それから間もなくして、侍女さんがお医者様を連れてきてくれた。
 すぐにジーク様が状況を説明すると、お医者様はこう口にした。


「陣痛が始まったようですね。またすぐに痛くなるので、今のうちに体力を回復してください」

「さっきまでお茶してたから大丈夫ですわ」


 私がそう口にすると、途端に険しい表情になるお医者様。
 ちなみにこのお医者様、5人の出産経験がある貴族では有名なお産専門のお医者様です。


「もちろんカフェインが入っていないものですので大丈夫ですよ」

「流石に心配のしすぎでしたね。安心しました」


 そんな会話をしていると再び激痛が襲ってきて、うずくまる私。


「包丁が刺さっても慌てなかったフィーナがこのまで痛がるとは……。子供を産むってのは本当に大変なんだな……」


 激痛に耐えていると、ジーク様のそんな呟きが聞こえてきた。


「そんなことがあったんですか?」

「ああ、フィーナが包丁を落として、それが運悪く足に刺さったんだ」

「そんなこともありましたね。私達はかなり慌てましたが、奥様だけは平然とされてましたね」


 痛そうな話題になってるけど、痛みは引いてきたわね……。


「ちょっと痛かったけど、あれくらい魔法で簡単に治せるもの。慌てる方がおかしいわよ」

「治癒魔法の使い手ってかなり少ないので、慌てるのは普通ですわよ。この話、あの時もしたと思いますけど」


 ちょうどその時、寝室にお産用のベッドが運び込まれてきて、私はそのベッドに移動することになった。
 なんでも、お産の時はベッドの上が水浸しになるらしくて、こうするのが普通みたい。


「今はそんなに痛くないから歩けるのに……」

「また倒れた時にお腹を打ったら大変だからね」


 ジーク様に抱えられて移動する私。
 それから、再び痛みが襲ってきて、思わず声を漏らす私だった。

 そして再び痛みが収まった頃、ジーク様以外の殿方は全員部屋から追い出された。
 ちなみに、ジーク様は私の希望で隣で付き添ってくれているから、当然追い出されていない。

 そのタイミングでお医者様様がジーク様に何かを言って、直後に下着を剥ぎ取られた。
 言ってくれたら自分で脱いだのに……。

 当然私は文句を言ったのだけど、すぐに痛みに襲われて有耶無耶に……。
 それからも激痛が襲ってきてはすっと引いていくの繰り返し。


「力まないでくださいね~。ゆっくり息をしてください」


 そう声はかけられているけど、力まないなんて無理よ……。


「はい、息を吐いて~」

「ふうぅ……」

「吸って~」


 そんなやりとりをしている内にどんどん痛くない時間が少なくなってきて、気付けばずっと痛い状態になっていた。

 ただ言われるままに力を入れたりしているけど、意識が朦朧としてきて……。


「あともう少しですよ、頑張ってください!」

 というお医者様の声が聞こえてきて、それに遅れてジーク様の手の感触が強く伝わってきて、少しだけ意識がはっきりした。

 それでも痛みや疲労感で気を失いかけた時、産声が響いた。


「おめでとうございます、お産まれになりましたよ。可愛らしい女の子です」

 というお医者様の声と

「元気な赤ちゃん、産んでくれてありがとう。お疲れ様」

 というジーク様の声と頭を撫でられる感覚を最後に、疲労感とか色々なもので私は気を失った。


 それから目を覚ますと、赤ちゃんは産湯で清められている最中だった。


「大丈夫……?」

「うん……。付き添ってくれてありがとう」

「そばにいたのに何もできなくてごめん」

「ううん、そんなことないわよ……。手を握っててくれてるだけでも心強かったわ」


 そんな会話をしている間に、赤ちゃんが私の元に戻ってきて、私は優しく抱きしめた。


「無事に産まれてきてくれてありがとう、フィリア」


    * * *


 それから月日が流れ、フィリアが産まれてから10年。
 今日は親しい公爵家の方々と王家の方々をお招きしてフィリアの誕生日パーティーをしている。


「フィリア様、お誕生日おめでとうございます! これ、気に入っていただけるか分からないですけど、プレゼントですわ」

「ありがとうございます、リリー様。大切にしますわ」


 フィリアはもう社交界に出てもやっていけそうね。

 しっかりと社交をこなすフィリアとは対照的に、長男のフランクと次男のシオンは会場の端の方で料理をひたすら食べていた。
 ちょうど、ジークに見つかって叱られているけど。


 私はと言うと、招待に応じてくれた方々にお礼をして回っている。

 今はサウザンテ公爵夫人となったアエリア様と王妃となったローズ様とお話ししている。


「皆さん学院の準備はされていまして?」

「もちろんですわ。リリーが勉強をサボるから中々進みませんけど」

「それは大変ですわね……。ローズ様は?」

「王家だからプレッシャーが大きくて大変ですわね。合格は決まっているようなものですけど、その分恥をかかせないために必死ですわ。フィーナ様は?」

「私も準備はしているのですけど、フィリアが座学の勉強をあまりしていないみたいで少し心配してますわ」

「実技が出来るなら問題無いですわよ。流石はフィーナ様とジーク様の娘さんですね。羨ましいですわ」

「世界一の魔法の先生と世界一の剣術の先生がいるなんて羨ましいですわ」


 グレイヴでは12歳を迎える年から学校に通う決まりになっていて、その中でも貴族は試験が必要な王立学院に通わせるのが通例となっている。
 ただ、試験があるから必ず入れるわけではなく、それが理由で10歳前後の子供を持つ貴族は教育に力を入れている。


「ご迷惑でなければ、リリーに魔法を教えて下さらない?」

「いいですわよ。でも、実力が確実に着くかは分かりませんわ」

「大丈夫ですわ。では、来週からお願いしても?」

「分かりましたわ。詳細は明日お茶でもしながら決めましょう?」

「ええ、お願いしますわ」


 アエリア様とそんな会話をしているうちに時間が過ぎ、フィリアのお祝いをする時間になった。


 参加者全員でフィリアの前に集まって、お祝いの言葉を口にし、それに続けてフィリアがケーキのロウソクの火を消したり、参加者がプレゼントを渡したりしていった。
 今日は公爵家と王家しか招待していないから、フィリアも疲れていない様子で終始笑顔だった。

 それからしばらくして、パーティーお開きになった後、私がパーティー中に渡したプレゼントとは別に家族全員で用意したプレゼントをフィリアに渡した。


「お誕生日おめでとう、フィリア。これ、私達からのプレゼントよ。気に入ってくれるといいのだけど……」

「ありがとうございますっ! 大切にしますわ!」

「お姉様、誕生日おめでとう!」」

「「おめでとう!」」


 私達家族全員で用意したプレゼントを受け取って嬉しそうなフィリアを見て、思わず抱きしめてしまう私。

 それから写真を撮ったり、みんなでケーキを食べたり、幸せな時間はあっという間に過ぎていって……。
 こんなことを願う私だった。



 この幸せがいつまでも続きますように。
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