上 下
153 / 259
第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

緊急事態

しおりを挟む
 わたしは急いで手紙を隠した。
 まだこれを誰にも見せるわけにはいかない。


「マリアさま、レティアさまが来られますのでお着替えをお手伝いします」

 レイナがやってきたのでわたしはベッドの上に戻って入室を許可した。
 すぐさま着替えを済ませてレティアと食堂へと向かう。
 食事の後にはメルンの実が出された。
 レティアはフォークでメルンの実を食べると美味しそうに顔を緩ませた。

「メルンの実が出るなんて久し振りですね」
「そうね。料理人も当たりを探すのが大変だから出したがらないですからね」

 側近たちもご満悦のようで満足した。

「あら?」

 わたしはテーブルに座る人数が少ないことに気が付いた。

「どうしました?」

 レティアがわたしの視ている先を見渡した。
 レティアも少し怪訝な顔をした。

「ヨハネの派閥にいる者たちが誰もいませんね。下僕、何か知ってーー。あれ? 下僕は?」

 いつも隣に来る下僕が居なかった。
 わたしがヴェルダンディを見ると彼も知らないようだった。
 戻ってからどこにいったのか。

「アスカ、ヨハネ派閥はどこに行ったか知っていますか?」
「はい。どうやらヨハネさまが集会をしているみたいです」

 ヨハネがこちらに来て何か企んでいるようだ。
 一体派閥を集めて何をするつもりなのか。

「お食事中大変申し訳ございません。マリアさまとレティアさまに至急お話があるとシルヴィ・ジョセフィーヌがお呼びです。通信の魔道具がある部屋までお越しくださいませ」

 ここの寮長がわたしを呼びにきた。
 お父さまからわたしに緊急の呼び出しなんて珍しい。
 レティアと顔を見合わせて、すぐさま部屋へと向かった。
 部屋の中央にある水晶に魔力を通すと、目の前にお父さまの姿が粗く映った。

「緊急の呼び出しをしてすまない」
「いえ、シルヴィ・ジョセフィーヌの命であるなら何よりも優先すべきことです」

 今回は公務であるため、家族で見せるような砕けた話し方はしない。
 お父さまは重々しく頷いた。

「現在、ゴーステフラート、シュティレンツ、パラストカーティで大量の魔物が発生した。それもこれまで類をみないほどの数だ。ドルヴィとスヴァルトアルフにも緊急の要請を行ったが被害はどんどん拡大中だ」
「大量の魔物? 一体どうしてそんなことに……」


 これまで小規模の魔物の発生は起きているが、この国の王族まで協力を要請するなんて只事では済まない。
 そしてわたしは一つの真実に気が付いた。

「まさか、わたくしが伝承を……復活させたから?」

 魔物は豊富な魔力がある土地を好む。
 そして現在、どの土地も魔力が潤い始めている。
 血の気が失せた。

「お姉さま……」

 レティアがわたしの手を握ってくれた。
 手が冷たくなったせいか、レティアの手の温もりを感じる。

「マリアよ。今回のことはお前のせいではない。我々も対策を怠ったのだからな」
「何か、わたくしもお手伝いさせて頂けませんか! 」

 自分で招いた問題は自分で解決したい。
 わたしは前のめりにながら懇願した。
 だがお父さまは首を振った。

「だめだ。お前がいたところで何かが変わるわけではない。だが一つだけ頼みがある。セルランを呼び戻してくれ。今回ばかりはセルランの力がないことにはどうにもならないのだ」
「セルランですか?」

 わたしは後ろで控えているセルランに目をやった。
 セルランは呼ばれていることに気が付いて、わたしの近くにやってきた。

「シルヴィ・ジョセフィーヌ、わたしはマリアさまの安全を守らないといけません。今回お側を離れることは、それよりも優先すべきことでしょうか?」
「うむ、お前の考えも分かるが、今回ばかりはこちらが大事だ。あまりにも強大な魔物が各領土に一体ずつ現れており、何人もの騎士が犠牲になっている。グレイルも一体の魔物に勝ちはしたがしばらく動けないほどの重傷を負った」
「父上が!?」


 セルランの動揺はわたしの動揺でもある。
 セルランを除けばジョセフィーヌ最強の騎士であるグレイルがたかだか一体の魔物にそうなるなんて。

「まさか、シュティレンツで出現した魔物が現れたのですか」

 グレイルが苦戦するほどの魔物に一体だけ心当たりがある。
 シュティレンツの洞窟でセルランを追い詰めた牛の魔物。
 もしまたあれほどの魔物が出たら、騎士が何人いても犠牲が増えるだけだ。


「いや、前に報告をもらった魔物とは姿は違った。だがもうそんな魔物を討ち取れるのはセルランしかいない。マリアよ、彼に命令してくれ。領土の危機なんだ」

 シルヴィの言葉に頷こうとしたが、躊躇いが生じた。
 前の牛と戦ったときは相討ちに近かった。
 もし次も勝つ保証なんてない。
 そうなればわたしはセルランを失ってしまうのだ。

「マリアさま」

 セルランがわたしの方へ向き直り、膝をついた。

「ご安心くださいませ。前は不甲斐ない姿をお見せしましたが、二度同じ醜態を晒すつもりはありません。マリアさまから頂いたガントレットさえあれば、恐るるに足りません」

 そのガントレットを見て、少しばかりわたしはズキッと心が痛んだ。
 ウィリアノスさまが言った通り、わたしは魔力を込めただけでゼロから作ったものではない。
 だが、ここでそこを気にしてはいけない。
 それがあればセルランの生存率が上がるのだから。
 わたしは次期当主として感情に流されてはいけない。


「セルラン・ジョセフィーヌ。マリア・ジョセフィーヌが命じます。グレイル騎士団長に代わって、総指揮を執りなさい。わたくしたちの領土に仇なす敵を一掃しなさい」
「この命に代えても」


 セルランは直ちに部屋を出て、お父さまのところへ向かう準備をするだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

処理中です...