上 下
30 / 93

不穏な影

しおりを挟む
 クリストフとおしゃべりをするため、少しだけ夜更かしをしてしまった。眠くなってきたタイミングで、彼が魔女の覚醒を抑えるため、神聖術を掛けてくれたので朝までぐっすりと寝てしまった。
 そして目が覚めるともうすでに彼はベッドにいなかった。

「訓練に行ったのかしら?」

 私はのそりとベッドから起き上がって、眠い目を擦りながら紅茶を入れた。
 朝はどうしても喉が渇くので、こうやって紅茶を飲むのが朝の楽しみだ。
 するとタイミング良くノックをする音が聞こえた。

「ソフィアお嬢様、おはようございます。もう起きていますでしょうか」


 リタが来たということはいつもの起きる時間なのだろう。

「起きていますよー」

 私は返事をすると彼女は入ってきた。いつもと変わらない無表情な顔をしているが、どこかそわそわとしてる気もした。

「普段とお変わりないですね。てっきり余韻で顔がにやけているのかと思っておりました」

 そういえば彼女には初夜になるかもしれないと相談したのを思い出す。結局は何もなかったので取り越し苦労だったのだが。私は苦笑い気味に答えた。

「実はお父様から釘を刺されていたみたいで何もありませんでした」
「そういうことですか。ですがよく殿方のベッドに一緒に寝たのにご無事でしたね」
「うん?」


 どういうことだろう。私は首を傾げていると、リタは「これほど危機感が無いとは……」と頭を悩ましげにしていた。

「いくらクリストフ猊下といえども、男性ですのでむやみに欲情を煽るのはよろしくないかと。すぐに呼んでくだされば迎えに行きましたのに」

 彼女は私が魔女であることを知らないため、彼の我慢を試したと思われたのだろう。
 彼女は私を心配して注意してくれているのだ。

「ごめんね、リタ。ちょっと事情があって彼から神聖術で治療を受けていたの。だからどうしても一緒に寝る必要があったのよ」

 するとリタは息を呑んだ。

「左様でしたか。ソフィアお嬢様の事は何でも分かっているつもりでしたが、お身体を悪くしていることに気付かずに申し訳ございません」


 彼女は分かりづらいが少しだけ顔を青くしたのに気付いた。これは説明が足りなかったと反省して、私は慌てて彼女に駆け寄った。

「別に貴女の管理能力が悪いわけでは無いのよ! 今は特に悪くはないのですけど、将来的に悪くなるかもしれないから、クリスがその治療をしてくれれているだけ!」
「そうだったのですね。猊下しか治せない病気が何なのか気になりますが、それは旦那様もご存じということでよろしいのですか?」
「うん、お父様も知っているよ」

 ようやくリタもホッとしてくれた。だけど今後はそういった隠し事はするなと怒られた。

 ――恐いよ、リタ……。

 一度部屋に戻ろうとリタと廊下を歩いていると、ちょうど訓練を終えて汗だくのクリストフと会った。

「おはようございます」
「おはよう、ソフィー。昨日は遅くまで起きていたが体調は問題ないか?」
「クリスが言いますか……」

 彼は私より後に寝たはずなのにそれよりも早く起きて訓練をしているのだ。なのに全く疲れている様子を見せない彼に呆れた、

「其方が一緒に眠る日は不思議と朝の寝起きがいいのだ。それに俺も合間に仮眠を取っているからそこまで心配しなくていい」


 いつも多忙な彼はその日々の中で自分に合った生活スタイルを身につけたのであろう。
 ただ今回は私のせいで彼も遅くまで付き合うことになったので、次回からは反省してすぐに眠るようにしよう。

「ほどほどにしてくださいね」
「もちろんだ。では後ほど食卓で会おう」

 彼と別れ、私も朝の支度をする。リタが今日の服はどれにするか聞いてきた。

「今日は動きやすい服でお願いします」
「かしこまりました。どこかお出かけなさるのですか?」
「うん。ちょっと町に行こうと思いまして」


 私の領地にある一番栄えている町がある。王都までの中継地でもあるので行商人もたくさん通る活気ある町だ。
 私は動きやすいワンピースを着て、朝食を食べに行く。
 もうすでにクリストフは席に着いていたがお父様の姿が無かった。

