無理はしないで

トウモロコシ

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無理はしないで

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俺たちの母ちゃんは一声で俺たち三兄弟を動かす。
うちは俺が末っ子で上に姉、もう一つ上に兄がいる。そんな兄弟が飯だと言われれば何をしていてもリビングに集まり、掃除だと言われれば自分の部屋を中心に家の中を隅々まで綺麗にする。
そんな母親から日時指定で「お盆だから来い」と言われれば行くしかない。
行かなければねちねちと地味だがやられると非常に面倒くさい嫌がらせなどを受けるのだから。

せっかく晴人と映画に行く予定だったのに、と残念な気持ちはあるが、家族が嫌いな訳では無いので、良しとする。
晴人との映画がなるなるのは晴人に申し訳ない。

「ごめんな。映画…」
「大丈夫だって。まだ公開されて日が経ってないし、また今度行けばいいよ。それにお義母さんにはお世話になってるしね。」
「そんなに世話になってるかなぁ。姉貴んとこと兄貴んとこ、子供連れてくるけど無理すんなよ。」
「どうだろうねぇ。多少は無理するかも。」
「後で辛いのお前だぞ…」

晴人は甥っ子姪っ子にすごくなつかれてる。だけど、姉貴のところで二人、兄貴のところで三人、合計五人の幼児から小学校低学年を一人で相手をするのはなかなかに骨が折れる。優しい晴人はそれを快く受けいれ、一日ずっと相手をしているのだ。

俺達が相手を代わろうとすると、子供たちは「晴人さんがいい~!!パパとママは口うるさい~!」と言って駄々をこねだすのも晴人が一日相手をしている理由でもあるのだけれど。

体が弱い晴人は疲労で次の日必ず熱を出す。高熱になることが多いから、結構辛いはずだ。だけど晴人は分かっていて、それでもなお無理をするから俺は限界を見極めて、声をかけるしかない。
それに、晴人はよけいな心配とか気とか使わせてしまうからと言って熱が出ることを知らせていない。

「友希、大丈夫だよ。」
「なにを根拠に言ってんだか…」
「友希が止めてくれるから。俺は子供たちを離せない。友希が無理矢理にでもストップをかけてくれるでしょ。」
「まあ、そうじゃないとお前ほんとに倒れるからな。」

しばらく車を走らせて実家に着いた。
姉貴と兄貴は先に着いているようだった。指定された時間まではまだ余裕があるから、ねちねち嫌がらせを受けることはないだろう。

インターホンを鳴らすと兄貴が出てきた。

「おっす!」
「おう!」
「こんにちは。お久しぶりです。」
「晴人くん!うちの子供が晴人さんくるって騒いでるんだよぉ。悪いけど、相手してやって。まあとりあえず入りなよ。」

「ただいま~」
「お邪魔します。」

リビングのドアを開けると、子供たちが勢いよく飛びついてきた。
奥では、姉貴が苦笑しながらごめんねと言って、飛びついたら晴人さんびっくりするでしょ!と叱っている。

「俺は?俺もびっくりしたけど?!」
「あんたはいいでしょ。」
「ちょっと酷いな。」
「まあまあ。」 

子供たちは晴人に夢中で俺達は母ちゃんと父ちゃんを交えて、世間話を楽しんでいた。

ーーーーーーーーーー

「ご飯出来たよ!」

昼食の準備をするためにしばらく前に厨房に立った母さんから声がかかった。
みんなでテーブルを囲んでご飯を食べる。
その時には既に晴人に相当な疲労がみてとれた。

「晴人、大丈夫か?」

俺はみんなには聞こえないように小声で隣の晴人に問う。

「だいじょうぶ。ちょっと疲れたけど、しばらく休めばいけるよ。」
「ほんと、無理だけはしないでくれよ。?」
「もう結構なんだけど、、」
「見てればわかる。とはいえ、な。」

さっきまで散々話していたのに話すネタは尽きず、ご飯の間もずっと話していた。

数十分くらいで晴人の食があまり進んでいないことに気づいた。噛む時間がやたらと長いし、無意識にお腹に手を当てているうえ、目に若干だが涙が溜まっている。無心で必死に食べているような姿を見ると、もう限界なんだろうな、ということは簡単にわかった。 

