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化粧直し

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 組織にまた狙われ、動きづらい服のせいでやられそうになった。
 だけど、遠征に行っていたクリストフがどこからともなく現れて、私を守ってくれた。
 すると組織側のリーダーが狼狽えた様子で、クリストフを指さした。

「どういうことだ! お前は遠征に行っていると聞いているぞ!」

 あちらの動揺にクリストフはさらに追い打ちを掛けようとする。

「ほう、俺の情報はしっかり持っていたか。なら話が早い。俺から逃げられると思うなよ」


 まるで悪役のような台詞を言う。だけどやはり彼が側にいるだけで安心感が違う。
 彼は少し好戦的な顔をしつつも私を気遣う。

「ソフィー後ろにいろ。今日の俺は危ないぞ」

 私はすぐさま彼の後ろに逃げた。元組織の人間だった私は、合掌をして不運な男達の最後を祈った。
 彼は何もないところから鉄球を出現させて、それを振り回す。
 リーダーが叫ぶ。

「逃げろ! こいつには勝てない!」


 リーダーの判断は的確だ。しかしそれが一歩遅かった。彼の鉄球が放たれ、まるでいくらでも伸びるのではないかと思えるほど伸びた。そして組織の者達を囲んで一網打尽にする。
 鎖で縛られた組織の者達は、身動きが取れずにじたばたするだけだった。

「おい、馬鹿! 俺まで捕まえてどうするんだ!」

 その中にはアベルも含まれており、クリストフへ文句を言う。
 私はたまらずおかしくて笑ってしまった。
 彼の登場でこんな簡単に場が収まるなんて。
 アベルだけ無事に解放され、これで一件落着だ。
 クリストフは私の体を確かめる。

「怪我は無いか?」
「ええ。どうに――痛ッ!」

 足を捻ったらしく、安心したらジンジンとしてきた。すると彼は立っている私の靴と靴下を脱がして、手を当てた。

「すぐに治すからジッとしていろ」

 彼の神聖術によって、足がぽかぽかとしてきた。ズキズキとした痛みも次第になくなっていった。
 その時、アベルが真剣な顔で私を見た後に、クリストフへ話しかけてくる。

「おい、クリストフ。さっきの戦いだが……」
「あとにしろ」


 そこで私はせっかく隠していた技量をさらけだした事に気付いた。
 彼のことだから、私が運動音痴だったと調べ上げているはずだ。

「いいや、待てねえ!」

 あまりにも真剣な声色にクリストフも無視は出来ないようだった。
 ちょうど私の治療も終わって、彼は立ち上がりアベルを見た。
 そしてアベルは自分の袖をまくって腕を見せた。

「俺にも神聖術を使ってくれよ。すりむいて痛いよ」

 先ほどのシリアスな顔とは違い、泣きそうな顔で腕を何度も指さす。
 するとクリストフはポケットから袋を取り出して、アベルの顔に投げた。

「薬草でも塗っておけ」
「ひでえ!」

 流石に私を守って傷付いたので、私も「クリス、私からもお願い」と一緒にお願いしてみた。
 すると嫌そうな顔をしたが、諦めてアベルにも神聖術を施した。


「お前ソフィアちゃんにだけ甘くないか? 私からもお願い」

 私のモノマネをするアベルにクリストフはギロッと睨んでいた。

「それ以上言うと、もっと怪我を増やすぞ」
「冗談だ、冗談。にしても帰ってくるの早かったな。ソフィアちゃんが手紙をもらったのは今日って聞いたから、てっきり昨日手紙を出したと思っていたぜ」


