上 下
207 / 259
第五章 王のいない側近

シルヴィとの交渉

しおりを挟む
 わたしは心の中で自分が落ち着いているかを確認する。
 もし間違えればわたしの身も危ない。
 シルヴィを絶対に怒らせてはいけない。
 それはどの貴族も知っている当たり前の常識だ。
 普通なら萎縮して話すことなどできない。
 だがわたしは落ち着いていた。

「シルヴィの仰るとおりです。何も庇護されないわたくしたち姉妹の生きる道は一つ。強い者に守ってもらうしかありません」

 シルヴィは満足そうに頷いた。

「うむ、良き判断だ」
「ですがシルヴィ? わたくしならば自分一人の魔力以上の貢献ができます」
「何だと? それは何だ?」

 ……食らいついた!

 たとえ上位領地といえども魔力はいくらあっても足りない。
 ここからはわたし自身を売り出す。

「伝承を解いて見せます」
「伝承だと? あの噂のことか。お前たちが勝手なことをしたせいでこちらは神からの対価が増えているのに、我らもやったら同じように他領からバッシングが来るではないか」
「本当にそうでしょうか?」

 シルヴィの言葉が止まった。
 わたしは流れを持っていく。

「もしここで伝承を解くことで魔力不足が解決するのならどこの領土も欲しがるはずです。何故ならやれば土地が回復するのですから」
「うむ……」

 シルヴィは悩み始めた。
 これらないける。
 わたしはさらに言葉を続けた。

「どうして伝承が封印されているのかという謎を解かなければなりません。わたくしたちは選択を迫られています。このままいつか土地と共に滅びるか、可能性に掛けるか」
「だがもし神の怒りを買ったらどうする? わたしは領土全てを守らなければならない。絶対成功するという言葉がなければわたしはお前の勝手を許すわけにはいかない」
「そうですか……、残念です。もうすでに全領土の伝承は解放していますが」

 シルヴィは目を見開いた。
 周りも騒ついており、誰もそのことを知らない。

「おい! 伝令を持ってきている者はおらんか!」


 シルヴィの言葉を聞いて文官たちが慌てて外へ出て行く。
 そしてすぐに帰ってきた。
 わたしたちの謁見が終わるのを待っていたのだろう。
 もうすでに報告する準備が出来ていた。

「礼はよい! 今起こっていることを話せ!」
「っは! 四領土から緊急の通信がありまして、土地の魔力が急激に回復しているそうです。今日の聖杯の魔力はまだ使っていないにも関わらずこれほど満たされるのはおそらく初めてだと思います」

 文官たちの報告によってこの場にいる領主たちが青い顔をしていた。
 何故ならこのようなことをまったく知らなかったからだ。
 わたしの独断で全て行なっている。


「マリア・ジョセフィーヌ、何を企んでいる?」

 シルヴィは立ち上がりわたしを睨み付ける。
 だがわたしは軽く受け流した。

「さあ、わたくしは政治のことなど分かりません。ただ、スヴァルトアルフはわたくしの蒼の髪によって土地が復活して、ジョセフィーヌと協力関係になったことを全五大貴族に広めただけですが」
「この小娘がぁぁあ!」

 スヴァルトアルフは怒り狂ったように叫んだ。
 立ち上がりわたしの首にトライードを添えた。

「貴様、何をやったのか分かっているのか?」

 野獣のような目がわたしを睨みつける。
 そこらの女ではその目だけで泣いてしまうだろう。
 だが残念ながらわたしは怯えはしない。

「この剣を退けなさい、シルヴィ・スヴァルトアルフ」

 わたしは真っ直ぐスヴァルトアルフを見返した。

「いいかしら、シルヴィ。わたくしの首を刎ねれば貴方の領土は繁栄を極めるでしょう。ただ他の領土は衰退していく前に対策を取ってくるでしょう。それは話し合いかもしれない。はたまた奪い合いかもしれない。わたくしを殺した時点でそれは終わりよ」
「ならお前を縛り上げて渡すのみだ」
「残念ですが、わたくしのネックレスが見えるかしら?」

 そこでシルヴィもやっと気が付いた。
 大きな宝石が蒼く光っている。
 それはひと目見ただけで高価な物だと分かる。

「それが何だ。何かの魔道具か?」
「ええ、わたくしの命を散らしてくれる魔道具よ」

 シルヴィも含め全員が息を呑んだだろう。
 自分を殺すかもしれない魔道具を身に付けるなんて正気の沙汰ではない。

「いいかしら、少しでもわたくしに危害を与えてみなさい。すぐにでも死んであげるわ」
「馬鹿なことを……っち! 何が目的だ」

 忌々しげにシルヴィはトライードを下ろした。
 玉座へと戻ってわたしに聞いてきた。

「わたくしはしばらく伝承の秘密を調べたいの。ヨハネと戦うには力がいる。ゼヌニムと王族はヨハネに奪われたけど、まだ他の五大貴族がいる。これさえ味方にすれば対等に渡り合える」


 今のヨハネを相手にするのに個人の力では勝てない。
 五大貴族と王族が敵対する関係なんて協定によって禁止されている。
 それなのにこのような事態が起きているのだから、わたしも同じく力がいる。

「くそっ! 何が対等だ。スヴァルトアルフは大損じゃないか。少しも利がないのにこのような小娘に翻弄されるなんて」

 スヴァルトアルフの吐き捨てる言葉にわたしは一歩前に出た。
 護衛騎士が前に出ようとする。
 トライードでわたしを先へ行かせないようにした。

「その目はなんだ?」

 スヴァルトアルフへわたしは言う。

「わたくしはヨハネから領地を取り戻す。その時は貴方へこう呼ばさせてあげるわ。シルヴィ・ジョセフィーヌとね」

 先ほどまで苛立ちを隠そうとしなかったのに、逆に呆けたような顔をしてすぐに口角をあげた。

「ほう……面白い。当主を名乗るか。ならアビ・シュトラレーセ!」
「っは! こちらにいます」

 ほっそりとした真面目そうな男が前に出た。
 ラナとアリアの父親だ。

「お前に監視を任せる。その女がわたしの領地を荒らさないかを見ておけ」
「仰せのままに」

 シルヴィは玉座から立ち上がり、わたしの横を通った。

「次期シルヴィになったら非礼を詫びてやる。励むが良い」

 彼はそれだけを言って玉座の間から出て行った。
 どうにか今日を生き延びた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

処理中です...