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第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

わたくしのライバルはアクィエル

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 わたしにあまりにも大きなストレスがやってきたので、逆に気持ちが落ち着いていく。
 吹っ切れた顔でアクィエルをみつめた。

「どうかしましたの?」

 アクィエルが怪訝な顔をしている。
 何かわたしが策を考えたのか警戒しているのだろう。
 しかしそんなものはない。
 少し目線をずらして、レイナとディアーナをみた。
 二人とも心配そうにわたしを見ている。
 そして近くでわたしを守ろうとしてくれるセルランを見た。
 彼は首を横に振っている。
 絶対に頭を下げてはいけないと言っているのだろう。

「ねえ、アクィエルさん。悪意を止められない聖女の話ってご存知かしら?」
「ええ、いい事をしようと頑張るのに全てが悪い方向に向かってしまうそんな童話でしたわね」

 誰が書いたのかは知らないが有名な話である。

 あるところに人々の幸せを願っていた少女がいた。
 そこで少女は願いだけでは何も変えられないと気付き行動を起こした。
 人のため、村のため、国のためと、その命を使おうとしたのだ。
 だが彼女が何かするとすべて悪い方向に流れていく。
 土を耕せば凶作に、魚を釣ろうとしたら川が氾濫を起こす。
 教えを広めれば、その知恵で国を貶める者が現れた。
 彼女は何かをすること自体が悪だったのだ。
 そして聖女の心を持った少女は悪魔の力を持つ悪女として処刑された。
 これは素晴らしい考えが全て良い方向に行くとは限らないという話だ。
 教訓第三本の一本だ。


「わたくしも同じね。この童話の少女ほど清らかな思想は持ち合わせていないですけど、わたくしが動いた事でヨハネは活発化しました。そしてわたくしはこの国を統べる一族の代表となる者なのに、自分の領地の者に一生辛い思いをしろと言うのよ」

 アクィエルはただ黙って聞いている。
 わたしは後ろを振り向いて、自分の領土の者たちへ言葉を届ける。

「ゴーステフラート、シュティレンツ、パラストカーティ、三領に告げます。わたくしの代は歴史上で一番大変な世代になるでしょう。どうか、憎んでください。ですがジョセフィーヌはゼヌニムの下に降ったとしても、この結果を通してさらなる発展へと導きます。ゴーステフラートは経済の中心へと向かうでしょう。シュティレンツは新しい科学の扉が開かれるでしょう。パラストカーティは豊富な資源で豊かな生活になるでしょう。どうかもう誰も争わないでください。恋をしたのなら好きに二つの領土を行き来してください。協力出来ることはしてください。わたくしが全力で守ります」


 わたしの言葉に誰も口を出さない。
 おそらく誰もが状況を飲み込めていないのだ。
 本当にこれでゼヌニムとの仲が良くなる保証はない。
 一方的にパラストカーティには内乱の件は諦めろと言っているのだ。
 祖先の口惜しさを胸に秘めたまま、仇敵と一生仲良く過ごさないといけない。
 わたしは再度アクィエルに向き直った。

「マリアさん、言いたいことは終わりましたか?」
「ええ、もうありません」

 わたしは目をつぶった。

「やってはいけません、マリアさま! 」

 セルランの声が響いてきた。

「ぼくに策があります! とっておきの策が!」

 下僕の声の焦った声も聞こえてきた。
 わたしは知っている。
 彼に策はない。
 苦し紛れに言っているに過ぎない。
 側近たちもわたしの名前をしきりに呼んでいる。
 将来を約束されたはずの側近には辛い人生が待っているだろう。
 一生わたしを恨みながら仕えていくに違いない。
 ゆっくり腰を折りながら膝を曲げていく。

「わたくし、マリア・ジョセフーー」

 アクィエルに跪こうとした時、膝の上に置こうとした右手と頬を優しく触られた。
 誰にされたのか目を開けると、アクィエルがわたしの動きを止めたのだ。
 ゆっくりとわたしを立たせる。

「アクィエルさん?」

 彼女の優しげな顔を初めて見た。
 いや自分の配下の者にはこのような顔を良く見せているのだろう。
 彼女はなんだかんだと慕われている。
 ずっと不思議だったが、この顔をみれば納得してしまいそうだ。
 アクィエルはわたしの手を急に引っ張ってステージの前まで歩いた。
 一体何をしたいのかわたしでもわからない。

「ジョセフィーヌの生徒たちよ。貴方達の主人はその身をかけて幸せに導くと言ったのよ。誇りがあるのなら主人にばかり責任を押し付けてないで、自分たちで解決しなさい! 魔力が足りないのなら頭を使いなさい!頭がないのなら体を使いなさい! その全てがだめなら恋の熱量で頑張りなさい! いいこと、一番恵まれて何もしなくてもいいはずのマリア・ジョセフィーヌは今全てを全力で取り組んでいるのよ! 嘆いたり争っている暇があるなら少しは頑張ってから言いなさい! 」

 アクィエルの言葉の意味を全員がかみ締めるようだった。
 そして次は、味方であるゼヌニム領の生徒へ向き直した。


「わたくしの領土も同じよ! 魔法祭、騎士祭でずっと負けているのよ! いい加減わたくしに花道を作りなさい。こんなつまらないことでこの子を屈服させてもわたくしは勝ったとは思わないのよ! わたくしは残りの季節祭で全勝するつもりよ。今度のお茶会でジョセフィーヌの領地と交流を深めるから、技術を盗んできなさい! それまで争いなんてくだらないことしたらわたくしが直々に罰します! わたくしは負けることが一番嫌いなの! いいわね、返事は?」
「「はい!」」
「ならこんなところにいないでさっさと芸術祭への準備をしてきなさい!」
「「ただちに!」」

 ゼヌニム領の生徒は一斉に返事をして、大聖堂から出て行った。
 彼女はしっかり全体の手綱を握っているようだ。

「今の言葉は……」

 彼女は手を取り合っていくことにこちらに何も要求することなく了承したのだ。
 息を吐いて、全員が出ていくのを見送ったアクィエルはわたしへ向き合った。
 手を離して、お互いの目を見合った。

「わたくしはマリアさんにこんなことで勝とうなんて思いません。感謝することね」

 両手を組んで、プイッと顔を背けた。
 呆気に取られていたわたしもやっと頭が追いつき、ぷっと笑いが出た。

「何を笑ってますのよ!」

 アクィエルが少し怒った。

「いえ、今回は助かりました」
「ふんっ、当然ですわ。わたくしたちはライバルですもの。困った時に助けるくらいしてあげますわ、おーほほほ」

 アクィエルは扇子を広げて、レイモンドを連れて大聖堂を出て行った。
 そしてこの場に来ていた生徒たち全員が歴史の変わり目を目撃したので、自分たちの領土へ急いで情報を持ち帰っていった。
 取り残されたわたしのもとへ側近たちがやってきた。
 わたしは一つの疑問が頭から離れなかった。

「わたくしたちってライバルなのかしら」
「お茶会が終わるまでは絶対にその言葉を言わないでくださいね、マリアさま」


 レイナがしっかり注意して、側近全員がやれやれと疲れた顔をしていた。
 どうしてか今日は心が晴々としていた。
 今まで気付かなかったことに気付いたからだろうか。
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