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第五章 王のいない側近
新たな決意
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地下を抜けてわたしたちは外へと出られた。
わたしはぐったりとクロートの腕に収まっている。
家族の死をこの目で見て、さらには最強の騎士と最愛の親友を無くした。
色々なことが同時に起こったので気持ちが追いつかない。
ただヨハネへの憎悪だけが増えていく。
「おろしてちょうだい」
「姫さま……」
クロートは何も言わずわたしを降ろした。
ここからだと何も見えないので、わたしたちは一度高台に移動した。
そしてわたしの城は雷という天災によって煙を上げている。
綺麗だったお城がひどい有様だ。
昔のわたしならすぐにでもやり返しにいくだろうが、今行っても返り討ちにあうだけだ。
「ヴェルダンディ、ルキノ周りに敵がいないか見てきなさい」
クロートが二人に命令した。
二人とも文句を言わずに従った。
残るのはわたしとクロート、そして下僕のみだ。
「ねえ、クロート。わたしは何のために未来を変えようとしたのかしら?」
わたしはクロートへ問いかける。
彼は答えない。
「貴方なんでしょ? あの夢で現れた白い口の正体は」
わたしは下僕へ視線を向けた。
その答えを返したのはクロートだった。
「彼であり、わたしでもあります。姫さま……いいえマリアさま」
彼はゆっくり黒いレンズの眼鏡を外した。
下僕の覇気のない顔が引き締まったらこうなるだろうという、想像を絵に描いたような顔だった。
やっと彼の素顔を見たが喜ばしい気持ちはない。
「クロートは一体何者なの?」
「わたしは下僕の未来の姿です。マリアさまが死ぬはずだった未来から来たのがわたしです。未来には強制力があります。これまで経験されたと思いますが、夢の内容は大きく変わらず起きたと思います。死は貴女を狙っていた。シルヴィたちの命はその強制力に呑まれました」
「ならわたしはどうして生き残っているの?」
「それは貴女が運命を乗り越えたからです。一年を掛けてここまで積み上げたものが運命の力に打ち勝った。ですが全員がそうではありません。呑まれるしかないものもいます」
わたしはそこでハッとなった。
連累で奉納されたのはもう一人いたはず。
「レティアはどうなりますの!」
だがクロートは冷静に返した。
「レティアさまはマリアさまの次に奉納される予定でしたが、五大貴族の血筋としての魔力を残すため、ドルヴィの側室として一生を過ごします」
未来のレティアはすごく辛い一生を送るようだ。
だがもしかするとその強制力も起きるのか?
「レティアは大丈夫ですの?」
「はい。強制力が起きるのはマリアさま自身を狙う存在のせいです。その蒼い髪を殺そうとする者たちがマリアさまを殺さんとして起こる現象なのです。他の者の強制力はそこまで強くありません」
「一体わたしを狙っているのは誰なの?」
「分かりません。それを調べる時間はわたしにはありませんでしたから」
彼はまだまだたくさんの情報を持っているようだ。
だがもう一つだけ知りたいことがあった。
「クロート、下僕の名前を教えて? どうしてか思い出せないの」
「そうだと思います。何故ならわたしはもう名前を差し出しましたから」
「どういうこと?」
「過去に戻るには色々な条件があります。その一つに名前があります。名前というのはその人間の大きな力の一つです。もうわたしには名前などありません。そしてわたしも思い出せません」
わたしは絶句した。
名前を忘れたのではなく、彼はないと言うのだ。
「下僕……なんて失礼な呼び方よね」
「いいえ、この男のことなんぞ下僕で十分です」
クロートはピシャリと言った。
「どうしてなの?」
「わたしは貴方さまを裏切った男ですから」
「マリアさま、実はぼくの家族はヨハネさまの派閥なんです」
下僕が代わりに言った言葉にわたしは喉から声が出なかった。
思ってもみなかった事実に言葉が出ないのだ。
「それは……本当なの?」
言葉が震えないようになんとか聞くことができた。
「はい、ですがもう大丈夫です。彼らがマリアさまに危害を加えることはありません」
「派閥を変えたということ?」
「わたしが始末を付けました」
「えっ……」
クロートは平然とした顔で言った。
「あの者たちはジョセフィーヌ領に住まう害そのものです。私腹を肥やすだけの生きる意味のない者たち。まあ、わたしも一緒ですがね。何も変えることが出来なかったのですから」
クロートは自嘲気味に言った。
一体彼の過去で何があればそんな悲しい顔になるのか。
「ですが今はそれどころではありません、二人の死は哀しいですがーー」
「二人はまだ生きている」
わたしは自分の付けている指輪を触った。
それが教えてくれるのだ。
「その指輪は防御だけではないのですか?」
「うん、これはみんなの命の鼓動を聞かせてくれるの。わたくしが考えた唯一の保険。もしかしたらヨハネはわたしに何かしてくるかもしれない。それは側近の命をわたしにチラつかせるのではないか、そう思って前もって作っていたの」
わたしは何の策もなしにあの化け物に挑んだのではない。
もし万が一わたしが他の人たちの生死が分からなくなってもこれで分かるように。
クロートはわたしを見て目を見開いていた。
たぶんわたしがそこまで考えていると思ってもみなかったのだろう。
「驚きました。そこまでお考えとは」
「ヨハネはわたしの動揺を狙っていた。倒すのではなく心を折ろうといつもしてくるのなら前もってそれを防ぐ手段を考えればいい。多分セルランがレイナを逃してくれているはず。だって彼はわたくしの最強の騎士なのだから」
わたしはもう一度城を見た。
まるで廃城のようだが、それは今だけだ。
いずれ取り戻す。
