王のいない側近

まさかの

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王のいない側近

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 王がいた。
 だがこの王は名君にあらず。
 民に重税を課し、逆らう者には容赦せず。
 だが彼は愚王と呼ばれることはなかった。
 何故なら彼には優秀な側近がいたからだ。
 彼のすることは全てが革新的であり、また人心を操る術を知っていた。
 そのことから側近はみんなから賢者と呼ばれていた。
 賢者は今日もたくさんの書類に囲まれながら仕事をしていた。
 そんな時、ドタドタと走ってくる音が聞こえてきた。
 そして賢者のいる部屋のドアを勢いよく開けられた。

「賢者さま! 火急の件です!」


 男は焦った様子で、息を切らしていた。
 賢者をため息を吐いて、一度書類から目を離した。


「朝から騒々しい。一体何事か?」


 賢者は一応要件を聞くが、彼は分かっていた。
 分かってはいたが確認はしないといけない。
 男は答えた。

「大変なのです。三人の民が暴れているのです。このままでは王に彼らのことがバレてしまう。どうか彼らの意見を聞いて宥めてあげてください!」


 内容は予想通りだった。
 この者たちは王の部下ではあるが、忠誠を誓っているわけではない。
 だから民の気持ちに寄り添えるのだ。


「わかった。わたしが鎮めよう」


 賢者はすぐさま中庭へと向かった。
 そこには若い青年三人がいた。
 全員が兵士に組み伏せられており、身動きが全く取れなくなっている。
 賢者は一番利口そうな青年に問うた。

「そこの青年よ、一体どうしたのだ?」

 質問がきた青年の拘束が緩まった。
 青年は答えた。

「賢者よ。我々はもう限界だ。食べ物を取られ、牛を奪われ、そして次は家を奪うと言う。わたしはどう生きればいい? わたしは何の罪を犯したのだ? 答えてくれ賢者
 さま」

 賢者は青年の言葉を聞き、一度目を瞑った。
 そして数秒の時間が経って開眼した。


「青年よ。君たちの苦労はわかる。もう少しだけ耐えてくれ。王には王の考えがあるのだ。しばらく知人の家に頼み込むといい」


 青年たちは全く納得してはいないが、賢者の言うことには従った。
 だが賢者も酷なことを言っている自覚はある。
 いくら自分の人望があろうとも、いつか限界がくる。


「賢者さま、本当に王は考えてくださるのか?」


 賢者は男の質問に答えはしなかった。
 そして一年の時が過ぎ去り、一人の男の処刑が決まった。
 町の広間に町中の人々が詰めかけていた。
 木でできた磔台に一人の男が括り付けられた。
 王が声高に叫んだ。

「民たちよ! この国をここまで駄目にしたのはこの男だ! 賢者などと言われて調子に乗った、哀れな罪人だ! この男は巧みな話術で民たちに甘い夢を見せた。だが全く生活が良くならなかったはずだ! だがもう大丈夫だ。この男がいなくなればもっとより良い生活が手に入る。石を放て! 全ての不幸をこの男にぶつけるのだ!」

 とうとうこの王は愚王と化した。
 民たちの不安を逸らすために、賢者を生贄として捧げたのだ。
 賢者は磔にされて、民たちを見た。
 彼は独り言を呟いた。

「この国にまだ王はいない。わたしがどれだけ頑張ろうとも王のいない国はダメなのだ。わたしは王のいない側近だ。それがわたしの不幸であり、罪である。わたしは王を育てなかったのだ」

 賢者と呼ばれたこの男は黙って成り行きを待った。
 そして命令が降る。


「民たちよ! その愚王に石を放て! 賢者を助けるのだ!」

 馬で駆ける聡明な若者が大勢の民を率いて広間にやってきた。
 そうこの国の王子だ。
 王子は馬を走らせて、賢者のもとへ辿り着いた。
 お互いにまるで友のように見つめ合った。

「わたしはまだお前の助けが必要だ。お前もわたしの助けがいるだろ?」

 王子の言葉を賢者はゆっくり噛み締めた。

「わたしはやっと王を得られるようだ」

 賢者は今日より王の側近となったのだった。
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