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最終章 希望を託されし女神

王は静かに時を待つ

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 式が開始する前にわたしは別室で待機する。
 首にも絞められた跡が残っているので、秘密裏に治癒の魔法を掛けられる。
 治癒をして侍従が部屋から退出してから、ガイアノスは申し訳なさそうに話し出した。

「ドルヴィのことは驚いただろう?」

 一度見たことがあったが、それを知っているのは側近だけなので知らないフリをする。

「ええ、まさかドルヴィが魔物なんて……」
「あれは魔物ではない。おれたちが崇める光の神デアハウザーさまだ」

 目を見開いて、口に手を当てることで驚きを表現する。

「驚くよな。俺も知ったのは魔法祭の後だ。あの方から魔力を頂いて、お前と並ぶ魔力を手に入れた」
「それはウィリアノスも知っていますの?」
「いいや知らない。あいつは真面目すぎるからな。おそらく上手く扱えないから俺にしたんだろう。まぁ、利用されようがドルヴィになってしまえばこっちのもんよ」

 どこか自虐的だが、お互いを利用する関係に満足しているようだ。

「そんなにドルヴィになりたかったの?」
「ああ、ウィリアノスがずっと羨ましかった。勉強もマンネルハイム、そしてお前と結婚できるんだ。妬まないほうが……おい、どうして照れてる」

 わたしを急に褒め出したから、正直者だなぁと見る目を変えるところだった。
 一度流れを戻そうと咳払いをした。

「それでドルヴィから魔力を授けられたのね」
「ああ、すごい魔力だ。これがあればなんでもできる。俺は初めて自信というものを持った。今日で俺は欲しかったものを全て手に入れられる。さて新しい王の責務として、そろそろ挨拶回りに行ってくる。シルヴィたちも挨拶に来ると思うからここで待機してろ。あのユリとかいう侍従も呼んできてやる」

 ガイアノスは部屋を出て行き、その後ユリが入ってきた。
 ドルヴィとの話の内容を聞かれたが、彼女を巻き込む訳にはいかないので話を濁した。
 しばらくしてから、各領土を治めるシルヴィが護衛騎士を一人だけ連れてやってくる。
 あまり聞かせたくない話もあるので、ユリに外で待つようにお願いした。
 シルヴィ・スヴァルトアルフも顔に渋面を作ってやってきた。

「おい、マリア・ジョセフィーヌよ」

 厳つい顔なのに今日はどこかやつれている。
 一体何があったのか。
 後ろに立つエルトは苦笑いをしているだけだ。

「おまえ、こいつらを手のひらで転がすために側近たちと結ばせたのか?」
「はひぃ?」

 一体何を言っているのか分からない。
 エルトを見て説明を求める。

「シルヴィ、前にも言いましたがこれはわたしの意思です。彼女たちは己の忠義を信じている。わたしも同じくそれに倣ったに過ぎません」
「わかった、わかった。もうよいわ。だがマリア・ジョセフィーヌよ。我にとって一番大事なのは自領の民たちだ。ヨハネ・ジョセフィーヌがこちらに圧力を掛けている間は動くことができん。何か出し抜く算段はあるのか?」

 どうやらシルヴィ・スヴァルトアルフもこちらの味方をしてくれるようだ。
 しかしわたしに情報が入ってこない以上は特に策があるわけではない。

「ありませんが、下僕たちなら必ず何か動いてくれるはずです」
「うむ……噂に聞く限りでは敗北したと聞いているが、まだ結婚式まで時間はある。もし其方へ神の御加護があれば従おう。良いな、エルト」
「それで構いません。こちらの意見をこれほど聞いて頂けただけで感謝の言葉もありません」


 その時、ドアの外から聞きたくもない声が聞こえた。

「マリアちゃーん、入ってもいいかしら?」
「はぁーー、いいですよ」


 わたしが許可をするとすぐさま入ってきた。
 ヨハネだけと思ったらシルヴィ・ゼヌニムも一緒にやってきたようだ。
 シルヴィ・ゼヌニムはどこか様子がおかしく、禍々しい雰囲気を感じた。

「しばらくの間にだいぶ耄碌したようだな、シルヴィ・ゼヌニム」

 シルヴィ・ゼヌニムは答えずただ睨むだけだ。
 アクィエルと同様にうるさいイメージがあったが、今日は静かだと思った。

「あらあら、シルヴィ・スヴァルトアルフもいらしたのですね。シルヴィのお城に全領土の騎士を集結させるなんて、何か面白い行事でもあるのですか?」
「分かっているくせに……聡い女は嫌いではないがお前は別だ。敵に回したくないが元シルヴィ・ジョセフィーヌとは友であったとは思っている」
「ええ、存じております。ですからあまり長居をすると、ドルヴィから疑われますのでそろそろ出られたほうがいいかと」
「ふんっ、ジョセフィーヌの女はみんな気が強いな」

 エルトはそれに同意するように頷いた。
 シルヴィ・スヴァルトアルフは部屋を出ていく。
 残ったヨハネはわたしに対して困った顔を作る。

「もう、駄目じゃない。ドルヴィの正体を知ったのだから、どこで聞き耳を立てているか分からないのよ」
「ご忠告どうも。シルヴィ・ゼヌニムもこの事は知っていると思っていいのよね」

 ドルヴィの件は一部の者しか知らない。
 それなのにシルヴィ・ゼヌニムの前で話すというのは共犯者だということに他ならない。

「知っているし、知らないわ」
「その物言いはもしかしてウィリアノスと同じようにオンブルを憑けているの?」
「惜しい! もっと強力なやつよ。憑依者の人格を捻じ曲げるから特別な魔物よ。あの湖の水でも元に戻せないって、デアハウザーさまも言っていたわね」


 厄介な事をしてくれる。
 シルヴィすら操ることが出来るのなら、もうわたしの代では完全に支配を完了させるつもりだろう。
 少なくとも五大貴族が治める領土のうち二つの領土は手に入ったに等しい。

「ペラペラとよく教えてくれるのね。もしわたくしがここを逃げ出したら、貴女は情報を流した罪でデアハウザーから殺されるんじゃない?」
「ふふふ、誰も助けてくれる人がいないのだから心配する必要ないじゃない。それにしてもエイレーネさまに似ていますね、本当の親子ではないのに」
「えっ……」

 今思いがけない一言が放たれた。
 何をふざけた事を言っているのか。

「何を言ってますの? あまりにもおふざけがすぎますよ」

 ヨハネは手を口に当ててキョトンとしている。
 どこか演技臭いので、分かっててやっているのだ。

「まあ、もしかしてセルランもレイナちゃんも教えてくれなかったの?そんなひどい臣下だったなんて知らなかったわ」
「わたくしの臣下を馬鹿にしているの?」

 ヨハネを睨み付けた。
 だが彼女は調子を崩さない。

「でもしょうがないわよね。あの城で二人とも亡くなったから伝える時間もなかったのでしょう。ごめんなさい、マリアちゃん。二人とも殺しちゃって、落盤であっけなかったわよ」

 わたしの指輪から感じる命の鼓動。
 今なお誰も死んでいないはず。
 ヨハネはこの事を知らないようだ。
 これだけはわたしが唯一勝っている情報だ。
 わたしも演技をする。

「もし出来るなら貴女をこの手で殺してあげたいわ。お父さまとお母さま、セルランとレイナの無念を背負ってね」
「こわいこわい。ではまた後で会いましょう」

 ヨハネが出ていくと同時にユリが移動の時間を告げる。
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