「お待たせしました。お父様はまだ来られていないのですか?」
「先ほどまでいたのだが、どうやら別の予定が入ったと仰っていたぞ」

 遠征から帰ってきたばかりのため、おそらくは多くの処理があるのだろう。
 元々多忙な人で家を空けることも多かったので、一緒に食事を取らないことには慣れている。
 少し寂しい日々だったが、お父様のおかげで良い暮らしが出来ているので、こんなことでわがままを言うつもりは無い。
 朝食を終えて私はクリストフへおでかけを提案する。

「クリス、もし良かったら一緒に町へ行きませんか?」
「それは俺としても歓迎する。ちょうど俺も行きたいと思っていたのだ」

 まさか彼も行く予定があったなんて。しかし彼はどんな目的があったのだろう。

「何か寄りたいところがあったのですか?」
「ああ。少し込み入った話のため、二人だけにしてもらってもよろしいかな」

 おそらくは未来に関することだと察しが付いた。
 私は使用人達にしばらく部屋から出るように命令した。二人だけになったため話を続ける。

「すまないな。君も気付いていると思うが、あの未来での悲劇は組織に関することだけではない。大きな事件としては二つ」

 彼は指を二本立てて一本ずつ下ろしていく。

「一つは未曾有の飢饉、そしてこの国の二大貴族であるベアグルント家とグロールング家の破滅だ。まずはこの飢饉だけはどうにかしたいと思っている」


 未来で私のベアグルント家は私の血筋のせいで断絶。そしてもう一つが飢饉によって森から大量の魔物がグロールング領を襲い、ブリジットもまた命を落としたのだ。

「この国の大領地の二つが一斉に無くなったことで、国は大いに荒れた。組織もその混乱に乗じて王族達をかなり脅していたからな」

 ボスはそこらへんの戦略は巧みで、行き場を無くした者達がどんどん組織へと加入していったのだ。
 そのせいで国が国として機能しなくなる寸前までいっていた。
 そんな未来は決して許してはいけない。

「その節は本当に申し訳ございません。聖女様のおかげで目が覚めました」


 宗教大国家には聖女と呼ばれる特別な人がいる。その方にリオネス殿下を奪われたと逆恨みしたが、そんなことはなくただの私の勘違いで、さらにはこんな私も受け入れようとしてくれた素晴らしい方だった。

「ふむ。だが今回はなるべくあのお方と接触はしたくない」
「どうしてですか?」
「忘れたのか。聖女様は手で触れば魔女であることを見抜けるのだ」

 そういえば私が魔女として決め手になったのは、異端審問された時だったのを思い出す。クリストフは呆れ顔で「其方の運命が決定づけられた日を忘れたのか」とため息を吐いた。

「しょうがないではありませんか。聖女様から確証を言われる前には、私は魔女と決めつけられたいたのですから」
「なんだと? それはどういう意味だ?」

 あれ、もしかしてクリストフは知らないのか。あれほど噂が立っていたのだから知っていると思っていた。

「俺はその時、大司教の命でひと月ほど遠征に行っていたから、あまり詳しくは知らないのだ。完全に思い違いをしていたとは……」
「そういうことですか。私が魔女だと最初に広めたのは、リオネス殿下ですよ」

 私の言葉にクリストフは眉をひそめた。初めて彼が青ざめた顔をする。

「どこでそれをあの者が知ったのだ……国王との約束は破られていたのか?」


 ぶつぶつとクリストフは考えにふけていた。国王との約束とはどういうことだ。
 私が黙って彼の考えがまとまるのを待っていると、彼もようやく私が話しに置き去りになっていることに気付いてくれた。

「そういえばソフィーには言っていなかったな。国王陛下と其方の父君である約束がされていたのだ」
「それはもしかして魔女に関わることですか?」
「さよう。王族の血族であれば魔女の子供は生まれない。そのため二人のために、そのことは言わないという盟約がな」

 さらっと衝撃的なことを言われた。私の一番懸念していた、私の子供が魔女にならない方法があるなんて。彼曰く、伝承でそのことが書かれているらしい。実際に前のさらに前の国王の妻が魔女だと判明したが、その子供には引き継がれなかったらしい。


「そのため君の父君はかなり王家から無茶振りを受けていたのだ」
「だからいつも家を空けていたのですね……」

 お父様は本当に私のために色々と裏で動いてくれていたのだ。
 しかし今は感傷に浸っている場合では無い。

「そうなるとあの者はどこでその情報を得てしまったのか……一体いつその情報を得たのか分からないが、今回はまだ知らないことを祈るのみだ」


 クリストフは悩んでいたが、すぐに切り替えるように話題を変える。

「今はそのことを気にしても仕方が無い。俺たちに出来るのは飢饉を止め、その間にソフィーの魔女の力を無くすことだけだ」
「そうですね。もしまた私が魔女だとみんなにバレた時には――」

 私を見捨ててください、と言おうとしたが彼が指で私の口を止めた。

「其方を見捨てることはせぬ。そのために俺がいるのだ。いくらでもカモフラージュはできる……俺が其方を必ず幸せにする。だからそんな辛そうな顔をするな」
「はい……」

 もしリオネス殿下と結婚したとしたら、私の子供達は何もないであろう。だけど私はおそらくお母様のように破壊衝動が起きる前に殺されていたはずだ。
 どっちにしろ私には未来なんて無かったのだ。その事実がとても辛かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

婚約者は妹の御下がりでした?~妹に婚約破棄された田舎貴族の奇跡~

tartan321
恋愛
私よりも美しく、そして、貴族社会の華ともいえる妹のローズが、私に紹介してくれた婚約者は、田舎貴族の伯爵、ロンメルだった。 正直言って、公爵家の令嬢である私マリアが田舎貴族と婚約するのは、問題があると思ったが、ロンメルは素朴でいい人間だった。  ところが、このロンメル、単なる田舎貴族ではなくて……。

「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。

石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。 ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。 ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。 母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。

婚約者様にお子様ができてから、私は……

希猫 ゆうみ
恋愛
アスガルド王国の姫君のダンス教師である私には婚約者がいる。 王室騎士団に所属する伯爵令息ヴィクターだ。しかしある日、突然、ヴィクターは子持ちになった。 神官と女奴隷の間に生まれた〝罪の子〟である私が姫君の教師に抜擢されたのは奇跡であり、貴族に求婚されたのはあり得ない程の幸運だった。 だから、我儘は言えない…… 結婚し、養母となることを受け入れるべき…… 自分にそう言い聞かせた時、代わりに怒ってくれる人がいた。 姫君の語学教師である伯爵令嬢スカーレイだった。 「勝手です。この子の、女としての幸せはどうなるのです?」 〝罪の子〟の象徴である深紅の瞳。 〝罪の子〟を片時も忘れさせない〝ルビー〟という名前。 冷遇される私をスカーレイは〝スノウ〟と呼び、いつも庇護してくれた。 私は子持ちの婚約者と結婚し、ダンス教師スノウの人生を生きる。 スカーレイの傍で生きていく人生ならば〝スノウ〟は幸せだった。 併し、これが恐ろしい復讐劇の始まりだった。 そしてアスガルド王国を勝利へと導いた国軍から若き中尉ジェイドが送り込まれる。 ジェイドが〝スノウ〟と出会ったその時、全ての歯車が狂い始め───…… (※R15の残酷描写を含む回には話数の後に「※」を付けます。タグにも適用しました。苦手な方は自衛の程よろしくお願いいたします) (※『王女様、それは酷すぎませんか?』関連作ですが、時系列と国が異なる為それぞれ単品としてお読み頂けます)

幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。

ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」  夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。  ──数年後。  ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。 「あなたの息の根は、わたしが止めます」

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...