上 下
11 / 93

初夜?

しおりを挟む
 食事を終えてあとは眠るだけだと思っていたのに、ベルメールのまさかの暴走によって、私は初夜の相手としてクリストフの部屋で待つことになった。
 彼のベッドの上で頭を抱えていた。

「どうしましょう、どうしましょう! このままでは本当に私の初めてをあの人に捧げないといけない!」

 クリストフは未来で殺し合いをした仲なので、まさか友人どころか一気に飛び越えて深い関係になろうとしていた。
 だが元々クリストフは美人にも興味を示さない堅物で、常に禁欲をしているらしいため、私とはそういうことをしないという淡い希望があった。

「そうよ、クリストフ様ならきっと私の裸を見ても何も思わないわよね。もしかすると出て行けって怒り出すかも」

 私は厳格な司祭のイメージを信じようと前向きに考えた。
 彼から退出を命じられたら従うしかないのだから。

 すると足音が聞こえてきたので、もしかすると帰ってきたかもしれないと緊張が増してきた。
 コートは朝に持ってくると奪わてしまったので、私の恰好はほぼ下着同然のランジェリーで、男性が脱がしやすいようになっていた。
 だからブランケットで隠さないと、彼に素肌を晒すことになる。
 なるべくすぐに見つからないようにベッドの中でうずくまる。
 そして彼の声が聞こえた。

「なかなか有益な情報がないな」


 クリストフは独り言を喋りながら部屋に入ってきた。部屋の明かりは大きなろうそくが一本だけ机の上にあるだけなので薄暗い。
 ゴソゴソと聞こえたのちに低い声が聞こえてきた。

「さて俺が気付かないと思ったか?」


 急に殺気が飛んできて動けなくなった。私は自分の存在をアピールしようとしたが、それよりも早くブランケットを掴まれて、彼にそれを剥ぎ取られた。

「きゃっ!」

 私は手で体を隠したが、それでもほとんど見えてしまっている。
 クリストフは固まっており、わなわなと震えていた。
「ソフィア嬢、何をしている?」

 やはり彼もこんなことを想定していなかったのだ。
 弁明しなければ私が初夜を望んでいると勘違いされる。

「ベルメールが初夜はクリストフ様の部屋で待ちなさいって……偽装結婚って言えないからなすがままに、このような状況になってしまいまして……」

 だから私の意思ではないことを伝えた。ここでクリストフはどうするのかで私の今後が変わる。
 私は狩られるうさぎのように震えるしかなかった。
 するとクリストフも苦虫をかんだ顔をした。

「それは俺の落ち度だな。俺は君にひどいことをするつもりは無い。ほら、このブランケットで肌を隠せ」

 彼は紳士的にもブランケットをかけ直してくれた。

「あ、ありがとう存じます」

 これは彼もその気がないという現れだった。
 少しだけホッとした。

「そうですよね。クリストフ様なら私なんかに興味を示さないと信じていました!」

 やはりクリストフは生粋の司祭だ。未来では私を襲おうとした男達は、誰もが欲望に目を曇られ、見ていて不快な者達だったが、クリストフの目はすごく澄んでいた。
 私もこれで貞操が守られることに安心したので、ソファーを指さした。

「では私はあちらのソファーで眠りますので――」

 あとは彼を刺激せずに夜を明かせばいいだけだ、と思っていたが彼はブランケットを掛けた姿勢で止まっていた。
 そして、何やらにやりと笑っていた。

「これから偽装結婚を迎えるのだから俺たちは仲の良い夫婦を演じるべきだと思わないか?」

 なんだか圧がすごいが一応は「そうですね」と頷いた。
 すると彼の手が私の肩を掴んだ。

「それなら一緒のベッドに眠る練習もした方がいい」
「えっ!?」

 ブランケットごと私は抱きかかえられて、ベッドの上で寝かされた。
 彼は添い寝するように私の隣で眠る。近いせいで彼の息づかいすら聞こえてくる。

「先ほどは少し薄暗かったが、もしかしてそのブランケットの中身は下着だけか?」


 どうやらしっかり見られていなかったようだ。
 恥ずかしいが正直に答えておこう。

「はい。他は羽織らせてもらえませんでした」
「そうか。ソフィア嬢にはなるべく快適に過ごしてもらおう思ったが、ばあが迷惑を掛けた。すまない」

 クリストフは申し訳なさそうな顔をする。私は「気にしてませんよ」と言った。
 普通は結婚すればこれが普通なのだから、ベルメールが全て間違っているわけではない。

「未来のことがなければ立派な夫婦だったかもしれませんね」
「俺と君がか?」

 ただの冗談で言ったつもりだったが、彼の体が少し近づいてきた。
 私はまた失言したと訂正する。

「もちろんもしもですよ! あんなことをしておいてそんな都合の良いことなんて考えてませんから!」

 私は未来で魔女の力が覚醒していた。魔法の力で建物を壊すくらいなら簡単にできたのだ。
 今はその力は使えないがいずれは使えるようになってしまうだろう。
 そうなると未来の惨劇をまた引き起こして、クリストフから今度こそ殺されてしまうだろう。
 彼の手が私の頭を撫でた。

