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1. 婚約破棄

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「どういうことなの……!?」

 思わず飛び出しそうになった叫び声を抑える私。
 普段と変わらない王宮の庭園の風景の中に、私が口をおさえる羽目になった元凶はあった。

 花に囲まれた場所で寄り添う男女。
 一人は茶髪で整った顔をしている若い殿方、もう一人は桃色の長い髪をしている。顔は殿方の身体に埋めていて、残念ながら見ることはできない。

 この状況だけ見れば、普通の仲睦まじいカップル。
 問題は、若い殿方が私の婚約者だということ。

 要するに、私は浮気の現場に居合わせてしまっていた。


 もしも今、私の存在が彼らに見つかってしまったら、修羅場が出来上がってしまうのは間違いない。
 騒ぎを起こして変な噂が立たないようにするためにも、私はその場から静かに立ち去ることにした。

 そして、王宮に与えられた私の部屋に戻ると、すぐに荷物の整理を始めた。

「聖女様、何かあったのですか? 泣かれているなんて、余程のことがあったようにしか思えないのですが……」
「今は放っておいて……」

 愛なんて存在しない政略婚約。浮気されないわけがないと言われればそれまでだけど。
 それでも優しく接してもらえていただけに裏切られたような気がして、すごく悲しかった。

 その悲しい気持ちは押し殺そうとしているのだけど、涙として溢れてきてしまっていた。


 
 それからどれくらい過ぎたのか、王宮で開かれているパーティーに婚約者である第一王子のヴィルハルト殿下と参加している時だった。

「今日この時をもって、聖女フィリアとの婚約を破棄する! まさか、他に男がいるとは思わなかった。残念だよ」

 声を大にしてそう口にするヴィルハルト殿下。
 予想外の言葉に、私は固まってしまった。

 何故か私が浮気していたことにされているけれど、私に浮気をしたなんて経験はない。

 それに、昼の間に映写機という魔道具で証拠は記録してある。だから、殿下が浮気をしたという事実は周囲に認めさせることができる。
 だから、すぐに立ち直った私は強気で反論した。

「私が浮気ですか? 浮気をしていたのは貴方なのに、私に濡れ衣を着せるおつもりですか!?」

「事実は事実だ。アウレアが言っていたよ。君が若い男性と共にいるところを見たってね。
 証拠もあるんだけど、今見せたほうがいいかな?」

 そう口にしながら側に控えていた使用人から封筒を受け取り、封を切る殿下。
 私にだけ見えるように示された封筒の中身には、私と殿方の後ろ姿が一緒に写っていた。

 この写真の場面には覚えがあった。

 数週間前に見知らぬ殿方が困っていたところを助けたことがあった。この写真は間違いなくその時のものだと思う。
 紛らわしい写真ではあるけれど、顔が映っていないから普通は証拠にはならない。そう考えた私はこう切り出した。

「他人かもしれない後ろ姿を証拠にできるとお思いなのですか? それに、私には殿下が浮気をしている最中の証拠があります。

 ここまで言っても、殿下の様子が変わることは無かった。
 それでも私は言葉を続けた。

「これで立場が危うくなるのは殿下なのですよ? それでもこの場で公言されるのですか?」
「そんなもの問題にもならない。これは君がしでかしたことの重要さを思い知らせるためにも重要なことなんだ。分かるかい?」
「分かりたくないし、理解もしたくないですわ」

 こんな意味不明な発言、そもそも理解できるはずがない。
 理解できるのならどうかしている。そう思う私。

「浮気をしていたのに随分と強気だな? まあいい、お前からは今日から聖女ではない。これは確定事項だ」
「それには私も賛成ですわ。聖女でありながら不貞を働くなど、あり得ないことですもの」

 私を睨みながらそんなことを口にするサウムーン伯爵家のアウレア様。
 自らが不貞を働いているのに、このような発言をするのは有り得ないことなのだけど……。

「もっとみっともなく縋ってくれると期待していたんだけどな……」
「恥を晒してくれなくて残念ですわぁ」

 不快な声が耳に入ってくる。
 浮気男に執着するなんて変な趣味はないから、悪足掻きするつもりはない。

 それに、事あるごとに私を呼び出して、いいように働かせてきた彼から離れられるのはこの上ない僥倖だった。
 でも、ただで離れる気は全くなかった。

 一方的に悪者にされるのはプライドが許さなかったし、私の今後にも関わってしまうから。

「殿下、お願いがあります。私、神聖なる教会の庭園ではしたなく腰を振っていた方々と接したくはありませんの。
 ですので、私との婚約を破棄していただけませんか? それと、慰謝料はお支払いください」
「ああ、阿婆擦れ女とはこっちから願い下げだ。
 慰謝料? そんなもの、浮気をしていたお前が払うべきだ」

 途端に凍り付く周囲の方々。
 それもそのはず、私の言った言葉の意味が分かれば目の前の殿下と伯爵令嬢が何をしていたのかが分かるから。

 その当人達は何も気づいていないようだけど……。

「では、ごきげんよう。どうぞお幸せに。
 場を汚して申し訳ありませんでした」

 私は周囲の方々に頭を下げて、その場を後にした。



 お父様、お母様。こんなことになってしまって申し訳ありません……。

 走りながら、心の中で謝る私。


 浮気を見た時点で察していた事だったけれど、溢れる涙を抑えることは出来なかった。
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