軽く膝を叩いて、無心の状態から俺に意識を向けさせる。

「無理して食べなくていい。俺、食べるよ。」
「でも、、うっ」
「もう限界だろ。無理すんな。」

申し訳なさそうに置かれた箸に視線が集まる。
少し気まずそうにしながらも、全員に聞こえるように、ごめんなさいと言った。

箸を置いたのを合図に、子供たちは晴人に駆け寄ってきた。
晴人はやはり、体力的に少し休憩が必要なようで、少し休ませて、と説得しているが子供たちは聞く耳を持たない。

「晴人さん~!!」
「あそぼあそぼ」
「僕が先!!晴人さん!トランプしよーーー」
「晴人さん!」
「晴人さんお父さん役!!お人形さんであそぼ!!!」
「待って。長い針が十二のところになったら遊んであげるから、ちょっとおやすみさせて。」

俺が出ていこうとすると、姉貴と、兄貴のお嫁さんがすっと立ち上がって、子供たちに近づいていった。

「「晴人さんが困ることしない!!!約束したでしょ!!」」

二人の母親からの雷が落ちた。

ーーーーーーーーーー

その後はケーキでも買いに行こうかという話になり、買いに行ったり、ジョー○ンにおもちゃを見に行ったりと色々としていたら時間が経った。
再び実家に帰ってきて、遊んでいた時だ。

「晴人さん晴人さん!」
「どうしたの?」
「晴人さんは、お嫁さんいないの?」
「えっ」
「パパとママはふうふなんだってー」
「ほんとだ!晴人さん優しいし、かっこいいから素敵なお嫁さんいてそう!」 
「僕の方がお嫁さん、かな。どっちかと言うと、友希のほうが旦那さんだよ。」

子供たちがキャーキャーと騒ぎ出した。晴人は苦笑いしつつ答えた。

「変なの~」

子供たちに悪気はない。ただ単純に男と男の関係というのが自分たちの世界にはなく、不思議な感覚がしたのだろう。
それは俺もわかっている。晴人だって、もちろんわかっている。だけど、その言葉を聞いた瞬間、晴人の表情は変わった。
唇をキュッと結んで泣きそうなのを必死に耐えて、絶望を見たような、すごく悲しそうな顔。

「そんな、、こと……」
「そんなことないぞ~。」

俺は咄嗟に子供たちに言った。さっきまで疲労を隠すように笑顔を保っていた晴人はさっきの一声から立ち直れなさそうだった。

「母ちゃんごめん!宅配の時間指定してるの忘れてた!俺たち帰るわ 」

無理矢理帰る口実を作って、帰り支度をする。
母ちゃんたちのなんとも言えない視線が気になるが、構っていられない。
もう体力的にも精神的にも限界をこえている晴人をこれ以上ここに置いておく訳にはいかない。
今だ、必死に無理に平然を装って子供たちの相手をしている晴人に声をかけて、半分引きずるように車に連れ込んだ。

定位置である助手席に座らせた途端、晴人は泣き崩れた。

「うぁぁ…ぐずっ……ぇほっけほっ。。。あぁあ、」
「大丈夫大丈夫。」
「ぇん…ご、ごめ、、ぅぅ」 
「晴人。はーるーと。」 

泣いて、謝罪を口にした晴人をしっかりと抱きしめて、耳元で出来るだけ甘く名前を呼ぶ。目の前が真っ暗になっているであろう晴人に俺を見させようとする。

謝罪の理由がだいたいわかるから。

告白は晴人からだった。それからお付き合いを経て、同居生活を始めた。お互いの親や兄弟を納得させることは難しく、納得して貰えたと言うよりは諦めたのほうが正しいと感じるようなそんな感じで受け入れてもらった。

それを未だに気にしているようで、何かある度に自分を責める。始まりが自分からだから。

「晴人。俺を見て。」
「ぅぐっ、、ぁあ。。。ん…」
「うん。いい子。」

晴人と目を合わせて、幼い子に言い聞かせるように、言った。

「俺は、晴人と出会えて、晴人の恋人になれて、晴人の家族になれて、今とっても幸せだよ。あの子たちもいつかわかってくれるだろう。だから、安心して。俺はすっごくすっごく幸せなんだから。」

幸せという所を強調して言うと、ほっとしたように息を吐いた。
泣きしゃっくりが残るも、体から不自然な力は抜けて、俺の方に体重を預けてきた。

「ありがとな。姉貴と兄貴の子供の相手してくれて。お疲れ様。ゆっくり休んで。」
「…うん…ありがと、、、すぅ」

晴人にシートベルトをかけて、出来るだけシートを倒した。
ほんのりと赤くなっている頬をみて、熱がでてきたことを改めて認識した。常備している毛布をかけた。今は微熱程度だろうが、今日の晩から明日にかけて熱が上がるだろう。

普段よりも熱い頬にキスを落として、俺は運転席にしっかりと座って車を発信させた。
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