 クリストフは「簡単な話だ」と説明してくれる。
 どうやら手紙を送ったのは、代理の者らしく、一昨日にはもうすでに出立していたらしい。

「なるほどな、それであんなに短い手紙だったのか。ソフィアちゃん、もっと返事が欲しそうな顔して可哀想だったぜ」

 余計なことを言うな、とアベルを睨んだが、クリストフは申し訳なさそうな顔をしていた。

「すまない。俺も早く帰りたくてな。伝書鳩の準備に時間が掛かりそうだったから、先に帰ってきたんだ」


 そんな許して欲しそうな顔をされたら、私だって責められない。

「いいですよ。こうして無事に帰ってきてくれただけ嬉しいですから。ドラゴンの巣に向かうと聞いていましたから、無事という知らせが一番嬉しいです」

 思ったことを口にすると、彼は顔を和ませていた。
 だがすぐに私のドレスを見る。

「返り血が付いてしまっているな。替えの服はあるのか?」

 私は自分の服を見ると、せっかくの黄色のドレスが赤く汚れてしまっていた。
 この姿でパーティーに出るのはよろしくなさそうだ。

「襲撃までは予想していませんでしたから、家に帰らないとありませんね」

 だけどこれから往復したらパーティーに間に合うかギリギリだ。
 その時、アベルが助け船を出してくれる。

「なら俺の家のドレスを貸すよ。たぶんソフィアちゃんならピッタリだろうし」
「アベルの……ドレス?」

 どうして男性の家にドレスがあるのだ。まさか遊びを通り過ぎて、収集癖があるのだろうか。
 思わず私はクリストフの背中に隠れてしまうと、アベルは慌てて弁明する。

「違うよ! 嫁のだ、嫁の! 俺の趣味じゃねえぞ!」
「結婚しているのですか!?」

 まさかアベルが既婚者とは思わなかった。まだまだ遊び盛りそうな彼が身を固めているとは。
 クリストフは軽蔑した目をアベルへ向ける。

「其方、ソフィーがこれほど警戒するのなら、彼女の家で、神官にあるまじき不貞行為を行ったのではないだろうな」
「待て、待て! 俺がするわけないだろ! 俺は妻一筋だ!」

 泣きそうな顔でアベルが説明しようとするので、何だか可哀想になってきた。

「ではお言葉に甘えますね」

 せっかくのご厚意なのであずかろうと思う。

 それからまもなくクリストフの部下達がやってきて、捕まえた組織の者達を連れていく。
 私が魔女であることをバラされることを危惧していたが、クリストフが「この者達は幻覚症状があるため、でたらめを言う。決して口を開かせるな」と厳命してくれた。


「では俺たちも行こうかね」


 別の馬車も来たので、私達はアベル邸に向かう。貴族街の一画にあり、外観は特に豪華に着飾ったこともなく、さりとて草木がぼうぼうと茂っている様子もない。
 アベルは「帰ってきた」と顔がリラックスしていた。

「すごい普通だろ? 神官の家だからなるべく質素に見せているのさ」

 神官達も外聞は気にしているのだろう。確かに神官の身分で豪遊ばかりしていたら、それだけで後ろ指を指されそうだ。
 さっそくと玄関へ向かうと、入り口のドアが開いた。出てきたのは、綺麗で知的そうな女性だった。
 ブラウンの髪をミドルカットにしており、それがまた彼女の魅力を上げている気がする。


「ソフィア様、お待ちしておりました。使いの者から伺っております。アベルの妻のヴァレリーと申します」
「こちらこそ、ソフィアと申します。アベル様のご厚意とはいえ突然の来訪にも歓迎いただき、心からの感謝をいたします」

 ドレスの裾を上げて頭を下げた。そして顔を上げて彼女を見た。アベルの奥様というからどんな派手な人かと思ったら、思ったよりも普通だ。

「クリストフ様もお久しぶりでございます」
「うむ、其方も息災で何よりだ。勝手にあの者を借りて済まなかったな」
「いえいえ。クリストフ様のお頼みでしたらいくらでもお貸ししますわ」

 なんとも酷い扱いのアベル。どんな反応するかと思ったが、何だか震えている。
 先ほどの戦いでまだ痛めているのかと思ったが、急に元気よく飛び上がった。

「ヴァレリー帰ったよー」

 アベルはヴァレリーに抱きつこうとする。だが彼女は鬱陶しそうに手で彼の顔を遠ざけた。


「主人のことはお気になさらず。さあ、お時間もないですから早速お着替えをしましょう」

 どうやら彼女はアベルのあしらいは上手なようだ。
 そうでないと彼の奥方は務まらない気もする。
 クリストフはアベルに連れていかれる。

「クリストフ、お前もこれから行くなら着替えていけよ」
「助かる。レンタル代は二人分払う」
「律儀だね。そんなのより極上のワインにしてくれよ」
「家とはいえ気を抜きすぎだぞ。ヴァレリー殿の苦労が目に浮かぶ」

