上 下
160 / 259
第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

黒竜エンペラー

しおりを挟む
 アリアは中身が透き通った試験管を辺りに振り撒いた。
 そして詠唱を始める。
 出会った頃に使った大きな火の玉を出現させた。
 だがわたしに使った魔法よりさらに大きく、触媒によって効力を増しているのだ。
 その炎は今度は丸い形から横に平べったくしていた。


「燃えて!」

 アリアの叫び声と共にその魔法は飛び去った。
 一直線に進んでいき、進行方向にいる魔物はすべて燃えていく。
 その威力はわたしに使ったものよりも断然高威力だった。

「アリア! 森が燃える!」


 アリアはハッとして、魔力を消した。
 魔物を倒すことに夢中になりすぎて気が付かなかったのだろう。
 大事な資源である森を燃やすことだけは絶対にしてはいけない。
 アリアは少し落ち込みながら騎獣に乗ってこちらにやってきた。

「大変申し訳ございません」
「いいえよくやってくれました。おかげで騎士たちもだいぶ楽になったでしょう。ただ今後は周りをよく見るようにね」

 アリアの魔力はこの戦いではかなり役に立つ。
 王族並みの魔力があるだけで戦場は楽になるのだ。

「ギャアアアアアアアア!」

 空から大きな鳴き声が聞こえてくる。
 大きな体と漆黒に染まる右目が潰れたドラゴンが空から降り注ぐ。

「エンペラー!? ヴェルダンディ、ルキノ、姫さまを一時下がらせます。上級騎士を五人ずつ連れて撹乱しなさい!」

 エンペラーと呼ばれるドラゴンを見てステラは血相を変えていた。
 ヴェルダンディとルキノも知っている魔物のようなので、顔を引き締めて魔物を足止めにかかる。
 わたしはステラと共に後ろに下がった。
 騎士であるステラがそうすべきと言ったのだから守らなければならい。

「ステラ、ドラゴンということはやはりかなり強いのですか?」
「はい、エンペラーと呼ばれる最強である竜種の中でもトップに位置する魔物です。ドルヴィの前騎士団長が激戦の末、深手を負わせることで追い払ったそうです。かなり甚大な被害があったそうで、前騎士団長も数日後にその時の傷が原因で亡くなったと聞いております」

 ドルヴィを守る騎士団長が倒せないほどの魔物がまた現れるなんて。
 セルランクラスの騎士で追い払うことしかできないのに、まだ学生であるヴェルダンディたちでは危険すぎる。


「二人を下げないと!」
「お待ちください! 二人なら大丈夫です。もしもの時に備えた作戦や魔物の情報は共有しています。彼らを信用してください」


 わたしは不安になりながらもエンペラーに挑む騎士たちを見守るしかできない。
 ヴェルダンディとルキノは並列に飛行して、エンペラーの前で別れた。
 所詮獣のためか計算された動きに弱く、右目が潰れているのでヴェルダンディを追いきれてない。


「一撃離脱を心掛けなさい!」

 ルキノの掛け声と共に全員が隙を突いて攻撃をしかける。
 だが硬い鱗に守られているので魔力で切れ味が変わるトライードでも大してダメージを与えられていないようだ。
 エンペラーが叫び声を上げると同時に体を回転させて、尻尾を振り回した。

「退避!」

 ヴェルダンディはその動きを読んでおり、すぐさま命令した。
 誰もその攻撃に当たることなく避けることできていた。

「こいつの鱗は魔法を弾く! 二人だけ、遠距離へ移動して魔法で撹乱だけしろ! 強い魔法は必要ない! 弱い魔法でいいからな!」


 ヴェルダンディが命令すると二人の騎士が遠く離れて、水の魔法を使って攻撃をする。
 ほとんど効いていないが、鬱陶しくは感じているようだ。

「グルルル、ガーー」


 エンペラーが息を大きく溜め込み始めた。
 何か攻撃の予備動作のようだ。
 だがヴェルダンディはこの時を待っていたようだ。
 急加速を見せて接近する。
 騎獣から飛び上がり、エンペラーのアゴの下からトライードで突き刺した。
 すると口まで持ってきていたものが小さな爆発を起こした。

「どうだ、獣やろう!」

 どうやら炎のブレスを吐こうとしたようだが、トライードが刺さったことで口を開けることができず、暴発したようだ。
 なかなか考えた戦いにヴェルダンディの評価をかなり改めた。

「すごい、ヴェルダンディってあんなに頭が良かったのですね」
「最近は特に勤勉です。いつかセルランに追いつくのだと頑張っていますよ」


 ステラから聞いて、悪ガキだったころとはだいぶ変わったのだと実感した。
 マンネルハイムでしか彼の実力を見ていなかったので、実戦でも臆することなく行う胆力に、月日が経つのを感じられた。
 もう彼は立派な騎士だった。


 エンペラーが急に消えた。
 いや、ヴェルダンディが突き刺した態勢でいるので、ただ風景と同化しているだけのようだ。

「ヴェルダンディ危険です! それはーー」
「分かっている! 」

 ルキノが全部を言う前にヴェルダンディはトライードを抜き出して、急いで騎獣を召喚した。

「全員逃げろ!」


 全速力で騎士たちが逃げ始める。
 わたしの場所はもう範囲外のようでステラは特に動かない。
 すると一閃の光が見えた。
 その瞬間にエンペラーの周りが大爆発を起こした。
 ヴェルダンディはギリギリ間に合わず、その爆発に飲まれた。
 ぎりぎり端まで行っていたので、どうにか戦闘不能にはならなかったようだが、身体中から湯気が立っている。
 かなりの熱量によって火傷をしたようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

もふきゅな
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...