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最終章 カナリア・ブルスタットはいかがでしょうか

38 旅芸人の失言

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 気を失うように眠ってしまった。

 甘い痺れのせいか少し怠い。だけどそれでいて不快感はなかった。
 重い瞼を開けると、髪がいつもより乱れ、汗で湿っているのが分かる。
 目の前にはシリウスの顔があった。彼の心地良さそうな顔を見ていると、起こすのがもったいなく感じる。

 少しだけ体勢を変えようとしたが、彼の腕が私を包み込んでいたことに気が付いた。
 すると彼も目を覚ました。
 眠たそうな顔をしているが、私に視線が合うと私をもっと抱き寄せる。

「おはよう、カナリア」
「おはようございます、シリウス」

 私は彼の胸にうずくまった。それがとても落ち着く。
 彼が私のおでこにキスをしてくれた。
 そして彼は私にシーツを被せ直してくれた。
 まだまだ寝足りないのはお互いのようだ。

 もう少しだけ触れ合っていたい。

 ノックをする音が聞こえた。エマだ。
 まだ眠っている彼を起こさないように起き上がり、エマを部屋に招き入れた。
 新しい部屋着とお水を持って来てくれたのだ。

「エマ、汗を流したいから水浴びの準備できるかしら」
「もうすでにご準備しております」


 ゆっくりと入浴しながら夜のことを思い出して、今になってやっとホッとした。
 もしかしたらまた失敗するのではないかと不安になったが思ったより悪くなかった。
 それ以上に──。

 どんどん鮮明に思い出してきて恥ずかしさで頭が沸騰しそうだ。

「カナリア様、大丈夫ですか!」

 危うくのぼせるところでエマによって意識を戻された。
 私はいつもより短い入浴を済ませて朝食までに支度を整える。
 食卓へ向かうと、すでにシリウスは席に座っていた。
 朝の祈りを済ませた後に、シリウスは私を見て心配そうにしていた。

「顔が赤いが、熱はないか?」

 さっきのぼせかけたせいであろう。

「少しお風呂に長く浸かりすぎただけですよ」

 シリウスはホッとした顔になり、私の頬へ手を当てた。

「何か欲しい物はないか?」
「そんな気遣いはいりませんよ。これほど良くしてくださるのですから」
「カナリアは欲が無さすぎる。そのままでも十分魅力的だが、少しくらいねだってもいいんだぞ?」

 そうは言っても急に思いつかない。
 だがそこで一つだけ欲しい物に思い当たった。

「それならお揃いの指輪を頂けないですか?」
「指輪?」

 シリウスはそんな物でいいのかと首を傾げていた。
 この国でも指輪の習慣はあるが、それは自分の財力を示す程度の意味しかない。
 だが帝国では夫婦こそ大きな意味合いを持っていた。

「はい。帝国では結婚した新婚は指輪を贈り合うのですよ。二人の仲が永遠に続くように」
「そうなのか。それなら一緒に買いに行こう」
「はい! 喜んで」

 今度国王陛下のために有名な旅芸人達が来られるらしいので、それを観た後に一緒に買いに行くことになった。
 無事にヴィヴィの領地の病気を持っている者達の治療も終わり、太陽神の試練を本当の意味で乗り越えたのだった。


 今日は旅芸人が城にやってくるため、私とシリウスは入城した。
 国王陛下の検診もしたかったので、私は一度国王陛下の寝室へ向かった。
 その時、目の前からこちらへ令嬢達を引き連れたヒルダと出くわした。
 私を見ると明らかに不機嫌になっていたが、私も彼女に遠慮することはない。

「ごぎげんよう、ヒルダ様」

 私が挨拶するとあちらも無視は出来ないため挨拶を返してくる。

「お元気そうね、カナリア様。シリウス様も変わらずのお姿で安心しました。太陽神の試練を乗り越えたと聞いてわたくしも“義妹”の活躍に誇らしくなりました。」


 いもうと、という言葉を強調した。
 それは自分が次の王妃であることを意識させたいのだろう。
 だが今はシリウスの名声も上がっており、ダミアンが絶対に王にならないといけないわけでもない。