 二人は本当に仲がよろしい。ああいう友人関係をとても羨ましく感じた。
 私もヴァレリーの部屋でまずは化粧を直す。
 ドレスも借りて、血が付いたドレスは処分してもらうことになった。
 化粧をヴァレリーがしながら尋ねてくる。

「夫が迷惑をおかけしませんでしたか?」
「全くないです。使用人達と仲良くしてくださるので、不満の声もありませんし」

 最初は一悶着があったけど、今では騎士達とも仲良く酒を飲んでいると聞いている。
 私のことを調べようとしている事以外は特に言うことはない。


「それよりアベル様を護衛とはいえ長期間拘束してしまい、逆に迷惑になったのではないですか?」
「これくらい日を空けるのは珍しくありませんので。それにクリストフ様のためでしたらいくらでも許可しますよ」

 なんとも出来た奥様だ。これはアベルが尻に敷かれているのだろう。
 そして鏡越しで彼女の顔が柔らかくなっていった。

「まさかクリストフ様がご結婚とは本当に驚きました。それもこれほど可愛らしい奥様なんてね」

 褒めてくれるが、私としては大人っぽいヴァレリーの方が理想的だ。
 正直に言うと私は釣り合っていないのではないかと思う。

「何だかご不安そうですね。夫の話では、クリストフ様が壊れ物を扱うように大事にされていると伺っておりましたが」

 間違ってはいない気がする。だけどそれもで不安はある。

「それはそうなのですが……でも、彼の側に私が居てもいいのかなって……」

 目線が思わず下がった。
 彼は正教会で実績もある司祭、それに比べて私は婚約破棄をした傷持ちで、さらには処刑されてもおかしくない魔女の血筋。
 全てが彼にとって汚点になるものばかりだ。

「いいのではありませんか?」

 ヴァレリーは自虐的になる私を受け止めてくれた。
 顔を上げると彼女は微笑ましそうな顔をしていた。

「男なんて困らせてなんぼですよ。そうでもしないと、あちらはほいほい別の女性を追いかけますからね」

 それはアベルの事を言っている気がした。だけど彼女はアベルのことをそこまで心配していないようだ。それこそ彼女は上手く手綱を引いているのだろう。

「ソフィア様も上手くクリストフ様を操ってみてはいかがですか? ほら、こんなに綺麗なのですから」

 私はまた鏡で見ると、先ほどよりも大人っぽくなっていた。
 特に目元の赤みが増したことで、今までとは違う自分になれた気がする。
 ドレスもまた海よりも明るい青色をしており、彼女の化粧ととても合う。

「うん、頑張る」

 少しだけ自信も付いてロビーへと向かうと、すでにクリストフは髪をワックスで固めて、黒のウエストコートに身を包み、首元の高価なレースを使ったジャボもよく似合う。
 あちらもこちらへ気付いてくれた。

「大変お待たせしました。今日は一段とかっこいいですよ」

 思ったことを口にする。だけど彼の顔が少し固い気がした。

「それは何よりだ」

 彼は短く答え、そしてまた口を開けては閉じるを繰り返した。

「どうかしましたか?」
「いいや……いつもと雰囲気が違うと思ってな」
「ヴァレリー様が化粧をしてくださったのですよ。あまり似合わなかったですか?」

 彼はもしかするとあまり大人びた女性は好きでは無いのかもしれない。
 だが彼は首を横に振った。


「それは違う……艶やかでそれもまたいいと思っただけだ。こんな時に気が利いた言葉を言いたいが、君の前だとどうしても言葉が出てこない」

 クリストフは顔が赤くなっていた。するとアベルがまたおちょくる。

「なに難しく考えているんだよ。普通に綺麗で見惚れたと言え――痛ててて!」
「あなたは少し黙っていなさい」


 ヴァレリーはアベルの耳を引っ張って黙らせる。
 彼は私の手を取って、手の甲にキスをする。
 そして上目遣いから見える彼の目にドキッとさせられた。

「綺麗だ、ソフィー。俺にエスコートをさせてくれ」
「はい……」

 彼は私の手と腰に手を当ててくっついて来た。先ほどヴァレリーが言ったように、まるで壊れ物を触るかのように、優しく手を添えてくれるのだった。
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