30 / 41
第四章 伍塁様には見せられない
未差さんに相談だ!
しおりを挟む
「風邪?」
マスクに気づいた伍塁はすぐに実玖の顔を覗き込んだ。
「少し……喉が……」
わざとらしく喉を押さえ視線を落とした実玖は、ヒゲがはみ出ていないか気になって、そっと上目使いで伍塁の様子をうかがう。
「花粉症でも喉が痛くなったり、風邪みたいな症状が出ることがあるらしいから、医者に行こう」
伍塁は自分のおでこと実玖のおでこにそれぞれ手を当てて、熱を確認しながら目で強く促した。伍塁の瞳は真っ直ぐ実玖を見て離れない。
嘘をついていることが後ろめたく、うつむいて「自分で行けますので大丈夫です」と実玖が言ったのをさらに伍塁は調子が悪いのかと思ったようだ。
「打ち合わせのついでに送っていくよ、つらそうだし」
周りを見回してジャケットを見つけ実玖の肩にかけてから、伍塁もカーディガンを羽織っている。
「いえ、わたくしは問題ありません。伍塁様はお仕事に遅れるといけませんので」
「いいよ、車のほうが実玖もつらくないよ」
「そんなに悪くないので、心配は無用です」
「気にしなくていい、それに悪いかどうか見てもらわないとわからないし」
丁寧に断れば断るほど、伍塁は遠慮してると思い心配をする。
実玖がどうしたらいいか考えていたとき、伍塁はポケットに手を入れてスマホを取り出した。音はしないがコールがあったようだ。
「おはようございます。……はい、今から伺いますので……はいよろしくお願いします」
今日の仕事先から電話のようだ。このまま送り出そうと、実玖は伍塁のバッグを持って廊下に出る。
「お客様がお待ちしてます。わたくしは自分でいけます。気をつけて、いってらっしゃいませ」
伍塁は廊下を歩き、見送る実玖の顔を見ながら心配そうに「やっぱり送って行く」と言ったが、玄関の外まで送り出すとあきらめたように「何かあったら連絡して」と出かけていった。
心配されたままではいけない。ますます何とかしなくては、と実玖は急いで部屋の片付けを済ませ家を出た。
通りにでてバスに乗った。財布からお金を出すより便利だからと、伍塁にバスや電車に乗れるカードを渡されている。買い物も行きは歩いて、帰りはバスに乗ることもある。
最近は一人でニンゲンとして出かけることに、違和感がなくなってきた。
それにしても、いつもは人間の髭しか生えなかったのに、なんで一本だけ猫ひげがはえてしまったのか。
伍塁にあやしまれるのは絶対避けたい。もし、猫だったことがバレたら、どう思われるのだろう。化け猫とか幽霊とか、そういう風に思われるのだろうか。
猫と何度も話をしているうちに、自分が気が付かないだけで、猫がえりしてるんだろうか。
もしかして人間にもこういう髭がはえることがあるのではないか。もしそうだったら、隠さなくてもいいのではないだろうか。
実玖はバスに乗っている間、考えた。考えただけでわからないまま、忘れないように指を折って数えた四つ目のバス停で降りた。
ここから歩いて5分くらいだが、歩いてなんていられる気分ではなく、実玖は走って行く。
風を受けて目を細め、全力で手足を動かすと体が軽く、少しだけモヤモヤが減った気がした。
大通りから角をひとつ曲がった先に目的地はあった。
マスクを外しながら階段を二段飛ばしで駆け上がり、真宝野家政ふ紹介所の居間に挨拶もなく慌ただしく駆け込んだ。
「所長さん、あのっ! 大変なんですっ! ヒゲがっ……1本だけ、ヒゲっ、生えて……、ネコのっ……きましたっ」
「……」
「あっ……未差さんでした! こんにちは、ご無沙汰してますっ! あの、大変……なんですヒゲがっ、ヒゲがっ……伸びちゃってっ、切れなくてっ……、引っ張ったら、痛くて、伍塁様にはっ、見つかると困るのでっ……」
