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二人のお酒

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 お父様から頂いたワインを注ぐ途中に、彼に止められた。

「注ぐのは少量でいい」


 ワインを飲むのは初めてなので、彼の言うとおり一口分くらいだけ注いだ。
 そういえばパーティーでも、ワインをグラス一杯に注ぐ人を見かけたことがないので、何かしらの理由があるのだろう。
 せっかく注いだので、早く飲みたいと思って口を付けた。未来で飲んだのは安いエールだけだったので、一体どんな味がするのか楽しみだ。
 だが――。

「うーん……苦い……」

 思ったほど美味しくはない。もっとブドウジュースのような甘さを期待していたが、やはりお酒なので苦かった。
 それが顔に出ていたのか笑われた。

「最初はそうなるであろうな」

 私と違い、すぐに飲まずにグラスを回して香りを何度か楽しんでいた。
 なんだか様になる。私も真似てワインの匂いを嗅いでみた。
 よく分からない。
 だけど彼は口にしている姿は、とても美味しそうに見えた。

「美味しいですか?」
「ああ。香りが特に素晴らしい。味も作っている土壌の風景が見えるようだ。よく熟成されているから味わいが深く、エレガントでありながら、妖艶さも入って全て凝縮されておる」

 よく分からないけど美味しいならよかった。チーズをツマミにして少しずつ飲んでいくと、どんどん酔いが回っていく。
 普段は聞かない深い内容を知りたくなった。

「そういえばクリスには昔は恋人とかいなかったのですか?」
「婚約者はおったが破談になった」
「どうしてですか?」

 彼の婚約者になるのだから、おそらくは名家であることは間違いなく、私の家も大きいが、彼の国基準で比べたら中級貴族相当であろう。

「私が仕事ばかりで嫌になったそうだ」
「そうだったのですね……あれ? でもクリスはずっと私の側におりませんか?」

 たしかに仕事人間であるが、一日に一回は一緒に食事を取る。どんなに忙しくともあちらに泊まり込みはしなかった。


「これが恋なのであろうな。それを考えるとあの者には悪いことをしたと思っている。その反省が今に活きていると思ってくれ」

 彼にも失敗があるのだ、と意外な一面を知った。当然ながら人間であるなら失敗するものだ。
 だけど完璧超人である彼なら、最初から何でもそつなくこなすと勝手に思っていた。

「やはりあの時は其方への想いを引きずっていたからな。王太子殿下と婚約されたと聞いてからはそれを忘れるように修行と仕事に打ち込んで、それが婚約後も続いてしまったのだ」

 そこまで私に魅力が本当にあるのだろうか。
 だけどもし彼から告白されたとしても断っていただろう。王太子殿下との婚約は何よりも我が家の発展に繋がる。ベアグルント家に生まれたのでそれは私の存在理由だった。
 自分からそれを壊してしまったけども。

「それほど気になるのか?」
「もちろんですよ! クリスのことはたくさん知りたいですし!」

 もっとお互いのことを知りたい。彼がどんな学生時代だったのかとか。どんな物が好きなのかとか。
 この機会にたくさん質問をした。そして彼からも私へたくさんの質問が投げかけられる。
 そのうち、どんどん酔いが強くなってしまった。

「へへっ……クリス!」

 なんだかふわふわとしてきて、彼の話がなんでも楽しくなってきた。彼に頭を預けて椅子から落ちないようにする。
 すると優しく撫でられた。

「まさか其方が笑い上戸とはな」
「いやですか?」
「いいや。普段もずっとそうなるようにしたいと思えるほど素敵だ。出来れば俺だけに独占したいくらいに」

 話の途中で彼の頬にキスをした。そしてまた頭を預ける。とても幸せな時間だ。
 彼はあまり顔に出ないせいか酔っているのか分からない。いつも通りの顔で、ずっとワインを飲んでいるのに全くつぶれる様子がない。
 時間が経つうちに物足りなくなってきた。

