上 下
161 / 259
第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

下僕の男気

しおりを挟む
 どうにか水竜にしがみついているので、落ちずに済んでいる。
 だが高熱によるダメージはかなりきついようで、苦しそうに顔を歪めている。

「ヴェルダンディ!」

 わたしはたまらず声を出した。
 また前の雷のように意識を無くしてしまいそうで恐かったからだ。
 しかしヴェルダンディは元気に笑ってみせた。

「このぐらいへっちゃらですよ」

 どう見ても痩せ我慢だが、それを指摘するような馬鹿なことはしない。


「ヴェルダンディ、あとはわたくしが攻めますので、少し休んでください」

 ヴェルダンディ以外の者は全員無事であり、ルキノはヴェルダンディが休む間の時間稼ぎをしようと前に出ようとした。

「いいや、俺も行く。こいつを倒さないと今回の作戦が無駄になる」


 ヴェルダンディは再び闘志を高めていた。
 その目に当てられたのかルキノは止めなかった。

「分かりました。マリアさまの魔力は温存しないといけませんからね」

 ヴェルダンディは隊列を整えてまた攻めに出た。
 エンペラーも傷を負っており、今が一番の好機だ。
 何度も攻撃を繰り返しては逃げるという行為を続けた。
 少しずつだがエンペラーの傷も多くなっている。
 しかしそれでもなお倒れるそぶりを全くみせなかった。

「くそっ、ドルヴィの騎士団長さまが倒せないだけあるぜ。こいつ、まだ完治していないだろうに、この強さ」
「弱音を吐いてもしょうがないでしょ」
「それもそうだな!」


 二人は持久戦を仕掛けているが、このままでは拉致があかない。
 魔力がこの魔物に対して足りていないのだ。
 あの鱗を破るには、五大貴族と同レベルの魔力が必要のようだ。
 わたしは作戦のため魔法が使えない。
 そうなるとできる人間は一人しかいない。
 わたしはちらっと目を動かしてしまい、そして後悔した。
 同じ考えをアリアもしていたのだ。

「マリア姉さま、今度こそわたしがお役に立ってみせます」


 それしか方法がない。
 エンペラーを倒すには高魔力で一撃必殺を狙わないといけない。
 だがそれはアリアが前に出て戦うということだ。


「いけません! 貴女が魔法を唱えようとすれば標的にされます!」


 魔物は魔法に敏感だ。
 魔力を求めるのだから、人間が出す魔力にも反応するようだ。
 この中でわたしとほとんど変わらない魔力を持っているアリアが魔法を唱えようとすれば、確実にこちらを狙ってくるだろう。


「ですが、このままだとヴェルダンディさまたちが危険です!」

 アリアの言う通りだが、アリアを守りきれると確約できる騎士がいないのだ。
 ステラはわたしを守らないといけないし、他の騎士では守りきることはできないだろう。

「マリアさま、ぼくにお任せください」

 下僕が進言した。

「下僕がアリアを守ると言うの?」
「はい」
「それは……」

 下僕を信じていないわけではないが、騎士として鍛錬を積んできた者でさえ任せれないことを文官である下僕に任せることなど出来るはずがない。
 おそらく何かしらの策があるのだろうが、簡単に頷けるものでもない。

「……出来ません。貴方は文官です。騎士の鍛錬をしていると言っても、魔力も技量も足りないはずです。アリアの命が掛かっているのに博打のようなことはできません」

 冷たく突き放したように見えるだろる。
 これまで下僕が頑張っているのは知っているが、流石に戦闘面まで下僕に期待などしていない。
 才能があろうがなかろうが、一つのことだけでも極めるのが大変なのだ。


「マリアさま、必ず守り切ります。ぼくの魔力は上の普通まで上がりました。今なら他の騎士にも劣らない魔力があります」
「うそっ……一体どうやってそんなに魔力を……」

 下僕の魔力は上級貴族の平均と変わらない魔力量と聞いて驚きを隠せなかった。
 中級貴族が上級貴族の平均と同じ魔力量なんて前代未聞だ。

「それはクロートから内緒にするように言われています。ただ、ここに証明書もあります」

 緊急事態だが、証拠を見ずして信用などできない。
 わたしはその紙を見ると確かに嘘偽りでないことはわかった。

「分かりました。ただ魔力が上級貴族級だからと言ってもここを任せる理由にはなりません。上級貴族の中でも最上位に位置するヴェルダンディたちですら、あれほど苦戦しているのですよ」
「幻影の魔法で標的を僕に変えます。それなら実力は関係ないはずです。魔法の探知も鈍らせますので、少しくらいなら時間を稼げるはずです」
「何を言ってますの! そうなれば下僕が危ないのよ!」


 アリアを狙ってくるエンペラーを一人で相手するということだ。
 そんなこと下僕が耐えきれるはずがない。
 だが下僕は自信を持って言った。

「大丈夫ですよ。僕には水の女神の加護がありますから。それに迷っている時間もありません」


 下僕の言う通りだ。
 いつのまにかヴェルダンディは仲間の一人の騎獣に運ばれている。
 火傷が酷いなか限界まで戦ったのだろう。
 意識を失っていた。
 残るはルキノだが、流石にこれ以上善戦を期待するのは無茶だと思う。

「分かりました。ただし危なくなったらすぐに幻影を解いて逃げなさい」
「承知しました」

 下僕とアリアは魔法の準備を始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

あなたには彼女がお似合いです

風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。 妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。 でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。 ずっとあなたが好きでした。 あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。 でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。 公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう? あなたのために婚約を破棄します。 だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。 たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに―― ※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

もふきゅな
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します

シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。 両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。 その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。

処理中です...