「ならこれから未来を変えていけばいい。其方もあの未来を望んでいないのなら俺と同じ気持ちのはずだ」

 真剣な目に私は背けたくなった。彼はあくまでも聖人のような存在だ。私とは格が違う。いつだって私は保身のために生きているからこそ、彼の目をまっすぐに見られないのだ。
 だけど私もあんな未来は嫌だ。

「クリストフ様、もしよろしければ今なら暗いので、この刻印に神聖術を掛けてもらってもよろしいですか?」

 彼の力なら覚醒までの時間を遅くしてもらえるらしい。どうせこれから一緒のベッドに眠る機会も増えると思うので、利用した方がいいだろう。
 それに触るくらいなら私だって我慢できる。

「いいのだな?」

 私は頷いた。すると彼の手がブランケットの中に入って、私の刻印の場所に手が触れた。
 彼の体温を手から感じて、妙な気分になってくる。
 するとぽかぽかとお腹周りが温かくなってきた。

「ん……ぁ」

 なんだかくすぐったくて声が漏れそうになった。
 体がどんどん火照ってきた。頭がボーッとしてきた。
 だが急にそんな生やさしいものではなくなってきた。

「ぁ……ん」

 体が官能的な快楽に支配されだした。
 このままではおかしなことをしそうになったので、目の前の腕にしがみついた。
 心地よい感覚が体を襲い、こうでもしないと快楽に耐えられそうになかったからだ。

「もうすぐ終わる。それまで耐えろ」
「はい……んっ」
「君へ言ったわけでは――なんでもない」

 彼の言葉が理解できなくなっていた。そしてようやく体の火照りが少なくなっていき、やっと施術も終わったようだ。
 すると次に強烈な眠気が襲ってきた。
 クリストフの手が離れ、私へ尋ねる。

「どうだ、調子は?」
「なんだか変な気分になりましたが、すごく調子が良いかもしれません」

 うとうとした気分のまま答えた。
 肩凝りも少しだけ無くなった気がする。一体、体の中でどんなことが起きていたのだろう。
 彼に聞きたかったが、もう限界だった。

「ごめんなさい……もう目が開けられ――」
「おい――!」

 何か彼が言っていた気がしたが私はもう眠りに落ちた。
 なんだかすごく守られている気分になり、心地よい気分だった。
 そして――。

「ん……」

 朝日が差し込んだ光で目が自然と開いた。これまでで一番寝起きがいいかもしれない。

「よく寝た……でもほっぺが温かいような――」

 私は横に目を向けると、誰かの二の腕を掴んでいた。それは明らかに男性の腕で、私はその腕の持ち主の顔を確認した。

「やっと起きたか」

 不機嫌そうなクリストフが私を見下ろしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜

ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……? ※残酷な描写あり ⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。 ムーンライトノベルズ からの転載です。

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

天空からのメッセージ vol.12 ~魂の旅路~

天空の愛
エッセイ・ノンフィクション
そのために、シナリオを描き そのために、親を選び そのために、命をいただき そのために、助けられて そのために、生かされ そのために、すべてに感謝し そのためを、全うする そのためは、すべて内側にある 天空からの情報を自我で歪めず 伝え続けます それがそのため

浮気心はその身を滅ぼす

カザハナ
恋愛
 とある令嬢は、婚約者の浮気現場に遭遇した。 「浮気男は要らない」  そう言って、男に婚約破棄を突き付ける。  それを聞いた男は焦る。  男は貴族の子息だが、嫡男では無い。  継ぐ家も無ければ爵位も無い。  婚約者の令嬢は、既に当主になる事が決まっており、婚約者の令嬢と結婚すれば、当主にはなれないが働かずとも贅沢が出来る。  男はその場にいた浮気相手を突き放し、婚約者にすがり付く。 「許してくれ!二度と浮気はしない!!」  そんな男に、婚約者の令嬢は、とある条件を出すのだった。

空間魔法って実は凄いんです

真理亜
ファンタジー
伯爵令嬢のカリナは10歳の誕生日に実の父親から勘当される。後継者には浮気相手の継母の娘ダリヤが指名された。そして家に置いて欲しければ使用人として働けと言われ、屋根裏部屋に押し込まれた。普通のご令嬢ならここで絶望に打ちひしがれるところだが、カリナは違った。「その言葉を待ってました!」実の母マリナから託された伯爵家の財産。その金庫の鍵はカリナの身に不幸が訪れた時。まさに今がその瞬間。虐待される前にスタコラサッサと逃げ出します。あとは野となれ山となれ。空間魔法を駆使して冒険者として生きていくので何も問題ありません。婚約者のイアンのことだけが気掛かりだけど、私の事は死んだ者と思って忘れて下さい。しばらくは恋愛してる暇なんかないと思ってたら、成り行きで隣国の王子様を助けちゃったら、なぜか懐かれました。しかも元婚約者のイアンがまだ私の事を探してるって? いやこれどーなっちゃうの!?

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

結婚三年目、妊娠したのは私ではありませんでした

杉本凪咲
恋愛
「彼女のお腹には俺の子が宿っている」 夫のルピナスは嬉々とした表情で私に言った。 隣には儚げな表情の使用人が立っていた。 結婚三年目、どうやら夫は使用人を妊娠させたみたいです。

処理中です...