「ねえ、もっと私にも構ってください!」


 彼の胸をよじのぼるように服を掴む。すると彼から唇を合わせてくれた。
 だけどすぐに離れた。

「今日は早くないですか? いつもならもっと長くしてくれるのに……」
「お望みとあらば――」

 やっと彼は私を抱きかかえてくれた。首元に顔をうずめてくれて、横を向けばすぐに彼の顔が見える。
 そして首元にキスをしてきた。

「くすぐったい……」

 どんどん服をまさぐり始めた。お酒のせいで少しだけ敏感になっているため、温かい手の感触が脳まで響いてくるようだった。
 しばらく彼にほぐされると、どんどんと気持ちが高まる。それは彼も同じであったのだろう。
 気付いたらベッドの上にいた。

「クリス?」

 彼は少しずつ服を脱がしていく。そしてその最中に野性的に唇を奪われた。今日はとても緊張するからとお酒の力を借りたがそれは正解だったようだ。
 すんなりと彼を受け入れられた。

 その日の夜のことは大半を覚えていない。だけど楽しい時間だったと思う。
 とても気持ちよく朝を迎えた。

 またもや今日も鳥のさえずりで自然と目が開いた。

「あれ……寝てた……」

 全部が幻だったのかと思えるほど、昨日の記憶があやふやだ。
 すると自分の胸が少し重いと下を向くと、裸になっており、さらに胸に置かれているのは彼の手だった。

「いつの間に脱いだっけ!?」


 そういえば最後の方ではそれっぽいことをした記憶がある。恥ずかしさのため彼から離れようとしたが、手を遠ざけようとした途端に逆に引っ張られた。

「きゃっ!」

 彼の胸板にぶつかる。すると彼は抱きしめた。

「もう少しこうさせてくれ」
「は、はい……」

 起きていたのだ。
 やはりお互いに裸のままなので、早く服を着たい。
 シラフではまだ恥ずかしさが残る。
 だけど彼は離す様子がなかった。


「もうそろそろいいのではありませんか?」
「だめだ。其方はすぐに恥ずかしがるからな」
「だって……恥ずかしいですもの……」

 彼はいまだに熱っぽい目を向けてきた。すると何がしたいのか分かって、目をつぶると唇を合わせてきた。次第に自分も気持ちが昂ぶり出す。
 もっとこうしていたいが、今日は大事な日であったのだ。

「ソフィアお嬢様、朝のお知らせに来ました。入室してもよろしいときに鈴でお知らせください」

 急に現実に戻され、彼を手で押して離れた。

「は、はい! 少し待ってください!」

 ブランケットでまた肌を隠すと、彼はつまらなそうな顔をする。

「もう時間ですから! 今日はここまでです!」
「そうだな……」


 彼が背中を向けた瞬間に、こちらから抱きついた。

「おわっ!?」
「私だってもっとしたいのですよ……だけど好きが溢れそうで……」

 彼はふっと笑う。

「俺が子供っぽかったな。其方に気を遣わせてしまった。ずっと一緒にいるのだから、慌てる必要もないのにな」

 彼も分かってくれていたようで、背を向けてお互いに服を着る。
 鈴を鳴らして知らせると、リタが部屋に入ってきた。

「リタ!」

 自分のせいで寝込んでいた彼女が、前と変わらない元気な姿でメイド服を着ていた。

「大変長いお休みをいただきました。今日からまたお仕えさせていただきます」
「もっと休んでもよかったのに……でも本当に治ってよかった……」

 一時は危ないところまでいったが、こうして彼女の無事な姿を見れて安心する。
 未来では亡くなった彼女はこうして無事に守られたのだ。

「猊下も大変ご迷惑をおかけしました」
「いいや。私の身内が悪いことをした。私にできることならいくらでもお詫びをさせてほしい」
「いいえ、そんな……では十年分の給金をいただきたいです」

 躊躇しながらも全く遠慮しない金額を要求する。だけど彼は「その五倍は出してもいい。それでも満足しないが、もし何かあれば全面的にサポートをしよう」と約束した。

「私からもたくさんあげるからね!」
「お嬢様からは……どちらかというと受け取ってもらいたいです」
「はい?」


 どういうことだろう。お金大好きの彼女ならもっと要求してくると思ったのに。

「今日は大事な日と聞いたので、後日お時間をいただくだけで大丈夫です」
「うん……分かった」
「それと褒美は換金がしやすい宝石でお願いします」
「う、うん……」

 しっかりと要求はされた。まあ、なんにせよ彼女が無事ならいいや。
 今日は異端審問がある。なにもないことを祈るのみだ。
 胃が痛くなってきた。
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