上 下
156 / 259
第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

側近の覚悟

しおりを挟む
 最後にユリナナに目を向けたが彼女はもうすでに立ち上がっていた。

「回復薬が必要でしょうから、文官たちに作らせておきますね。三領土では一番魔力も人員もいますので」
「ええ、お願いするわ」


 彼女はもう自分の役割を十分理解していた。
 あとはジョセフィーヌ領の文官たちも協力すれば問題なく回復薬は集まるだろう。

「さすがはマリアちゃん」

 ヨハネが甘い声色で寄ってくる。
 わたしは素っ気なく答えた。

「もうわたくしを気にする必要もないでしょ」
「あら、どうして?」

 いちいちわたしの口から言わせたいらしい。
 だがそれも今日までと思えばまだ我慢できるものだ。

「これでわたくしは次期当主の座に就けないでしょう。そうなれば貴女はわたくしを警戒する必要がないじゃない」


 ヨハネはそこで、ああ、と納得した。
 彼女にしてはそこまで頭が回らないのは意外だった。
 だがそれは本当に些細であると彼女が考えているだけだったのだ。

「そんなことでしたら心配いりませんわ」
「どういうこと?」
「せっかく面白くなってきたマリアちゃんを脱落なんて勿体ないでしょ? わたしがどうにかしておくから気にせずやってきなさい」

 ヨハネの考えが全くわからない。
 シルヴィが決めることをどうやってヨハネが止めるのか想像ができない。
 だが彼女はそれをやると言った。

「そう、今回ばかりは貴女に期待するわ。でもわたくしが当主になったら後悔するわよ?」
「ええ、ぜひとも後悔させてくださいまし」

 ヨハネは部屋を出ていった。
 何かをするつもりだろうが、今は関わっている時間はない。
 絶対の保証はないため、彼女がどうにかしてくれるかは考えないようにしないといけない。
 側近たちが全員集まってくる。

「側近たちには迷惑を掛けている自覚はあります。わたくしの我儘に付き合わせてごめんなさい」

 わたしは頭を下げて全員に謝罪した。

「一応、わたくしからお父さまにレティアの側近として重宝されるように手を回しますので、なるべく迷惑をかけないつもりではいます」


 次期当主の側近として能力を基準に選ばれているので、お父さまも手放すとは思えない。
 そのままレティアの側近になれば、どちら側にもメリットがあるはずだ。

「お心遣いは嬉しいですが、わたくしは姫さまの側近以外になるつもりはありません」

 ラケシスはきっぱりと拒絶した。
 まさかそんなことを言うとは思わず彼女を見た。
 その目は、しょうがないな、という顔ではあるが、悲観している目でもない。

「何を言っていますの! 貴女の将来がーー」
「俺だってそうだ。俺は仁義に厚い男なので、命を救ってもらった恩を返すまでは付き従いますよ」


 ヴェルダンディも便乗するように言ってきた。


「それこそ、わたくしを守ったのはヴェルダンディであってーー」
「わたくしも付き従います。平民だと油断して大きなミスをしたわたくしを許しくれた姫さまに最後まで尽くします」
「わたくしも最後まで付いていきます!」

 リムミントとアスカも迷いなく答えた。
 将来を潰してしまうかもしれないのに、どうしてそんなにわたしを信じてくれるのか。

「わたくしが居なくなったらマリアさまを守れる女性騎士が居なくなります。どうかお側に居させてください」
「ルキノまで……」

 これでほとんどの者がわたしと一蓮托生を決めてくれた。
 最後に一番の親友であるレイナを見た。

「大丈夫ですよ。マリアさまは幸運の持ち主ですから、またどうにかなりますよ。終わってから考えましょう」
「レイナも……わたくしから離れたりはしないですよね?」

 ずっと一緒に過ごしてきたためか、どうしても確認しないと気が済まない。
 彼女はわたしと共に来てくれるのか。
 彼女なら言ってくれると信じてはいるが、心臓が高鳴ってしまう。

「ええ、約束ですから。わたくしがずっとお世話をします。今日も明日も、ずっと先まで」
「ありがとう……、レイナ、みんな」


 わたしの心に迷いはない。
 側近がこれほどまでわたしに尽くしてくれるのならわたしも返さないといけない。
 まだまだ一人ではできないことも多いけど全員の力があれば、次の困難も乗り越えられるはずだ。


「マリアさま! いずこにいますか!」


 廊下から大きく叫ぶ声が聞こえてきた。
 この場にいない最後の側近がわたしを探して、走り回っているようだ。


「下僕、ここよ!」
「姫さま、淑女が大声を出すものではありません!」


 わたしが大声を上げて名前を呼ぶと、叫ぶ声が止まり部屋まで一直線でやってきた。

 サラスから叱られたが、今は一大事だから許して欲しい。

「マリアさま、よかった。やっと見つかりました」
「下僕も良いところに来ました。実はーー」
「魔物についてはクロートから聞いているので存じ上げております」

 どうやらクロートから下僕へ連絡があったようだ。
 それなら手間が省けてちょうどいい。

「マリアさまならすぐにでも動かれると思ったので、事前に各領土へ協力の申請をしてきました。スヴァルトアルフは王族から牽制が入っているので、内密にシュトラレーセが魔力協力してくれるようです。ラナさまが了承してくださいました」

 シュトラレーセが協力してくれるのなら、強力な回復薬の予備が準備できる。
 わたしのやることを先読んで動くなんてやるじゃない。

「そう、よくやってくれました。そういえば下僕も鎧は使えましたね。貴方にも前線に出ることをお願いしていいかしら」
「もちろんです。マリアさまのお役に立つためにこれまでヴェルダンディから教えを請うたのです。必ずや勝利を捧げます」
「下僕にかっこいいところ取られたな」

 ヴェルダンディが笑って茶化した。
 だが本当にかっこいいものだ。
 全てが終わったら、縁談の協力もしてあげるべきなのかもしれない。
 リムミントが数枚の紙を持ってきた。

「そういえば、報告をしていなかったのですが、こちらに現状の状況についてまとめましたので、確認お願いします」

 わたしは受け取って読んでみると、概要だけだがあらかた内容を把握できた。

「グレイルが倒したのはシュティレンツのようね。そうなると、次にお父さまがセルランを派遣するとすればーー」

 わたしは資料をもとに今後の作戦を先回りするため知恵を使った。
 サラスへ損な役回りをお願いする。

「サラス、わたくしたちはパラストカーティへ向かいます。わたくしの予想が正しければセルランは魔力が多く魔物が強くなるであろうゴーステフラートへ向かうはずです。それなら手が回らないパラストカーティをわたくしが処理します。あそこなら魔力が低い、学生でもどうにか対処できるでしょう。だからわたくしたちが出発してからでいいのでお父さまに報告をお願いします」
「今報告されればわたくしとしても嬉しいのですがね」

 サラスはもう諦めたような顔をしている。
 お父さまに言ったら確実に止められる。
 だが説得する時間がもう惜しいので、後で叱られることを選ぼう。
 わたしたちの出発は早朝と決まっている。
 騎士は早く睡眠を取ってもらい、文官と侍従が徹夜で回復薬を作るのだ。

「お金大丈夫かしら」
「今ぐらいは別のことを心配してくださいませ」

 レイナから注意された。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

処理中です...