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久々の旅行

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 急に夫の別宅に行くことになった。正教会の領地にある彼の家に昔は行きたくなかった。
 しかし何度も大聖堂へ行ったため、今ではだいぶ忌避感は薄れたと思う。
 馬車で彼と向かい合って座る。お互いに静かにしており、ずっと彼は目を閉じていた。

 疲れて寝ているのかと思ったが、急に目を開けると私と真剣な目で見つめた。

「聞かないのか?」

 何を、と言いかけてやめた。おそらくは急な旅行のことだろう。
 彼も私も最近は忙しなく活動しており、なかなか二人の時間が取れなくなっていた。


「聞きませんよ。でもどうせならもう少し早く教えてくださればよかったのに。リタも黙っていたし」

 私の隣に座るリタは黙っていた。チラッとクリストフを見たので、文句なら彼に言ってくださいということだろう。


「ですが急にお出かけになったので、何もプランを考えていませんというのなら怒りますよ」
「それなら心配せずともいい。紅葉狩りを考えていたのだ」
「紅葉……って何でしたっけ?」

 彼曰く、野山の赤い葉っぱを楽しむらしい。私の領地にはそんな風習は無かったため、何が楽しいのかよく分からなかった。

「あそこ一帯は聖女様の加護のおかげで特殊な気候になるのだ。見晴らしも良く、温泉も湧いているからきっと気に入るだろう」
「まあ……」

 温泉には入れるなんてとても素晴らしい。何回か入ったことがあるが、肌もすべすべになるし、旅館の料理も美味しいので、私も行きたいと思っていたのだ。

「喜んでくれたか?」
「はい!」

 急な旅行だが、私のために色々と考えてくれたのだろう。
 気分が高まってきた。

「ソフィア様、クリストフ様、火急により、馬上より失礼します」


 馬車に並行して走る騎士の一人が報告する。昔はやんちゃだったレオナルドが真剣な顔つきをしていた。クリストフは小窓を開けて確認する。

「どうかしたか?」
「前方に荒くれの集団と交戦中と前衛から連絡が来ました。一旦、停止させますのでご容赦ください」「かまわん」

 レオナルドはすぐに御者に馬車を止めさせる。最近は街道の治安も良くなったはずなのに、どうしてこのタイミングで出たのだろうか。
 クリストフも状況を確認する。

「それであちらの目的は金品か?」
「どうやらそういうわけではないようですが……」

 チラッとレオナルドは私を見た。するとクリストフも状況を察したかのように「外で話す」と二人で話をしにいく。
 話を終えた後はレオナルドは馬に跨がって、前方へと走って行く。
 おそらく加勢に行ったのだろう。クリストフは馬車に入らず、説明だけをする。

「何かありましたか?」
「大した者達では無い。教祖を失った狂信者が暴れているのだ」

 それってもしかして組織の残党だろうか。
 すると私が馬車で通るから狙ったのかもしれない。

「前の子達は大丈夫ですか?」
「心配ない。レオナルドも心を入れ替えてからは別人のように剣に磨きがかかった。遅れを取るようなこと無いだろう」
「それもあるのですが……」

 私が魔女だと吹聴されていないだろうか。今の騎士の子達とは良好な関係を築いているが、魔女だと正体がバレたら一気に人が離れてしまう。
 それが恐かった。

「大丈夫だ。俺がいる。其方は旅行だけ楽しみにしておくといい」

 私を心配させまいと笑顔を作ってくれた。
 今さら組織が何かしたところで、大きな問題に発生する訳では無いのだから。

 特にけが人に無く討伐したらしく、近くの村で捕まえた組織の者達を引き渡した。
 それにしても未来では人材が揃っていた組織も、過去が変わればかなり弱体化していた。
 あまり積極的に破壊活動をしていなかった私だが、魔女の力は大きく誇張され、名前を聞いただけで恐れられる存在になっていたので、もしかして私も組織の増強へ一役買っていたのかもしれない。

 数日掛けて、ようやく彼の別宅へとたどり着いた。
 最初に来たときはまだクリストフと打ち解けていない時で、緊張で胃が痛かった記憶が強い。

「久々に来ましたがやはり良い場所ですね」
「そう言ってくれると嬉しい限りだ」

 湖の近くの高台に建っているため見晴らしが良い。
 エスコートをしてくれる彼の手を握る。


「前は急に服を脱げと言われて驚きましたよ」

 ただ汚れてしまっていたから着替えろという意味だったが、彼も言葉が足りなかったと苦い顔をする。

「俺も少しばかり気持ちが焦っていたのだ。だが今回は変な誤解も無い。ただゆっくりと過ごせばいい」

 それもそうだが、彼もずっと人の家に住んでいたのでなかなか気兼ねできなかっただろう。
 せっかく別宅とはいえ自宅なのだから羽を伸ばして欲しい。
 完璧超人だから見過ごしがちだが、彼にも疲れはあるはずだ。もらってばかりなため、心安まる時間があれば嬉しい。
 騎士達も長旅の護衛で疲れたと思うので、屋敷の別館でくつろいでもらう。お小遣いも渡したので、交代で街で遊ぶことも許可していた。

 今日は彼の部屋で食事を取りたいらしいので、私もそこへ行くともうすでにお酒を飲んでいる彼が、窓から湖を見ていた。

「すまぬな。先に飲んでしまっている」
「気にされなくていいですよ。お隣に座りますね」

 ソファーの隣に腰をおろして、彼の横顔をじーっと見る。すると彼は視線に気付いて、そっと唇を近づけた。
 唇が離れたタイミングで私は切り出す。

「どうしてそんなに思い詰めているのですか?」

 彼は表情を変えずに、ただ見つめる。そして真剣な顔になり、グラスをテーブルに置いた。

「ガハリエの居場所が判明して、もうすぐ総攻撃をかける予定だ。俺も同行する」

 ずっと行方をくらませていた男がとうとう追い詰められたのだ。
 本来なら喜ぶべきだろうが、頭によぎったのは、前に戦ったときに火傷を負った彼の姿と瀕死の重傷になったヒューゴの姿だった。

「其方が一生苦しまないようにあの男はこの手で倒す。だからそれまで安全なここで待ってて欲しい」

 彼からそう提案された。
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