上 下
37 / 74

37. 余命7日③

しおりを挟む
(今の冗談だからね? 真に受けないで?)

 うん、知ってた。だって、幻覚なら触れていた時点でおかしいもの。

(分かってるから大丈夫よ)
(急に止まるから信じちゃったとばかり……)
(いい気分転換になったわ。ありがとう)

 驚いたように見せたのは私からのささやかなお返し。
 でも、精霊のフレアが冗談を言ったことに驚いていたから、少し分かりにくい演技だったかもしれないわね。

 そんな反省をしながら足を進め、数分も経たずにレストランにたどり着いて、いつものやり取りに続けて席に案内されたのだけど……

「レティシアさん、今日は隣ですのね。良かったらこちらに来ませんか?」
「では、お邪魔しますわ」

 ……通路を挟んで向かい側の席にクロエさんが座っていて、席を変えてもらうことになった。

「レティシアさんは何にしますの?」
「私はこれにするつもりですわ。全種類頂くために順番に選ぶことにしてますの」
「奇遇ですわね。私もそのやり方で、今日は3周目ですの」

 そんな会話をしながら料理を待つ私達。
 でも、10分待っても運ばれてこなくて……

「大変お待たせしました」

 ……そんな言葉と共に料理が運ばれてきた時には女官の仕事が始まる時間まで数分しかなかった。
 だから間に合わせるために無言で食事を進めて、なんとか1分前にここを出ることが出来た。クロエさんが。

 私は今日から視察に同行するために休暇を頂いているから、普段通りに食事をすすめた。



 それから挨拶をするために仕事場に寄ったのだけど、今日も仕事はほとんどなかったみたいでお茶会をしていて、参加したい気持ちを抑えながら殿下との待ち合わせ場所に向かうことになってしまった。

(王子はまだいないみたいね)
(まだ10分前だもの。いなくて当然よ)

 特に話す話題もなく、ひたすら待つこと10分。
 ジグルド王太子殿下が護衛さんと共に姿を見せた。

「待たせてすまない」
「いえ、大して待っていないのでお気になさらないでください」
「そうか。それなら良かった。
 馬車は荷物用と乗る用で2台しか用意してないが、大丈夫か?」
「ええ、問題ありません」

 使用人さんも同乗するはずだから、頷く私。
 すると、殿下は近くに止まっていた馬車のところまで案内してくれて、驚いたことに手まで差し出してきた。

「先に乗ってくれ」
「ありがとうございます」

 お礼を言って、殿下の手を借りながら馬車に乗る。
 続けて殿下も馬車に乗ってきて、最後に補佐官の方と侍女さんが乗ってきた。

「では出発致します」
「ああ、よろしく頼む」

 殿下と御者さんのやり取りの後、馬車はガタゴトと小さな音を立てながら動き出した。

 侯爵領は王都を出てから1時間もかからずに着く距離にある。
 それでも3日もかかるのは、それだけの広さがあるから。

 しっかりと案内出来るといいのだけど……。

 領地のことを勉強と称して視察したりしていた時もあったから、案内出来ないことはないと思っている。でも、完璧ではないから少し不安に感じている。

「今回は応じてくれてありがとう。領主ではない君に多くは求めないから、気楽に案内してもらえるの助かる」
「お気遣いありがとうございます。精一杯務めさせていただきます」

 そう返す私。正直この時点で会話は途切れるものと思っていたのだけど、殿下は次の話題を出してきた。

「王宮での生活はどうだ?」
「今まで侍女に任せていた事を自分でする必要があるので、少し困惑していますわ。でも、すぐに慣れると思います」
「そうか。必要なら侍女を付けるが」

 そんなことされたらフレアと自由にお話出来なくなってしまうわ!

「いえ、大丈夫ですわ。1人の方が気が楽ですので」

 慌ててお断りする私。

「分かった。それなら侍女の件は無かったことにしよう。
 他に何か要望はあるか?」
「いえ、特にはありませんわ」

 そう答えれば、殿下はどういうわけか困ったような表情を浮かべた。

 でも、滅多に話すことのない殿下との会話は、話題が沢山あるお陰で途切れなかった。
 だから、最初の目的地に着くまではあっという間に感じた。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……? ~ハッピーエンドへ走りたい~

四季
恋愛
五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……?

【完結】マザコンな婚約者はいりません

たなまき
恋愛
伯爵令嬢シェリーは、婚約者である侯爵子息デューイと、その母親である侯爵夫人に長年虐げられてきた。 貴族学校に通うシェリーは、昼時の食堂でデューイに婚約破棄を告げられる。 その内容は、シェリーは自分の婚約者にふさわしくない、あらたな婚約者に子爵令嬢ヴィオラをむかえるというものだった。 デューイはヴィオラこそが次期侯爵夫人にふさわしいと言うが、その発言にシェリーは疑問を覚える。 デューイは侯爵家の跡継ぎではない。シェリーの家へ婿入りするための婚約だったはずだ。 だが、話を聞かないデューイにその発言の真意を確認することはできなかった。 婚約破棄によって、シェリーは人生に希望を抱きはじめる。 周囲の人々との関係にも変化があらわれる。 他サイトでも掲載しています。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。

松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。 全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪

処理中です...