「ヨハネ、次会うときにはわたくしが勝ってみせる」
わたしたちはスヴァルトアルフまで秘密裏に移動するのだった。
わたしはぐったりとクロートの腕に収まっている。
家族の死をこの目で見て、さらには最強の騎士と最愛の親友を無くした。
色々なことが同時に起こったので気持ちが追いつかない。
ただヨハネへの憎悪だけが増えていく。
「おろしてちょうだい」
「姫さま……」
クロートは何も言わずわたしを降ろした。
ここからだと何も見えないので、わたしたちは一度高台に移動した。
そしてわたしの城は雷という天災によって煙を上げている。
綺麗だったお城がひどい有様だ。
昔のわたしならすぐにでもやり返しにいくだろうが、今行っても返り討ちにあうだけだ。
「ヴェルダンディ、ルキノ周りに敵がいないか見てきなさい」
クロートが二人に命令した。
二人とも文句を言わずに従った。
残るのはわたしとクロート、そして下僕のみだ。
「ねえ、クロート。わたしは何のために未来を変えようとしたのかしら?」
わたしはクロートへ問いかける。
彼は答えない。
「貴方なんでしょ? あの夢で現れた白い口の正体は」
わたしは下僕へ視線を向けた。
その答えを返したのはクロートだった。
「彼であり、わたしでもあります。姫さま……いいえマリアさま」
彼はゆっくり黒いレンズの眼鏡を外した。
下僕の覇気のない顔が引き締まったらこうなるだろうという、想像を絵に描いたような顔だった。
やっと彼の素顔を見たが喜ばしい気持ちはない。
「クロートは一体何者なの?」
「わたしは下僕の未来の姿です。マリアさまが死ぬはずだった未来から来たのがわたしです。未来には強制力があります。これまで経験されたと思いますが、夢の内容は大きく変わらず起きたと思います。死は貴女を狙っていた。シルヴィたちの命はその強制力に呑まれました」
「ならわたしはどうして生き残っているの?」
「それは貴女が運命を乗り越えたからです。一年を掛けてここまで積み上げたものが運命の力に打ち勝った。ですが全員がそうではありません。呑まれるしかないものもいます」
わたしはそこでハッとなった。
連累で奉納されたのはもう一人いたはず。
「レティアはどうなりますの!」
だがクロートは冷静に返した。
「レティアさまはマリアさまの次に奉納される予定でしたが、五大貴族の血筋としての魔力を残すため、ドルヴィの側室として一生を過ごします」
未来のレティアはすごく辛い一生を送るようだ。
だがもしかするとその強制力も起きるのか?
「レティアは大丈夫ですの?」
「はい。強制力が起きるのはマリアさま自身を狙う存在のせいです。その蒼い髪を殺そうとする者たちがマリアさまを殺さんとして起こる現象なのです。他の者の強制力はそこまで強くありません」
「一体わたしを狙っているのは誰なの?」
「分かりません。それを調べる時間はわたしにはありませんでしたから」
彼はまだまだたくさんの情報を持っているようだ。
だがもう一つだけ知りたいことがあった。
「クロート、下僕の名前を教えて? どうしてか思い出せないの」
「そうだと思います。何故ならわたしはもう名前を差し出しましたから」
「どういうこと?」
「過去に戻るには色々な条件があります。その一つに名前があります。名前というのはその人間の大きな力の一つです。もうわたしには名前などありません。そしてわたしも思い出せません」
わたしは絶句した。
名前を忘れたのではなく、彼はないと言うのだ。
「下僕……なんて失礼な呼び方よね」
「いいえ、この男のことなんぞ下僕で十分です」
クロートはピシャリと言った。
「どうしてなの?」
「わたしは貴方さまを裏切った男ですから」
「マリアさま、実はぼくの家族はヨハネさまの派閥なんです」
下僕が代わりに言った言葉にわたしは喉から声が出なかった。
思ってもみなかった事実に言葉が出ないのだ。
「それは……本当なの?」
言葉が震えないようになんとか聞くことができた。
「はい、ですがもう大丈夫です。彼らがマリアさまに危害を加えることはありません」
「派閥を変えたということ?」
「わたしが始末を付けました」
「えっ……」
クロートは平然とした顔で言った。
「あの者たちはジョセフィーヌ領に住まう害そのものです。私腹を肥やすだけの生きる意味のない者たち。まあ、わたしも一緒ですがね。何も変えることが出来なかったのですから」
クロートは自嘲気味に言った。
一体彼の過去で何があればそんな悲しい顔になるのか。
「ですが今はそれどころではありません、二人の死は哀しいですがーー」
「二人はまだ生きている」
わたしは自分の付けている指輪を触った。
それが教えてくれるのだ。
「その指輪は防御だけではないのですか?」
「うん、これはみんなの命の鼓動を聞かせてくれるの。わたくしが考えた唯一の保険。もしかしたらヨハネはわたしに何かしてくるかもしれない。それは側近の命をわたしにチラつかせるのではないか、そう思って前もって作っていたの」
わたしは何の策もなしにあの化け物に挑んだのではない。
もし万が一わたしが他の人たちの生死が分からなくなってもこれで分かるように。
クロートはわたしを見て目を見開いていた。
たぶんわたしがそこまで考えていると思ってもみなかったのだろう。
「驚きました。そこまでお考えとは」
「ヨハネはわたしの動揺を狙っていた。倒すのではなく心を折ろうといつもしてくるのなら前もってそれを防ぐ手段を考えればいい。多分セルランがレイナを逃してくれているはず。だって彼はわたくしの最強の騎士なのだから」
わたしはもう一度城を見た。
まるで廃城のようだが、それは今だけだ。
いずれ取り戻す。
「ヨハネ、次会うときにはわたくしが勝ってみせる」
わたしたちはスヴァルトアルフまで秘密裏に移動するのだった。
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