「ありがとう存じます。そんなヒルダ様にぜひ忠告したいことがありましたの」

 ヒルダの目が警戒の色になった。
 夜会で薬を狙った謎の男達は、おそらくヒルダが裏で手を引いたはずだ。
 これまでやられていたが私もずっと黙っているつもりはない。

「どこにも足を引っ張る輩はいますので、どうかご用心くださいませ」

 ピクッと彼女の眉が動くが、すぐに笑顔で取り繕った。

「ええ、心に留めておきますわ。でも私は元々用心深いですので」

 ヒルダは礼をしてからその場を離れていった。
 後ろを付いていく令嬢達がこちらを睨んでいたが、私も同じく睨み返すとすぐに目を逸らしていく。


 私が国王陛下の容態を診て、順調に回復しているのが確認できた。
 国王陛下も今日の旅芸人達を心待ちしていたようで、私たちは二階の席へ足を運んだ。
 招待客も多く呼んでおり、貴族だけではなく、お金のある商人達も観に来ている。

「本日はお招き頂きありがとうございます! 国王陛下ならびに王族の方々、そして多くの観客の皆様へ少しでも楽しんでもらえるように趣向を凝らしております! ではぜひお楽しみください!」


 旅芸人の団長が挨拶をした後は、多くの芝居や超人達のパフォーマスを魅せられ、とても楽しい時間を過ごしたのだった。
 そして私たちの席まで旅芸人達が挨拶をするためにやってきた。
 国王陛下が労いの言葉をかけた。

「うむ、良い見世物だった。評判通りの芸に褒美を出そう」

 旅芸人たちは嬉しそうな顔をしていた。
 王族に評価されたことでまたもや彼らの名声は高まり、そしてその分お金の心配がいらなくなるからだ。
 団長が私たちへも挨拶をする。

「お噂はかねがね聞いております。カナリア様の行ってきた善行は我々平民のためであり、大変喜ばしいことばかりです。どうかこの国を今後もよろしくお願いいたします」
「ありがとう存じます。またぜひここで芸を観せてくださることを楽しみにしてますわ」

 団長は次にダミアンとヒルダへ挨拶をしようとした時、固まってしまっていた。
 ヒルダに見惚れているわけでもなさそうだが、彼女がどうかしたのだろうか。

「どうかしましたか?」

 ヒルダも自分を見て固まったことに気が付いているようで尋ねた。
 すると団長も我に返って謝罪をする。

「いいえ。前に商人をしていた時がありましてね。とてもヒルダ様に似ていられるお子様を見かけましたので。もちろんヒルダ様の美貌の方が数段上ですがね!」

 冗談のように言うただの世間話だが、ヒルダの様子が少しおかしくなっていた。
 私はその時、何か閃きみたいなものがあった。
 これは逃してはいけない何かだと。

「ちなみにどちらで見かけましたか?」

 団長は記憶を遡るように上を見上げた。

「確か、北西の地域ですね」

 私は地図を頭に思い浮かべて、ヒルダの実家を思い出す。
 だがそれは──。

「それなら勘違いですわね。わたくしの実家は東にあります。正反対ですわ」

 ヒルダは否定する。
 彼女の言う通りで、関係が無いように思われた。
 ヒルダは少しふらついた。

「国王陛下、少し体調を崩してしまったみたいですのえ、わたくしは先に失礼させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「うむ、其方も日頃から政務に励み過ぎている。ゆっくり休暇を過ごしなさい」


 ヒルダはダミアンと共に先にホールを出ていった。
 何か引っかかる。
 しかしその日は答えが出ないまま、私はシリウスと指輪の下見に行ったことで、そのことを忘れかけた。

 だが次の日、旅芸人の団長が自殺をしたという報告を受けたのだった。
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