息が切れ、早く伝えたい心が言葉を慌てさせ、何を言っているか全く要領を得ない。
未差はお茶を飲みながら騒がしい実玖を不思議なものを見るようにチラチラ見ている。
「おちついて、まずはお茶を飲みなさい」
と、ふたつの湯のみにお茶を行ったり来たり、注ぎ換えながら冷ましてくれた。
それでもお茶が熱くて飲むことができず、深呼吸して息を整えながら、冷凍庫から氷を勝手に二欠片出してきた。氷を入れたお茶をひと口飲んでからまた深呼吸し、落ち着いて「失礼しました」と頭を下げる。
「伍塁様が不審に思うといけないので、マスクで隠していました」
自分の顔の左側を押し出すように見せた。
未差は近づけられた頬のヒゲを間近で見て、ふふんと笑って鼻をひくひくさせた。
「それはね、福髭だから。大事にしなさい。抜けたら財布に入れておくと金運が上がるわよ」
実玖は「福髭」という言葉に一瞬いい事だと思ったがそうじゃない。
「無理です、猫のヒゲはそんなに簡単に抜けないです、伍塁様にみつかってしまいます……困ります」
「じゃあ、抜いちゃえば?」
未差はなんでもない事のように平然としている。
「えーーーー」
やっぱり抜くしかないのか、実玖は猫がヒゲを失くすイメージしか湧かず、実際髭を切られた猫の話を初めて聞いた時の衝撃と同じくらい、気持ちが萎えた。
「実はさっき引っ張ってみたんです。ですが抜ける気配はなくて、根元が赤く痛くなっただけなんです」
ピンと張った猫ヒゲを指先でつまんで引っ張りながら声が小さくなった。
ふと、うさぎのヒゲが生えたことあるか聞こうと思って、なんと聞いたらよいか考えていた。
「たぶん、痛みなく抜いてくれるところがあるから、紹介するわ。漢方の処方やエステをやってる、元クマのお店」
未差は「連絡しとくから今から行きなさい」と住所が書いてある、小さな手作り風のカードを実玖に渡した。
マスクに気づいた伍塁はすぐに実玖の顔を覗き込んだ。
「少し……喉が……」
わざとらしく喉を押さえ視線を落とした実玖は、ヒゲがはみ出ていないか気になって、そっと上目使いで伍塁の様子をうかがう。
「花粉症でも喉が痛くなったり、風邪みたいな症状が出ることがあるらしいから、医者に行こう」
伍塁は自分のおでこと実玖のおでこにそれぞれ手を当てて、熱を確認しながら目で強く促した。伍塁の瞳は真っ直ぐ実玖を見て離れない。
嘘をついていることが後ろめたく、うつむいて「自分で行けますので大丈夫です」と実玖が言ったのをさらに伍塁は調子が悪いのかと思ったようだ。
「打ち合わせのついでに送っていくよ、つらそうだし」
周りを見回してジャケットを見つけ実玖の肩にかけてから、伍塁もカーディガンを羽織っている。
「いえ、わたくしは問題ありません。伍塁様はお仕事に遅れるといけませんので」
「いいよ、車のほうが実玖もつらくないよ」
「そんなに悪くないので、心配は無用です」
「気にしなくていい、それに悪いかどうか見てもらわないとわからないし」
丁寧に断れば断るほど、伍塁は遠慮してると思い心配をする。
実玖がどうしたらいいか考えていたとき、伍塁はポケットに手を入れてスマホを取り出した。音はしないがコールがあったようだ。
「おはようございます。……はい、今から伺いますので……はいよろしくお願いします」
今日の仕事先から電話のようだ。このまま送り出そうと、実玖は伍塁のバッグを持って廊下に出る。
「お客様がお待ちしてます。わたくしは自分でいけます。気をつけて、いってらっしゃいませ」
伍塁は廊下を歩き、見送る実玖の顔を見ながら心配そうに「やっぱり送って行く」と言ったが、玄関の外まで送り出すとあきらめたように「何かあったら連絡して」と出かけていった。
心配されたままではいけない。ますます何とかしなくては、と実玖は急いで部屋の片付けを済ませ家を出た。
