頭と心

トウモロコシ

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頭と心

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こんなに暑い中、外で立って朝礼だなんて、教師はなにを考えているのだろう。
昼間ほどではないにしても、太陽の光がギラギラと照りつける運動場で、前も後ろも右も左も人だらけで熱気に包まれた状態。校長先生のそれほど重要だとも感じないお話を、右から左へと聞き流した。



目の前がぐらぐらと揺れ始めた。
校長先生の話は途切れることなく続いていて、まだしばらくは終わりそうにない。

しんどい。気持ち悪い。頭痛い。熱い。

そんなことばかりが頭に浮かぶ。きーん、という、モスキート音のような音が耳の奥で鳴り響く。先生の話なんて聞いている余裕はない。

もう少ししたら、終わるかもしれない。だいたい、校長先生の話が終わればあとはトントンと進んでいく。
もう少しだけ我慢すれば…。



目を瞑ってみても、ぐらぐらとした感覚が抜けない。むしろ、周りが見えない真っ暗な空間、というのが怖いと感じる。
腹からせり上がってくる何かを吐き出したいと思うが、それが吐瀉物とわかっているから、そんなことは出来ないと、何度も生唾を飲み飲んだ。胸のあたりがもわもわとして気持ち悪くて、少し摩るがあまり効果はない。
ガンガンと内側から殴られるような頭の痛みに、無意識に額に皺を寄せる。



先生に言おうか、などと考えて、周りを見渡した。
顔をあげた途端に、ぐるっと、世界が一周した様な感覚がして、立っていられなくなった。

しゃがみこむ前に、誰かに言わなきゃ、という僅かに残った理性で、前か横かに立っていた人の手を掴んだ。

「し、んど、、た…すけ、て。。」

なんとか繰り出した声は自分でも驚くほど小さくて、思いの外限界を迎えていたことを、ここではじめて知った。
頭の中で一瞬でこれだけのことを考えられたのは、危機的な状況故だろうか。

助けを求められたことで安心したのか、俺の意識はそこで途切れてしまった。





数日前、祖父が亡くなった。お金や生活の関係で、うちで同居を始めた頃には、既にもう、十分歳だったし、日毎に衰弱していくような姿を見ては、そろそろ逝くかも、なんてあまり考えてはいけないことまで考えていた。
案の定、と言うべきか、ほぼ想像通りのタイミングで亡くなってしまった。

俺が、友達と遊びに行っている間に。
その日は今季初の真夏日になるとかで、とても暑かった。
電話がなって、おじいちゃんが亡くなったから帰ってきなさい、と言われた。友達にそれをそのまま言うのは少し戸惑って、それとなく理由をつけて帰ってみると、知らない人が数人、家にいた。父母は、お葬式の手続きや、死亡届などの書類関係で手一杯で、泣き崩れている弟の面倒を見ておく事が、俺の仕事だった。

床に横たわるじいちゃんの死体をみても、涙は出てこなくて、泣き崩れる光留の面倒を見るのに集中出来てしまった。

昨日まで、「普通に」とはいかなくとも、一緒に会話して、ご飯を食べて、家族で寝ていたのに。
良くしてくれた。
お世話になった。
事に全く関係のないじいちゃんに、訳もなく八つ当たりして、それでも怒らずに抱きしめてくれたこともあった。
それは、昨日まで変わらず、優しい手つきで。
昨日は、じいちゃんからの最後のプレゼントだって言って、お金をくれようとした。
そんなじいちゃんが大好きだった。


お通夜でも、お葬式でも、火葬場でも、俺は泣けなかった。あまり泣かないイメージのあった親戚の涙を見ては、あの人でも泣くんだ、と思った。花を添える時は、この花綺麗だな、と思った。火葬が終わって出てきた御骨を見て、理科室の人体模型を思い出した。
亡くなってから、ずっと泣いている光留の頭を撫でたり、背中を撫でたり、抱きしめたり、そうして慰めていた。


大好きだと思っていた人が亡くなって、それなのに泣けなかった。涙が不思議と出てこなかった。
大好きだと思っていたのは表面で、自分すら知らない奥の奥ではそんなに大事な人ではなかったのかもしれないとすら思うほどに。
それが悲しくて、そんなことはあって欲しくないと思うけれど、事実、涙は出てこない。

慌ただしい日々が過ぎて、学校に登校したのだ。






目が覚めた。
薄い青色のカーテンで自分の周りが囲われている。天井が見える。保健室のベッドに寝かされているようだ。
ベッド横には心配そうな顔をした光留と、その隣に保健室の先生が座っていた。

「兄ちゃん、目が覚めた…!?」
「ひ、かる。。。?」
「中村さん、私はわかりますか?」
「ほけん、しつの…まつしま、せんせい…です。」
「よかった。」
「兄ちゃん、朝礼で倒れたって聞いて…」

うるうると目に涙を溜めていく光留。松島先生はカーテンの外へと歩いていった。
何時かはよくわからないが、他学年であるはずの光留がここに居るなら、休み時間かも。
ぽろぽろと頬を伝い出した光留の涙が、ふと、先日の光留を思い出させた。

あれは、、いつのことだっけ。


「ひかる。。」
「何?」
「じい、ちゃんが、しんだの、、いつだっけ……」
「…兄ちゃん?」
「きのう、?そう、しきは、、?おわった?」
「兄ちゃん、おじいちゃんが亡くなったのは、ちょうど一週間前だよ?」
「……そか。…」


一週間前か。一週間、俺はじいちゃんが亡くなったことに対して、悲しみを感じていなかったのか。亡くなったの、昨日じゃなかったのか。夢では昨日、って…。言ってなかったっけ?っていうか、俺、葬式とか全部出たよな。親戚の泣き顔だけは、沢山出てくるのに…。じいちゃんの亡き顔、思い出せないかも…。見てないかもしれない、じいちゃんの顔。

「っ、、あっ。。…。なんで、、……!?なんで、みてないの。…。…、。あれだけ、、いっしょに、、いたのに。。。なんで。」
「兄ちゃん……?」
「どんな、顔して、!、寝てた!?、、もっ、、なんで…。見てないの…、あれだけ、、よくして、もらったのに……」

涙。今でてきた。なんで、あの時は出てこなかったんだろう。なんで、今なんだろう。あれだけの騒ぎの中、俺だけが普通でいたのに、なんで今は、こんなに、涙が出てくるの…。どうしてっ、、。

「もう、、じいちゃん、、にあえないの、わかって、、たのにっっ。。」
「兄ちゃん…。」

ふわっと、包み込まれるような感じがした。温かくて、どこまでも温かくて。その温もりが欲しくて、無我夢中で手を伸ばした。伸ばした手は深い水の底から引き上げられるようにゆっくりと、まるで宝石を扱うように丁寧に包み込まれて、握られた。
光留に抱きしめられてると分かるまでに、一体どれだけの時間を要したか。

「心が、追いついて、いなかったのかも。」
「なんで、、じいちゃん、なくな、ったって。……ちゃんと、わかってた。。」
「頭では、の話。心は、理解出来ていなかったのかも。あの時、僕も、自分のことで精一杯で、、」
「、、ぁっうぅ、」
「兄ちゃんが、泣けてないの、気づけなくて…じいちゃん、幸せそう、だったよ。きっと、幸せだったんだよ。」
「、、、っっ、、」
「兄ちゃんの、悲しみも、今頃、天国で、受け止めてるんじゃ、ないかな。」
「…。だと、いいな…っっ、、ちゃんと、、わかれ、たかった……。」
「うん。そう、だね。ごめん。」

光留は謝る必要ないのに。そう思っても、それよりも、じいちゃんとの思い出が、ぐるぐるとまわって、それは口に出せなかった。光留が言うようにきっと、きっと幸せだったんだろう。もう、会えない。だから、そう信じるしかないけれど。


兄として情けない、なんてそんなことは頭に浮かばない。
今は、もう少しだけ、こうして、抱きしめていて欲しい。
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