通りにでてバスに乗った。財布からお金を出すより便利だからと、伍塁にバスや電車に乗れるカードを渡されている。買い物も行きは歩いて、帰りはバスに乗ることもある。
最近は一人でニンゲンとして出かけることに、違和感がなくなってきた。
それにしても、いつもは人間の髭しか生えなかったのに、なんで一本だけ猫ひげがはえてしまったのか。
伍塁にあやしまれるのは絶対避けたい。もし、猫だったことがバレたら、どう思われるのだろう。化け猫とか幽霊とか、そういう風に思われるのだろうか。
猫と何度も話をしているうちに、自分が気が付かないだけで、猫がえりしてるんだろうか。
もしかして人間にもこういう髭がはえることがあるのではないか。もしそうだったら、隠さなくてもいいのではないだろうか。
実玖はバスに乗っている間、考えた。考えただけでわからないまま、忘れないように指を折って数えた四つ目のバス停で降りた。
ここから歩いて5分くらいだが、歩いてなんていられる気分ではなく、実玖は走って行く。
風を受けて目を細め、全力で手足を動かすと体が軽く、少しだけモヤモヤが減った気がした。
大通りから角をひとつ曲がった先に目的地はあった。
マスクを外しながら階段を二段飛ばしで駆け上がり、真宝野家政ふ紹介所の居間に挨拶もなく慌ただしく駆け込んだ。
「所長さん、あのっ! 大変なんですっ! ヒゲがっ……1本だけ、ヒゲっ、生えて……、ネコのっ……きましたっ」
「……」
「あっ……未差さんでした! こんにちは、ご無沙汰してますっ! あの、大変……なんですヒゲがっ、ヒゲがっ……伸びちゃってっ、切れなくてっ……、引っ張ったら、痛くて、伍塁様にはっ、見つかると困るのでっ……」
息が切れ、早く伝えたい心が言葉を慌てさせ、何を言っているか全く要領を得ない。
未差はお茶を飲みながら騒がしい実玖を不思議なものを見るようにチラチラ見ている。
「おちついて、まずはお茶を飲みなさい」
と、ふたつの湯のみにお茶を行ったり来たり、注ぎ換えながら冷ましてくれた。
それでもお茶が熱くて飲むことができず、深呼吸して息を整えながら、冷凍庫から氷を勝手に二欠片出してきた。氷を入れたお茶をひと口飲んでからまた深呼吸し、落ち着いて「失礼しました」と頭を下げる。
「伍塁様が不審に思うといけないので、マスクで隠していました」
自分の顔の左側を押し出すように見せた。
未差は近づけられた頬のヒゲを間近で見て、ふふんと笑って鼻をひくひくさせた。
「それはね、福髭だから。大事にしなさい。抜けたら財布に入れておくと金運が上がるわよ」
実玖は「福髭」という言葉に一瞬いい事だと思ったがそうじゃない。
「無理です、猫のヒゲはそんなに簡単に抜けないです、伍塁様にみつかってしまいます……困ります」
「じゃあ、抜いちゃえば?」
未差はなんでもない事のように平然としている。
「えーーーー」
やっぱり抜くしかないのか、実玖は猫がヒゲを失くすイメージしか湧かず、実際髭を切られた猫の話を初めて聞いた時の衝撃と同じくらい、気持ちが萎えた。
「実はさっき引っ張ってみたんです。ですが抜ける気配はなくて、根元が赤く痛くなっただけなんです」
ピンと張った猫ヒゲを指先でつまんで引っ張りながら声が小さくなった。
ふと、うさぎのヒゲが生えたことあるか聞こうと思って、なんと聞いたらよいか考えていた。
「たぶん、痛みなく抜いてくれるところがあるから、紹介するわ。漢方の処方やエステをやってる、元クマのお店」
未差は「連絡しとくから今から行きなさい」と住所が書いてある、小さな手作り風のカードを実玖に渡した。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる